5 新たな視点

 そこで、次に行なわれた捜査は、北川と仲本との間に、接点がなかったのかということだ。
 仲本は、何者にも恨みを買うような人物ではなかったという証言は、数多く入手してるものの、そうだからといって、北川の恨みを買ったり、また、トラブルを抱えていたかもしれない。 
 その点を踏まえて、仲本の遺族に聞き込みを行なってみた。
 しかし、仲本の遺族は、北川という人物との接点は有り得ないと証言し、また、飲み屋なんかでも偶然に北川と顔を合わせ、トラブルになってはいないかという点に関しても、心当たりないであった。
 それで、改めて、仲本の遺品が捜査され、北川との接点を見出そうとした。
 だが、その捜査は結局、成果を得ることは出来なかったのだった。
 そこで改めて、仲本の死体の第一発見者である長田文雄から、話を聞いてみることにした。
 だが、長田は、伊原間サビチ洞内で、仲本を殺したような人物はやはり心当たりないし、また、北川と思われる男と擦れ違ったのかどうかも、「分からない」と言った。しかし、伊原間サビチ洞内では、二人の男と擦れ違ったとも証言した。
 長田への聞き込みをは、こんな具合であった。
 果たして、この事件は解決することが出来るのか?
 そのような不安に、末吉は徐々に捕われ始めていたのだ。
     
 今までの捜査から、仲本と北川の接点は、まるで浮かばなかった。仲本は、正に波照間島の素朴な農家だ。そのような者が、果たして、殺しの標的になるだろうか?
 その疑問は、依然として、捜査陣の中に存在していた。
 それ故、仲本は人違いによって、殺されてしまったのではないのか?
 その推理を主張する刑事も現れた。その刑事は、石垣署の安本誠刑事(34)であった。
 安本刑事は、
「仲本さんは、人違いによって、殺されたのではないですかね」 
 と、捜査会議で、自らの推理を話した。
「人違い?」
 と、末吉は眉を顰めた。末吉は、今までそのようなことは、想定したことはなかったからだ。
「そうです。人違いです。伊原間サビチ洞の中は、暗いので、人違いをしたという可能性は、十分にあり得ます」
 と、安本刑事は言っては、肯いた。そんな安本刑事は、その可能性は十分にあると言わんばかるりであった。
「……」
 そう安本刑事に言われ、会議に集まった刑事たちは、すぐには言葉を発さなかった。何故なら、よく考えてみれば、その可能性も有り得ると思ったからだ。
「仲本さんは、正に誰にも恨みを買うような人物ではありません。また、北川との接点もありそうではないです。いくら、前科者の北川とて、そのような人物を殺して何になるでしょうか」
 と、安本刑事は正に北川が殺そうとしたのは、仲本ではないという思いを力説した。
「では、一体誰を殺そうとしたのかな?」
 末吉は、安本刑事の胸の内を訊いた。
「そりゃ、今のところ、何ともいえません。しかし、可能性としては、二通りあると思います。即ち、北川が個人的に恨みを持っていたような人物なのか、あるいは、北川が殺し屋的役割を果たしたのかということですよ」
 と言っては、安本刑事は肯いた。
 そういう風にして、会議では、活発な論議が交わされたが、次の捜査は、北川に対して、捜査を行なってみようということになった。
   

