第六章 手掛かり

     1

 戸田は一郎に言ったように、田中二郎と田中三郎の事件は一郎を介して繋がっている。
 そう推理していた。正に田中一郎、田中二郎、田中三郎といったいくら有り触れた姓名を持っているといえども、こう都合よく、この三人が偶然に別個の事件に存在してるとは思えなかったのである。やはり、犯人の意図、意思というものが存在してると戸田は思うのである。
 それ故、その意図、意思をこれから解明していかなければならないであろう。
 それはともかく、田中二郎の事件では、どうやら長谷川弘なる三鷹に住んでいる男が作った山岳サークルなるサークルが関わっていることが、今までの捜査で明らかになっていた。何しろ、ここ一年の間で山岳サークルに所属していた二人の男性が変死しているのだ。更に、その二人は一年程前に、不審な大金を手にしているのである。これらのことから、やはり、横田幸男の死と田中二郎の死は、この山岳サークル絡みで発生したと推理して、大丈夫であろう。
 また、横田も田中も、常日頃から、大金を入手出来る当てはなった。それ故、横田と田中、あるいは、その二人以外の人物を加えた横田たちが何らかの犯罪を犯し、不正な大金を得たということが自ずから察せられた。
 それ故、横田たちが大金を入手したと思われる頃、発生した現金強奪といった未解決事件を洗い出し、調べてみたのだが、横田たちが関わったと思われる事件を浮かび上がらせることは出来なかった。
 それで、戸田たちの捜査は壁にぶち当ったような状況となってしまったのだが、そんな折に田中三郎の事件が発生したのである。
 田中二郎の死に関しては、仲間割れとかいった動機が自ずから浮かび上がった。即ち、田中二郎たちが犯した事件に関して、その当事者たちの間に何らかのトラブルが発生し、田中二郎が殺されたということだ。
 また、横田幸男の死に関しても、うまく説明出来ないわけではなかった。というのは、横田は死の直前にマリリン教という新興宗教にのめり込み始めた。マリリン教は、道徳、誠実さなどを尊ぶ教団だという。それ故、横田は横田たちが犯した犯罪を悔恨し、その旨を田中二郎たちに話していたのかもしれない。
 だが、それは田中二郎たちにとって、危険なことであった。何故なら、横田の口から田中二郎たちの犯罪が露見するかもしれないからだ。それで、田中二郎たちが横田を自宅の火災と見せかけて殺したのだ。
 だが、今度は横田を殺した犯人たちとの間で何かトラブルが発生した。田中二郎の隣室の田中一郎が田中二郎宛ての手紙を誤って開封してしまい、その内容は〈 十日まで待ってやる。それまでに渡さなければさちと同じだ 〉というものであった。そして、恐らく、二郎はその手紙の差出人にその者が要求した何か(恐らく金)を渡さなかったのであろう。その結果、田中二郎はその者に殺されてしまったのだ。これが、田中二郎の事件の概要なのだ。
 それ故、やはり、横田と田中が知り合った山岳サークルをもっと徹底的に捜査していかなければならないだろう。それが、事件解決の最も有効な手段であろう。
 では、その田中二郎の事件に、田中三郎の事件はどのように関連してるのだろうか?
 その点に関してはまだ謎であった。
 だが、戸田の推理ではまだ浮かび上がっていないXが、横田や田中二郎を殺したのではないのか? そう戸田は推理した。それ故、まず、横田、田中と共に事件を引き起こしたXが誰なのかを突き止めなければならないであろう。

