3 妙な女
それはともかく、浅野と共に西表島に行ったという前田美雪という女性の連絡先が分かったので田川は直ちに前田美雪に電話をしてみた。
すると、電話は繋がった。
それで、美雪に浅野が言ったことが事実かどうか、確認してみた。
すると、美雪は、
―何を言ってるのか、分からないですわ。
と、正に田川が何を言ってるのか分からないと言わんばかりに言った。
「では、前田さんは、昨年の五月二十日に、西表島に行っては、船浮の赤嶺荘に浅野恵一さんと共に宿泊しなかったのですかね?」
―勿論ですよ。
「それは、間違いないですかね?」
―勿論ですよ。どうして、嘘をつかなければならないのですか?
と、美雪は怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「でも、前田さんは浅野さんのことを知ってるのですよね?」
―浅野さんって、どういった人ですかね? フルネームでもう一度言っていただけないですかね?
「浅野恵一です。身長は170センチ位で、銀縁の眼鏡を掛けた三十五歳の男性です」
そう田川が言うと、美雪は言葉を詰まらせた。そんな美雪は、改めて浅野恵一という人物のことを知ってるかどうか、思案してるかのようであった。
そんな美雪の沈黙は少しの間、続いたが、やがて、
―知ってる男性かもしれませんね。
と、素っ気無い口調で言った。
「ほう……。どういった関係で、知ってるのですかね?」
田川は興味有りげに言った。
―私が以前、働いていた会社で、そういった男性がいたかもしれません。でも、絶対にそうだとは断言出来ないですよ。
と、美雪は再び素っ気なく言った。
「何という会社ですかね?」
―丸石商事という会社ですよ。
丸石商事という会社名のことは知っていた。かなり大きな会社であったからだ。
「そうですか。でも、浅野さんは、前田さんと共に、作年の五月二十日に西表島にいたと証言してるのですがね」
―ですから、先程も言ったように、それは、出鱈目ですよ。
「では、前田さんは浅野さんと西表島にまで行くような間柄ではなかったのですかね?」
―勿論そうですよ。
そう美雪が言ったので、田川はそれを浅野に言った。
すると、浅野は、渋面顔を浮かべては言葉を詰まらせた。
それで、田川は、
「浅野さんは、嘘をついたのですかね?」
と、いかにも不快そうに言った。
すると、浅野は、
「いや。嘘じゃないです」
と、憮然とした表情で言った。
「嘘じゃない? でも、前田さんは否定してるじゃないですか」
と、田川はいかにも不満そうに言った。
「ですから、前田さんの方が嘘をついてるのですよ」
と、浅野は憮然とした表情を浮かべては言った。
「でも、前田さんは、浅野さんとその日、西表島には行ってないと証言したのですがね」
と言っては、田川は眉を顰めた。
「ですから、前田さんの方が嘘をついてるのですよ」
「その証拠はありますかね?」
そう田川が言うと、浅野は言葉を詰まらせた。
それで、田川は、
「浅野さん。嘘をつかないでくださいよ。浅野さんは、正直に何もかもを話していないのですよ。ですから、前田さんの証言と食い違ってしまうのですよ。そうじゃないですかね?」
と、険しい表情を浮かべた。そんな田川は、正に浅野が莉子を死に至らしめたと言わんばかりであった。
浅野といえば、渋面顔を浮かべては少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「でも、仮に僕が西表島に前田さんと共に行ってなかったとしても、それが何か問題なんですかね?」
と、いかにも不満そうに言った。
「問題ですよ、今、浅野さんは、相川莉子さん殺しの疑いをもたれてるのですよ。つまり、浅野さんは、その日、相川さんに乱暴しようとしたんじゃないですかね。そんな浅野さんに抵抗した相川さんは、誤って海に落ちてしまい、そのまま帰らぬ人となってしまったというわけですよ。これが、相川さんの死の真相だというわけですよ」
