第十一章 意外な容疑者

     1

 長谷川はいかにも険しい表情を浮かべながら、戸田の話に黙って耳を傾けていたが、戸田の話が一通り終わると、
「それ、何かの間違いではないですかね?」
 と、いかにも怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「間違い? それ、どういうことですかね?」
 戸田も怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「ですから、僕が大河内さんに金に困ってるチンピラ風の男を知らないかとか言ったというようなことですよ」
 と、誠実そうな感じの長谷川は、いかにも納得が出来ないような表情を浮かべては言った。
「でも、僕は大河内さんからはっきりとそう聞かされたのですがね」
 戸田は些か不満そうに言った。
「そう言われても、僕には何故大河内さんがそのようなことを言ったのか、てんで分からないですね」 
 長谷川はいかにも不満そうに言った。
「じゃ、大河内さんが嘘をついたと言うのですかね?」
「勿論、そうですよ」
 と、長谷川はきっぱりと言った。
「じゃ、長谷川さんはその田中三郎という男とは、何ら面識がないのですかね?」
「勿論ですよ」
 と、長谷川は再びきっぱりと言った。
 そんな長谷川を眼にして、戸田は困惑げな表情を浮かべざるを得なかった。大河内も何となく誠実そうな印象を抱かせたのだが、長谷川も誠実そうな印象を抱かせた。それ故、そんな長谷川がそのように言えば、長谷川の証言を信じたくなってしまうのだ。
 となると、大河内が嘘をついたというのか?
 それで、戸田は戸惑いの表情を浮かべては、少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、長谷川は、
「でも、刑事さんは何故大河内さんに行き着いたのですかね?」
 と、いかにも怪訝そうな表情を浮かべては言った。そんな長谷川は、正にその理由が分からないと言わんばかりであった。
 それで、戸田は、
「その点に関しては、今の時点では話すわけにはいかないですね」
 と、渋面顔を浮かべては言った。
すると、長谷川と戸田、そして、佐々木刑事との間で少しの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、戸田は、
「では、長谷川さんは、金子一平という人物をご存知ですかね?」
 と、長谷川の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、長谷川は怪訝そうな表情を浮かべては、
「金子一平? 誰ですかね、それ?」
 と、そのような名前は今、初めて耳にすると言わんばかりの表情と口調で言った。
「千葉市S町に住んでいた一人暮らしの資産家の老人ですよ」
 と、戸田は長谷川に言い聞かせるかのように言った。
 すると、長谷川は、
「そのような人物に心当りありませんね」
 と、首を傾げた。そして、
「何故、そのようなことを僕に訊くのですかね?」
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。だが、そんな長谷川の眼は、戸田の眼を見据えていて、それはまるで戸田の胸の内を探るかのようであった。
 すると、戸田は、
「その金子さんは、二年程前に強盗の被害に遭いましてね。そして、自宅に保管してあった数億と言われてる現金が盗まれてしまったのですよ」
 と、再び長谷川に言い聞かせるかのように言った。
 すると、長谷川は、
「そういうわけですか……。でも、何故そのようなことを僕に言うのですかね?」
 と、些か納得が出来ないように言った。
 そう長谷川に言われても、戸田は答えようとはせず、
「で、以前も訊きましたが、長谷川さんはどういったお仕事をされてるのですかね?」 
 と、いかにも興味有りげに言った。
 すると、長谷川はむっとした表情を浮かべては、
「そのようなことまで答えなければならないのですかね」
 と、戸田を突き放すかのように言った。
 それで、戸田はこの時点で佐々木刑事と共に長谷川のマンションを後にすることにした。
 長谷川のマンションを後にすると、佐々木刑事は、
「大河内さんの話と、長谷川さんの話のどちらを信じますかね?」
 と、眉を顰めては言った。
 すると、戸田は、
「大河内さんの方だな」
 と言っては、唇を噛み締めた。
「何故、そう思うのですかね」
 佐々木刑事は興味有りげに言った。
