8 思わぬ情報

 捜査会議で今後は峰岸と長内夫妻に捜査の的を絞ることが決まったことを受けて、早速まず峰岸の方から捜査が行なわれることになった。
 とはいうものの、峰岸を署に出頭させ訊問を行なうわけにはいかなかった。何しろ、今の時点では峰岸が恩田の殺しに関係したという証拠は全くなかったからだ。
 それ故、峰岸に対する捜査は密かに行なわれることになった。
 その手法として、川村建設の社員に恩田の死に関して聞き込みを行なう傍ら、峰岸のことをそれとなく訊いてみたり、また、峰岸宅の近所の住人に峰岸のこととか川村建設のことを訊いてみるという具合だ。
 すると、峰岸宅の二件隣に住んでいる沢野明美という五十位の話し好きと思えるような感じの主婦から、興味ある情報を入手することが出来た。
 峰岸のことを訊いた山際に対して明美は、
「最近、峰岸さん夫婦は、うまく行ってないみたいですね」
 と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。
「ほう……。それは、どうしてですかね?」
 山際はいかにも興味有りげな表情を浮かべては言った。
 すると、明美はそう山際から訊かれるのを待ってましたと言わんばかりに、
「何でも、ご主人が女を囲っていることが奥さんにばれてしまったみたいなんですよ。峰岸さんの奥さんはその不満を私にぶつけてましたからね。
 で、最近ではその女のことで、峰岸さん夫婦は喧嘩が絶えなかったみたいですよ」
 と、眼を大きく見開き、そして、輝かせ、また、些か興奮気味に言った。
「成程。でも、女を囲うとなると、お金が結構掛かるのではないですかね」
 と、山際は眉を顰めては、神妙な表情を浮かべては言った。
 すると、明美は眼を大きく見開き、
「それなんですけどね。峰岸さんの奥さんがご主人の浮気に気付いたのは、ご主人のワイシャツに口紅が付いていたからみたいなんですよ。で、奥さんは興信所を使ってご主人のことを調べさせたところ、ご主人が諏訪神社の近くにあるマンションに女を住まわせてることが明らかになったのですよ。更に車まで買い与えていたことも明らかになったそうです。
 その事実を目の当たりにして、奥さんは涙を流して悔しがったそうですよ」
 と、いかにも神妙な表情を浮かべて言った。そんな明美は正に峰岸の奥さんの気持ちは十分に分かると言わんばかりであった。
 そう明美に言われ、山際は、
「そういうわけでしたか……」
 と、明美と同様、神妙な表情を浮かべて言った。
 だが、山際はその表情とは裏腹、心の中では笑っていた。今の明美の話から、確かに手応えを感じたからだ。即ち、今の明美の話は、正に山際たちが必要としてたものだったのだ。
 そんな山際は、
「で、その資金、つまり峰岸さんがその女に与えているお金は、どうやって工面してたのでしょうかね? 峰岸さんの給料だけでそれが可能だったのでしょうかね?」
 と、明美に訊いた。この点に関しては、明美はまだ山岸に情報を提供してくれてなかったのである。
 すると、明美は再び眼を大きく見開き、輝かせた。そんな明美はその点に関しても情報を持ってるかのようであった。
「そのことに関しても、奥さんは私に話してましたよ。つまり、峰岸さんは経理部長の役職に就いていらっしゃるそうですが、何しろお勤め先はさ程大きな会社ではないみたいですからね。ですから、稼ぎもさ程多くないみたいですよ。それなのに、どうして女を囲えるのか分からないと、奥さんは首を傾げていましたよ」
「つまり、峰岸さんの稼ぎでは、女を囲うことは出来ないと、峰岸さんの奥さんは言っていたのですかね?」
 山際は、明美の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、明美は、
「正にそうですよ。何しろ、峰岸さんには中学三年の娘さんがいますからね。その娘さんにもかなりお金が掛かるそうなんですよ。更に住宅ローンもまだ完済されてないそうなんですよ。
 それなのに、峰岸さんが何故女を囲えるのか分からないと、峰岸さんの奥さんは首を傾げていたというわけですよ」
 そう言い終えた明美は、この時点で初めて表情を曇らせた。そんな明美は、峰岸家の他人に知られたくないような内情を、他人である明美がべらべらと山際に話してしまったことに後悔してるかのようであった。
 だが、山際はこのおしゃべり好きと思える明美の話から、正に捜査は大いに進展したことを確認した。
 即ち、山際たちが推理してたように、峰岸もやはり恩田と同様、横領に手を染めていたのだ。峰岸には女を囲えるだけの金がなかった。それで、恩田と結託してか、あるいは、恩田が横領してるのを知って峰岸もその横領に手を染めるようになったのかは分からないが、峰岸も横領に手を染めていたのである。
 だが、恩田の横領は発覚してしまった。それで、恩田の口から峰岸の横領が発覚するのを恐れ、峰岸は恩田を殺してしまったというわけだ。そして、峰岸の横領も恩田の仕業だと思わせようとしたのだ!
 その推理に自信を持った山際は、この辺で明美に対する聞き込みを終えることにした。
 明美宅を後にした山際の表情は、些か満足げなものであった。峰岸の恩田殺しを裏付ける証拠を入手出来たからだ。
 もっとも、それは状況証拠であって、峰岸の犯行を直接に裏付けるものではない。しかし、捜査が進展したことには間違いないのだ! それ故、山際がそのような表情を浮かべるのは当然のことと言えよう。 
 そんな山際は、今度は峰岸の妻に会って話を聞いてみることになった。
 とはいうものの、峰岸がいる場で妻に聞き込みを行なうわけにはいかなかった。何故なら、峰岸が、山際の峰岸の妻に対する聞き込みを妨害する可能性があったからだ。
 それ故、峰岸の妻に対する聞き込みは、峰岸が仕事をしてる間、即ち、昼間に行なわれることになった。そして、それは山際が明美に聞き込みを行なった翌日の午後零時頃となった。
 山際が事前に峰岸宅を訪れる旨を知らせてなかった為か、私服姿の山際が警察手帳を見せては身分を明かすと、峰岸恵子は驚いたような様を見せた。
 そんな恵子に妙な警戒心を抱かせないようにする為に、山際は正に穏やかな表情を浮かべては、
「奥さんに少し訊きたいことがあるのですがね」 
 山際がそう言うと、恵子は畏まった様を見せては、
「それは、どんなことですかね?」
 そんな恵子に、山際は早速峰岸の愛人のことを切り出した。
 すると、恵子はいかにも決まり悪そうな表情を浮かべた。そんな恵子は、正に訊かれたくないことを訊かれてしまったかのようであった。
 とはいうものの、山際がその愛人の連絡先を知ってるかと訊くと、恵子はあっさりとそれを話した。
 それによると、峰岸の愛人は石野真美という二十八歳で、諏訪神社近くにある「太陽マンション」というマンションの403号室に住んでいるとのことだ。
 そして、これによって恵子に対する聞き込みの目的を果たせたので、山際はこの時点で恵子に対する聞き込みを終えようとした。
 すると、そんな山際に恵子は、
「刑事さんは、何故主人の愛人に関心があるのですかね?」
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
 そんな恵子に山際は、
「少しその石野さんに訊きたいことがありましてね」
 と、穏やかな表情と口調で言うに留まった。まだ、峰岸が恩田殺しの犯人と確定したわけでもないので、恵子に早まったことを言う訳にはいかなかったのだ。
 そして、この辺で恵子に対する聞き込みを終え、山際はその足で諏訪神社近くにある「太陽マンション」に向かったのであった。

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