7 捜査進展

 そして、この時点で捜査会議が長崎署内で行なわれることになった。
 そして、山際の捜査結果から、峰岸犯人説が捜査陣の中では有力という状況となっていた。
 そして、その動機に関して様々な意見が出されたが、その結果、怨恨とかいった感情絡みではなく、金銭絡みではないかという意見が有力なものとなっていた。何しろ、恩田が自殺したのは、会社のお金を横領し、その事実が明らかになった為に、恩田は懲戒免職となり、逮捕されることになっていた。そうなる位なら、自殺しようということになり、恩田は自殺したと峰岸は主張した。
 だが、その峰岸の主張が嘘であるのなら、その峰岸の主張の裏には、峰岸の思いが潜んでいると思われる。
 では、その思いとはどのようなものだろうか?
 それに関して、捜査陣の間で論議が交わされたが、山際は、
「ひょっとして、恩田さんの横領に峰岸さんも関わってたのではないですかね」
 と、眼を大きく見開いては、いかにもその可能性はあると言わんばかりに言った。
 すると、徳野が、
「成程。その可能性はありそうですね」
 と、相槌を打つかのように言った。
 山際と意見の対立が多い徳野にそう言われ、山際は些か満足したように肯き、そして、
「つまり、横領の責任を峰岸さんは恩田さん一人に擦り付けようとしたのですよ。ところが、その峰岸さんの思い通りに行かなくなりそうになったのではないですかね? それ故、恩田さんを殺して、恩田さんの口を封じ、峰岸さんの犯行を闇に葬ろうとしたのではないでしょうか」
 と、山際はいかにも自信有りげな表情と口調で言った。
 だが、そんな山際に徳野が、
「ちょっと待ってください」
 と、山際に反発するかのように言った。
 すると、山際は眉を顰め、徳野を見やった。そんな山際は、今の山際の推理に何か問題があるのかと言わんばかりであった。
 そんな山際に徳野は、
「恩田さんは『青龍軒』でちゃんぽんを食べてる時に死んだのですよ。その時に峰岸さんがいなかったことは間違いないのですよ。それなのに、どうやって峰岸さんは恩田さんに青酸を飲ますことが出来たのですかね?」
 と、いかにも納得が出来ないと言わんばかりに言った。そんな徳野は、いかにも大きな壁にぶつかってしまったと言わんばかりであった。
 そう徳野に言われると、山際は渋面顔を浮かべては言葉を詰まらせた。確かに徳野の疑問はもっともなことだったからだ。
 それで、山際たち捜査陣たちの間で少しの間重苦しい沈黙の時間が流れたが、やがて山際が、
「『青龍軒』の長内夫妻が共犯なら、十分に可能でしょうね」
 と、いかにも厳しい表情を浮かべては言った。そう言った山際ですら、そのようなことが有り得るのかと言わんばかりであった。
 そう山際に言われ、徳野は渋面顔を浮かべては言葉を発しようとはしなかった。そんな徳野の表情からは、徳野の胸の内を推測することは困難なことのように思われた。
 すると、若手の野田刑事が、
「僕はその可能性は十分にあると思います」
 と、眼を大きく見開き輝かせては言った。
「何故そう思うんだ?」
 徳野は眉を顰めては、野田刑事をまじまじと見やっては言った。
 すると、野田刑事はその徳野の言葉を待っていたと言わんばかりの様を見せては、
「『青龍軒』は儲かってませんでした。つまり、長内夫妻はお金がなかったのです。それ故、峰岸さんからお金を餌に協力してくれと言われたのではないですかね。それ故、お金がなかった長内さんは、そのお金に眼が眩み、恩田さんが食べたちゃんぽんに青酸を入れた可能性は十分にありますよ。何しろ、我々の捜査では、長内夫妻と恩田さんとの接点は全くなかったのですからね。ですから、峰岸さんから長内さんには絶対に迷惑が掛からないと言われ、峰岸さんの犯行に協力したというわけですよ」
 と、眼を大きく見開き、輝かせては言った。
 そう野田刑事に言われると、徳野は、
「成程」
 と、些かその野田刑事の推理に納得したように肯いた。そして、
「もし、今の野田君の推理が正しければ、峰岸さんと長内さんとの間に接点がなければならない。それ故、その証拠を摑まなければならないな」
 ということになり、徳野たち捜査陣は、次にその捜査に取り掛かった。
 すると、その捜査は予想外に早く成果を得ることが出来た。
「青龍軒」の隣に店を構えている雑貨店主の小田正雄(63)が、
「その男性が時々『青龍軒』の中に入っていくのを僕は眼にしたことがありますよ」
 と、山際が密かに撮った峰岸の写真を見て、そのように言ったのだ。
 そんな小田に山際は、
「でも、小田さんはその男性のことをよく覚えていましたね」
 と、些か感心したように言った。
 すると、小田は、
「そりゃ、『青龍軒』にはあまりお客さんが来ないですからね。ですから、五、六回程同じお客さんが『青龍軒』に入っていけば、自ずからそのお客さんの顔を覚えてしまいますよ。何しろ、うちの店もお客さんが少ないですからね。僕の眼も自ずから通りを歩いている人とか、『青龍軒』の方に向いてしまうというわけですよ」
 と言っては苦笑いした。
 そう小田に言われ、山際はいかにも満足したように肯いた。即ち、今の小田の証言によって、峰岸と長内夫妻との接点が明らかになったからだ。お客が少ない「青龍軒」に峰岸が足繁く足を運べば、峰岸と長内夫妻が親密になっても不思議ではないであろう。
 そして、これによって、長崎県警の見解は固まった。
 即ち、恩田を殺したのは峰岸と長内夫妻であったのだ!
 とはいうものの、それを証明出来る証拠はない。今の時点では、峰岸と長内夫妻を恩田殺しの容疑で逮捕は出来ないというものだ。
 そして、その証拠を摑むことは相当困難と思われた。何しろ、今まで峰岸と長内夫妻に聞き込みを行なった結果、峰岸と長内夫妻が共犯関係にあったという感触はまるで得られてなかったからだ。
 とはいうものの、峰岸が何故会社の金を横領してまで金が必要だったのか、その捜査は可能であろう。そして、その点を明らかにし、峰岸を追い詰めて行くことは可能であろう。
 

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