「大河内さんは既に金子さんの事件に関わったということを認めてるんだ。だから、自らが隠していたことをもう隠す必要はないと思い、正直に話したのではないかな。
 それに対して、長谷川さんは今の時点では、まだ、何ら長谷川さんが関わったと思われる犯行は露見していない。それ故、長谷川さんにとって不利となりそうなことは、嘘をついてやれと思ったんじゃないのかな」
 と戸田は言っては、小さく肯いた。
「じゃ、警部は今回の事件に、長谷川さんが関わってると推理されてるのですかね?」
「可能性としては、有り得るだろうな」
 と、戸田は些か険しい表情を浮かべては言った。そんな戸田は、正に思ってもみなかった容疑者が浮上してしまったと言わんばかりであった。
「ということは、警部は金子さんの事件に、長谷川さんが何らかの関わりがあったと思ってるのですかね?」
 と、佐々木刑事は些か信じられないと言わんばかりに言った。
 すると、戸田は些か険しい表情を浮かべては、
「可能性はあると思うな」
「何故、そう思うのですかね?」
 佐々木刑事は、意外だと言わんばかりに言った。
「だから、金だよ。金を必要としてたら、関わったかもしれないじゃないか」
 と、自らの職業を語らない長谷川に、不審点ありと言わんばかりに言った。
「でも、大河内さんは長谷川さんが金子さんの事件に関係してたとは言ってませんでしたね。何故でしょうかね?」
「だから、陰で参加していたかもしれないということだよ」
 と言っては、戸田は小さく肯いた。そんな戸田は、その可能性はありと言わんばかりであった。
 そして、その戸田の推理に基づいて、早速、長谷川の銀行口座などが捜査された。
 すると、早くも成果を得ることが出来たのである。
 というのは、長谷川は三年程前から、大手のサラ金会社であるMローンに八百万程の借金を抱えていたのだが、二年程前にその八百万の返済を一気に終えたという情報を入手出来たのである。
 また、田中三郎の遺品を更に捜査したところ、田中のメモ帳には長谷川の携帯電話の番号が記されていたことが明らかとなったのだ。
 この事実を受け、長谷川は署に出頭を要請され、署の取調室で戸田たちから事情聴取を受けることになったのだ。
 取調室のテーブルを挟んで、戸田たちと向い合った長谷川は、戸田の話に何ら口を挟まずに、いかにも険しい表情を浮かべては、じっと耳を傾けていたが、戸田の話が一通り終わっても、長谷川はいかにも険しい表情を浮かべては、言葉を発そうとはしなかった。そんな長谷川の表情は、まるで崖っ縁に立たされた自殺志願者といった塩梅であった。
 そんな長谷川に、戸田たちは、何度も長谷川が何故八百万ものサラ金の返済を二年前に一気に返済出来たのか、また、田中三郎のメモ帳に長谷川に携帯電話の番号が記されていた事実を鋭く追及した。
 すると、長谷川はもう逃れられないと思ったのか、あるいは、長谷川自身が本来、悪人ではなかったのか、長谷川はさ程時間を経ずに、真相を語り始めたのである。

     2

「要するに、僕が主催した山岳サークルのメンバーたちは、知り合って一年程経った頃、お互いに金を必要としていたことが分かったのですよ」
 と、長谷川はいかにも神妙な表情を浮かべては言った。
「その顔触れは、横田さんと田中二郎さんか」
「そうです。横田さんは長野市内で喫茶店を営んでいたのですが、赤字続きで、正に食う金すらまともに稼げないとういう状況でした。また、田中二郎さんは自らの安月給にいつも嘆いていました。また、その頃、僕は株式投資に失敗し、定職についていない僕がとても返せない位の借金を抱えてしまったのですよ」
 と、長谷川は正に大いなる失敗をしてしまったと言わんばかりに、その株式投資の失敗を嘆くかのように言った。
「で、刑事さんは今まで、僕の職業を問われましたが、僕はその問いに答えることを拒否していました。
 というのも、僕は実のところ、親の遺産で何とか今まで定職につかずに、食いつないでいたのですよ。また、その遺産で株式投資なんかをやり、結構、稼いでいたのですよ。そんなことをいくら警察だといっても、話したくないですからね。
 で、昨今の不況を受けて、株式相場は下落の一途を辿り、信用取引で取引をやっていた僕は、損切りをし、借金を抱えたのですよ。また、株をやる為にサラ金にまで手を出し、その借金も抱えてしまったというわけですよ。
 その為に泥棒をしてまでして、金を手にしなければならないと思っていたのです。
 それはともかく、趣味の山登りの方は、続けられていました。
 そして、蓼科山方面に行った時に、僕は田中さんや横田さんに、何かいい金儲けが無いかと、それとなく話し掛けてみたのですよ。