     2

 そこで、改めて、まず田中二郎と交友関係のあった者たちに対して、聞き込みが行なわれた。つまり、田中二郎がいかにして大金を入手出来たのか、また、田中三郎と知人関係になかったか、それに対するヒントを持ってそうな証言を入手出来ないものかと思ったのである。 
 すると、興味ある証言を入手することが出来た。その証言を行なったのは、田中二郎と高校時代からの友人であったという松沢秀樹という会社員であった。
 松沢は戸田に対してこのように証言したのである。
「うちの近所に一人暮らしの金持ちの老人がいたのでよ。金子一平という方です。
 ところが、その金子さんがボケてしまいましてね。そして、噂では、その金子さんの自宅に保管してあったお金がすっかりなくなってしまったそうなんですよ」
 と、松沢はいかにも神妙な表情で言った。
 すると、戸田はその話に俄然興味を抱いた。その話は、正に戸田たちが待ち望んでいたような情報に思えたからだ。
 それはともかく、戸田はそんな松沢に、
「それ、どういうことですかね?」
 と、好奇心を露わにして言った。
「僕は以前、田中さんと世間話をしていた時に、たまたま、その金子さんのことが話題になったのですよ」
 と、松沢は戸田に言い聞かせるかのように言った。
「たまたま、ですか」
「そうですね。世間話をしていた時に、正にたまたま、僕の口からその金子さんの話が出てしまったのですよ。この近所に、一人暮らしに金持ちの老人がいるという具合に」 
 と、松沢は淡々とした口調で言った。そして、
「思い出しましたよ! たまたまではありません! 田中さんが車を買ってくれそうな人が誰かいませんかねと、僕に訊いて来たのですよ。すると、僕の口から金子さんのことが出たのですよ」
 と、松沢はそうだと言わんばかりに肯いた。そして、
「つまり、『この近所に金子さんという一人暮らしの老人がいるから、金子さんの身内を当たってみればどうですかね』と、僕は言ったのですよ。すると、田中さんは、『金子さん自身には勧められないのですかね?』と訊いて来たのです。
 それで、僕は、『金子さんは少しボケてますからね』と、笑いながら言ったのですよ」
 と、松沢はそのことを思い出したと言わんばかりに言った。
 そう松沢に言われると、戸田は、
「成程」
 と、正に呟くように言った。そして、
「でも、松沢さんは何故そんな金子さんのことをご存知なんですかね?」
 と、戸田は興味有りげに言った。
 すると、松沢は、眼を大きく見開き、
「風の噂で知ったのですよ」
「そうですか。で、その金子さんの自宅に保管していたお金が紛失したのですかね?」
「そうです」
「幾ら位紛失したのでしょうかね?」
「噂では、億という単位だと言われてますが。警察に被害届が出されてるんじゃないですかね?」
 と、そのことは、松沢より警察の方が詳しいのではないかと、言わんばかりに言った。
 すると、戸田は、
「そうですか」
 と、些か顔を赤くしては言った。というのは、戸田はそのような話は今、松沢から初めて知った話であり、また、その件には戸田は関わっていなかったので、戸田はまるで知らなかったのだ。だが、後で確認してみる必要があると思った。 
「で、金子さんが被害に遭ったのは、二年位前のことだとか」
 そう言った戸田は、些か真剣な表情を浮かべていた。何故なら、横田や田中が大金を手にしたと思われるのは、その頃であり、その頃に金子が大金を奪われたのなら、日時的には辻褄が合うからだ。
 すると、松沢は、
「そうですね。確か、その頃でしたね」
 と、些か肯くように言った。
「で、金子さんが被害に遭った時のことをもう少し詳しく説明してもらえないですかね」
「そう言われても、僕は風の噂でしか、そのことを知らないのですよ。ですから、その話は警察の方が詳しいと思います。ですから、警察に訊いてくださいな」
 そう松沢に言われたので、戸田はとにかく、金子の事件を捜査してた県警の担当者から話を訊いてみることにした。

