第七章 意外な事実

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 この重要な事実を受け、戸田は電話での取調だけで済ませるわけにもいかず、急遽、札幌に向かうことになった。
 自宅のマンションで戸田と話をすることになった三平の表情は、かなり厳しいものであった。そんな三平は、戸田がわざわざ札幌にまでやって来たという事実に対して、只ならぬものを感じたのかもしれない。
 それはともかく、三平は、初めて眼にする戸田に対して、
「今度は、どういった用件ですかね?」
 と、冷ややかな眼差しを戸田に向けた。そんな三平の表情は、正に戸田の来訪を歓迎してないようであった。
 そんな三平に、戸田は、
「実はですね。金子さんに訊きたいことがあるのですがね」
 と、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。
「僕に訊きたいこと? それ、どんなんことですかね?」
 三平は怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「金子さんは、田中二郎という人物のことをご存知ですかね?」
 と、三平の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、三平は、
「田中二郎? それ、一体誰ですかね?」
 三平はいかにも戯けたような表情で言った。そんな三平は、そのような姓名は今まで耳にしたことはないかのようであった。
「そうですかね? 本当に田中二郎という人物のことを知りませんかね? 千葉市に住んでいた三十位の男性なんですがね」
 と、戸田は三平の顔をまじまじと見やっては言った。そんな戸田は、三平にしらばくれても無駄ですよと言わんばかりであった。
 だが、三平は、
「そのような人物のことは、まるで知りませんがね」
 と、再び戯けたような表情を浮かべては言った。そんな三平は、本当にそのような人物は知らないと言わんばかりであった。
 それで、戸田は、
「田中二郎さんとは、この人物なんですがね」
 と言っては、亡き田中二郎の写真を三平に見せた。
 それで、三平はその田中二郎の写真を手に取って見ようとした。戸田は、そんな三平の一挙手一投足を注視しようとした。
 そんな戸田の眼に映ったのは、何ら動揺した様を見せない三平の姿であった。戸田は、その写真を眼にすれば、三平の表情は乱れると読んでいたのだが、実際はそうではなかったというわけだ。
 そんな戸田に、三平は、
「やはり、この人物は僕の知らない人物ですよ」
 と、戸田を見やっては、いかにも怪訝そうな表情を浮かべては言った。そんな三平は、何故戸田がこのような人物の写真を三平に見せるのかと言わんばかりであった。
 そんな三平を眼にして、戸田の表情が些か乱れた。戸田は三平が田中二郎の写真を眼にすれば、三平の表情は乱れると読んでいたのだが、そうではなかったからだ。これは、戸田の誤算であったというものだ。
 そんな戸田に三平は、
「でも、戸田さんは何故、その人物の写真を僕が知ってると思ったのですかね?」
 と、戸田の顔をまじまじと見やっては言った。そんな三平は、かなり真剣なものであった。
 それで、戸田は先日、東京デズニーランド沿いの川で他殺体で見付かった田中二郎宅にあった手帳に、三平の携帯電話の番号が記されていた旨を話した。
 そんな戸田の話に、特に言葉を挟まず、黙って耳を傾けていた三平は、
「それ、本当ですかね?」
 と、いかにも信じられないと言わんばかりに言った。
「本当ですよ。どうして嘘をつかなければならないのですかね」
 と、戸田は力強い口調で言った。
 そんな戸田を見て、戸田が嘘をついたのではないと三平は納得したようだが、そんな三平の口からは、
「でも、何故その田中さんの手帳に、僕の携帯電話の番号が記されていたのでしょうかね?」
 と、いかにも納得が出来ないように言った。
 そんな三平に戸田は、この時点で金子一平宅が窃盗に遭った頃、田中二郎とその仲間が不審な大金を手にしたという旨に言及した。 
