第九章 告白

     1

 事件の真相が明らかになりそうといえども、謎はまだまだ存在していた。
 それ故、その謎を解明するには、大河内から話を聴かなければならないであろう。
 だが、大河内の消息は明らかにはなっていない。
 それで、全国に指名手配してはどうかという意見も出されたが、まだ、今の時点では、大河内が横田と田中二郎、更に、田中三郎を殺したとは、断定は出来ない。
 それで、指名手配することは出来なかった。
 大河内は既に両親は他界し、兄弟姉妹もいないことから、大河内の身内に大河内の居場所を問い合わせることは出来なかった。また、友人も少なかったというような証言も入手していたので、友人の線から、大河内の居場所を摑むことも困難であった。
 それ故、ケント警備保障に残っていた数枚の写真だけが、大河内を探す手掛かりといった塩梅であったが、それだけでは大河内を探し出せというのも、困難というものであろう。
 そう思うと、戸田は正に悔しかった。
 やっと、戸田たちが血眼になって探し求めていた人物を手に入れたと思ったのに、実際に見付け出せなければ、正に絵に描いた餅に等しいからだ。
 正に、何かいい手はないものか?
 そう思い、必死でそのいい手を考え出そうとしたのだが、いい手なるものは、なかなか見付からなかった。

     2

「金子三平さんのことは、どうなるんですかね?」
 佐々木刑事は、眉を顰めて言った。
 そう佐々木刑事に言われ、その時、戸田は金子三平のことを思い出した。金子三平も田中二郎たちが引き起こした金子一平宅の現金強奪事件に関係してる可能性があったからだ。何しろ、三平は一平の事件があった二ヶ月後に、五千万もの現金を自らの口座に入金してるのだ。その五千万は正に不可解というものだ。三平は一平宅の天井裏に隠してあったのを見付けたと証言したが、その証言をあっさりと信じるわけにはいかないというものだ。
 また、三平の携帯電話の番号が田中二郎、田中三郎の手帳にメモされていたことから、明らかに三平が自らの父親の事件に関係してると看做さざるを得ないのだ。
 それで、戸田は、その旨を佐々木刑事に話した。
 すると、佐々木刑事は、
「僕もそう思います。でも、三平さんは一平さんの実子ですからね。そんな人が、何故、田中二郎たちの犯行に関係してるのでしょうかね?」 
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
 確かに佐々木刑事も、三平が田中二郎たちの犯行に関係してそうな思いを抱いてはいたが、その半面、自らの親のお金が盗まれるという犯行に手を貸すようなことが有り得るのかと、言わんばかりであった。
 それで、二人の間で少しの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、戸田は、
「大河内さんは、山岳サークルに入ったことは既に確認済みだ。また、山岳サークルで、田中二郎、横田幸男、そして、大河内さんが知り合ったことは確実なんだ。それ故、もう一度山岳サークルのメンバーに話を聞いてみよう。そうすれば、何か新しい情報を入手することが出来るかもしれないよ」
 ということになり、再び山岳サークルのメンバーに聞き込みを行なってみることにした。
 すると、案の定、有力な情報を入手することに成功したのだった。その情報を戸田たちに提供したのは、多摩市に住んでいる中田隆であった。
 中田は、大河内に対する疑惑を話した戸田に対して、いかにも険しい表情を浮かべては、
「やっぱりそうでしたか」
 そんな中田に、戸田は、
「それ、どういうことですかね?」
 と、いかにも興味有りげに言った。
「実はですね。僕は大河内さんに誘われたことがあるんですよ」
 と、中田は眉を顰めては言った。
「誘われた? それ、どういうことですかね?」
 戸田は再びいかにも興味有りげに言った。
「つまり、いい金儲けの手段があるんだが、やってみないかとね」
 そう言った中田は、いかにも言いにくそうに言った。そんな中田は、このようなことを言ってもいいのかと言わんばかりであった。
「いい金儲け、ですか。具体的に、それはどのようなことですかね。その点に関して、大河内さんは何か言及してましたかね?」
「いや。僕が乗り気でないような素振りを示したので、その話はそれで終わりとなりました。何しろ、やばい話だと思ったのでね」
