2 寄せられた情報
男性の遺体は直ちに司法解剖されることになった。というのは、首に紐のようなもので絞められたような鬱血痕があったからだ。
すると、死因が明らかとなった。
それは、やはり、紐のようなもので絞められたことによる窒息死であり、また、男性の死は殺しによってもたらされたということも明らかになり、死亡推定時刻も明らかとなった。
それは、昨夜の午後十一時から今日の午前零時の間であった。
また、男性の身元は早々と明らかになった。何故なら、男性の上着のポケットに運転免許証が入っていたからだ。
それによると、男性の姓名は星野富男(24)で、住所は江東区であった。
それを受けて、警視庁の山村警部補(45)は早速、星野が住んでいたアパートに向かった。
だが、星野は一人暮らしであった為か、部屋には誰もいなかった。
それで、星野のアパートを管理してる不動産会社から星野の保証人の連絡先を聞いた。すると、それは星野の父親であったので、山村は早速、父親に連絡をし、星野の死を話した。
すると、父親の勲は、何故星野が殺されたのか、皆目見当がつかないと言った。
また、星野は、今、デックス東京ビーチ内にある「南十字星」という喫茶店で、ウェイターをやっていたとのことだ。
それで、山村は「南十字星」に行っては従業員たちに星野の死を話し、星野の死に関して、何か心当りないか、訊いてみた。
しかし、誰もかれもが、星野の死に関して、心当りないと証言した。
星野は真面目にウェイターの仕事をこなしていて、性格的にも他人に恨まれるような人物ではなかったというのが、「南十字星」の従業員たちの証言であったのだ。
それを受けて、山村は、
「困ったな……」
と、渋面顔で言った。
すると、若手の小林刑事(28)が、
「『南十字星』の従業員が嘘をついてるんじゃないですかね」
と、眉を顰めては言った。
「嘘?」
「そうです。星野さんの死に心当りあるのに、それを話すと、都合が悪いことがあるから、我々に正直に話さなかったというわけですよ」
と、小林刑事はその可能性は充分にあると言わんばかりに言った。
「うーん。そういうこともあるかもしれないな。しかし、今の時点では何とも言えないよ。
それ故、星野さんの部屋を徹底的に捜査してみよう。何か手掛かりが見付かるかもしれないからな」
ということになり、山村たちは江東区内にある星野が住んでいたアパートに向かった。それは「勝田荘」といって軽量鉄骨の二階建てであった。そして、星野の部屋の間取りは1DKで、独身の若者の部屋らしく、部屋の中は雑誌とか座布団が無造作に散らばっていた。そして、その光景は正に星野の死は星野にとって予期せぬものであったということを物語ってるかのようであった。
それはともかく、早速、山村と小林刑事は、星野の部屋の中にあった物入れとかクロゼットの中に、事件の手掛かりはないかと、捜査し始めた。
すると、手帳が見付かったので、山村は早速、眼を通してみた。
手帳には何やらこまめに色んなことが記してあったのだが、その内容が果して星野の事件に関係あるかどうかは、山村と小林刑事には皆目分からなかった。
それで、引き続き、部屋の中の捜査を行なったのだが、特に事件の手掛かりになりそうなものは、見付からなかった。
それを受けて、山村は、
「困ったな」
と、渋面顔で言った。
そんな山村に小林刑事は、
「ひょっとして、星野さんは偶然に事件に巻き込まれたのではないですかね」
「偶然に巻き込まれた、か……」
山村は呟くように言った。
「ええ。偶然です。お台場周辺には、暴走族なんかがやって来たりしますからね。
それ故、星野さんは深夜にお台場を歩いていて、暴走族に絡まれたりしたのではないですかね。そして、呆気なく殺されてしまったというわけですよ」
と、小林刑事はその可能性は充分にあると言わんばかりに言った。
すると、山村は、
「その可能性もあるだろうな」
と、呟くように言った。
「そうですよね。それ故、星野さんの遺体が見付かった周辺に立て看板を立て、情報提供を呼び掛けてみよう」
ということになり、早速それが行なわれた。
すると、立て看板が立てられた二日後に情報が寄せられた。その情報を寄せたのは、大田区内に住んでいる小倉明(22)というフリーターであった。
小倉は、
「四日前、つまり、七月一日の午後十一時頃、僕はお台場の自由の女神の近くにいたのですが、妙な場面を眼にしたのですよ」
と、淡々とした口調で言った。
―妙な場面? それ、どういったものですかね?
