5 怪しい男

 その二人の名前を以下に記す。
 〈 鈴木和夫  (47) 帯広市S町
   相川信吾  (46) 帯広市M町 〉
 そして、連絡先も分かっていたので、鬼頭は早速この二人に会って二人から話を聞いてみることにした。
 その日の午後七時頃に姿を見せた鬼頭に対して、鈴木は警戒したような視線を向けた。そんな鈴木は長身の痩せた身体付きで、口元に髭を蓄えていた。
 そんな鈴木に、鬼頭は、
「鈴木さんに訊きたいことがあるのですがね」
 と、淡々とした口調で言った。
「僕に訊きたいこと? それ、どんなことですかね?」
 鈴木はさして関心が無さそうに言った。
「鈴木さんは七月三日に相川信吾さんと、かなやま湖にキャンプに行きましたね」
 と、鈴木の顔をまじまじと見やっては言った。
 そんな鬼頭は、心の中ではやはりホシは鈴木である可能性は十分にあると思った。というのは、鬼頭は長年刑事という仕事に携わって来たが、その為に人を見抜く勘というものが培われたと自覚していた。その勘が、鈴木という男は十分怪しいとピンと来たのだ。
 それはともかく、鈴木はそのようなことを隠しても無駄だと思ったのか、
「ええ」
 と、何ら表情を変えずに淡々とした口調で言った。
 すると、鬼頭は小さく肯き、
「その時に死亡事故が発生しましたね」
 と言っては、鬼頭は眉を顰めた。
 すると、鈴木は、
「そうでしたね」
 と、さりげなく言った。そんな鈴木は、鬼頭の来訪の目的がその事故に関することだということを十分に理解してるかのようであった。
 すると、鬼頭は小さく肯き、
「で、事故死したのは、帯広で中学の教員をやっていた秋草正雄という男性だったのですが、鈴木さんはその秋草さんの遺体が湖底に沈んでるのを最初に発見し、かなやま湖キャンプ場の管理人に知らせたのですよね?」
「そうです」
「そして、鈴木さんは相川さんと共に、秋草さんの遺体が陸揚げされるのを見ていたのでしたよね?」
「まあ、そうですね」
 と、鈴木は何ら表情を変えずに淡々とした口調で言った。
「で、その陸揚げ作業を見守っていたのは、鈴木さんと相川さん、それに後一人男性がいましたよね」
 と、鬼頭は鈴木の顔をまじまじと見やっては言った。
「そうでしたかね」
 と、鈴木は特に関心が無さそうに言った。
 すると、鬼頭は小さく肯き、
「で、そのもう一人の男性は、高垣孝太郎さんという帯広に住んでいたアルバイトをやっていた方なんですが、その高垣さんと鈴木さんは元々面識がありましたかね?」
 と鬼頭が言うと、鈴木は、
「いいえ」 
 と、鬼頭の言葉に間髪を入れずに言った。
「相川さんもそうでしたかね?」
「そうだと思いますよ」
 と言っては、鈴木は小さく肯いた。
「そうですか。で、それはそれとして、その高垣さんが先日、帯広の緑ヶ丘公園で絞殺体で発見されたのをご存知ですかね?」
 と、鬼頭は鈴木の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、鈴木は眼を大きく見開き、
「それ、本当ですかね?」 
 と、いかにも驚いたかのように言った。
「ええ。本当ですよ。ご存知なかったのですかね?」
 と、鬼頭は驚いたかのように言った。
「そりゃ、それは初耳ですよ。もっとも、緑ヶ丘公園で他殺体が発見されたことは知ってますよ。新聞に載ってましたからね。その被害者が、まさかかなやま湖キャンプ場で秋草さんの死体の陸揚げされるのを一緒に見守っていた人物とは、夢にも思いませんでしたよ」
 と、鈴木は再び驚いたかのように言った。
「そうですか。で、高垣さんの奥さんや友人だった人たちから話を聞いたのですが、高垣さんが何故殺されたのか、てんで心当たりないというのですよ」
 と、鬼頭は渋面顔で言った。
「……」
「それ故、高垣さんのことを更に捜査してゆくと、七月三日のかなやま湖での出来事が引っ掛かったのですよ」 
 と、鬼頭は再び渋面顔で言った。
 すると、鈴木は眼を大きく見開き、
「どう引っ掛かったのですかね?」 
 と、眉を顰めては言った。
「ですから、高垣さんが妙な事件に遭遇したのは、その件だけですからね」 
 と言っては、鬼頭は小さく肯いた。
 すると、鈴木は眼を大きく見開き、
「ちょっと待ってくださいよ」
 と、甲高い声で言った。
 それで、鬼頭は鈴木の次の言葉を待とうとした。
「その秋草さんの件は、事件ではなく、事故だったのですよ。それが妙なんですかね?」
 と、鈴木はいかにも納得が出来ないように言った。
 すると、鬼頭は眼を大きく見開き、
「それが、秋草さんの奥さんによると、秋草さんは中学の教員でしたから、軽率な行動は考えられないというのですよ。つまり、誤ってかなやま湖に落ちてしまうようなへまを仕出かすようなことはやらないと言ったのですよ。そりゃ、少しはビールを飲んでいたらしいですが、しかし、正体を無くすという状態からは、ほど遠い状態だったというのですよ」 
 と、いかにも納得が出来ないように言った。
「……」
「それ故、それに関して、鈴木さんは何か思うことがないのかということですよ」
 と、鬼頭は鈴木の顔をまじまじと見やっては言った。そんな鬼頭は、何か知ってることがあれば、隠さずに話してくださいよと言わんばかりであった。
 だが、鈴木は、
「そう言われても、僕は特に思うことは何もないですね」 
 と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。そんな鈴木は、鬼頭の役に立たなくて申し訳ないと言わんばかりであった。
「そうですかね」
 鈴木の言葉に、鬼頭は怪訝そうな表情を浮かべては言った。
 すると鈴木はむっとした表情を浮かべては、
「そうですかね、とは、どういうことですかね?」
 と、今度は鈴木が鬼頭の顔をまじまじと見やっては言った。
「鈴木さんが関係してそうな事件が、その秋草さんの事故だけなら、僕が鈴木さんの家にこうやって、やって来ることもなかったでしょうが、しかし、その後、正に信じられないような事件が発生したのですよ。それが、先程説明した緑ヶ丘公園で発見された高垣さんの事件なんですよ」
 と、鬼頭はいかにも深刻な表情を浮かべては言った。
 すると、鈴木は、
「そう言われても、僕にはてんで分からないですよ。何故、その高垣という人が殺されたのか!」
 と、いかにも不満そうに言った。そんな鈴木は、正に高垣の事件で鈴木に疑いの眼を向けた鬼頭のことを、強く非難するかのようであった。
 それで、鬼頭はこの辺で鈴木の許を去ることになった。鈴木が高垣の事件に関係したというような証拠は今のところ、何ら無かったからだ。
 しかし、その翌日になって、高垣の事件だけでなく、秋草の死の真相も解明出来そうな有力な証拠が見付かったのである!

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