 すると、田中さんが例の金子一平さんの話を持ち出して来たのですよ」
「つまり、自動車のセールスマンをしていた田中さんは、千葉市S町に一人暮らしの金持ちの老人がいるという話を持ち出して来たんだな」
「そうです。でも、そうだからといって、僕はまさかその金子さんのお金を盗むことになるなんて、その時は思ってもいなかったのですよ。でも、その金子一平さんの息子である金子三平さんという人が、逆にその話を持ち出して来たのですよ」
 と、長谷川は正に今回の事件の首謀者は、金子一平の息子である金子三平にあると言わんばかりに言った。
 長谷川が今、言及したケース、即ち、金子三平が今回の事件に関係してるという可能性は、戸田たちは既に想定していたが、しかし、その詳細はまだ明らかになっていなかった。
 それで、戸田は、
「何故、長谷川さんたちは金子三平さんと知り合うようになったんだい?」
 という言葉が、自ずから戸田の口から発せられた。
 すると、長谷川は、
「それは正に偶然の結果なんですよ」
 と、長谷川は正に、今までの胸の痞えを吐き出すかのように言った。
「偶然の結果? それ、どういうことだい? 詳しく説明してくれないかな」
 と、戸田はいかにも興味有りげに言った。
「実はですね。田中さんと大河内さんたちが金子さん宅を偵察に行ったのですよ。もっとも、その当時、、本気で金子さん宅に強盗を行なってやろうとは思っていたわけではありません。まあ、金持ちがどんな生活をしてるのか、という具合に興味本位な気持ちで行ったというわけですよ。
 すると、やはり、この程度の家なら簡単に忍び込んでは、金子さんの有り金を盗むこlとが出来るという感触を得てしまったのですよ」
 と、長谷川は戸田から眼を逸らせては、決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
 だが、その説明では、まだ、事件の全貌を説明されてるわけではなかった。
 それで、戸田は、
「それから、どうなった?」
 と、些か真剣な表情を浮かべては言った。
「それで、我々はその大河内さんたちの報告を元に、ある計画を練ったのですよ。というのは、浮浪者を使って金子さんに難癖をつけ、その隙に金子さんのお金を盗むというものでした。つまり、金子さんが浮浪者の応対に手古摺ってる間に、我々が事に及ぼうとしたわけですよ。何しろ、僕は返済出来ない位の借金を抱えていましたので、もうその時は理性を失ってしまっていたのですよ」
 と、長谷川は戸田から眼を逸らせては、決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
「で、その浮浪者は、岡本勝とかいう名前なのか?」
 そう戸田が言うと、長谷川は驚いたような表情を浮かべた。そんな長谷川は、警察はもうそこまで捜査が及んでるのかと、言わんばかりであった。
 そんな長谷川は眼を丸くしては、
「そうです。そういった名前でしたね」
 そんな長谷川は、戸田にはもう隠し事は通用しないと言わんばかりであった。そして、
「で、その計画に基づいて我々は金子さん宅に出向いたのですが、その時、思ってもみなかったアクシデントが発生してしまったのですよ」
 と、長谷川はその時のことをまるで昨日の出来事であるかのように、忘れはしないと言わんばかりの表情を浮かべては言った。
「アクシデント? それ、どういったものだい?」
 戸田は、好奇心を露わにしては言った。
「おかやんが、何と金子一平さんの息子の三平さんの車に轢かれてしまったのですよ」
 と、長谷川は興奮を隠すことなく、声を上擦らせては言った。
 そう長谷川に言われ、戸田の表情は思わず歪んだ。戸田はまさかそのようなケースは思ってもみなかったからだ。
 それで、戸田は眼を丸くしたまま、
「詳しく話してくれないか」
 そう戸田にい言われると、長谷川は表情を改めては、きっぱりとした口調で話始めた。
いあれは、夜の通じころでした。ボッくと大河内さん、それに、田中さんとおかやんお余人が金子さん宅に忍び込もういと加奈子さん宅の前に姿を見せていました。
 というのも、さっき、僕は刑事さんにおかやんがい金子さんに難癖をつけては、その隙に金子さん宅に忍び込むというようなことをは安氏ましたが、その機会はなかなかやって来なかったのです。
 それで、おかやんが泥棒に入ったと金子vさに思わせ、その隙に我々が事に及ぼうとしたわけですよ。
 ところが、その時、アクシデントが起こってしまったのですよ」
 と、長谷川は戸田から眼を逸らせては、決まり悪そうに言った。
「だから、そのアクシデントとは、どういったものなんだい?」