 そんな戸田の話に些か険しい表情を浮かべては黙って耳を傾けていた三平は、戸田の話が一通り終わったとしても、すぐには言葉を発そうとはしなかった。
 それで、戸田は、
「今の僕の話に金子さんはどう思いますかね?」
 と、三平の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、三平は戸田を見やっては、
「ということは、戸田さんはその田中二郎さんたちが、親父の金を盗んだ犯人だと思ってるのですかね?」
 と、些か険しい表情を浮かべては言った。
「その可能性はあると思ってますね」
 と、戸田は些か険しい表情を浮かべては小さく肯いた。
 そんな戸田に、
「ということは、田中さんの自宅なんかから、親父から盗んだお金があったのですかね?」
「まだ、そうだとは断言は出来ませんが、田中さんの口座に二千万程のお金が残ってはいますね」
 そう戸田が言うと三平は、
「じゃ、そのお金は僕に返してもらえるのですかね?」
 と、三平が言うと、戸田は、
「そりゃ、そうだと確定したら、その可能性はありますね。で、我々は今、その田中さんの事件を捜査してるのですよ」
 と、眉を顰めた。そして、
「で、何故田中さんが殺されたというと、仲間割れなんかが考えられるのですよ」
 と言っては、戸田は再び眉を顰めた。
「仲間割れですか……」
 と、三平は啞然としたような表情を浮かべては言った。
「そうです。仲間割れです。というのは、例えば金子さん宅から盗んだお金を犯人たちは山分けしたのですが、その中の一人がそのお金を使い切ってしまうとします。それで、犯人の中の一人が他の者に金を無心するとします。だが、それを断る。
 その結果、殺害されたというわけです。そして、その殺害されたのが、田中二郎さんであったというわけですよ」
 と、戸田は三平に言い聞かせるかのように言った。
 三平はといえば、そのように戸田に言われても、渋面顔を浮かべては、言葉を発そうとはしなかった。
 そんな三平に、戸田は、
「で、その僕の推理に対して、金子さんはどう思いますかね?」
 と、三平の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、三平は、
「どう思うかと言われても、よく分からないですよ」
 と、渋面顔のまま言った。
「本当に何も思うことはありませんかね?」
 戸田は再び三平の顔をまじまじと見やっては言った。
「ええ。本当です。間違いありませんよ」
 と、三平はいかにも真剣な表情を浮かべては言った。
「では、金子さんはお父さんが誘拐されて二ヶ月経った頃、五千万ものお金を自らの銀行口座に入金されてますよね」
 と、戸田は訝しげな眼差しを三平に向けた。 
 すると、三平は、むっとしたような表情を浮かべては、
「ですから、それは親父が隠していたお金が天井裏から発見されたのですよ。窃盗犯はまさかそのような所に親父がお金を隠していたということに気付かなかったのですよ。ですから、被害に遭わなかったのですよ。でも、僕がそれを見付けたというわけですよ」
 と、三平は些か声を荒げて言った。そんな三平は、何度言ったら分かるんだと、その三平の説明を信じようとしない戸田を非難するかのような口調で言った。
 そんな三平の勢いに押され、戸田は、
「そうですか……」
 と、呟くように言った。
 だが、眼を大きく見開いては、
「でも、何故田中さんの手帳に、金子さんの携帯電話の番号が記されていたのでしょうかね?」 
 と、戸田は改めて、三平に訝しげな眼差しを向けた。
 すると、三平は、
「そのようなことを言われても、分からないですよ」
 と、いかにも不快そうに言った。
 それで、この時点で、戸田は三平宅を後にするしかなかった。
 だが、その一時間後に、戸田は再び三平宅を訪れることになったのだ。
 というのは、戸田の指示を受けて、部下の吉井刑事が、今度は田中三郎の遺留品の捜査をしていたのだが、その田中三郎が遺していた手帳に、何と金子三平の携帯電話の番号がメモされていたのだ。
 捜査を正に一気に進展させると思われる証拠を入手した戸田は、千歳空港で飛行機のキャンセルをしては、再び三平のマンションに向かったのだ。
