3 身元判明

 男性の遺体は、長崎市内のS病院で司法解剖が行なわれた。そして、その結果は予想通りであった。
 即ち、男性の死は青酸による毒死であり、また、死亡推定時刻も長内夫妻の証言通り、十一月十一日の午後一時頃であった。
 そして、男性の身元はあっさりと判明した。
 というのは、男性の背広のポケットには名刺が入っていたので、その名刺に記されていた連絡先に連絡してみたところ、その連絡先に記されていた会社の社員がS病院に駆けつけ、その男性の身元が判明したのである。
 その男性は恩田忍という五十歳で、川村建設という長崎に本社がある従業員が二百人程の会社で経理課長をしてたとのことだ。
 川村建設は大手建設から仕事を主に請け負っていて、ビル建設なんかに実績があるとのことだ。
 恩田の死を確認したのは、経理部長の峰岸豊(53)であった。峰岸も恩田と同様中肉中背で銀縁の眼鏡を掛け、神経質そうな感じであった。
 そんな峰岸に山際は恩田が死に至った経緯を説明し、そして、
「恩田さんが何故あのような死に方をなされたのか、皆目見当がつかないのですがね」
 と、眉を顰めては、いかにも決まり悪そうに言った。
 すると、峰岸は山際から眼を逸らしては、渋面顔を浮かべては少しの間言葉を詰まらせていたのだが、やがて、
「僕は自殺だと思いますね」
 と、山際にちらちらと眼を向けながら言った。
「ほう……。それはどうしてですかね?」
 山際は興味有りげな表情を浮かべては言った。
 すると、峰岸は山際から眼を逸らしては、渋面顔を浮かべては言葉を詰まらせた。そんな峰岸は、何となく言いたくないことが存在してるかのようであった。
 そんな峰岸に、山際はいかにも愛想良い表情を浮かべては、
「どんな些細なことでも構わないですから、遠慮なく話してくださいな」
 山際にそう言われると、峰岸は山際を見やっては表情を改め、
「実はですね。恩田さんは会社のお金を使い込んでいたのですよ」
 といかにも言いにくそうに言った。
「会社のお金を使い込んでいたですか……」
 山際は眼を大きく見開き、そして、白黒させては言った。そんな山際は、正にその峰岸の言葉は意外なものであったと言わんばかりであった。
「そういうわけだったのですよ」
 と、峰岸はちらちらと山際を見やりながら、いかにも言いにくそうに言った。
「一体いくら位使い込んでいたのですかね?」
 山際は興味有りげに言った。
「正確にはまだ分かってませんが、四、五千万位と思われますね」
 峰岸は渋面顔で言った。
「四、五千万もですか。で、何故、そのようなことが分かったのですかね?」
「そりゃ、色々と不自然なことが出てきましてね。それで、恩田君が怪しいということになったわけですよ。何しろ、恩田君は経理課長でしたからね。いわば、我が社の経理を管理する立場にあったというわけですよ。
 それ故、その立場を悪用し、経費を水増しするとかいった手口を用い、四、五千万にも及ぶ会社のお金を自らのポケットマネーにしてたわけですよ。で、恩田君はその不正を認めたのですよ」
 と、峰岸は顔を赤らめてはいかにも決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
 その峰岸の説明を聞き、山際は、
「成程」
 と、いかにも納得したように肯いた。
 峰岸が今、言ったような事件はこれまでに度々発生している。それ故、今の峰岸の話には十分に納得が出来たのである。
 とはいうものの、今の峰岸の説明だけでは、何故恩田が自殺したのかは明らかにされてないというものだ。
 それで、山際はその点を峰岸に確認してみた。
 すると、峰岸は、
「ですから、恩田さんは懲戒免職になることが決まっていたのですよ。また、逮捕されるでしょう。無論、恩田さんの不正は新聞に載ることでしょう。それ故、恩田さんは今後、世間に隠れるようにして生きていかなければならないでしょう。そんな生活は恩田さんには耐えられなかったのではないでしょうかね。だから、恩田さんは自殺したのではないでしょうかね。
 もっとも、『青龍軒』で自殺したのは衝動的なのか、計画的なのかまでは分かりませんが、恩田さんの死は自殺に間違いないと思います」
 と、まるで山際に言い聞かせるかのように言った。
 そう峰岸に言われ、山際は、
「成程」
 と、言っては小さく肯いたが、そんな山際の表情は幾分か不満げであった。案の定、山際は、
「でも、『青龍軒』でちゃんぽんを食べてる時に自殺をしますかね?」
 と、納得が出来ないように言った。そんな山際は、自殺するのならもっと違った場所で行なうのではないかと言わんばかりであった。
 すると、峰岸は、
「自殺しようとしてる者は、頭の中がおかしくなっているのですよ。それ故、常識では説明がつかないような行動をとることも有り得ると思われます。
 それ故、恩田さんは『青龍軒』でちゃんぽんを食べてる時に自殺するという訳の分からないことを行なってしまったのではないですかね」
 と、渋面顔を浮かべては言った。
 そう峰岸に言われると、山際も渋面顔を浮かべ、言葉を詰まらせてしまった。何故なら、峰岸の説明はもっともなこととも思えたからだ。
 それはともかく、恩田を死に至らしめた青酸を恩田はどうやって入手したのであろうか?
 山際はその疑問を峰岸に話してみた。
 すると、峰岸は、
「鍍金工場で働いている人の知人がいるとか、薬剤師に知人がいたりすれば、入手出来ないこともないというようなことを僕は聞いたことがありますね」
 と、渋面顔で言った。
 そして、山際はまだしばらくの間、峰岸に聞き込みを続けていたが、峰岸は恩田は自殺したと言うだけで、恩田が殺されたというケースに関しては、全く言及しなかった。
 そして、峰岸に対する聞き込みは、この辺で一旦終わることになった。

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