2 死体発見

 スリ浜といえば、加計呂麻島では代表的な海水浴場だ。浜に面してペンションもあり、夏場は海水浴客で賑わいを見せる場所だ。
 もっとも、今は十一月であることから、もう海水浴の季節ではない。それ故、ウィークディともなれば、人気は殆ど見られない。 
 それはともかく、今日は昨夜とは違って、抜けるような青空が広がっていた。
 田村修平は東京からの旅行者であった。そして、昨夜は古仁屋の某ホテルに泊まり、加計呂麻島観光を行なってる最中であった。そして、つい先程フェリーで生間港に着き、田村が借りていたレンタカー(フィット)で、生間港を後にすると、まずスリ浜に向かった。実久海岸まで行こうと思っていたが、スリ浜はその途中にあったからだ。
 そして、程なくスリ浜に着き、車を道路脇に停めると、早速浜に出てみることにした。因みに、田村は一人旅であった。
 田村はスリ浜に来ると、大きく伸びをした。田村の前には、正にコバルトブルーの海が広がっていたからだ。
 来てよかった。田村の眼前に広がる海は、田村にそう思わせるに十分な色だったが、そんな田村の表情は、その時、突如、険しくなった。何故なら、少し向こうの浜の林際に、一人の男がうつ伏せになって倒れていたからだ。そんな男は妙に不自然なねじれ方をしていて、その様は尋常には思えなかった。正に、その男に一大事が起こってるに違いなかった。 
 妙なことに、関わりを持つのは嫌だったが、そうかといって、男をそのままにしておくのにも、気が退けた。
 それで、男に近付いては、男の様子を見ることにした。
 だが、間近まで来ると、田村の表情は、一気に強張った。何故なら男が白目をむいては、ぴくりともしないからだ。
 その様を見て、男は既に息絶えてると田村は看做した。そして、この事態を警察に伝える必要があると思い、携帯電話で110番通報したのだった。
 田村からの連絡を受け、鹿児島県警瀬戸内署の高村刑事と林原刑事の二人がフェリーで加計呂麻島にまで来ては、直ちにスリ浜に向かった。
 その間、田村は警官の到着を待ってなければならなかった。
 これは、正に旅行者である田村にとって、時間のロスであったが、致し方ないであろう。
 やがで、二人の刑事はパトカーでスリ浜に到着した。 
 そんな二人の刑事を田村は直ちに男の許にへと連れて行った。
 男は田村が先程、発見した時と何ら変化は見られなかった。既に息絶えているから、それは当然のことであろう。
 とはいうものの、二人の刑事は、男の瞳孔などを調べ、そして、早々と男の死を確認した。
 やがて、男は古仁屋からやってきた救急車で古仁屋まで運ばれて行き、司法解剖が行なわれることになった。
 すると、程なく死因が明らかになった。
 男は鈍器のようなもので頭を殴られたことによる頭蓋骨陥没による死であった。
 そして、男の頭蓋骨の陥没具合から、男の死は、殺しによってもたらされたことが、早々と明らかになった。
 これを受けて、瀬戸内署に捜査本部が設けられ、鹿児島県警の高橋幹夫警部(55)が、捜査を担当することになった。
 そして、まず身元を明らかにする捜査が行なわれたが、身元は早々と明らかになった。
 というのは、男が所持していた携帯電話の発信記録から、男は加計呂麻島在住の又吉新平に男が死亡した前日に電話を掛けた記録が残っていて、その又吉に男の死体を見てもらったところ、男の身元が明らかになったというわけだ。
 男の姓名は増山秀行(28)で、東京在住者であった。そんな増山が、何故加計呂麻島のスリ浜で他殺体で発見されたのだろうか?