 そして、三平のマンションに姿を見せたのは、午後九時頃のことであった。

     2

 戸田の顔を眼にして、三平の表情には、笑みは浮かびはしなかった。そんな三平は、正に嫌な奴が来たと言わんばかりの表情を浮かべていた。
 そんな三平に戸田は、
「先程、とんでもない情報を入手してしまいましてね」
 そう言った戸田の表情は、かなり険しいものであった。そんな戸田は、正に厄介な出来事が発生してしまったと言わんばかりであった。
 そんな戸田に、三平は、
「一体、どうしたというのですかね」
 と、眉を顰めては言った。
 そんな三平に戸田は、
「単刀直入に訊きますが、金子さんは田中三郎という人物のことをご存知ですかね?」
 と、三平の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、三平は眉を顰めては、
「田中三郎? 誰ですかね、それ?」
 と、正に田中三郎という名前は、今、初めて耳にしたと言わんばかりに言った。
 それで、戸田は、
「本当に知らないのですかね?」
 と、三平の顔をまじまじと見やっては言った。
 それで、三平はいかにも真剣そうな表情を浮かべては、
「本当に知らないですよ。間違いありませんよ」
 と、何でそんな当たり前のことを訊くのかと、言わんばかりに言った。
 それで、戸田は田中三郎という人物がどのような人物なのか、改めて説明した。
 三平はそんな戸田の説明に、黙って耳を傾けていたが、戸田の説明が一通り終わると、
「そういう人物ですか……。でも、僕はそのような人物に心当りありませんね」
 と、素っ気なく言った。
 だが、戸田は、
「でも、僕は今度こそ、そうは見做しはしませんよ」
 と、冷ややかな眼差しを三平に投げた。
 すると、三平の表情からは、みるみる内に血の気が引いた。その戸田の言葉に只ならぬものを感じたからだ。
 それで、三平は、
「それ、どういうことですかね?」 
 と、いかにも納得が出来ないような表情を浮かべては言った。
 それで、戸田は田中三郎の手帳に三平の携帯電話の番号が記されていたことを話した。
 三平はそんな戸田の話しに、いかにも真剣な表情を浮かべては耳にしていたのだが、戸田の話が一通り終わると、突如、
「アッハッハッ!」
 と、いかにも面白そうに笑い始めた。そんな三平は、正におかしくて堪らないと言わんばかりであった。
 そんな三平に、戸田は、
「何がおかしいのですか」
 と、むっとしたような表情を浮かべては言った。
「何がって、これがおかしくないわけはないじゃないですか! さっきは田中二郎という人物の手帳に僕の携帯電話の番号が記されていたかとか訳の分からないことを言ったかと思ったら、今度は田中三郎という人物の手帳に僕の携帯電話の番号が記されていたですって!
 戸田さん! 戸田さんは僕のことをおちょくってるんですか! 警察がそんな他人をからかうようなことをやっていいんですかね」
 そう言い終えた三平の表情には、笑みは見られなかった。そんな三平は、正にそのような言葉を発した戸田のことを非難してるかのようであった。
「どうして、僕が嘘をつかなければならないのですか! 僕は事実を言ってるだけです!」
 と、戸田の言ったことを信じようとしない三平のことを、今度は戸田が非難するかのように言った。
 そんな戸田を見て、三平は、
「そうですか。嘘はついていないというわけですか。でも、僕は田中二郎という人物は無論、田中三郎という人物のことも、まるで知らないのですよ。それなのに、何故、その二人の手帳に僕の携帯電話の番号が記されていたのですか! こんな不可解なことは、有り得ませんよ! 何故、このような事実が存在してるのか、こっちが訊きたい位ですよ!」
 と、声を張り上げては、戸田に食って掛かるかのように言った。
 そんな三平を眼にして、戸田の自信が揺らいだ。即ち、戸田は三平は田中二郎と田中三郎の死に何らかの関わりがあると推理していたのだが、その自信が揺らいだというわけだ。
 また、今の時点では、三平のことを強制的に捜査するわけにもいかないので、戸田はこの時点で、三平のマンション宅を後にするしかなかった。
