4 容疑者浮上

 仲本の死は殺しによるものであることは、間違いないので、解決出来ないでは済まされなかった。 
 それで、とにかく、仲本より後に伊原間サビチ洞に入った四人の男性の入場券に付いていた指紋の捜査が行なわれた。即ち、入場券に前科者の指紋が付いてないかの捜査が行なわれたのだ。 
 すると、何と成果を得ることが出来たのだ。これは、正に予想もしてなかった成果と言わざるをえないだろう。
 その前科者とは、北川則夫という三十五歳の男性で、沖縄在住の元建設作業員で、三十歳の時、傷害事件を起こし、実刑判決を受け、二年前に出所した男だ。その男の指紋が、仲本が伊原間サビチ洞に入ってから伊原間サビチ洞に入ったことが明らかになったのだ。
 それで、末吉は、直ちに北川に会って北川から話を聴くことにした。
沖縄本島にまで行っては、那覇市に住んでいるという北川宅を訪れることにしたのだ。
 因みに、北川は波の上ビーチに近いところにある松山にあるマンションに住んでるらしかった。 
 そのマンションは、「小沢ハイツ」という四階建てのマンションで、間取りは2DKとのことのことだ。 
 そして、「小沢ハイツ」を管理している不動産会社から、305室に北川が住んでいることの確認が取れると、末吉はその日の午後七時頃、北川宅を訪れた。 
 インターホンを押すと、北川と思われる男が応答した。
 それで、北川なのか確認してみると、確認が取れたので、末吉は自らのことを名乗った。そして、話をしたいという旨を話すと、程なく玄関扉が開いた。だが、ドアチェーンが付けられたままであった。 
 そんな北川に、末吉は警察手帳を見せては、自らの身分を名乗り、そして、
「北川さんに、少し訊きたいことがあるのですよ」
 と、北川の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、北川は、
「俺に訊きたいこと?」
 と、いかにも納得が出来ないような表情を浮かべては言った。そんな北川は、石垣署の刑事から、話を訊かれるような覚えはないといをばかりであった。
「ええ。そうです。
 で、北川さんは、一昨日、石垣島にいましたね」 
 そう末吉が言うと、北川の表情は、さっと青褪めた。
 だが、それは一瞬だけで、北川はすぐに元の表情となった。だが、北川は言葉を発そうとはしなかった。そんな北川は、そういった末吉の胸の内を窺ってるかのようであった。
 末吉のその問いに、北川は言葉を発そうとはしなかったので、末吉は同じ問いを繰り返した。
 すると、北川は、
「どうして、そのようなことを訊くのかな」 
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「その問いに答える前に、もう一つだけ質問をさせてください。北川さんは一昨日、つまり、十月二十五日の午後一時頃、石垣島の伊原間サビチ洞にいましたね」
 そう言うと、北川の言葉は、再び詰まった。
 そんな北川は、正に思ってもみないような質問を発せられた為に、何と答えればよいのか、分からないと言わんばかりであった。
 その末吉の問いに、北川はなかなか言葉を発そうとはしないので、末吉は、
「どうして答えられないのですかね? 返答はイエスかノーかのどちらかなのですがね」
 と、冷ややかな眼差しを北川に向けた。
 すると、北川は、
「どうしてそのようなことを訊くのかな」 
 と、納得が出来ないような表情で言った。
「ですから、その問いに答えるまでに、今の僕の問いに答えてくださいよ。そうすれば、今の北川さんの問いに答えますから」 
 と、末吉は些か声を荒げては言った。そんな末吉は、正に末吉の捜査に率直に協力しようとはしない北川のことを非難するかのようであった。
 すると、北川は十秒程言葉を詰まらせたが、やがて、
「いましたね」 
 と、開き直ったような表情を浮かべては言った。そんな北川は、下手な誤魔化しは警察には通用しないということを、早々と認めたかのようであった。
 そう北川に言われ、末吉は納得したように小さく肯いた。そんな末吉は、これによって、捜査は一歩前進したと言わんばかりであった。
 それで、末吉は、
「では、今度は僕が北川さんの問いに答えることにします。
 実はですね。僕は今、ある殺人事件の捜査をやってましてね。 
 で、その捜査とは、北川さんが伊原間サビチ洞にいた頃、伊原間サビチ洞内で殺人事件が発生したというわけですよ」
 と言っては、小さく肯いた。そんな末吉は、今の言葉を北川に言い聞かせるかのようであった。
 そう末吉に言われても、北川は言葉を発そうとはしなかった。そんな北川は、次の末吉の言葉を待ってるかのようであった。
「で、殺人事件ですから、無論、我々が捜査してるわけですよ。で、その殺された人物は、波照間島に住んでいる仲本正次という方だったのですが、仲本さんが伊原間サビチ洞に行ったことは、入場券売り場の係員の証言から確認が取れてます。