     3

 金子の事件を担当したのは、瀬古という四十の半ば位の神経質そうな感じの警部補であった。瀬古は、
「金子さんの事件は一昨年の八月でしたね」
 と、神妙な表情を浮かべては言った。
「では、金子さんの事件の概要を説明してもらえますかね」
 戸田も神妙な表情を浮かべては言った。
「ですから、一人暮らしの資産家の金子一平さんが何者かに誘拐され、その間に金子さん宅にあった現金が盗まれたのですよ。その金額は、二億だと言われてますよ」
 と、瀬古は眉を顰めた。
「盗まれた金額は、正確には分からないのですかね?」
「分からないですね。何しろ、自宅に戻って来た金子さんは、ボケがかなり進行してしまいましてね。ですから、自宅に幾ら保管してあったのか、正確に覚えていないようなんですよ」
「誘拐されるまでは、ボケていなかったのですかね?」
「いや。そうじゃありません。多少はボケていたところもあったのですよ。でも、一人で暮らせたので、一人暮らしをしていたのですが、金子さんの子供が遠方に住んでいた為に、金子さんの面倒を見れなかったのですね。それで、家政婦を雇おうと思っていたのですよ。そんな折に、被害に遭われたのですよ」
「犯人から身代金請求があったのですかね?」
「いや。そういったものは、まるでありません。犯人は金子さんを何処かに連れ出し、その隙に金子さん宅にあったお金を強奪したようですよ」
「何処かに連れ出した、ですか」
「そうです」
「どうして、そのことが分かったのですかね?」
「金子さん自身がそう言ったからです。何しろ、金子さんは一人暮らしでしたので、金子さんが誘拐されても、誰も気付かなかったのですよ。正に、一人暮らしの金持ちは、危険だというわけですよ」
 と、瀬古は正にその通りだと言わんばかりに言った。
「で、金子さん自身が何者かに誘拐され、自宅に保管してあったお金を盗まれたと届出たのですかね?」
「そうです」
「金子さんは何処で開放されたのですかね?」
「自宅近くの路上です」
「金子さんは犯人に関して何か手掛かりは持ってなかったのでしょうかね?」
「それが何も持ってなかったそうですよ。何しろ、薬のようなものを嗅がされて、かなりの時間、意識を失っていたそうです。また、目隠しをされていた為に、犯人の顔や、監禁されていた場所はまるで分からなかったそうです」
「金子さんは完全にはボケていなかったのですよね?」
「そうです。まだらボケです。そういった状況ですから、我々も何処まで金子さんの証言を信じていいのか分からないのですよ」
 と、瀬古は決まり悪そうに言った。
「でも、二億と思われる位のお金が盗まれたというのは、事実なんですよね?」
 と、戸田は眼をキラリと光らせては言った。
「それは事実だと思います。息子さんがそう証言してましたからね」
「でも、金子さんは何故そんな大金を持っていたのですかね?」
「先祖代々、駅の近くに土地を持っていて、その土地を売ったそうです。それは確かで、そのお金を自宅に保管していたというわけです」
 と、瀬古は気まずそうな表情を浮かべた。
「そうですか。で、金子さんの事件は結局、どうなったのですかね?」
「ですから、多額の窃盗事件と誘拐事件ですが、まだ未解決という状態ですよ。もっとも、今はもう捜査はしていない状況ですがね」
「金子さんは、今、どうしてるのですかね?」
「息子さんの所に引き取られたそうですね。で、息子さんは今、札幌に住んでますので、今、札幌にいると思いますよ」
「そういうわけですか……」
 戸田は呟くように言った。
 というのも、今までの瀬古の説明で、果してその金子が被った事件が、田中二郎の事件に関係してるかどうかは、今の時点では、まるで分からなかったからだ。田中二郎の知人の松沢の話を聞いた時には、関係してるとピンと来たのだが、瀬古から話を聞いてると、そうとも思えなくなったのだ。
 それで、戸田は改めて田中三郎や横田幸男の事件のことを話し、そして、瀬古に金子の件が関係してるかどうか、意見を求めた。
 すると、瀬古は、
「どうでしょうかね」
 と、言うに留まった。だが、
「金子さんが誘拐されたと思われる頃の田中さんたちのアリバイは調べてみましたかね?」
「いや、まだです」
 と、戸田は些か顔を赤らめては言った。
「じゃ、それを確認してみる必要はありますよ。それに、誘拐されたのなら、車が使われたに違いないのですから、田中さんたちの車が辺りで目撃されていないかの捜査も必要だと思います」
「でも、その捜査は成果を得られないと思います。何しろ、もう二年も前の話ですから」
 と、戸田は決まり悪そうな表情を浮かべた。
