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 野本明夫の父親の武は、又吉の話に何ら言葉を挟まず、じっと耳を傾けていたが、又吉の話が一通り終わると、
「それ、本当ですかね?」
 と、いかにも驚いたような表情を浮べては言った。
「本当かどうかは、分かりません。しかし、そういった噂はあるのですよ」
 と、武に言い聞かせるかのように言った。
 すると、武はいかにも険しい表情を浮かべては、言葉を詰まらせた。そんな武を見て、又吉は武の胸の内を窺い知ることは出来なかった。
又吉が何故武にこのような話をしたのかというと、それは、武が八朗を殺し、そして、フナウサギバナタ展望台で海に遺棄した犯人として疑ったからだ。即ち野本武が、息子の明夫が八朗によって殺されたということを知っていたのなら、その可能性は十分にあると思ったからだ。
 しかし、今の武の様からは、それを窺い知ることは出来なかったというわけだ。
 それで、又吉は早速、八朗の死亡推定時刻の武のアリバイを確認してみることにした。
 すると、武は、
「その頃は、この家にいましたよ」
 と、憮然とした表情を浮べては言った。
「それを誰かが証明してもらえますかね?」
「そりゃ、家内が証明してくれますよ。明夫がいれば、明夫も証明してくれたでしょうがね」
 と、いかにも不満そうな表情を浮かべては言った。
「では、玉垣八朗君のことで、野本さんは何か思うことがおありですかね?」
 と、又吉は些か興味有りげに言った。
 すると、武は些か険しい表情を浮べては、少しの間言葉を詰まらせたが、やがて、
「正直言って、玉垣君が死んでくれて、僕はほっとしてるのですよ」
 と、又吉から眼を逸らせては、いかにも決まり悪そうに言った。
 すると、又吉は眼を大きく見開き、
「それは、どうしてですかね?」
 と、些か興味有りげに言った。
 すると、武は又吉を見やっては、
「刑事さんは玉垣君のことを捜査しておりますから、もう玉垣君の情報をかなり入手してると思うのですがね」
 と、言っては、眉を顰めた。
 すると、又吉は、
「ええ」
 と、小さな声で言った。
「どういう人物だったという情報を得ていますかね?」
 と、武は又吉をまじまじと見やっては言った。
「そりゃ、随分と悪いことをやっていた不良だというような情報を入手していますがね」
 すると、武は小さく肯き、
「正にそうなんですよ。とんでもない不良だったのですよ。まるで宮古島でワーストワンといえる程の不良だったのですよ。安里君をフナウサギバナタ展望台で殺したのは玉垣君だというのは間違いないでしょう。それ以外にも、生徒虐め、万引き、クスリ、やくざとの付き合い等、とにかく、学生時代から、玉垣君の悪い話は、この辺りでは有名だったのですよ。いずれ、玉垣君は宮古諸島の悪の親玉になるというのが、我々のもっぱらの噂だったのですよ。
 もっとも、明夫はそんな玉垣君と結構仲が良かったらしいですがね。何故仲が良かったのかというと、うちの息子もかなりぐれていましたからね。まあ、うちの家系は皆漁師で、気性が荒いですから、明夫もその血を引き、気性が荒かったですからね。そんな気性が玉垣君と合ったのかもしれませんがね。しかし、そうだからといって、社会に迷惑を掛けるようなことをやられちゃ、困るというものですよ。それ故、俺は度々玉垣君とは付き合うなと、明夫を諌めていたんですがね。しかし、死んでしまった今となれば、どうしようもないですよ」
 と、いかにも決まり悪そうに言った。
「……」
「しかし、うちの息子の死にも、玉垣君が関わっていたなんて、それは夢にも思っていなかったよ」
 と、武は眼を大きく見開き、いかにも驚いたように言った。
「そのようことを思ったことはなかったのですかね?」
 と、又吉は武の顔をまじまじと見やっては言った。
「そのようなことは、まるで思わなかったよ。明夫は玉垣君とは結構仲が良かったからな」
「では、野本さんは今、どのような仕事をされてるのですかね?」
「そりゃ、漁師さ。うちは先祖代々この島で漁師をやってるさ」
 と、武は浅黒い肌に、白い葉を見せては、微かに笑った。

   

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