 それ故、仲本さんは伊原間サビチ洞内で殺されたというわけなんですが、そうなると、仲本さんと同じ頃、伊原間サビチ洞にいた人物が犯人というわけですよ。しかし、その人物が誰なのかという手掛かりはなかったのですよ。
 それで、仲本さんと同じ頃、入場券を買った人物の入場券が残っていましたので、その入場券に付いていた指紋を採取したところ、北川さんが入ったことが明らかになったのですよ。北川さんは前科者ですから、警察に指紋が保管されてますからね」
 と言っては、末吉は北川の顔をまじまじと見やった。
 そう末吉が言うと、北川は眉を顰めては、十秒程言葉を詰まらせたが、やがて、
「そういうわけですか」
 と、いかにも素っ気無い口調で言った。そんな北川は、まるでそのような事件が発生したことが信じられないかのようであった。
「その事件が発生したことをご存知なかったですかね?」
 と、末吉は北川の顔をまじまじと見やっては言った。
「知らなかったですね」
 と、北川は再び素っ気なく言った。
「でも、北川さんは仲本さんより後から伊原間サビチ洞に入ったのですよ。ということは、ひょっとして、仲本さんが襲われた場面を見ていたかもしれないのですよ。そういうことはなかったのですかね?」
 と、末吉はいかにも興味有りげに言った。
「そういうことはなかったですね」
 と言っては、北川は眉を顰めた。
「しかし、それはおかしいですね。何しろ、北川さんは仲本さんの後から伊原間サビチ洞に入ったわけですから」
 と、末吉は今の北川の返答には納得が出来ないと言わんばかりに言った。
「別におかしくはないですよ。何しろ、伊原間サビチ洞の長さは三百メートル程ありますからね。しかも中は暗いですからね。ですから、その仲本さんという人は、大きな叫び声でも上げれば、気付いたかもしれませんが、そのような叫び声は耳にしませんでしたからね」
 と言っては、北川は小さく肯いた。
「北川さんは海が見える場所にまで行きましたかね?」
「行きましたよ」
「何分程見ていましたかね?」
「一分も見ていませんでしたよ。すぐに戻りましたよ」
「その時に、仲本さんと思われる人物と擦れ違わなかったですかね?」
「擦れ違わなかったですね」
「それはおかしいですね。伊原間サビチ洞は一本道なんですよ」
 と、末吉はいかにも納得が出来ないように言った。
「別におかしくないですよ。海に出る辺りで、二股に別れますからね。僕が海を見える場所に出た頃、僕と反対側の方で海を見ていれば、僕と擦れ違いませんよ」
 と、まるで末吉に言い聞かせるかのように言った。
 そう北川に言われ、末吉は思わず言葉を詰まらせてしまった。確かにそう言われてみれば、その通りだったからだ。
 だが、末吉は、
「でも、北川さんはどうして一昨日、石垣島の伊原間サビチ洞になんか行ったのですかね?」 
と、いかにも納得が出来ないように言った。
「どうしてって、僕だってたまには石垣島旅行をやってみたいと思いますよ。その日は、たまたまそういう日だったのですよ」
 と、北川は平然とした表情で言った。そんな北川は、そのことは何ら問題はないと言わんばかりであった。
「でも、そのたまたま行なった石垣島旅行の行き先で、殺人事件が発生するなんていう偶然が起こり得るのでしょうかね?」
 と、末吉はいかにも納得が出来ないように言った。
「それが、起こったから、仕方ないじゃないですか」 
 と、北川は些か不貞腐れたように言った。
「では、本当に北川さんは、仲本さんが被害に遭った場面を眼にしなかったのですかね?」
 と、改めて訊いた。
「眼にしなかったですよ」
「でも、それは妙ですね。北川さんが伊原間サビチ洞を抜けて、海が見える場所に来た頃、仲本さんが被害に遭ったと思われるのですがね」
 と、末吉は渋面顔で言った。
「そう言われても、困りますよ。本当に僕は何も気付かなかったのですから」
「では、北川さんが海を見てから、伊原間サビチ洞の入り口に戻るまでに、何人位、人と会いましたかね?」
「一人、会いましたね。でも、どんな人かと訊かれても、答えられませんよ。何しろ、伊原間サビチ洞の中は、暗かったですからね」
 と、北川は淡々とした口調で言った。
 北川との遣り取りは、このような具合であった。
 即ち、北川は前科者で、仲本殺しに関して疑いを持つのに十分だと思い、話を聴いたのだが、北川が犯人であるという確信を持つことは出来なかったのだ。
 しかし、芳子の証言から、仲本が被害に遭った頃、数多くの者が、伊原間サビチ洞にいたわけではない。
 それ故、やはり、北川が犯人として最も可能性が高いのだ。
 それ故、何とか、北川を追い詰めることは出来ないものだろうか?
 末吉はそのように思い、次の捜査に取り掛かったのだ。

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