第八章 思わぬ情報

     1

 戸田が前田から話を聞いて一週間経った。
 だが、その間、特に捜査の進展は見られなかった。
 だが、その翌日、甚だ興味ある情報を入手してしまったのだ。
 その情報を警察に寄せたのは、長田宗治という台東区内で路上生活を送っていた者で、その長田は窃盗の罪で逮捕されたのだ。その長田が、正に戸田たち田中二郎の捜査に携わる者に対して甚だ興味ある情報を提供したのだ。
 そして、長田はこのような言葉を発したのである。
「俺が路上生活から抜け出せないのも、岡やんの所為なんだ」
 と、長田は長田を逮捕した沢巡査長に、いかにも不貞腐れたような表情を浮かべては言った。
 そう長田に言われ、沢は怪訝そうな表情を浮かべては、
「それ、どういうことだ?」
 と、眉を顰めた。沢は、長田の言葉の意味が分からなかったからだ。
 すると、長田は不貞腐れたような表情を浮かべたまま、
「岡やんが一稼ぎしては、俺にその分け前をくれる筈だったんだ。だが、その当てが外れてしまったんだよ」
 と、吐き捨てるかのように言った。
 そう長田に言われ、沢はその長田の話に興味を持った。何故なら、まだ闇に潜んでいる犯罪に関して、長田が言及してるのかもしれなかったからだ。
 それで、沢は、
「それ、どういうことなんだ?」 
 と、興味有りげな表情を見せては言った。
 すると、長田は眼を大きく見開き、そして、
「岡やんは頭がボケ掛けてる一人暮らしの金持ちの老人に難癖つけてやり、慰謝料をたっぷりとせしめてやるから、成功すれば俺にもその分け前をくれるということになっていたんだ。だが、実際にはそうはならなかったんだよ」
 と、長田は沢から眼を逸らせては、いかにも吐き捨てるかのように言った。
 だが、沢は依然として、その長田の言葉の意味が分からなかった。
 それで、
「それ、どういう意味なんだ? 分かり易く説明してくれないかな」
 と、穏やかな表情と口調で言った。
 すると、長田は、
「だから、岡やんはS町に住んでいる頭が少しボケ掛けてる一人暮らしの爺さんの家の近くで、その爺さんに難癖をつけ、たっぷりと慰謝料をせしめるか、あるいは、チャンスがあれば、その爺さんの家に上がり込み、爺さんの自由を奪ったりして、爺さんの家にある金をちょろまかしてやるんだと、言ってたんだよ。その爺さんは何でも家に数億という位の現金を隠してるそうだ。だから、こんないい金蔓は滅多にないんだと、俺に言ったんだ。
 そして、実のところ、俺もその計画に協力したんだよ。だから、その分け前を俺も貰える筈であったんだが、実際にはそうはならなかったんだよ」
 と、長田は再び吐き捨てるかのように言った。
 そう長田に言われ、沢は一層眉を顰めた。というのは、沢はある事件のことを思い出したからだ。
 そして、その事件とは、S町に住んでいた金子一平宅からその主である一平が何者かに誘拐され、その数日後に一平が戻って来た時は頭がかなりボケていて、また、自宅に保管してあった数億と言われる現金が紛失していたというものだ。そして、今、長田が語った出来事は、その金子一平の事件を思わせるものがあったからだ。
 それで、沢は、
「その事件は、S町の金子一平さんのことじゃないのかな」
 と、長田の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、長田は、
「いや。名前までは分からないな」
 と、長田は眉を顰めた。
「じゃ、長田さんはその事件でどういった協力をやったんだい?」
 と、沢は興味有りげに言った。
 すると、長田は、
「それは……」 
 と、渋面顔を浮かべては、言葉を詰まらせた。そんな長田から、長田はその件に関しては言及したくないようであった。
 そんな長田に、
「正直に話してくれないかな。その件に関して、長田さんを責めないからさ」
 と、沢は長田のことを煽てるように言うと、長田は、
「だから、俺は証人だったんだよ」
 と、眉を顰めては言った。
「証人? それ、どういう意味なんだ?」
 沢は怪訝そうな表情浮かべては言った。長田の言葉の意味が分からなかったからだ。
 すると、長田は、
「だから、岡やんのスポンサーがもし岡やんを裏切ったりしたとするじゃないか。そうなれば、岡やんのスポンサーのことを警察に密告するようにと、俺は岡やんから言われていたんだよ」