 とだはびかにも好奇心を露わにしては言った。
 すると、長谷川は眼を大きく見開き、
「ですから、車が今、我々が終結三平ぢていた金子さん宅のガレージにバックで入って来たのですよ。 で、その車の運転主は、まさか我々がガレーz氏の中にいると思っていbなかったのか、あっさりとバックで入って来たんですよ。そして、うん悪く、岡谷ん派くその車に轢かれ、その時に、おかやんは行き血絶えてしまっあっというわけですよ」
 と、長谷川はまるで戸田に言い聞かせるかのようい言った。そんな長谷川は、正に居間でも、その時の興奮を忘れることは出来ないと言わんばkりであった。
 そう長谷川に言われ、戸田は呆気にとられたような表情を浮かべていた。何故なら、その長谷川の証言も、と9だが予想もしてなかったものであったからだ。
 そんな戸田に、長谷川は更には安氏を続けた。
「で、正に異変を察知した三平さんは、慌ててくっる間から出て来たんだが、そこに我々の姿を眼にし、驚愕の表情を浮かべました。
 そんな三平に、僕は、三平さんがおかやんを轢いてしまった事実yを話しました。そして、その時、おかやんは既に虫の行きだったのです。
 何が起こったのか、事の次第を三平はまだr近い得出来なかったみたいだが、やがて、その理由を理解すしたかのようでした。
 そんな三平さんは携帯電話を取り出し、110番通報するといった仕草を見せたので、そんな三平の手から、田中さんがその携帯電話を取り上げようとしました。
 そして、田中さんは、
『あんたが警察に電話しても、あんたが轢いて死なせてしまったという事実は一生消えないぞ。それでも、いいのかい?』
 そう田中さんに言われ、三平さんの言葉は詰まりました。僕たちはその時、三平さんがどういった仕事をしてるのかは分からなかったですが、こんな大邸宅に住んでいることから推して、かなり社会的身分の高い人でないかと思ったのです。そして、そういった人なら、たとえ過失であろうと、人を死なせてしまった事実は、闇に葬りたいと思うのではないかと、田中さんは思ったというわけです。
 それはともかく、田中さんのその言葉に、三平さんの言葉は詰まりました。
 そんな三平さんに田中さんは、
『金で解決しないか』
 と、話を持ち出したのです。何しろ、僕たちの目的は、金子さん宅から金を盗むことだったのですが、それが違った形でそのチャンスがやって来たということを田中さんは敏感に察知したのです。
 そう田中さんに言われると、三平は、
『幾ら欲しいんだ?』
 と、まるで蚊の鳴くような声で言いました。
『一億五千万だ』
 田中さんは、まるでドスの利いた声で言いました。
 そう三平さんに言われ、三平の言葉は詰まりました。その金額の多さを、三平さんは思ってもみなかったのでしょう。そして、三平さんは言葉を詰まらせたまま、なかなか言葉を発そうとはしなかったので、田中さんは、
『あんたの親父さんが何億という金を持ってることは、知ってるんだぜ』
 と言っては、にやっとしました。
 すると、三平は、
「一億五千万だなんて、滅茶苦茶だ!』
 と、話にならないと言わんばかりに言った。
『滅茶苦茶なものがあるものか! 一を一人死なせてしまったんだぜ!
 その口封じの為なら、安いもんじゃないか! それに、どうせ、あんたとこは、相続税で多くの金を税務署に持っていかれるんだろ』
 と、田中さんは捨て鉢の口調で言いました。というのも、田中さんは田中さんの知人の多金持ちが相続税を多く支払われ、国に怒りを向けていたことを知っていたからだそうです」
 と、長谷川は正に戸田に胸の痞えを吐き出すかのように、また、戸田に言い聞かせるかのように言った。そんな長谷川は、正に今、話している長谷川の証言がとても重要なものであるということを十分と認識してるかのようであった。
 それはともかく、田中さんにそう言われ、三平さんは険しい表情を浮かべていては、少しの間、言葉を詰まらせていたが、やがて、
『一体いくら欲しいんだ? 本当に一億五千万も欲しいのか?』
 そう三平に言われ、田中さんは、
『ああ。一億五千万だ。あんたとこの資産なら、十分に払えるじゃないか!』
『……』
 田中さんの言葉に、三平さんはなかなか言葉を発そうとはしませんでした。
 すると、その時に大河内さんが正に我々が思ってもみなかった言葉を発したのですよ」
 と、長谷川はいかにも興奮しながら言った。 
 そんな長谷川に、戸田は、
「どんなとを言ったんだい?」 
 と、いかにも興味有りげに言った。
「『あんたが相続税を払う分だけ、俺たちに渡せばいいじゃないか。そうすれば、あんただって、損をしたことにはならないし、また、人を死なせたという事実も闇に葬れるんだ。これは、正にあんたにとって、一石二鳥じゃないか』