と言っては、田川は些か満足そうに肯いた。そんな田川は、やっと事件の真相に行き着いたと言わんばかりであった。
すると、浅野は、
「馬鹿馬鹿しい」
と、吐き捨てるかのように言った。
「何が馬鹿馬鹿しいのですか?」
と、田川は不満そうに言った。
「だから、僕はその相川莉子さんの死には、何ら関係ないですよ」
と、浅野は改めて不満そうに言った。
「だったら、何故偽名で宿泊したり、また、西表島に行ってないとか、また、一緒に宿泊したという前田美雪さんに浅野さんの証言を否定されるのですかね?」
と、田川はいかにも納得が出来ないように言った。
すると、浅野は田川から眼を逸らせては、言葉を詰まらせた。そんな浅野には、やはり、何か後ろ暗いものがあるかのようであった。
そんな浅野を見ては、田川はにやっとし、
「本当のことを話してもらえないのなら、署で話を聴かせてもらうことになりますよ」
そう田川が言うと、浅野は少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「分かりましたよ」
と、開き直ったような表情を浮かべた。そして、
「実は僕が今まで言ったことは事実です。嘘をついてるのは、前田さんの方ですよ」
と、淡々とした口調で言った。
「だから、その証拠はあるのかい?」
「あると思いますよ。刑事さんにその手紙を送りつけたのは、前田さんだと思います」
「その証拠はあるのかい?」
「ありますよ。その手紙に前田さんの指紋が付いてるに違いありません」
そう浅野が言うと、田川は、
「ふむ」
と言っては、小さく肯いた。もしその手紙に美雪の指紋が付いていれば、それを証明出来るだろう。
しかし、何故美雪はそのような手紙を警察に送りつけたのか? その点を訊いてみた。
すると、浅野は、
「前田さんは、僕に恨みを持ってるのですよ」
と、いかにも決まり悪そうに言った。
「恨み? 何故、前田さんは、浅野さんに恨みを持ってるのかな?」
田川は些か納得が出来ないように言った。
「ですから、僕は前田さんを振ったのですよ。それを根に持ち、前田さんは僕に嫌がらせをしたのですよ」
と、浅野はいかにも決まり悪そうに言った。
「つまり、浅野さんと前田さんは、愛人関係にあっということですかね?」
「そうです。僕たちはまあ、恋人関係にありました。もっとも、僕は前田さんと結婚するつもりなど最初から毛頭なかったのですが、前田さんは僕と結婚するつもりだったみたいです。それ故、僕が別の女を作り、前田さんに別れ話を切り出した為に、前田さんは逆上し、その莉子さんの事故を利用し、ありもしない話をでっち上げ、僕を困らせようとしたのですよ」
と、浅野はいかにも腹立たしそうに言った。そんな浅野は、正に禄でもないことを仕出かした前田美雪のことを激しく非難してるかのようであった。
「なるほど。そういうわけだったのですか」
と、田川は些か納得したように言った。だが、すぐに眉を顰め、
「でも、そうでしたら、何故最初からそう言ってもらえなかったのですかね?」
と、些か納得が出来ないように言った。
すると、浅野は田川から眼を逸らせ、言葉を詰まらせた。
それで、田川は同じ問いを繰り返した。
すると、浅野は、
「最初は、一体誰がそんな手紙を警察に出したのか、分からなかったのですよ。つまり、そうだと後になってからぴんと来たのですよ。手紙の送り主のことがよく分からなかったから、慎重になってたのですよ」
それが、浅野の言い分であった。
そして、その浅野の主張を受けて、前田美雪の指紋が採取され、件の手紙に付いていた指紋との照合が行なわれた。
すると、その結果は浅野の主張通りだった。やはり、件の手紙を警察に送ったのは、前田美雪だったということが明らかとなったのだ。
何故、そんなことをしたのか問われると、美雪は、
「だから、浅野の奴を困らせようとしたのですよ」
と、その問いをした田川に、そんなことも分からないのかと言わんばかりに言った。
とにかく、これによって、莉子の死は、やはり、莉子の過失による事故死で決着がついたのであった……。