 と、決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
「成程。で、そのスポンサーは岡やんを裏切ったのかい?」
 沢はいかにも興味有りげに言った。
「ああ。そうだ」 
 長田は力無い声で言った。
 すると、沢は、
「でも、裏切ったとは、どういうことなんだ?」
「だから、今になっても、岡やんの消息がないんだよ。これは、正にそのスポンサーが裏切ったと看做すしかないじゃないか!」
 と、長田は沢に訴えるかのように言った。 
「消息不明というのは、間違いないのか?」
「ああ。間違いないさ。岡やんはスポンサーから金を受け取ると、真っ先に俺の許に来る筈だったんだ。そして、それによって、俺と岡やんはしばらく路上生活とはお去らば出来る筈であったんだ。だが、岡やんはいつまで経っても俺の許に来なかったんだ」
 と、長田は沈痛な表情で言った。
「岡やんが長田さんを裏切ったということはないのかい?」 
 沢は、その可能性はあるのではないかと言わんばかりに言った。
「それはないさ。岡やんはそんな男じゃないからな」
 と、自信有りげな表情と口調で言った。
 そう長田に言われ、沢は、
「成程」
 と、いかにも気難しげな表情を浮かべては、眉を顰めた。そして、
「で、長田さんは岡やんのことを警察に話したのかい?」
 と、沢は興味有りげに言った。
 すると、長田は眼を大きく見開き、
「勿論、話したよ」
 と、甲高い声を上げては言った。
「そうかい。で、警察は何と言ったのかい?」
 沢は興味有りげに言った。
 すると、長田は眼を大きく見開いたまま、
「それが、全く相手にされなかったんだよ」
 と、些か悔しそうに言った。
 そう長田に言われ、沢は眉を顰めた。何故なら、今の長田の言葉は、正に警察の失態を暴露してるかのようであったからだ。
 とはいうものの、沢はその詳細を知ろうとした。
「長田さんは何と言ったんだい?」
「だから、岡やんが行方不明になってるから、探してくれと言ったんだよ」
 と、長田は不貞腐れたような表情を浮かべては言った。
 そんな長田に、
「それだけかい?」
「ああ。それだけさ」
 と、長田は言っては、小さく肯いた。
 すると、沢は些か表情を和らげ、
「それだけなら、警察は動きはしないさ」
 と、長田に言い聞かせるかのように言った。
 すると、長田は、
「だって、いくらなんでも、岡やんたちが強盗を行なおうとしていたなんて、話せないじゃないか」
 と、不貞腐れたような表情を浮かべては言った。
 そんな長田に、
「でも、今の長田さんの言葉だけでは、警察は動きはしないよ。それに、長田さんはその時も浮浪者だったんだろ?」
「ああ」
「服装も浮浪者の恰好だったんだろ?」
「ああ」
「だったら、そんな長田さんのことを警察は信じやしないさ。それに、失踪したのは浮浪者なんだから、いくら警察でも浮浪者の失踪は捜査してはくれないよ」
 と、その時の警察の対応の仕方には、問題はなかったと言わんばかりに言った。
 そんな沢に、
「でも、誰が岡やんをどうにかしたのかは分かってるんだ」
 と、長田は吐き捨てるかのように言った。
 すると、沢の表情は一気に真剣なものへと変貌した。
 そんな沢は、
「それ、どういった人物なんだ?」
 と、長田の顔をまじまじと見やっては、言った。
 すると、長田は、
「何でも、岡やんが昔、警備会社で働いていた時の上司だったそうだ。上司といっても、岡やんより二十歳程、年下とか言っていたな。だから、今は三十五歳位じゃないかな」
 と、眼をきらりと光らせては言った。
「三十五歳か……。でその警備会社は何という名前なのか、分かるかい?」
 そう沢が言うと、長田の言葉は詰まった。何故なら、長田はその名前を思い出せなかったからだ。
 だが、長田は、
「何でも、浅草の方の会社で、ケント警備なんとかいう名前だったような気がするな」
 と、渋面顔で言った。
 そう長田に言われ、沢は、
「成程」
 と、呟くように言った。何故なら、沢はそのような名前に聞き覚えがあったからだ。
「で、長田さんは、その岡やんは、今はどうしてると思ってるのかな」
