3 意外な事実
しかし、多くの者は、星野の死に関してまるで心当りないと証言した。
しかし、興味深い証言をした者もいた。
その者は長田清二といって、星野とは高校時代からの友人であったとのことだ。
髪を茶色に染め、またオールバックにした長田は、山村に、
「星野君は妙な趣味を持っていましてね」
と、渋面顔を浮かべては、言いにくそうに言った。
「妙な趣味? それ、どんな趣味ですかね?」
山村は興味有りげに言った。
「言いにくいことなんですが、それは、盗撮なんですよ」
長田は山村から眼を逸らせては、いかにも言いにくそうに言った。
「盗撮ですか……」
山村は呟くように言った。
「そうです。盗撮です」
長田は俯いては、小さく肯いた。
「で、どういったものを盗撮していたのですかね?」
山村は再び興味有りげに言った。
「公園で抱き合ってるカップルなんかを狙って撮っていたみたいですよ。それ以外にも、刑事さんには言いにくいことなんですが、女性のトイレなんかも盗撮していたそうですよ」
長田は今度はおどおどした表情で言った。
「女性のトイレですか」
「そうです。星野君が亡くなったからといっても、こんなことまで暴露したくないのですが、事件解決の手掛かりになるかもしれないから、敢えて話したのですがね」
と、長田はいかにも決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
そんな長田に、山村は、
「じゃ、星野さんは女性のトイレに忍び込んだりしてたのですかね?」
「いいえ。女性の協力者がいたらしいですよ。星野はそのようなことを言ってましたからね」
「長田さんはその女性が誰だか知ってますかね?」
「いいえ。知らないですね」
と、長田は小さく頭を振った。
「では、長田さんは星野さんの盗撮ビデオを見せてもらったことがあるのですかね?」
「そうです」
「その盗撮ビデオには、どういったものが映っていたのですかね?」
「ですから、さっき言ったように、公園で抱き合ってるカップルとか女性のトイレですよ」
と、長田はいかにも決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
「それら以外には、何かなかったのですかね?」
「それ以外には、特に知らないですね」
「でも、それ以外にも、盗撮していたのかもしれないのですよね?」
「そうだと思いますよ」
そう長田に言われると、山村は小さく肯き、そして、
「で、長田さんはその星野さんの盗撮癖が、星野さんが殺された動機になったのではないかと推理されてるのですよね?」
「そうです。盗撮された相手が、星野さんに盗撮されたことを知れば、いい思いをする筈はありませんからね。それ故、その盗撮相手に星野さんは殺されたのかもしれないと、僕は推理してるわけですよ」
と、長田はその可能性は充分にあると言わんばかりに言った。
すると、山村は、
「確かにその可能性はありそうですね」
と、長田に相槌を打つかのように言った。
そんな山村を見て、長田は些か表情を綻ばせた。長田のもたらした情報が警察の捜査に役立ちそうだと察知したからだ。
すると、山村と長田の遣り取りを傍らで耳にしていた嵐刑事が、
「そう言えば、星野さんの部屋には、ビデオテープが随分とたくさんあったのを覚えてますよ。あの中には、星野さんが盗撮したものがあるかもしれませんね」
すると、長田は、
「僕もそう思いますよ。星野さんは盗撮したものをVHSのビデオテープに保存してたみたいですから」
「成程。じゃ、星野さんの部屋にあったビデオテープを調べてみなければなりませんね。
で、長田さんは星野さんが盗撮した相手に関して、何か興味有りげな話を耳にしてませんかね?」
「興味ある話ですか……」
長田は呟くように言った。
「そうです。例えば、とんでもない相手を盗撮してしまったとかいうような話ですよ」
と、山村は言っては、眼をキラリと光らせた。
すると、長田は渋面顔を浮かべては、
「そのような話はしてませんでしたね。何しろ、星野君は盗撮してるということを僕に話はしましたが、詳しい事までは語りたがらなかったですからね」
そして、長田との話はこの程度で終わり、次に星野の部屋の中にあったVHSのビデオテープの内容が調べられることになった。
すると、百本位あったビデオテープの内、半分位は市販してるものをダビングしたものであったかのようであった。
だが、残りの五十本は、盗撮されたものである可能性があった。
その盗撮されたと思われるものは、公園のカップルやトイレの中だけでなく、女性のスカートの中とか、ブティックの更衣室の中と思われるものもあった。
これらは、正に女性の協力者がいなければ、手に入る代物ではないであろう。
そし、このようなものを星野が盗撮によって手にしたものであれば、星野は逮捕されることになったであろうが、星野が死亡したとなれば、星野の罪は問うことは出来ないというものだ。
また、星野に盗撮されたからといって、星野を殺したとすれば、その者を見付け出し、逮捕しなければならないのは、言うまでもないだろう。
山村たちは更にそれらのテープを入念に調べてみた。すると、程なく、山村と嵐刑事、小林刑事の注意を引くに十分なビデオに行き当った。
というのは、今まで眼にしたビデオテープに映ってる人物は、山村たちの全く知らない人物のものばかりであったのだが、今、山村たちが眼にしてる人物は、山村たちがよく知ってる人物であったからだ。また、その人物は山村たちだけでなく、多くの日本人が知ってる者と思われた。つまり、その人物は有名人だったのである。
その有名人は、広重五郎(45)であった。
広重は有名な経済評論家で、TVの出演回数も多く、その分かり易く、歯切れの良い話し振りは、視聴者たちに好評で、いずれ国政選挙に出馬するのではないかと噂されてる人物であった。