 と、いかにも妙案が浮かんだと言わんばかりに言ったのです。でも、その大河内さんの言葉の意味を、三平さんはよく分からなかったみたいです。それで、三平さんは大河内を見やっては、
『それ、どういう意味なんですかね?』
 と、些か納得が出来ないように言った。
『だから、あんたとこは、一億も二億も相続税を払わなければならないんだろ?』
 大河内さんは三平の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、三平さんは黙って肯いた。
 そんな三平に大河内さんは、
『だから、あんたの親父さんの金が賊に盗まれたと世間に思わすということさ。それなら、あんたは相続税を払わなくてもよいというわけさ。そして、その偽装工作を俺たちにやらせてもらおうということさ。そして、その謝礼金を一億五千万にしようというわけさ』
 と、大河内さんは言っては、にやっとしました。そんな大河内さんは、正に妙案が浮かんだと言わんばかりでした。
 すると、田中さんは、
『正にそれ、グッドアイデアだ! こんな素晴らしいアイデアはないよ!』
 と、正に大河内さんが持ち出したそのアイデアは何て素晴らしいと言わんばかりに、言いました。そして、僕も田中さんと同じような言葉を発しました。
 すると、その大河内さんのアイデアに何と三平さんが乗ったのですよ!」
 と、長谷川は正に世の中にはどんな思ってもみなかった出来事が発生するか分からないと言わんばかりに言った。
 戸田はといえば、正に眼を丸くしていた。正に、今の長谷川の言葉は思ってもみなかったものであったからだ。
 そんな戸田に、長谷川は更に話を続けた。
「要するに、僕たちが金子一平さんを誘拐しては、その隙に賊が金子さん宅のお金を盗んだという芝居を打ち、三平さんは相続税を逃れ、また、僕たちは一億五千万を手にし、事を丸く収めようという話がまとまったというわけですよ」
 と、長谷川は力強い口調で、また、戸田に言い聞かせるかのように言った。そして、今の話には、何ら嘘偽りはないと言わんばかりであった。
 そう長谷川に言われ、戸田は〈成程〉と思った。正に今に長谷川の告白は現実味を帯びていたからだ。
 また、今までの捜査からしても、今の長谷川の証言は、決して筋違いのものではなかった。それ故、金子一平の事件の真相は、正に今の長谷川の証言通りなのかもしれない。
 だが、しかし、まだ、肝心の点、即ち、田中二郎と田中三郎の死の真相が明らかとなっていない。
 それで、戸田は、その点に関して、長谷川に言及してみた。
 すると、長谷川は、
「僕は田中二郎さんも、田中三郎さんも殺してはいませんよ! これ、本当です! 誓ってもいいですよ!」
 と、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。戸田は、こんな真剣そうな表情を浮かべてる長谷川の表情を今まで眼にしたことはなかった。
 だが、戸田は、
「そう言われてもねぇ」
 と、長谷川のその言葉をあっさりと信じるわけにはいかないと言わんばかりに言った。
 すると、長谷川は、
「何故、田中二郎さんと三郎さんは殺されたのですかね? その動機は分かっているのですかね?」
 と、長谷川はいかにも真剣な表情を浮かべては、正に戸田に訴えるかのように言った。
 すると、戸田は、
「二郎さんの場合は金だよ。二郎さんが持ってる金に眼をつけ、犯人は二郎さんに金を寄越せと迫ったんだよ。だが、二郎さんはそれを拒否した。だから、殺されたんだよ。で、三郎さんの場合、その動機はまだよく分かってはいないんだ」
 と、眉を顰めた。
 すると、長谷川は、
「自慢じゃないですが、僕は三平さんから受け取ったお金で、サラ金の返済は終えましたよ。それ故、今は借金はありませんよ。また、サラ金の怖さは分かりましたから、もうサラ金なんて利用する気にもなりません。従って、田中さんを殺してまでして、田中さんのお金を奪ってやろうなんて思いませんよ。
 また、田中三郎さんに関しては、結局、僕たちは利用しなかったのですよ」
 と、長谷川は戸田から眼を逸らせては、いかにも決まり悪そうな表情を浮かべては言った
 だが、戸田はその言葉の意味を理解出来なかった。それで、
「それ、どういう意味なんだ?」
 と、いかにも怪訝そうな表情を浮かべては言った。
 すると、長谷川は眼を大きく見開き、
「ですから、最初は金子一平さん宅の襲撃に、田中三郎さんにも参加してもらおうと思っていたのですよ。ところが、岡本勝の方が利用し易いということになり、田中三郎さんには参加してもらわなかったのですよ」