 と、興味有りげに言った。
 すると、長田は沢から眼を逸らせ、言葉を詰まらせた。そんな長田は、滅多なことは口にはしたくないと言わんばかりであった。
 それで、長田は少しの間、言葉を詰まらせたのだが、やがて、沢を見やっては、
「もうこの世にいないんじゃないのかな」
 と、蚊の鳴くような声で言った。
 その長田の思いと、沢は同感であった。
 それで、沢は、
「では、岡やんの正式の姓名は何と言うんだね?」
「岡本勝とかいっていたな。でも、それが本名かどうかは、知らないがね」
 と、長田は素っ気なく言った。

     2

 その長田の証言は、沢から直ちに千葉県警の戸田警部に伝えられた。というのも、沢は戸田が捜査してる事件に、長田の証言が役に立つと思ったからだ。 
 戸田は沢の話に黙って耳を傾けていたが、沢の話が一通り終わると、
「確かにその話は、我々の捜査に役に立ちそうですね」
 と、いかにも有力な情報を入手出来たと言わんばかりに言った。
 そう戸田に言われると、沢は些か満足そうな表情を浮かべては、
「そうでしょ。戸田さんもそう思いますよね」
 と言っては、小さく肯いた。
 そんな沢に戸田は、
「で、長田さんは岡やんたちが狙った一人暮らしの金持ちの老人の家が何処にあるのか、そこまでは分かっていないのかね」
 もしそれが明らかになっていて、それが、金子一平宅であったのなら、岡やんが語った事件は、正に金子一平の事件となるのだ。
「ですから、その名前までは知らないと言ってましたね。でも、千葉市のS町周辺だとは言ってましたがね」
 そう沢が言うと、戸田の表情からは些か笑みが浮かんだ。何故なら、金子一平宅は、確かに千葉市S町にあったからだ。
 それで、戸田はその旨を沢に話した。
 すると、沢は、
「じゃ、やはり、そうですよ」
 と、些か満足そうに言った。何故なら、沢は改めて、沢がもたらした情報が戸田たちが捜査してる事件に役立ちそうだと実感したからだ。
 そんな沢は、
「じゃ、とにかく、そのケント警備保障を当ってみてはどうですかね」
 沢にそう言われなくても、無論、戸田はケント警備保障を当るつもりであった。
 そして、沢との話を終えると、戸田は直ちに浅草にあるケント警備保障に向かったのであった。

     3

 ケント警備保障浅草支店の支店長室で、戸田の話を気難しげな表情を浮かべては、黙って耳を傾けていた支店長の日置正也支店長(50)は、戸田の話が一通り終わると、
「確かに、うちには岡本勝という警備員は嘗ていましたね」
 と、気難しげな表情を浮かべては言った。
 そう日置に言われると、戸田は些か表情を和らげては、
「そうですか。やはり、いましたか……」
 と言っては、小さく肯いた。そんな戸田は、この日置に対する聞き込みによって、捜査が前進すると思ったのだ。
 そんな戸田は、
「でも、何故岡田さんは浮浪者なんかになったのでしょうかね?」
 すると、日置は、
「実はですね。岡本君はうちの会社を馘になったのですよ」
 と、眉を顰めては言った。
「馘ですか……。また、どうして……」
 戸田は興味有りげな様を見せては言った。
「不正を働いたのですよ。つまり、岡本君は警備していた会社の商品を猫ばばしたというわけですよ。そのことが発覚し、馘となったわけです。
 で、岡本君はうちの会社に入る前にも、窃盗で逮捕されたことがありましてね。そういったことから、新たな働き口を見付けることが出来なかったのではないでしょうかね。その結果が、浮浪者となったのではないでしょうかね」
 と、日置は神妙な表情を浮かべては言った。
 そう日置に言われ、戸田は、
「成程」
 と言っては、小さく肯いた。
「で、岡本さんより二十歳程年下で、岡本さんの上司であったような人物はいますかね?」
 と、戸田はいかにも興味有りげに言った。 
 すると、日置は少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「それは、大河内君じゃないですかね」
「大河内さんですか……」
 と、戸田は呟くように言った。果して、この大河内なる人物が、戸田たちが探し求めてる人物なのだろうか……。
 そう思った戸田は、
「その大河内さんとは、どういった人物なんですかね?」