 とはいうものの、三平は田中二郎と田中三郎の事件で何らかの関わりを持っているのは間違いないと、戸田は看做していた。もし、そうでなければ、田中二郎、田中三郎と何ら接点のない金子三平の携帯電話の番号が、田中二郎と田中三郎の手帳にメモされてるわけはないからだ。
 それで、今度は戸田たちは田中二郎、田中三郎と付き合いのあった者に、金子三平に関して何か話してなかったか、聞き込みを行ってみた。
 すると、興味ある証言を入手することが出来たのだ。
 そして、その証言をしたのは、田中二郎と高校時代から仲がよかったという前田和弘という会社員だった。前田は戸田にこのように証言したのである。
「田中君は金子という名前には言及しませんでしたが、その金持ちの老人には、僕に言及したことがありますよ」
 と、前田は金子一平のことや、田中二郎が二年程前に大金を手にいれたことに関して、何か思うことがないかという問いを発した戸田に対して、そのように言ったのだ。
「どのように言ってましたかね?」
 その前田の言葉に、戸田はいかにも興味有りげに言った。
「P町の方にボケ掛けてる一人暮らしの老人がいるが、そういった老人なら、泥棒のカモになるだろうな、という風に言ってましたね」
 と、前田はいかにも真面目そうな表情を浮かべては言った。
「僕はそう田中君が言ったので、冗談半分に、『じゃ、その老人宅に侵入しては、老人の有り金を盗んじゃえよ』と、言ったのですよ。すると、田中君は笑って何も言いませんでしたがね。
 で、その三ヶ月後、僕はその老人の話をたまたま持ち出したのですよ。
 すると、田中君は、『そんな老人、いたっけ』と、怪訝そうな表情で言ったのですよ。僕はその話を聞いて、妙に思いましたよ。何故なら、僕は田中君がその老人の話を持ち出したことをはっきりと覚えていましたからね」
 と、前田は興奮気味に、また、いかにも力強い口調で言った。そんな前田は、今の前田の証言が田中二郎の事件の解決の鍵を握るのではないかと、その重要性を自覚し、興奮を隠し切れないようであった。
 そう前田に言われ、戸田は、
「確かにその話は妙ですね」
 と、怪訝そうな表情を浮かべた。確かにその話は妙に思えたからだ。 
 そんな戸田を眼にして、前田は調子に乗ったのか、
「僕は田中君がその頃、大金を手にしたとすれば、その金子さんの件しか思い浮かびませんね。つまり、田中君はその金子さん宅に密かに侵入しては、金子さんのお金を盗んだというわけですよ。何しろ、田中君は車のセールスマンをやってましたから、どの時間帯に侵入すればよいかとかいう情報を入手し易い立場にいるでしょうからね。友のことをこんな風に言うのには気が退けますが、僕はその可能性はあると思いますね」
 と、渋面顔を浮かべては言った。そんな前田は、正に友のことを警察に売るのには、気が進まないと言わんばかりであった。
 そう前田に言われ、戸田は一層、田中二郎たちはやはり、金子一平宅に押し入り、金子一平を誘拐しては、お金を盗んだと思った。
 そして、その仲間たちの間で仲間割れが発生し、横田と田中二郎が殺されたというわけだ。
 もっとも、今の時点では田中三郎の死はまだうまく説明出来ないが、横田と田中二郎の死はそれが最も可能性があると思われた。
 それはともかく、戸田は田中二郎が金子三平に関して、何か言及してなかったか、訊いてみた。
 だが、田中二郎は田中三郎、あるいは、三平と思われる者に関しては、何ら言及してなかったと証言した。
 それで、戸田はこの辺で前田に聞き込みを終えることにした。
 前田の証言によって、田中二郎たちが、金子一平の金を狙い、それが尾を引き、横田と田中二郎の事件が発生したということが、一層現実味を帯びて来たのだが、そうだからといって、田中二郎と田中三郎を殺した犯人はまだ闇の中であった。
 そして、今、この時点で壁にぶつかってしまったような状況となってしまった。ここからは、捜査が進まないような思いを戸田は抱いてしまったのだ。
 果して、この事件は解決出来るだろうか?

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