山村は興味有りげに言った。
「喧嘩ですよ。喧嘩。五、六人の若者たちが、喧嘩をやってましたね。
といっても、五人対一人という具合でしたね。
で、やがて、一人の男が羽交い締めされました。でも、僕は妙なことに関わりを持ちたくないと思いまして、慌ててその場から去りましたよ」
―ということは、小倉さんは、その羽交い絞めされた男性が、星野さんである可能性があると思ってるのですね?
「まあ、そうです。星野さんの遺体が発見された場所とか、死亡推定時刻は、僕が眼にしていた場面と凡そ合致してますからね。
もっとも、僕は星野さんとは何ら面識はありませんから、その男性が星野さんであったとは断言は出来ませんね。それに、夜であったということもありますし」
と、小倉は淡々とした口調で言った。
―そうですか。で、その星野さんと思われる男性に危害を加えていた四人はどういった人物に見えましたかね? 例えば、暴走族風であったとか。
と、山村は眼を大きく見開い尾手は言った。
「そうですねぇ。暴走族かと言われれば、そのような感じにも見えなかったわけではないですが、辺りにはバイクは停まってなかったし、また、ヘルメットなんかも見かけなかったですからね」
―成程。でも、その者たちに何らかのトラブルが発生し、星野さんと思われる男性は、その後、五人に殺されてしまったのかもしれませんね。
「僕もそう思いますね。といっても、僕はその五人に何ら心当りありませんがね」
そして、山村はこの辺で小倉との電話を終えることにした。
そして、小倉との電話内容を小林刑事に話した。
すると、小林刑事は、
「やはり、僕が思っていたように、星野さんはその五人と偶然にトラブルになったのですよ。そして、アクシデントもあったのかもしれませんが、呆気なく殺されてしまったのですよ」
「そうかもしれないな」
と、山村は眉を顰めては言った。
「でも、偶然のトラブルであれば、犯人を見付けるのは難しいですね」
と、小林刑事は冴えない表情で言った。
そう小林刑事に言われ、山村も小林刑事と同じような表情を浮かべた。山村の思いも小林刑事と同じであったからだ。
さて、困った。偶然に発生したトラブルで星野が殺されたとなれば、山村たちの捜査は甚だ困難となるのだ。何しろ、星野を殺したと思われる五人の男性の手掛かりは何もないからだ。
それ故、星野の事件に携わっている刑事たちの中には、焦りの色を浮かべる者もいた。
そんな捜査陣の中に、嵐という若手刑事がいた。嵐は今、二十八歳で、刑事になって四年目なのだが、推理小説好きということもあってか、去年、迷宮入りと思われていた難事件を見事な推理によって解決に導いた実績があった。それで、同僚たちからは、剃刀≠ニいう綽名で呼ばれていたりしていた。
そんな嵐刑事が、
「小倉さんの証言をあっさりと信じていいのでしょうかね?」
と、眼を鋭く光らせては言った。
すると、小林刑事も目を大きく見開き、
「それ、どういうことかい?」
「つまり、小倉さんは嘘をついたのではないかということだよ。犯人はその暴走族風の若者たちではなく、別にいたというわけさ。つまり、星野さんを殺す確たる動機を持っている者がいたということさ。しかし、それを警察に気付かせない為に、小倉さんは警察に偽証し、警察の捜査を攪乱させようとしたのさ」
と、嵐刑事は眼を大きく見開き、キラリと光らせては言った。
そう嵐刑事に言われ、小林刑事は呆気に取られたような表情を浮かべては、言葉を詰まらせた。その嵐刑事の推理は、正に小林刑事の想像だにしてないものであったからだ。
そして、一同の間に少しの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、山村は、
「じゃ、その動機とはどのようなものと思ってるんだい?」
と、嵐刑事の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、嵐刑事は決まり悪そうな表情を浮かべては、
「そりゃ……、今の時点では何ともいえませんが」
「だったら、その動機を持ってるという犯人をどうやって見付けるんだい?」
と、嵐刑事と同期である小林刑事は、嵐刑事にライバル心を剥き出しにしては、嵐刑事に挑むように言った。
すると、嵐刑事は、
「だから、星野さんと関係のあった者にもっと聞き込みを行なってみようよ。今までは『南十字星』の関係者からしか聞き込みを行なっていないから、捜査範囲をもっと拡げてみようよ。何か手掛かりを得られるかもしれないよ」
その嵐刑事の意見が取り入れられ、早速、星野の友人だった者に聞き込みを行なってみることになった。