 と、いかにも興味有りげに言った。
「ですから、警備主任だった男ですよ。長田さんや他のアルバイトを管理していた人物ですよ」
 と日置は言っては、小さく肯いた。
「その大河内さんは、岡本さんと個人的に親しかったですかね?」
「さあ、その辺のことはよく分からないですね。何しろ、僕は現場のことはよく分からないので」
 と、日置は眉を顰めた。
「で、岡本さんより二十歳位年下の上司とは、その大河内さんしかいませんでしたかね?」
 と言っては、戸田は眼をキラリと光らせた。
「そうですよ。その大河内君しかいませんでしたね」
 と日置は言っては、小さく肯いた。
「では、大河内さんと話をしたいのですがね」
 と、戸田が言うと、日置は、
「大河内は退職しましたね」
 と、素っ気ない口調で言った。
「退職した、ですか……。いつ頃、退職したのですかね?」
 戸田は興味有りげに言った。
「二年程前ですかね」
「二年程前ですか……」
 そう呟くように言っては、戸田は小さく肯いた。何故なら、金子一平の金が盗まれたのも、それ位の時期であったからだ。
 それはともかく、戸田は、
「で、大河内さんも岡本さんのように何か問題を起こし、馘首されたのですかね?」
 と、戸田が言うと、日置は、
「いいえ。そうじゃないですよ。円満退社でしたね」
「そうですか。でも、何故大河内さんはこの会社を辞めたのですかね? その理由に関して、何か説明していましたかね?」
「いや。僕には何も説明してませんね。書類には一身上の都合と記載されていましたね。僕も、その理由を深く問いませんでしたし」
 と、日置は淡々とした口調で言った。
「では、大河内さんとは、どういった人物でしたかね?」
 と、戸田はいかにも興味有りげに言った。
「そうですね。仕事は結構真面目にやってたとは思いますがね。うちの会社には、中途入社で三年程勤務してくれましたね。大学卒だったので、管理職として採用したのですが、管理能力もまあまあだったと思いますね。
 でも、僕は大河内君と個人的に親しかったわけではないですから、大河内君のことをよく知ってるわけではないのですよ」
「そうですか。では、大河内さんのことをよく知ってそうな人物はいませんかね?」
「そうですね。笹川君ならよく知ってるかもしれませんね。年齢も同じ位で、結構親しかったようですからね」
 と日置は言っては、小さく肯いた。
「では、笹川さんと、話をしたいのですがね」
「笹川君なら今、いますよ。呼んで来ましょうか」
「そうしてもらえますかね」
ということになり、戸田は早速、大河内と仲が良かったという笹川という人物と話をすることにした。
「僕が笹川です」
と、長身で、顎に少し髭を蓄えた笹川は、千葉県警の刑事がどんな用があるのかと言わんばかりの様で、戸田に応対した。
そんな笹川に、戸田は、
「笹川さんは、二年程前にケント警備保障会社で働いていた大河内さんのことを覚えていますよね」
そう戸田が言うと、笹川は、
「ええ。覚えていますが」
と、素っ気ない口調で言った。
すると、戸田は小さく肯き、そして、
「で、大河内さんは二年程前にこの会社を辞めたのですが、辞めた理由に関して、何か言及してましたかね?」
と、興味有りげな表情を浮かべては言った。
 すると、笹川は、
「特に何も言ってなかったですよ」
 と、素っ気無く言った。
「そうですか。でも、何故大河内さんは会社を辞めたのでしょうかね? 蓄えを十分に持っていたのでしょうかね?」
「いや。それはないと思いますね。というのも、大河内さんはいつもお金がないと零していましたからね。それなのに、あっさりと辞めてしまいましたからね。僕はどうやって大河内さんは今後、遣り繰りしていくのかなと思っていましたよ。でも、その疑問を僕が発する機会はなかったですね。というのも、大河内さんは正に突然という感じで会社を辞めてしまいましたからね」
 と言っては、笹川は眉を顰めた。
「では、大河内さんとは、どういった人だったのですかね?」
「東北出身で、以前、建設会社で現場監督をしていたことがあると言ってましたね。その関係でうちの会社でも、アルバイトなんかを監督するポストを与えられてましたが、仕事はまずまずやっていましたね。だから、突如、辞めてびっくりしているんですよ」
