4 深まる謎

 今回の事件には、車が使用されたに違いなかった。というのは、増山はレンタカーを借りてなかったので、何者かが増山を車に乗せてスリ浜まで連れて行ったに違いなかったからだ。
 そして、今度はその線から捜査してみることにした。 
 しかし、増山が死んだ頃、増山と接点がありそうな者が、加計呂麻島に来たような事実は確認出来なかった。
 この事実を受けて、増山の捜査に携わってる若手の野口刑事は、
「又吉さんの証言をあっさり信じていいのですかね?」
 と、渋面顔で言った。
「というと?」
 と、高橋。
「ですから、又吉さんが偽証したというわけですよ。やはり、増山さんの死には、又吉さんが関係してるというわけですよ」 
 と、野口刑事は自信有りげに言った。
 そう野口刑事に言われると、高橋は渋面顔を浮かべては、言葉を詰まらせた。よく考えてみれば、確かにそう思わないこともないからだ。何しろ、加計呂麻島で増山と関係してる者は、又吉位なものだろう。それ故、又吉は増山の死の真相を隠す為に、出鱈目な証言をしたのかもしれない。野口刑事に言われなくても、そう考えるのは、妥当だろう。
 しかし、今のところ、又吉が増山の死に関係したという証拠は、明らかになってない。
 それで、高橋は、
「しかし、今のところ、又吉さんの証言を否定することは出来ないよ。又吉さんによると、金子手崎防備衛所跡の中で増山さんと喧嘩になり、増山さんは壁に頭を打ち付けて、意識を失ったとか言ったんだ。そして、誰かの話し声が聞こえて来た為に、金子手崎防備衛所跡を逃げるように後にしたと言ってるんだ。しかし、そう言われてしまえば、その証言を覆すのは、むずかしいよ」
 と、いかにも決まり悪そうに言った。
「又吉さんが犯人なら、又吉さんの車で増山さんの死体、あるいは、生きたままかもしれませんが、いずれにしても、二人でスリ浜に行ったに違いありません。それ故、スリ浜で又吉さんの車が目撃されてないか、捜査してみましょうよ」
 ということになり、その捜査を行なってみたのだが、成果を得ることは出来なかった。というのも、スリ浜周辺は、民家は少なく、また、季節柄、人もあまり訪れなかったことから、又吉と思われる人物や、又吉の車と思われる車を目にしたと証言したものは誰もいなかったのだ。
 この結果を受けて、野口刑事は、
「増山さんの死は、事故死だったのではないですかね」
 と、決まり悪そうに言った。
「事故死……」
「そうです。事故死ですよ。つまり、金子手崎防備衛所跡の中で又吉さんと増山さんは喧嘩となり、アクシデントもあったりして、増山さんは死んでしまったのですよ。しかし、又吉さんは気が動転してしまい、自らが殺人罪で逮捕されると思ったのですよ。それで、増山さんの死の真相を誤魔化す為に出鱈目な証言をしたというわけですよ。
 そうであれば、増山さんの死体をスリ浜に遺棄したのは、無論、又吉さんだというわけですよ。
 それに、僕は今、又吉さんの証言の矛盾点を見つけました」
 と言っては、眼を光らせた。
「矛盾点? それ、どういったものかな?」
 と、高橋は興味有りげに言った。
「人の話し声が聞こえたと言いましたが、あの日は強く雨が降っていました。そんな中を人の話し声が聞こえるでしょうか。それに、あの雨の中を安脚場戦跡公園とか金子手崎防備衛所跡に行こうとする観光客とか地元住民がいるでしょうか。おかしいですよ」
 それで、もう一度、又吉から話を聴いてみることにした。