それはともかく、その広重が単に星野の盗撮ビデオに映ってるだけでは、特に問題にならないと言えるだろう。
だが、そのビデオテープには、広重の問題と思われる行為が映っていたのだ。
広重が映っているのは、何処かのホテルの中であり、しかも、広重はグラマーな美人とセックスしてる場面が映ってるのだ。
そのビデオテープは、広重が衣服を脱ぎ捨てる場面から始まり、そして、下着を脱ぐ場面もぼかし無で映されているのだ。また、その美女が下着を脱ぐ様も然りだ。
その後、二人は唇を合わせ、ベッドに倒れ込むようにしては、ベッドに横たわり、そして、愛撫し合い、そして、セックスが終わるまでの場面が鮮明に映ってるのだ。
そして、その映像では、正に日頃、広重が見せてるような紳士然とした姿からは想像出来ない別の広重が存在してるのだ。
このビデオを最後まで見終わった嵐刑事は、
「驚きましたね」
と、興奮の為か、些か声を上擦らせては言った。
「正にその通りだ。TVで眼にする広重さんとは、まるで別人のようだ」
と、山村は些か顔を赤らめては言った。
「このビデオが公になれば、広重さんのイメージダウンは必至でしょう」
嵐刑事は、渋面顔で言った。
「正にその通り。それに、広重さんには奥さんがいるんだ。にもかかわらず、あんなグラマーな美女とあんなことをやってることが公になれば、TV出演も今後は出来なくなるだろう。それに、国政選挙に出馬することも無理だろう」
と、山村は渋面顔で言った。
「そうですよね。となると、このビデオは広重さんは何としてでも、闇に葬りたいでしょう」
と、嵐刑事も渋面顔で言った。そして、
「それ故、星野さんはこのビデオをネタに広重さんのゆすったのかもしれませんね。その結果、広重さん自身か、あるいは、広重さんから依頼を受けた殺し屋が、星野さんを殺したという可能性は充分に有りえますよ」
と、嵐刑事はその可能性は充分にあると言わんばかりに言った。
すると、そんな嵐刑事に、小林刑事が、
「でも、あの広重さんがあっさりと襤褸を出すかな。つまり、巧みにアリバイを作ってるか、星野さんとの関わりを示す証拠を隠滅してるということだよ」
と言っては、小さく肯いた。
そう小林刑事が言うと、三人の間に少しの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、山村が、
「星野さんは広重さんを狙って盗撮したのだろうか? それとも、盗撮した相手が、たまたま広重さんだったのだろうか?」
と言っては、首を傾げた。
「僕は後者、つまり、星野さんがたまたま盗撮した相手が広重さんだったというわけですよ。
そして、相手が有名人であったということから、星野さんは広重さんをゆすり、金をせしめようとしたのですよ」
と、嵐刑事は些か険しい表情を浮かべては、小さく肯いた。
「僕もその推理に賛成だな。それ故、星野さんが広重さんにコンタクトを取ったかどうか、確認してみよう」
と言っては、山村は大きく肯いた。そして、
「それに、星野さんの盗撮に協力していたと思われる女性のことも突き止めるんだ」
ということになり、早速その捜査が行なわれることになった。
すると、早々と成果があった。星野の部屋にあった手帳に、広重の電話番号がきちんとメモされていたからだ。もっとも、その電話番号の主が広重と記してあったわけではなかった。〈G・H〉と記してあっただけなのだが。
だが、これによって、捜査は大いに進展したといえよう。広重と何ら面識のない星野の手帳に広重の電話番号がメモしてあるということは、通常有り得ない。星野が盗撮した相手が広重であったことを星野は知り、その結果、星野は広重の電話番号を調べ、メモしたのであろう。
そう推理すると、山村たちの表情は綻びた。
だが、すぐに山村たちの表情からは笑みは消えた。何故なら、星野が広重とコンタクトを取ったという証拠を入手出来ても、そうだからといって、広重が星野を殺したという証拠とはならないからだ。また、星野の盗撮の協力者と思われる女性のことは、まだ何も分かってはいなかった。
「さて、どうやって広重さんを追い詰めて行こうか」
山村は困惑したような表情を浮かべては言った。
「広重さんのアリバイをまず確認してみましょうよ」
と、嵐刑事。
「さっきも言ったけど、広重さんが犯人なら、広重さんは巧みなアリバイ工作を行なってるよ。広重さんは馬鹿じゃないんだから」
と、小林刑事は口をとがらせては言った。
そう小林刑事に言われると、嵐刑事は決まり悪そうな表情を浮かべては、言葉を詰まらせた。
そして、三人の間で沈黙の時間が流れた。
ホシは広重で決まりと思われるのだが、広重を追い詰める有効策を山村たちは見出せないのだ。
だが、やがて、嵐刑事が、
「以前も言ったけど、小倉さんの証言はどうなるんですかね? 小倉さんは星野さんは暴走族風の五人の若者に殺されたのではないかというような情報を提供してくれたのですが」
「……」
「もし、小倉さんの証言が事実なら、妙なことになって来ませんかね。
で、妙なこととは、もし、広重さんが星野さん殺しの黒幕なら、広重さんは弱点を持ってしまうことになりますよ。その若者たちは広重さんが殺しに関わってるということを知ることになりますからね。そうなってしまえば、広重さんはまずいんじゃないですかね」
と、嵐刑事は眼をキラリと光らせては言った。
そう嵐刑事に言われ、山村は、
「確かに嵐君の言うとおりだ」
と、嵐刑事に相槌を打つかのように言った。そして、
「とにかく、広重さんから一度話を聞いてみよう。そして、広重さんの出方を見てみよう」
ということになり、早速、山村は広重にコンタクトを取り、広重に会って話をしてみることにしたのである。