 そういった遣り取りを交わしていたが、結局、戸田は金子の事件が田中二郎の事件に関係してる可能性があると看做し、まず金子自身から話を聞いてみることにした。
 だが、金子は今やかなりボケが進行し、とても話を訊ける状況にないとのことだ。
 それで、札幌にいる金子の息子である金子三平から話を聞くことにした。
 まず、戸田は三平に電話をし、
「一昨年の八月に起こった実家の窃盗事件に関して話を訊きたいのですがね」
―どんなことですかね。
 そう言った三平は、もうその件は何度も警察に話したと言わんばかりであった。
「お父さんのお金が二億盗まれたというのは、間違いないのですかね?」
―間違いないですね。
「何故、そう断言出来るのですかね?」
―親父は僕たちに、自宅の金庫の中に二億の札束を保管してると言い、また、僕たちもその中身を見たことがあります。だから、そのことを知ってるのですよ。
「実際に二億あると、数えてみたのですかね?」
 そう戸田が言うと、
―いや、そこまでは……。
 と、三平は些か顔を赤らめては言った。
―でも、あれだけの多くの一万円札の束を僕は眼にしたことはありません。一万円札の一億円分の重さは十キロと言われていますが、そのことからすると、二億位はあったと思います。何しろ、僕はその金庫を自らで持ち上げてみたのですから。金庫の重量を考慮しても、やはり、二億位あったと思いますよ。
 と、三平はまるで戸田に言い聞かせるかのように言った。
 すると、戸田は、
「そうですか」
 と言っては、小さく肯き、そして、
「で、お父さんが誘拐されたというのは、間違いないのですかね?」
―まず、間違いないと思います。
「何故、そう言えるのですかね?」
―親父が行方不明になっていたと思われるのは、八月二日から四日と思われます。というのも、僕は八月二日に親父に電話したのに、繋がらなかったし、また、八月二日から四日までの新聞が、郵便ポストに放り込まれたままになっていたからです。それ以外にも、近所の人が三日と四日に訪ねて来たにもかかわらず、留守のようであったと証言してますからね。
 と、三平は淡々とした口調で言った。
「ということは、その間、金子さんは何処かに監禁され、そして、その間に賊は金子さん宅にあった金庫から二億円盗んで行ったというわけですか」
―そうですね。というより、金庫ごと、盗んで行ったと言った方がよいですね。
 と、三平は言い聞かせるかのように言った。
「でも、何故それ程のお金が、銀行預金されずに、自宅に保管されていたのですかね?」
 と、戸田は些か納得が出来ないように言った。
 すると、三平は、
―そりゃ、今は銀行に預金していても、雀の涙しか、利息がつかないじゃないですか。それに、今は銀行も潰れる時代ですからね。そりゃ、大銀行なら潰れないでしょうが、何しろ日本は借金大国ですから、将来銀行が閉鎖され、銀行に預けたお金が戻って来ないという噂も耳にしたことがあります。それで、自宅に保管したというわけですよ。
 と、三平は流暢な口調で、また、戸田に言い聞かせるかのように言った。
「でも、お父さんはボケ掛けていたんじゃないですかね?」
―そりゃ、何しろ歳ですからね。多少は物忘れはしますよ。でも、一人で暮らすことは出来ましたから、一人で暮らしていたのですよ。でも、僕がいれば、このような被害に遭わなくて済んだと思いますね。
 と、三平は沈んだような声で言った。
 そんな三平に、
「で、犯人のことは、まるで分からないのですかね?」
―そうです。まるで分からないのですよ。警察に捜査を依頼してるんですがね。
 と、犯人が見付からないのは、まるで警察の所為と言わんばかりに言った。
「そうですか……」
 と、戸田は些か顔を赤らめては言った。そして、
「でも、金子さんが一人暮らしで、また、自宅に大金を保管してるということは、近所の人たちの間では、噂になっていたそうですがね」
―噂になっていた、ですか……。うーん。何しろ、親父は今の土地に長年、暮らしていましたからね。ですから、そのことを親父が近所の誰かに話し、そのことが広まったのかもしれませんね。
 と、三平は決まり悪そうに言った。
 そんな三平に、
「お父さんは、お父さんの誘拐した人物の関して、何も分からないのですかね?」
―それが、分からないのですよ。何しろ、意識を失うような薬を嗅がされ、また、常に目隠しをされていたそうですからね。ですから、犯人の顔や監禁されていた場所なんかは、まるで分からないそうです。でも、犯人は複数だとは言ってますがね。でも、その声も覚えていないそうですよ。
 と、三平は決まり悪そうに言った。
 そして、戸田はこの辺で三平に聞き込みを終えたのであった。