 と、中田は決まり悪そうに言った。
 そんな中田に、戸田は、
「でも、あなたたちは、山岳サークルで知り合ったのですよね?」
「そうです」
「で、中田さんはその当時、大河内さんと知り合って、どれ位の月日が経過していたのですかね?」
「一年も経っていなかったですね」
 中田は眉を顰めては言った。
「そうですか。それなのに、そんな危ない話を大河内さんは何故持ち出したのでしょうかね?」
 そう戸田が言うと、中田は戸田から眼を逸らせては、少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「実はですね。僕も大河内さんも前科者なんですよ」
 と、中田は警察にこのようなことを隠しても無駄だと思ったのか、その中田の汚点とも言えるその過去をあっけらかんと告白した。
 そう中田に言われ、戸田は渋面顔を浮かべた。
 そんな戸田を眼にして、中田は小さく肯き、そして、
「僕たちは以前、谷川岳登山を行なったことがありましてね。で、その時に一緒に汗を流し、一緒に酒を飲んでると、何でも話せるような間柄になって来ましてね。それで、そういう話が出て来たのですよ。まあ、自然とそういう話が出て来たとでもいいましょうか」
 と、戸田から眼を逸らせては、再び決まり悪そうに言った。
 だが、程なく戸田に眼を向けては、
「つまり、僕は実は婦女暴行で逮捕され、実刑判決を受けたのですよ。大河内さんは窃盗の罪で逮捕され、実刑判決を受けたそうです。
 まあ、僕も大河内さんもそういった過去に傷があったから、話が合ったのでしょうね」
 と、中田は何ら隠すことなく、正にあっけらかんとした表情と口調で言った。
 そして、中田の話は更に続いた。
「つまり、僕と大河内さんとの関係は、そういった関係だったので、大河内さんは僕にそんな危ない話を持ち出したのでしょう。
 でも、僕はその申し出をはっきりと断りました。
 というのも、僕は婦女暴行といったことには興味があったのですが、窃盗ということには興味はありませんし、また、やってみたいとは思いませんからね。まあ、性犯罪をやらないかと誘われれば、食指が動いたかもしれませんが、窃盗では僕は動かなかったというわけですよ」
 と、中田は妙に自慢げに言った。
 そんな中田に、戸田は、
「そうでしたか」
 と、妙にそんな中田に敬意を表するかのように言った。
「で、大河内さんが僕に持ち出したのは、恐らくその資産家宅の現金強奪だったのだと思います」
 と、中田はそうに違いないと言わんばかりに言った。
 そう中田に言われると、戸田も小さく肯いた。正に、中田に同感であったからだ。
 そんな戸田は、
「では、横田さんや田中さんに対しても、大河内さんは中田さんに対して言ったようなことを言ったのでしょうかね?」
 と、中田の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、中田は、
「さあ、どうでしょうかね」
 と、その点に関しては、中田は情報を持っていないと言わんばかりに言った。
 そんな中田に戸田は、
「大河内さんは、横田さんや田中さんとも、親しかったのではないでしょうかね?」
「そうですね。そんな感じだったみたいですね」
「横田さんや田中さんは前科者ではなかったのですかね? 警察官である僕がこのような質問をするのも妙なことですが」
 と、戸田は決まり悪そうに言った。
 もっとも、戸田は既に横田と田中が前科者ではないことは分かっていたが、そう言った方が中田とスムーズに話が出来ると思い、そう言ったのだ。
 すると、中田は、
「そうではないとは思うのですがね」
 と、その点に関しては、はっきりとは分からないと言わんばかりに言った。
「では、横田さんは一年前に焼死し、田中さんは最近、何者かに殺され、川に遺棄されました。このことをどう思いますかね?」
 と、戸田は中田の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、中田は戸田から眼を逸らせては、少しの間、言葉を詰まらせていたが、やがて、
「刑事さんは、大河内さんが殺したとでも思ってるのですかね?」
 と、些か厳しい表情を浮かべては言った。
 すると、戸田は、
「その可能性はあると思っていますがね」