 と、笹川は些か甲高い声で言った。そして、
「僕には何も話はしませんでしたが、何か別にいい働き口を見付けたか、あるいは、急に大金が転がり込んだりしたんじゃないですかね。何しろ、大河内さんはいつもお金が欲しいと愚痴を零していましたからね」 
 と、まるで戸田に言い聞かせるかのように言った。
「では、大河内さんが管理していた者の中で、岡本勝という人物がいたのを覚えていますかね?」
 と、戸田が言うと、笹川は、
「覚えていますよ」
 と、あっさりと言った。
「で、岡本さんは大河内さんと個人的に親しくはなかったですかね?」
 と、戸田が言うと、笹川は、
「さあ、そこまでは分からないですね」
 と、決まり悪そうに言った。
「では、大河内さんは山岳サークルという山登りのサークルに入っていなかったですかね」
 と、戸田が笹川の顔をまじまじと見やっては言うと、笹川は、
「刑事さんはどうしてそのことを知ってるのですかね?」 
 と、呆気に取られたような表情を浮かべては言った。
 そう笹川に言われると、戸田は思わず笑みを浮かべてしまった。この時点で、やっと戸田たちの捜査が実を結びそうだと、確信したからだ。何しろ、この時点で今まで闇に隠れていた人物に光が当たったと実感したからだ。
そんな戸田を眼にして、笹川は、
「どうかしましたかね?」
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
それで、戸田は、
「いや、何でもないですよ」
 と、慌てて平静を装った。そして、
「では、大河内さんはその山岳サークルのことで、何か話していましたかね?」
 と、戸田はとにかくそう訊いてみた。
 すると、笹川は、
「話していましたよ」
「では、何と話していましたかね?」
 戸田はいかにも興味有りげに言った。
「ですから、山岳サークルのメンバーと谷川岳に行ったというようなことを聞いたことがありますね」
 と、笹川は言っては、小さく肯いた。
「それ以外に、何か話していませんでしたかね?」
「それ以外では特に記憶にはないですね」 
 と、笹川は眉を顰めた。
「では、その山岳サークルのメンバーに、横田幸男さんという方がいたのですが、その横田さんに関して、何が言及してませんでしたかね?」
「いや、そのようなことは、何も言ってなかったですね」
「では、田中二郎という人物に関して何か言及してませんでしたかね?」
「そのような名前も、僕は今、初めて耳にしますね」
「では、山岳サークルのメンバーで、火災で焼死した人がいるとかいうようなことは言ってませんでしたかね?」
「そのようなことには、言及してませんでしたね」
 と、笹川は眉を顰めた。
 そして、この辺で戸田は笹川に対する聞き込みを終えることにした。
 笹川に聞き込みを行なって、正に大いなる成果を得られた。遂にまだ姿を見せぬ闇に隠れた人物に辿りついたからだ。
 その人物は大河内清というケント警備保障の社員で、金子一平が自宅に保管していたお金を横田幸男、田中二郎たちと共に強奪したと思われる男だ。
 だが、その後、大河内と横田、田中たちとの間で仲間割れが発生し、そして、横田と田中は大河内に殺されたのだ。
 これが、金子一平宅で発生した現金強奪事件に端を発した一連の事件の概要なのだ! そう理解した戸田は、早速、大河内清から話を聴かなければならなくなった。
 因みに、大河内の連絡先は日置から入手したが、その連絡先は二年前のものであり、今も大河内がその住所に住んでいるという保証はなかった。 
 だが、戸田はその住所を当ってみたが、やはり、大河内は今、その住所には住んではいなかった。
 それで、一気に大河内への容疑は高まった。
 また、更に、大河内の容疑を高める事実が明らかとなった。
 というのは、大河内は何と青森の中学時代に、田中三郎と同級生であったことが明らかとなったのだ! 田中三郎とは、無論、田中二郎に犬を轢かせたりして嫌がらせをし、また、熱川の雑木林で田中一郎の傍らで死体で発見された男である。その田中三郎が何と、大河内清と中学時代の同級生であったのだ。即ち、大河内清と田中三郎との間に知人関係があったのである!
 これによって、どうやら事件の真相に一気に近付けそうであった。

目次     次に進む