     4

金子三平に聞き込みを行ない、捜査を進展させるような情報を入手出来ないものかと期待をしていたのだが、どうやらその期待は空振りに終わってしまったようだ。三平からは特に捜査を進展させるような情報を入手出来なかったと言わざるを得なかったのだ。
 それで、戸田は失望し、金子の件は田中二郎の事件には関係ないと看做し、捜査の対象から外そうと思っていたその時に、ひょんなことから奇妙な情報を入手してしまったのだ。そして、その情報とは、金子の事件があった二ヶ月後に、M銀行などの金子三平の口座に、金子自身の手によって、五千万程が入金されたというのだ。もっとも、その五千万は数十回に分けて入金されたのだが、その入金は三平の手によってであることは間違いなさそうであった。何故なら、キャッシュカードを使って入金されていたからだ。
 そして、この事実は、金子一平の口座を調査していた時に、偶然に分かったのである。
 この事実を受けて、戸田は、
「これは妙だな」
 と、いかにも険しい表情を浮かべては言った。何故なら、それだけのお金を三平が何故入金出来たのか不可解であったからだ。また、その二ヶ月前には、親父の二億が窃盗の被害に遭い、紛失しているのだ。それ故、その入金は正に不可解というものだ。
 それで、戸田は再び三平から話を聞いてみることにしたのだ。
「実はですね。奇妙なことが分かりましてね」
 と、戸田は三平に対して開口一番に言った。
―奇妙なこと? それ、どんなことですかね?
 三平は、淡々とした口調で言った。
「お父さんが被害に遭った二ヶ月後に、三平さんの銀行の口座に、五千万程度が入金されたことですよ」
 そう戸田が言うと、三平の言葉は、詰まった。そして、その三平の沈黙は、正に思ってもみなかった問いを発せられ、言葉を失ってしまったかのようであった。
 そして、三平の沈黙はまだしばらくの間、続いたので、戸田は同じ言葉を繰り返した。
 すると、三平は、
―戸田さんはどうして僕の口座を調べたのですかね?
 と、些か不快そうな口調で言った。
 すると、戸田は、
「お父さんの口座を調べていた時に、偶然その事実を知ってしまったのですよ」
 と、説明すると、三平は、
―そうですか……。
 と言うに留まった。
「で、何故三平さんは五千万ものお金を入金することが出来たのですかね?」
 と、戸田は些か納得が出来ないように言った。
 すると、三平は、
―実はですね。親父のお金がまだ残っていたのですよ。
 そう言った三平の口調は、何となくぎこちなかった。
「つまり、金子さん宅に、まだ現金が残っていたというのですか」
―そうです。賊に二億盗まれたのですが、それ以外にも、まだ五千万残っていたというわけですよ。
 と、三平は決まり悪そうに言った。
「一体、五千万ものお金を何処に保管してあったのですかね?」
ー天井裏に隠してあった金庫の中ですよ。賊はまさかそのような場所に隠してあったとは思ってなかったのでしょう。それ故、盗めなかったというわけですよ。
 と、三平は淡々とした口調で言った。
 そう三平に言われ、戸田は言葉を詰まらせてしまった。そのように説明されれば、文句の言いようがなかったからだ。
 それで、戸田はこの辺で戸田は三平への聞き込みを終えることにした。
 戸田は三平が入金したその五千万に不審な臭いを嗅ぎ取り、三平から話を聞いてみたのだが、その戸田の思いはどうやら思い違いであったのかもしれない。
 だが、その後、とんでもない事実が浮上したのだ。
 そして、その証言をしたのは、金子三平が勤務している富士商事の岡崎人事課長であった。岡崎は、
「八月一日は、金子君は休暇を取っていましたよ」
 と、平然とした表情で言ったのだ。
 そう岡崎に言われ、戸田の表情は、突如、険しくなった。何故なら、その翌日は、金子の親父が誘拐に遭ったと思われる日なのだ。にもかかわらず、その前日に、三平は会社を休んだのだ。このことが、果して偶然であろうか?
 いや、何かあるのではないのか? ベテラン刑事である戸田が、そう思うのは、至極当然のことであった。
 それはともかく、戸田は岡崎に、
「その休暇は突如、決まったのですかね? それとも、かなり前から決まっていたのですかね?」
 と、好奇心を露わにしては言った。
 すると、岡崎は、
「そうですね。確か、三日前位に申請されたと思いますね」
「三日前ですか。で、その日、金子さんは何をすると言ってましたかね?」
「いや。それは知らないですね。そのようなことは訊きませんでしたから」
 と、岡崎は淡々とした口調で言った。
 そして、戸田はこの辺で岡崎に対する聞き込みを終えることにした。
 三平の勤務先である富士商事の人事課長に聞き込みを行なって、また一つ、奇妙な事実が浮かび上がった。というのは、三平は金子一平が誘拐に遭う前日に休暇を取っていたというのだ。更に、その二ヶ月後に、三平は自らの口座に五千万ものお金を入金してるのだ。
 この五千万に関して、三平は金子一平宅の天井裏に一平が隠していたお金であったと説明していたが、そのような説明をあっさり信じるわけにはいかないというものだ。
 となると、どうなるのか?
 その点に関して、戸田は推理を働かせてみた。
 だが、よく分からなかった。
だが、改めて三平から話を聞かなければならないだろう。
 
