3 東京
 
 すると、興味ある情報を入手することが出来た。その情報を警視庁の前沢文夫刑事にもたらしたのは、増山の友人だった原田春樹(28)であった。原田は、又吉や増山と同じバンドの仲間だった。
 原田は、
「増山君は確かにお金に困っていたみたいですよ」
 と、淡々とした口調で言った。
「どうして困ってたのかな?」
「そりゃ、金遣いが荒かったですからね。それに、女もいましたからね」 
 と、原田は渋面顔で言った。
「女ですか」
「そうです。女です」
「つまり、女にお金を貢いでいたのですかね?」
「そうじゃないですかね。
 でも、金の切れ目が縁の切れ目というじゃないですか。それで、女を繋ぎとめておく為にも、お金が必要だったのではないですかね」
「なるほど。
 で、増山さんは又吉さんがお金を持ってると思い、又吉さんが住んでいる加計呂麻島まで行ったのでしょうかね?」
「そうかもしれないですね。又吉さんは叔父さんが死んで、その遺産を相続したと言ってましたからね。その金を狙い、加計呂麻島まで行ったのではいないですかね」
「でも、増山さんは金遣いが荒いということを又吉さんは知っていたのですよね。それなのに、又吉さんが増山さんにお金を貸すと増山さんは思っていたのでしょうかね?」 
 そう前沢が言うと、原田は言葉を詰まらせた。そんな原田は、今の前沢の問いに、適切な返答は出せないと言わんばかりであった。
 案の定、原田は、
「分からないですね」
 と、渋面顔で言った。
「では、そんな増山さんのことを恨んでそうな人物に心当たりないですかね?」
 そう前沢が言うと、原田は少しの間、言葉を詰まらせていたが、程なく、
「山野君が増山君のことを恨んでいたかもしれないですね」 
 と言っては、眉を顰めた。
「山野君? それ、どういった人ですかね?」
 前沢は興味有りげに言った。
「僕らのバンドでドラムをやってたのですがね。で、山野君の女を増山君がレイプしたらしいのですよ。
 そのことが後で発覚し、山野君と増山君は大喧嘩をしましてね。そのことも、僕らのバンドが解散した要因なんですよ」
 と、原田は渋面顔で言った。
「なるほど。山野君が増山君を恨んでいる理由は分かりましたよ。でも、殺す位、恨んでいたでしょうかね?」
 と、前沢は訊いた。
 すると、原田は、
「さあ……。そこまでは分からないですね。僕は山野君ではないですからね。でも、山野君と増山君は、元々あまり相性がよくなかったですからね。ですから、今までの思わしくない思いが高じて、その思いが爆発するということも、ありますからね」
 と、淡々とした口調で言った。
 原田にそう言われ、前沢もそう思った。
 それで、山野と一度会って話をする必要があるだろう。 
 しかし、山野は早々と犯人でないということが明らかとなった。
 というのは、増山の死亡推定時刻に、山野にはれっきとしたアリバイがあることが早々と分かったのだ。
 山野は今、東京都内でガソリンスタンドの店員をやってるのだが、そのガソリンスタンドで、増山の死亡推定時刻に仕事をやってたことが明らかとなったのだ。
 それで、今度は念の為に、増山にレイプされたという女性を見付け出し、アリバイを確認してみることにした。
 その女は、桂木清美という女性だった。

 清美は、前沢が刑事と名乗ると、表情を険しくさせた。それは、正に前沢の来訪にかなり動揺したかのようであった。
 そんな清美に、前沢は、
「桂木さんに、聴きたいことがあるのですがね」
 と、清美の顔をまじまじと見やっては言った。
「私に聴きたいこと?」 
 清美は怪訝そうな表情を浮かべた。そんな清美は、刑事から話を聴かれるような覚えはないと言わんばかりであった。
 そんな清美に、前沢はまず増山の死亡推定時刻のアリバイを確認してみることにした。
 すると、清美は、
「その頃は、自宅にいましたよ」
 と、前沢の問いに即座に答えた。
「自宅ですか。桂木さんは、仕事はしてないのですかね?」
「してますよ。といっても、アルバイトですがね」
「アルバイトですか。どんなアルバイトをされてるのですかね?」
 そう前沢が言うと、清美はむっとしたような表情を浮かべては、
「刑事さんは、どうして私のプライベートのことを、何だかんだと聞くのですかね?」
 と、些か不満そうに言った。
 すると、前沢は些か表情を和らげ、
「我々は今、増山さんの事件を捜査してましてね。増山さんの事件を桂木さんは知ってますよね?」
 と、清美の顔をまじまじと見やっては言った。 
 すると、清美は小さく肯いた。
 すると、前沢も小さく肯き、
「で、増山さんは十一月十六日に、加計呂麻島で何者かに殺されました。それで、我々はその増山さんの事件を捜査してるのです。で、何故我々が桂木さんから話を聴いてるのか、分かりますかね?」
 と、前沢は清美の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、清美は、前沢から視線を逸らせては、
「分からないですね」
 と、さして関心がなさそうに言った。
「そうですかね。で、増山さんを殺した犯人は、増山さんに恨みを持ってる人物だと我々は睨んでるのですが、桂木さんは、増山さんに恨みを持ってるのではないですかね?」
「私が増山さんに恨みを持ってる? 私がどういった恨みを持ってるというのですね?」 
 と、清美は怪訝そうな表情を浮かべては言った。そんな清美は、増山に大して恨みなど持ってないと言わんばかりであった。
「そうですがね。僕は桂木さんは、増山さんに恨みを持っていたと思うのですがね」
「どんな恨みを持っていたというのですかね?」 
 と、清美はいかにも納得が出来ないような表情を浮かべては言った。
「桂木さんは、増山さんからレイプされたのではないですかね?」
 前沢は些か言いにくそうに言った。
 すると、清美は、
「私が増山さんからレイプされた? 一体誰がそんなことを言ってたのですかね?」
 と、些か表情を綻ばせては言った。そんな清美は、一体何を言い出すんだと言わんばかりであった。
「そのように聞いてるのですがね」
 前沢はそう言うしかなかったので、やむを得ずにそう言った。
「一体誰がそう言ったのですかね?」
「それは言えませんが」
「じゃ、それは出鱈目ですよ。私は増山さんからレイプなんてされてませんわ」 
そう言われてしまうと、前沢はそれ以上強く出ることは出来なかった。前沢がその場面を確認したわけではないからだ。
 それで、やむを得ず、清美の許から去るしかなかった。

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