 その理由は、さほど時間が掛からず明らかになると思われた。何故なら、増山が死亡する前日に、加計呂麻島の又吉新平に電話したことが増山の携帯電話の記録に残っていたからだ。
 それを受けて、捜査を担当することになった高橋警部から、又吉は話を聴かれることになった。
 そんな又吉は、瀬戸内署に来るように言われたので、その日の午前十時頃、又吉は瀬戸内署に姿を見せた。そして、早速、高橋から話を聴かれることになった。
 瀬戸内署の取調室で、テーブルを挟んで又吉は高橋と向かい合うと、高橋は、
「又吉さんは、増山秀行さんを知ってますね」 
 と、冷ややかな眼差しを投げた。そんな高橋は、正に又吉のことを疑ってるようであった。
 又吉はその事実を隠すことは出来ないと理解したのか、無言ではあるが、小さく肯いた。
 すると、高橋も小さく肯き、そして、
「では、又吉さんと増山さんは、どういった関係なのかな?」
 と言っては、眉を顰めた。
「ただの知り合いです」
 又吉は、素っ気無く言った。
「ただの知り合いねぇ。でも、東京在住の増山さんが、何故ただの知り合いの又吉さんを訪ねて加計呂麻島にやって来たのかな」 
 と、高橋は些か納得が出来ないように言った。
「僕を訪ねて来たというのは、正しくはないと思います。奄美とか加計呂麻島に観光旅行にやって来たのではないですかね。僕に電話して来たのは、そのついでではなかったのですかね」
 と、又吉は増山が加計呂麻島にやって来た理由を説明した。
 すると、高橋はその説明に納得したのか、
「なるほど」
 と言ったが、
「では、どうして又吉さんは増山さんと知り合ったのですかね?」
 と訊いた。
 すると、又吉は、
「東京で僕たちはバンドを持っていたのです。バンドといっても、音楽バンドです。そのバンド仲間だったというわけですよ」
「なるほど。そういった関係ですか。
 でも、その増山さんが、又吉さんに電話した日の翌日にどうして何者かに殺されたのでしょうかね?」
 と、高橋は些か納得が出来ないように言った。
 そう言われると、又吉の言葉が詰まった。そんな又吉は、それに関して、まるで分からないと言わんばかりであった。
 案の定、又吉は、
「分からないですね」
 と言っては、渋面顔を浮かべた。
「でも、又吉さんは、加計呂麻島で増山さんと会ったのですよね?」
 と、又吉の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、又吉の言葉が詰まった。そんな又吉は、今の高橋の問いに何と答えればよいか、躊躇ってるかのようであった。
 だが、程なく、
「ええ」
 と、蚊の鳴くような声で言った。
 すると、高橋は小さく肯いた。これによって、捜査が一歩前進したと思ったからだ。
 そんな高橋は、
「その点を詳しく話してもらえないですかね?」
「十一月十五日に増山さんは奄美大島にやって来ました。そして、その日は古仁屋のホテルに泊まり、そして、その翌日、朝一番の生間港行きのフェリーで加計呂麻島にやって来ました。何故やって来たのかは、先程も言いましたように、単に旅行に来たのだと思います。そして、加計呂麻島には僕が住んでるので、まあ、ついでにという感じで、加計呂麻島にやって来たのだと思います」 
 と、又吉は淡々とした口調で言った。そんな又吉は、正にその言葉には、嘘偽りはないと言わんばかりであった。
「なるほど。で、生間港で又吉さんは増山さんと会ったのですかね?」
 そう言われると、又吉は少しの間、言葉を詰まらせたが、
「ええ」
 と、小さな声で言った。
 すると、高橋は小さく肯き、
「で、それからどうされたのですかね?」 
と、いかにも興味有りげに言った。
「それから、僕の車で安脚場戦跡公園に行きました。そして、少しの間、安脚場戦跡公園を見ていたのですが、その後、生間港にまで送り届けました。それから、増山さんがどうなったのかは、分からないです」 
 と、又吉は淡々とした口調で言った。そんな又吉の言葉には、嘘はないと言わんばかりであった。
 そう又吉に言われ、高橋は少しの間、言葉を詰まらせた。そんな高橋は、今の又吉の言葉が真実を語ってるのかどうか、確認してるかのようであった。
 そんな高橋は、やがて、
「何時頃、生間港に着いたのですかね?」
「午前十時頃です」
「では、又吉さんと生間港で別れてから二時間もしない内に増山さんは何者かに殺されたのですがね」
 と、いかにも納得が出来ないように言った。そんな高橋は、やはり又吉が増山の死に関係してるのではないかと言わんばかりであった。
 だが、又吉は、
「そう言われても、僕ではよく分からないのですよ」
 と、渋面顔で言った。そんな又吉は、正に増山の死の真相は分からないと言わんばかりであった。
「でも、増山さんは、加計呂麻島には又吉さんしか、知人はいなかったのですよね?」
「さあ、僕では何とも言えません」 
 と、又吉は決まり悪そうに言った。
「でも、加計呂麻島に、増山さんとトラブルになってるような人がいると、増山さんから聞いたことはないのですよね?」
「まあ、そうです」
「それなら、やはり、又吉さんしか知人はいなかったのですよ。もし、増山さんを殺さなければならなかった位の人物がいれば、その人物に関して、又吉さんに言及してる筈ですからね」