 と言っては、長谷川は小さく肯いた。
 だが、その説明を戸田はよく理解出来なかったので、
「それ、どういう意味なんだ?」
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「ですから、田中三郎さんは、個性が強く、また、信頼が置けないような人物だったというわけですよ。つまり、我々の犯行に参加すれば、後になって、我々の敵になってしまうかのような人物だと、僕が看做したのですよ。それで、金子一平さん宅の事件には、参加させないようにしたのですよ」
 と、長谷川はいかにも真剣な表情を浮かべては言った。
 そんな長谷川に、戸田は三郎が田中一郎という大学生に対して行なった行為に関して言及した。
 すると、長谷川は、
「そのような話、今、初めて耳にしましたよ」
 と、眼を白黒させては言った。
 そう長谷川に言われても、戸田は言葉を返そうとはしなかった。何故なら、今の長谷川の言葉をあっさりと信じてよいものかどうか、何とも言えなかったからだ。
 そして、長谷川と戸田、更に佐々木刑事たちの間で少しの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、佐々木刑事が、
「田中三郎さんが、田中二郎さんの隣室に住んでいた田中一郎さんに妙な嫌がらせをしていたのですよ」
 そう佐々木刑事に言われ、長谷川は少しの間、言葉を詰まらせていたが、やがて、
「黒い犬を三郎さんは田中一郎という大学生に轢かせたのですね? それは、間違いないのですね?」
 と、眉を顰めては言った。
「田中一郎という大学生はそう証言してるんだ。だから、その証言を信じるしかないと思うな」
 と、戸田も眉を顰めては言った。
 すると、長谷川は少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「やはり、それは三郎さんが独自に行なった犯行かもしれませんね」
 と、眉を顰めては言った。
「三郎さんの独自に犯行?」
 戸田も眉を顰めた。
「ええ。そうです。つまり、田中三郎さんは、二郎さんが大金を持ってることは、察知したことでしょう。それで、田中さんを脅しては、金を手にしようとしたのですよ。つまり、三郎さんが二郎さんにその妙な手紙を出したのですよ。また、横田さんと同じだということは、恐らく出任せだと思います。三郎さんは我々から横田さんのことを聞いていたので、二郎さんを脅す口実に使ったのでしょう。
 で、晴海埠頭での出来事は、恐らく三郎さんが独自に考え出したのでしょう。また、その時から、恐らく、大学生の車には、GPS自動車追跡装置が付けられていたのでしょう。だから、一郎さんが晴海埠頭にいた時に、都合よく現われることが出来たのでしょう」
 と、そうに違いないと言わんばかりに言った。
 そう長谷川に言われ、戸田は言葉を詰まらせた。それが、確かに真相なのかもしれないと思ったからだ。
 では、田中三郎の死は、どう説明すればよいのか。
 それで、戸田はその点に関して、言及してみた。
 すると、長谷川は、
「それも、三郎さんが勝手に引き起こした犯罪ではないのですかね? 三郎さんならやりそうですよ。つまり、一郎さんの車にGPS車両追跡装置が付けられているから、三郎さんが熱川に現われることは、可能ですよ。そして、一郎さんを脅しては、一郎さんを心理的に追い詰めてやろうとしたのではないですかね。そして、トラブルになり、一郎さんに殺されたというわけですよ。一郎さんは三郎さん殺しを頑なに否定したとのことですが、その説明にあったりと騙されてはいけませんよ。その場に一郎さんしかいなかったのなら、一郎さん以外に誰が殺すことが出来たというのですか! 一郎さんが真面目な学生だったからといって、殺しを行なわないという保証はありませんよ。そのようなことも、警察は分からないのですかね」
 と、長谷川は今度は戸田を嘲笑するかのように言った。そんな長谷川は、千葉県警の警部ともあろうものが、あっさりと大学生に騙されてはいけないよと、戸田を諫めてるかのようであった。
 そう長谷川に言われ、戸田は些か顔を赤らめた。何故なら、正に今まで一郎の主張を信じ、一郎に疑惑の眼を戸田たちは向けはしなかったのだ。
 だが、三郎の事件は、一郎が犯人であるのなら、事は丸く収まるのだ。
 そう思うと、戸田は顔を少し赤らめたのであった。

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