5 見付かったカセットテープ
「ピッキング強盗ですか……」
警視庁の皆川から小早川正明に関する捜査結果を聞き、滝川は驚いたような声を発した。
―そうです。先程も言ったように、小早川さんが住んでいた「清和マンション」のクロゼットの中には、様々な名前なんかを刷った名刺や、様々な女性のものと思われる下着が見付かったのです。更に、ピッキングに用いる工具類も見付かったのですよ。つまり、小早川さんがピッキング強盗であった可能性は極めて高いと思われるのですよ。
そう皆川に言われ、滝川は思わず言葉を詰まらせてしまった。皆川がもたらした小早川に対する捜査結果が、思ってもみないものであったからだ。
だが、滝川はやがて、
「そう言えば、小早川さんは以前、スペアキーなんかを作ったりする店の店員をやっていたと、小早川さんの父親が話していましたね」
と、いかにも納得したように言った。
即ち、錠前屋のような仕事をしていたともなれば、小早川にとってピッキングなど朝飯前というものであろう。それ故、小早川がピッキング強盗であったとしても、それは充分に肯けるものなのだ。
それで、滝川は滝川のその思いを皆川に話した。
すると、皆川は、
―僕もそう思いますね。
と、滝川に相槌を打つかのように言った。
錠前屋で働いていた者が不況なんかで職を失い、中国人などと共にピッキング強盗を行なったという事件が、最近、度々発生していた。それ故、小早川もそのケースに当て嵌まるというわけだ。
滝川も皆川もそう思ったのだが、皆川はその時、表情を曇らせては、
―でも、そうだからといって、小早川さんが何故死に至ったのかに関しては、まだ何ら手掛かりを入手してないのですよ。小早川さんがピッキング強盗を行なった結果、何らかのトラブルが発生し、死に至ったということは、充分に推測は出来るのですがね。
と、決まり悪そうに言った。
すると、滝川も決まり悪そうな表情を浮かべたが、
「小早川さんのもう一つのアパートの方は、まだ捜査してないのですよね」
と、眼をキラリと光らせては言った。
―そうです。大田区内の「秋元荘」というアパートに小早川さんが賃借りしていたという事実は確認はしてるのですがね。でも、まだ、部屋の中までは捜査してないのですよ。
と、皆川は些か決まり悪そうに言った。
「では、今度はその『秋元荘』を捜査してもらえますかね」
―分かりましたよ。
ということになり、皆川は今度は大田区内にある小早川が賃借りしていたという「秋元荘」を捜査してみることになった。
皆川は「秋元荘」の小早川の部屋を捜査し始めて二時間経過したが、特に成果を得ることが出来なかった。その部屋には、小早川がピッキング強盗であることを思わせる痕跡はまるで見られないのである。正に、その部屋は冴えないサラリーマンの部屋そのものなのだ。
しかし、それは当然のことなのかもしれない。何しろ、この「秋元荘」の小早川の部屋は、小早川がピッキング強盗であるということを隠す為の部屋と思われるからだ。
それ故、小早川の死の真相を明らかにする手掛かりは、「秋元荘」ではなく、「清和マンション」の方にあるのかもしれない。
そう看做した皆川は、再び「清和マンション」の小早川の部屋を訪れた。そして、改めて捜査してみたのだが、すると、リビングの中にある物入れの中にあるカセットテープが眼に留まった。そのカセットテープに貼り付けられてるラベルには、○重という文字が記してあったからだ。
それで、そのカセットテープをリビングにおいてあったラジカセで再生してみた。そると、その内容は、確かに重要と思われる内容が録音されていたのである!
〈 僕が万一不審な死に方で死んだとしたら、木島満男を疑ってくれ。僕は絶対に自殺はしない。交通事故なんかでも絶対に死なない。何しろ、僕は用心深いからな。
だから、万一僕が不審な死に方で死んだら、木島満男に殺されたと思ってくれ。
因みに、木島満男の連絡先は「東京都台東区XXX「椿荘」203号室 電話番号は、090―5564ーXXXX」
平成X年 五月十日
小早川正明 〉
カセットテープには、このように録音されていた。
そして、その内容は正に衝撃的なものであった。何しろ、小早川は将来、木島満男という男に殺されると予測していたのだから。そして、その予測が現実と化したのである。
そう思うと、皆川の表情は、自ずから険しいものへと変貌した。
とはいうものの、このカセットテープの内容は、物足りないというものであろう。小早川が不審死したのなら、その犯人は木島満男だと言ってるだけで、その動機はまるで説明されてないからだ。
もっとも、今までの捜査から、それを察知出来ないわけではない。恐らく木島は小早川のピッキング仲間だったのだ。だが、そんな小早川と木島との間に何かトラブルが発生し、小早川が死に至ったというわけだ。
とはいうものの、小早川がピッキング強盗であったということが、まだ確定したわけではない。また、このカセットテープだけでは、木島満男という男を逮捕するわけにはいかないであろう。
そう思うと、皆川は渋面顔を浮かべた。
そして、今後、どういった捜査をすればよいか、思いを巡らせていたのだが、この時点で皆川は滝川に電話をすることにした。何しろ、小早川の事件は元はといえば、三重県警の事件なのだ。
皆川は皆川が捜査した結果を滝川に話すと、滝川は、
「何だか、話がややこしくなって来ましたね」
と、渋面顔で言った。滝川は今回の事件は安易には解決出来ないと思っていたのだが、その思いはどうやら正解であったようなのだ。
それはともかく、
「で、その木島満男という人物に関しては、まだ何も分かっていないのですかね?」
―そうです。
「連絡先は分かってるのですよね?」
―そうです。住所と携帯電話の番号は分かってます。しかし、それが正しいものなのかどうかは分からないですがね。
「成程。では、とにかく、その住所と電話番号のことを捜査してもらえますかね。それに、木島の顔写真なんかもあれば、入手したいのですが」
―分かりましたと言いたいところですが、その捜査はなかなか厄介なものとなりそうなんですがね。
と、皆川は些か不満そうに言った。というのも、この事件は元々三重県警のものであり、それ故、深入りすることには、皆川はなかなか気が進まなかったのである。
そんな皆川の胸の内とは察したのか、
「分かりました。では、僕が今からそちらに行きますから、その時は協力してもらえますかね。何しろ、東京には不慣れなものですから」
―分かりましたよ。
ということになり、滝川は今から東京に向かうことになったのだ。