 と、高橋はいかにも自信有りげに言った。
 すると、又吉は言葉を詰まらせた。
 そんな又吉に、高橋は、
「又吉さん。何もかも、正直に話してくださいよ。下手に隠したりすると、かえって又吉さんが疑われますよ。又吉さんが犯人でなければ、何もかもを正直に話すべきですよ」 
と、正に又吉に言い聞かせるかのように言った。
 すると、又吉は眉を顰めた。確かに高橋の言う通りだと思ったからだ。
 それで、又吉は突如、開き直ったような表情を浮かべては、
「やはり、僕は刑事さんに嘘をついていました」 
 と、いかにも決まり悪そうに言った。
 すると、高橋は小さく肯いた。これによって捜査が一歩前進したと実感したからだ。
 そんな高橋に、又吉は眼を大きく見開き、
「実は、一昨日の午後七時頃、増山が僕に電話をして来ては、今、奄美大島にいるというのですよ。そして、翌日、加計呂麻島に来ると言ったのですよ」
 と、又吉は渋面顔で言った。そして、更に又吉の話は続いた。
「で、翌日、確かに増山は朝一番のフェリーで加計呂麻島にやって来ました。そんな増山を僕は僕の車に乗せては安脚場戦跡公園の方に向かったのですよ。
何故安脚場戦跡公園に向かったというと、増山が静かで人のいないところで僕とじっくりと話をしたいと言いましたので」 
 と、又吉は言いにくそうに言った。
「なるほど。で、それから?」
「それから、確かに僕は僕の車に増山を乗せて、安脚場戦跡公園の駐車場にまで行きました。そして、雨が降る中を傘をさしては金子手崎防備衛所跡まで行ったのですよ。そして、改めて増山と話をしたのですよ。そして、五百万貸してくれと言って来ました。しかし、僕はそれが嫌だったので、断りました。すると、やがて、僕と増山は口論になりました。しかし、そんな増山の相手をするのが馬鹿らしくなったので、僕は一人で金子手崎防備衛所跡を去ろうとしました。すると、そんな僕の背後から増山は僕に殴り掛かって来たのです。
 それで、僕は応戦したのですが、すると、その弾みで、増山はよろけ、金子手崎防備衛所跡の壁に頭をぶちつけてしまったのですよ。
 そして、運悪く、その時、人の話し声が聞こえて来たのですよ。それで、僕はやばいと思い、金子手崎防備衛所跡を逃げるようにして後にしたのですよ」 
 と、又吉は些か興奮気味に話した。そんな又吉は、正にそれが真実だと言わんばかりであった。
 すると、高橋は、
「それは、間違いないですかね?」
「間違いないですよ」
「では、又吉さんは、その人物、つまり、金子手崎防備衛所跡に近付いて来た何者かに出会ったのですかね?」
「いいえ」
「それは、何故ですかね?」
「僕は一旦展望台の方に行ったからですよ。駐車場の方に行けば、その何者かに出会ってしまい、僕の顔を見られてしまいますからね。僕はそれを避けようとしたのですよ。というのも、万一増山に一大事が発生すれば、僕が犯人と思われてしまいますからね。僕はそれを避けたかったのですよ」
 と、又吉はいかにも決まり悪そうに言った。
「で、結局、その何者かには出会わなかったのですかね?」
「まあ、そういうわけですよ。それで、僕は一旦自宅に戻ったのですが、やはり増山のことが気になり、その三時間後に、安脚場戦跡公園に行きました。しかし、その時は増山の姿は見当たらなかったのですよ。そして、その翌日、スリ浜で他殺体で発見されたのですよ」
 と、又吉はいかにも決まり悪そうに言った。そんな又吉は、正に今の又吉の話を高橋が信じてくれるかどうか、心配だと言わんばかりであった。
「今の又吉さんの話が事実だとしたら、何故増山さんは、又吉さんが金子手崎防備衛所跡を後にしてさほど時間が経たない内に何者かに殺されたということになるのですが、では、一体誰が増山さんを殺したというのですかね?」
 と、高橋はいかにも納得が出来ないように言った。
「それが、まるで分からないのですよ」 
 と、又吉はいかにも決まり悪そうに言った。
「本当に又吉さんは、誰が増山さんを殺したのか、まるで心当たりないのですかね?」   
 と、正に高橋は今の又吉の言葉を信じられないと言わんばかりに言った。
「本当ですよ。僕は正に誰が増山さんを殺したのか、まるで心当たりないのですよ。刑事さんから見れば、増山さんを殺しそうな者は、僕位しか思い当たらないと思います。また、僕もそう思う位です。
 しかし、僕が犯人でないことは、僕自身が一番よく知ってます。
 それ故、僕は何故増山さんが加計呂麻島で殺されたのか、てんで分からないのですよ」
 そう又吉に言われると、高橋は言葉を詰まらせた。というのも、果たして今の又吉の言葉を信じていいものかどうか、分からなかったのだ。
 どう考えても、増山を殺しそうな人物は、又吉位しか思い浮かばないだろう。
 しかし、まだ明らかになっていない何かがあるのかもしれない。それ故、今の時点で又吉を犯人と看做すのは、無理だろう。
 それで、まず、警視庁に電話をして、捜査協力を依頼し、増山のことを調べてもらうことにした。

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