 高橋の前に姿を見せた又吉は、何となく落ち着きを失ってるように見えた。
 そんな又吉に、高橋は、
「まだ増山さんの事件は解決してないのですよ」
 と、決まり悪そうに言った。
「……」
「で、又吉さんは、その後、何か思ったことはないですかね。我々に言い忘れたことはないですかね?」 
 と、高橋は又吉の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、又吉は、
「特にないですね」
 と、決まり悪そうに言った。
「我々は、又吉さんの話を検討してみたのですが、どうもおかしいと思うことがありましてね」
 と言っては、高橋は眉を顰めた。
「おかしい? それ、どういうことですかね?」
 又吉は、些か納得が出来ないように言った。
「あの日は、雨がかなり降ってましてね。そんな状況なのに、人の話し声が金子手崎防備衛所跡の中まで聞こえるかということですよ」 
 そう高橋に言われると、又吉の表情はさっと青褪め、言葉は詰まった。それは、正に又吉の思ってみない質問だったようだ。
 そんな又吉に、
「それに、あの雨の中を観光客がわざわざ金子手崎防備衛所跡にまで来るでしょうかね?」 
 そう高橋が言うと、
「そんなことはないですよ。せっかく加計呂麻島にまで来たのだから、安脚場戦跡公園にまで行ってみようと思ったのかもしれないですからね」
「そうですかね。でも、又吉さんの話はやはりおかしいですよ。というのも、増山さんは又吉さんの携帯電話の番号を知っていたわけですから、又吉さんが増山さんを金子手崎防備衛所跡に置き去りにすれば、又吉さんの携帯電話に電話しない筈はありませんよ」
 と、高橋はいかにも納得が出来ないように言った。
「そりゃ、僕もその点はおかしいと思ってるのですよ。
 それで、大胆な推理となるのですが、増山さん殺しの犯人は、僕が金子手崎防備衛所跡を後にした後やって来た何者かではないと思うのですよ」
 と、渋面顔を浮かべては言った。
「それは、どういうことですかね?」 
 高橋は些か納得が出来ないように言った。
「つまり、その話し声からすれば、二人以上の人がいたに違いありません。
 その人たちは僕が金子手崎防備衛所跡から去った後、金子手崎防備衛所跡の中に入ったと思うのですが、すると、増山さんが倒れていました。
 そんな増山さんの頭を小突いたりしたのではないですかね。まあ、憂さ晴らしというみたいな感じですよ。
 その結果、増山さんは死んでしまい、慌てたその者たちは、車で増山さんの死体をスリ浜まで運んだというわけですよ」
「では、その何者かが、どういった人物なのか、分からないのですかね?」
「それは、以前も言ったように、分からないですね」 
 と、又吉は決まり悪そうに言った。
「では、その者たちは、安脚場戦跡公園まで車で来たのですよね?」
 と、高橋は訊いた。
「そりゃ、そうでしょう」
 と言っては、又吉は眉を顰めた。
「では、その者たちの車が安脚場戦跡公園の駐車場に停められていた筈ですが、では、それはどういったものでしたかね?」
 と言っては、高橋は又吉の顔をまじまじと見やっては言った。 
 すると、又吉は、
「マーチのような車だったとは思うのですが、僕は車には詳しくないので、はっきりとしたことは分からないのですよ」 
 と、いかにも決まり悪そうに言った。
 マーチクラスの車なら、加計呂麻島の住人とかフェリーかけろまの乗船客のことを調べてみれば、明らかになるだろう。
 それで、高橋はその思いを又吉に話した。
 すると、又吉は、
「僕もそう思いますね」
 と、まるで高橋に相槌を打つかのように言った。
 だが、その捜査は成果を得られなかった。
 その結果を受けて、高橋は、
「困ったな」
 と、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。捜査の進展が見られなかったからだ。
 今までの捜査からすると、容疑者は二人いた。
 一人は又吉であり、もう一人は、安脚場戦跡公園にやって来た何者かということだ。
 しかし、いずれも決め手がない。
 果たして、この事件は解決出来るのだろうか?
 そう高橋たちが焦りを感じても不思議ではなかった。

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