 と、中田と同様、表情を厳しくさせては言った。
 もっとも、戸田は今や、大河内が横田と田中二郎を殺し、更に、田中三郎殺しの本命とまで思っていたのだが、中田にはそこまでは言及はしなかった。
 そう戸田に言われると、中田は、
「やはりそうですか」
 と、いかにも厳しい表情を浮かべては言った。
 そんな中田に、戸田は、
「中田さんはそう思わないですかね?」
 と、中田の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、中田は、
「さあ、どうでしょうかね」
 と、渋面顔を浮かべては言った。
「大河内さんは、例えば金銭絡みなんかで、横田さんや田中さんとトラブルになったとしたら、かっとして殺しを行なうような人間に見えませんでしたかね?」
 と、戸田は再び中田の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、中田は、
「僕ではよく分からないですね。でも、大河内さんという人は、前科者ですからね。また、荒っぽい性格でしたからね。僕の口からは、それ以上のことは言えないですよ。これ以上のことになると、推測となりますからね」
 と、中田は再び渋面顔で言った。
 そんな中田に、戸田は、
「では、大河内さんは今、何処にいるか、分からないですかね?」
 戸田はいかにも真剣そうな表情を浮かべては言った。何しろ、この点が戸田が最も知りたいことだったからだ。
 だが、中田は、
「よく分からないですね」
 と、いかにも決まり悪そうに言った。
 そんな中田に戸田は、
「大河内さんは今や、身内はいないそうなんですよ。そんな大河内さんのことをよく知ってそうな人物のことをご存知ないですかね?」
 と、戸田は食い下がった。
 すると、中田は、
「そうですね……」 
 と、何やら考え込むような仕草を見せては言葉を詰まらせていたが、やがて、
「大河内さんはひょっとしてペンション経営でも始めたのではないでしょうかね」
 と、中田は眉を顰めては言った。
「ペンション経営ですか」
 戸田は呟くように言った。何故なら、今までイメージしていた大河内とペンション経営というのは、何となく合致しないものであったからだ。
「ええ。そうです。というのも、大河内さんは確かに前科者ですが、山岳サークルに入っていたように、自然とか山が好きでしてね。それで、大河内さんと飲んでいた時に、大河内さんは金があれば、ペンションを経営するよ。また、それが大河内さんの夢だとか言ってましたからね。
 ですから、その資産家のお金を強奪して、大金を得たとしたら、ひょっとしてペンション経営に乗り出したのかもしれませんね」 
 と、中田はその可能性は有り得ると言わんばかりに言った。
 だが、戸田はその可能性はあまりなさそうだと思ったが、とにかく、
「成程」
 と、中田に相槌を打つかのように言った。そして、
「で、ペンション経営となると、どの辺でそれを大河内さんは行なったのでしょうかね? そういったことに何か言及してましたかね?」
 と、取り敢えずそう言った。
 すると、中田は、
「信州方面ではないですかね。大河内さんは信州が好きだと言ってましたからね。ですから、もしペンション経営に乗り出したとしたら、信州方面ではないですかね。もっとも、断言は出来ないですがね」
 と、自信無さそうに言った。
「信州のどの辺りかは分からないですかね?」
「そこまでは分からないですね」
 と、中田は自信無さそうに言った。
 そして、戸田はこの辺で中田に対する聞き込みを終えた。
 中田に聞き込みを行なって、ある程度の成果は得た。田中二郎の事件の容疑者として、最も可能性があるのは、やはり、大河内であるということが再認識されたからだ。
 だが、大河内と親しくしていたという中田でさえ、大河内は今、何処で何をしてるのかを知らないとのことだ。
 だが、中田はヒントを与えてくれた。
 だが、そのヒントが確かなものという保証は何処にもない。
 だが、今、大河内の行方を探る術は、そのヒント以外には何もないという有様だ。
 それ故、戸田は正に溺れる者は藁をも摑むという心境で、その線を当ったってみることにした。
 すると、意外にもその捜査は実を結んだのである!

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