 北川は三十歳の時、那覇市内のクラブで働いていた時に、副店長とトラブルになり、激高し、副店長をぶん殴り、鼻骨を骨折させた罪により、逮捕され、実刑判決を受けた男だ。また、その行為によって、クラブを馘になった。そんな北川は、今、那覇市内のマンションで一人暮らしなのだが、職業はまだ明らかにはなっていなかった。北川は今、どのようにして、暮らしているのだろうか?
 その点をまず明らかにしてみることにした。そして、それは直に北川に確認してみることにした。
 北川の前に現れた末吉を見て、北川は露骨に嫌な顔をした。そんな北川は、正に厄病神がやって来たと言わんばかりであった。
 そんな北川に、末吉は、
「北川さんに訊きたいことがあるのですがね」
 と、北川の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、北川は渋面顔を浮かべては、言葉を発そうとはしなかった。そんな北川は、末吉の出方を窺ってるかのようであった。
 そんな北川に、末吉は、
「北川さんは今、どういったお仕事をされてますかね?」
 と、興味有りげに言った。
「そんなこと、どうだっていいだろ」
 と、北川は末吉を突き放すように言った。
「そうおっしゃらずに、話してもらえないですかね?」
「話さなければならない義務はないのでね」
 そう言っては、北川はにやっとした。そんな北川は、あっさりと警察の捜査に協力するのはご免だと言わんばかりであった。
「では、北川さんが以前起こした事件に関して訊きたいのですがね」
 そう末吉が言うと、北川の表情はみるみる内に真剣なものへと変貌した。そんな北川は、正にその話をするのは、ご免だと言わんばかりであった。
 そんな北川に、末吉は、
「五年前に北川さんは、那覇の『パステル』というクラブでバーテンダーをやっていた時に、副店長の沢村さんと喧嘩をしては、沢村さんをぶん殴り、鼻骨を骨折させた罪で逮捕されましたね」
「……」
「で、沢村さんとの喧嘩の原因は、くだらないことで何かとがみがみ言われたことに腹が立ち、殴ったということですが、それは間違いないですかね?」
 と、末吉は北川の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、北川は、
「ああ。そうさ」 
 と、末吉から眼を逸らせては、素っ気なく言った。
「でも、その程度のことで、鼻骨を折る程、ぶん殴りますかね?」
 と、末吉が言うと、北川は、
「それが、何度も俺にむかむかすることを客の前なんかで、平気で言うからさ。俺は常日頃から、沢村のことをむかつくと思っていたんだ。
 だが、沢村は俺のことを『新人並みの働きしか出来ないくせに、高い給料を貰いやがって!』と、罵声を浴びせたんだ。それで、俺は逆上してしまったのさ」
 と、今度はいかにも腹立たしそうな様を見せては言った。そんな北川は、今でもそのことを思い出すと、むかむかすると言わんばかりであった。
 北川のその話が事実なのかどうかは、今の時点では何ともいえなかった。
 それで、「パステル」で、北川と共に働いていた者を見付け出し、話を聞いてみることにした。
 すると、興味深い証言をした者がいた。
 その男は、北川とは違って、経理を担当していた守山治という男であった。守山は、
「ここだけの話にしてもらいたいのですがね」
と、末吉は正にひそひそ話をするかのように言った。
「大丈夫ですよ。我々は秘密厳守ですからね」 
 と、正に守山を安心させるかのように言った。
「実はですね。北川さんが、副店長に怪我をさせた原因は、北川さんの証言通りではないと思うのですよ」
 と、守山は眉を顰めた。
「ほう……。では、他にどういった原因があると言われるのですかね?」
 末吉は正に好奇心を露にしては言った。
「北川さんと副店長の沢村さんとの仲は、そんなに悪くはなかったのですよ。いや、それどころか、仲が良かったと思いますね」
 と、守山は眉を顰めた。
「ほう……。どうして、そのようなことを守山さんは知ってるのですかね?」
 末吉は興味有りげに言った。
「どうしてって、僕たちは毎日一緒に仕事をしていたのですよ。ですから、それ位のことは分かりますよ」
 と、守山は笑いながら言った。
 だが、守山はすぐに表情を険しくさせては、
「ですから、北川さんが守山さんと喧嘩になったのは、守山さんから常に叱られていたとかいうのではなく、別に原因があったと思うのですよ。今だから言えますがね」
 と、末吉に言い聞かせるかのように言った。
「そうですか。では、守山さんは、その別の原因というものに、心当たりあるのですかね?」
 末吉は、興味有りげに言った。
 すると、守山は末吉から眼を逸らせ、言葉を詰まらせた。そんな守山は、やはり、それに関して言及したくないと言わんばかりであった。
 そんな守山に、末吉は、
「先程、言いましたように、守山さんには迷惑を掛けませんから、是非、守山さんの知ってることを話していただけませんかね」
 と、正に守山の機嫌を取るかのように言った。
 すると、守山は、
「実はですね」
 と、開き直ったような表情を浮かべては、
「金銭絡みの争いがあったのではないかと思うのですよ」
 と、守山は眉を顰めた。
「金銭絡み、ですか」
「そうです。つまり、『パステル』には表に出せないような裏金があったみたいなのですよ。そして、その裏金を巡っての争いがあったようなんですよ。
 詳しいことは、僕でも分からないのですが、北川さんが守山さんを殴ったのは、どうもその裏金に関してだという噂が、僕たちの間にはあるのですよ」
 と、守山はいかにも決まりそうに言った。そんな守山は、正にこのようなことを言うのには、気が退けると言わんばかりであった。
「裏金、ですか……」
 末吉は眉を顰めては、呟くように言った。末吉は、その守山の言葉は、思ってもみなかったような言葉であったからだ。
 そんな末吉に、守山は、
「詳しいことはよく分からないのですが、少なからずの会社は、表に出せないようなお金があるというようなことを聞いたことがありますが、うちの店も、まあ、そのようなお金があったらしいのですよ。そのようなお金に絡んで、守山さんと北川さんはトラブルになったというのが、僕たちの間では、もっぱらの噂なんですよ」
「守山さんは、その裏金に関して、詳しいことは知らないのですね?」
「そうです」
「誰が詳しく知ってるでしょうかね?」
「そりゃ、社長だと思います。でも、そのようなことを僕が言ったと社長に言わないでくださいね」
「そりゃ、分かってますよ」
 と、末吉は守山に言い聞かせるかのように言った。

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