     5

戸田が電話を掛けると、三平は、
―どういった用件ですかね?
 と、素っ気なく言った。そんな三平は、正に千葉県警の刑事から何度も電話をされるような覚えはないと言わんばかりであった。
 そんな三平に戸田は、
―金子さんは八月一日、即ち、お父さんが誘拐の被害に遭ったと思われる前日、会社を休まれてますね。
 そう戸田が言うと、三平の言葉は詰まった。そんな三平は、まるで思ってもみなかった質問をされたと言わんばかりであった。
 だが、三平は程なく、
―確か、そうでしたね。
 と、小さな声で言った。
 すると、戸田は小さく肯き、そして、
「で、何故その日、休暇を取られたのですかね?」
 と、眼を大きく見開いては言った。
 すると、三平は、
―僕は有給休暇をかなり持っていましてね。ですから、それをたまたま使ったのですよ。
「でも、その翌日にお父さんが誘拐されてますね?」
―ですから、偶然にそうなっただけですよ。
 と、三平は些か声を荒げて言った。
「じゃ、その日、金子さんは何をされてたのですかね?」
―外出してましたね。
「どちらに行かれてたのですかね?」
―函館に 行ってましたよ。
「函館の何処に行ってたのですかね?」
 すると、三平はむっとしたような表情を浮かべては、
―刑事さんは何故そのようなことに興味があるのですかね?
「一応、参考に聞いておきたいのですよ」
 と、戸田は薄らと笑みを浮かべては言った。だが、電話で話をしてる三平は、その戸田の笑顔を眼にすることはなかったが。
 それはともかく、
―函館のベイエリアを散策してましたね。その日は天気もよかったですからね。ですから、ベイエリアとか山の手周辺を散策したり、路面電車に乗っては、五稜閣の方に行ってましたね。僕は函館が好きなんで、時々そういう風にして、函館散策をするのですよ。
 と、三平は淡々とした口調で言った。
 そんな三平に、
「それを誰かに証明してもらえますかね?」
 と、戸田は眼を大きく見開いては言った。
 すると、三平は、
―それは無理ですよ。僕は一人で函館に行きましたからね。
 と、素っ気なく言った。
 それで、戸田はやむを得ず、この辺で三平に対する捜査を終えることにした。
 三平に対する捜査を行なったといえども、三平が三平の親父の窃盗事件に関して、関係してるというような、解決の手掛かりとなる情報を入手することは出来なかった。
 確かに三平は親父が窃盗の被害に遭う前日に会社を休み、一人で函館に行ったというのは不審ではあるが、そうだからといって、それが親父の窃盗事件に関与してるのかというと、そうとも断言は出来ないのである。
 となると、三平は親父の窃盗事件には、関係ないのだろうか? また、田中二郎たちとは、関係がないのであろうか?
 もし金子一平に降り掛かった窃盗事件が、田中二郎たちと何ら関係ないのなら、戸田は一平の窃盗事件にこれ以上、関与しなくてよいということになる。
 だが、戸田は今までの刑事生活で培われた経験や勘などから、もう少し、一平の事件に食い下がらなければならないと、判断した。
 即ち、戸田は三平が横田か田中二郎たちと、知人関係があったのではないかと、推理したのだ。
 もっとも、いかにして、その関係が生じたのかは、今の時点ではまるで分からなかった。何しろ、三平と横田や田中二郎は、歳も違えば、また、三平と横田、田中は、住んでいる土地も異なっているのだ。それ故、いかにして接点が生じたのかは、まるで闇の中であったのだ。
 だが、もし、横田や田中たちが、一平の金を手にしたとなれば、その件に三平が関係してしてるのではないかと、戸田の勘が告げているのである。
 それで、まず田中二郎の遺留品などから、田中二郎が三平と接点がなかったかの捜査が行われることとなった。
 すると、あっさりと、関係ありという証拠を入手することに成功したのである。
 というのは、去年の二郎の手帳にKというイニシャルで記されていた携帯電話の番号を調べたところ、それが金子三平のものであったということがあっさりと証明されてしまったのである!
 この事実を受け、早々と戸田は三平から改めて話を聴かなければならなくなったのだ。

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