2 冬子の証言

 やがて、制服姿の警官が三人、姿を見せた。まだ、朝早いということで、今、辺りにいる人たちは、その四人を除いて、まだ誰も姿を見せてなかったのだが、次に姿を見せたのが、その制服姿の三人の警官であったのだ。
 その警官は、やがて、春雄の死体の傍らにやって来た。 
 すると春雄の死体がかなやま湖に沈んでいたことを最初に発見した帯広からやってきた鈴木和夫(56)という会社員が、その警官、即ち、沼田欽一警部補(45)に、
「どうやら、あの男性は、あの奥さんの夫らしいです」
 と、冬子の方を眼で示した。
 すると、沼田はつかつかと冬子の傍らにやって来ては、
「ご主人ですかね?」 
 と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った
 すると、冬子は黙って肯いた。
 沼田が冬子に声を掛けてる時に、その一方、沼田と共にやって来た富良野署の前田宗雄巡査長(34)は、死体の第一発見者である鈴木和夫から話を聞くことにした。 
 すると、鈴木は、
「僕は作夜、会社の同僚の田中さんと共に、このキャンプ場にやって来ましてね。で、朝、六時半に起きて、湖岸を散歩していたのですよ。朝のすがすがしい空気を吸う為にね。すると、男性の死体が湖に沈んでるのを眼に留めたのですよ。もう息を吹き返すことがないことは、確実だと思いましたので、男性をそのままにしては、管理人に事の次第を話したのですよ」 
 と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。そんな鈴木は、鈴木がすぐに湖に飛び込んで、男性を引き上げなかったことに関しては、何ら過失はないと言わんばかりであった。
 すると、かなやま湖キャンプ場の管理人をやっている岡村茂男(59)は、
「僕は鈴木さんと共に現場に駆けつけ、僕が男性を湖から引き上げたのですよ」
 と言っては、小さく肯いた。そんな岡村は、鈴木が取った行動には、何ら問題はなかったと言わんばかりであった。

 一方、冬子は対する聞き込みが、今、沼田によって行なわれていた。
「私が朝、目覚めたのは、午前六時頃でした。すると、その時には、既に主人の姿は見られませんでした。私は、朝の空気を吸いに行ったと思い、特に気にはしてなかったのですが、七時半を過ぎてもまだ戻って来なかったので、流石に気になり、主人のことを探そうとしたのですが、湖岸に男の人が三人集まっていたので、私もそこに行ってみたところ、主人の死体を陸に引き上げる作業の最中であったのですよ」 
 と、冬子はいかにも落胆したような表情を浮かべては言った。
「ご主人がテントから出たのは、何時頃のことですかね?」
 沼田は興味有りげな表情を浮かべては言った。
「それが、分からないのですよ」
 冬子は神妙な表情を浮かべては言った。
「昨夜は何時頃、就寝されたのですかね?」
「九時頃でしたね」
「その後、ご主人がテントから出たということはなかったのですかね?」
「分からないです。私はすぐに眠りに落ちてしまい、朝まで目覚めることはなかったのですよ」
 と、冬子は決まり悪そうに言った。
「そうですか」 
 と、沼田は呟くように言ったものの、春雄の死亡推定時刻を調べれば、春雄が何時頃、テントから外に行ったということは自ずから分かるというものであろう。 
それはともかく、春雄の死は水死によるものと思われたが、今の時点では、春雄の死に事件性があるのかどうかということは、まだ明らかになっていなかった。
 だが、明らかに殺しによるものという痕跡は見られなかったものの、念の為に、解剖が行なわれ、死亡推定時刻と死因が調べられることになった。
 すると、それは明らかになった。 
 即ち、死亡推定時刻は、昨夜、即ち、七月三日の午後十一時から零時であり、また、死因は水死であることが明らかになった。  
 だが、これだけでは、春雄の死に事件性があるのかどうかは、明らかにならなかった。首に鬱血痕とか頭部に裂傷なんかが見られれば、殺しによってもたらされたといえるのだが、春雄の場合は、そうではなかったのだ。 
 それで、その結果を冬子に話したところ、冬子は、険しい表情を浮かべては、言葉を発そうとはしなかった。
それで、沼田は、
「奥さんはどう思いますかね?」 
 と、冬子の胸の内を訊いた。
すると、冬子は、
「よく分からないですね」 
 と、いかにも決まり悪そうに言った。
「ご主人は誤って湖岸から足を滑らせ、湖に落ちてしまうような性質の持ち主でしたかね?」
「そりゃ、何とも言えません。でも、昨夜はかなりお酒を飲みましたからね」
 そう言っては、冬子は決まり悪そうに言った。そんな冬子は、酔いが覚めていない春雄が、寝付かれずに湖岸に踏み出し、その結果、足を滑らしてしまった為に発生したのが、今回の春雄の死であったのではないかと言わんばかりであった。
 そんな冬子の胸の内を察した沼田は、
「やはり、事故死なのかもしれませんね」
 と、呟くように言った.
 警察としても、それで解決する方が、面倒な捜査をする必要もなかったので、幾分か安堵したような表情を浮かべては言った。
 そんな沼田に、冬子は何も言おうとはしなかった。 
 そして、冬子への聞き込みはこの辺で終わったのだ。
 念の為に、冬子と秋草との仲の捜査も行なわれることになった。冬子は飽くまで秋草の死に関して何ら思い当たることはないと証言したが、しかし、その証言は嘘で、実のところ、秋草と冬子との関係にトラブルがあり、秋草の死は冬子によってもたらされた可能性があるというわけだ。
 それ故、秋草と冬子との関係が密に捜査されたのだが、秋草と冬子との間には何らトラブルはなかったという捜査結果が出た。
 これによって、秋草の死は、誤ってかなやま湖に落ちてしまい、その結果の死、即ち、事故死という形で処理されることになったのだ。

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