6 聞き込み開始

 伊勢から近鉄特急や新幹線に乗って、滝川は東京に着いたのだが、そんな滝川は、早速浅草署に向かった。浅草署内で、滝川は皆川と打ち合わせをすることになっていたのだ。
 そして、浅草署の会議室で早速、皆川は今まで皆川が捜査してきた内容を改めて滝川に説明した。
 そんな皆川の説明に、滝川は渋面顔を浮かべては、黙って耳を傾けていたが、皆川の説明が一通り終わると、
「となると、小早川さんは、やはり、その木島満男という男に殺されたのでしょうかね」
「僕もその可能性が高いとは思うのですがね。しかし、それをどう証明するのかということですよ」
 と、皆川は眉を顰めた。
 そう皆川に言われると、滝川は気難しげな表情を浮かべては、少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「とにかく、その木島満男という者に会って、話を聴いてみる必要がありますね」
 すると、皆川は、
「それはそうですが、木島満男という男は、我々が少し話した位では、簡単に襤褸を出すようには思えないのですがね」
「そりゃ、そうですが、何もしないわけにはいきませんからね」
 と、滝川は渋面顔で言った。
「そうですね。それに、おかげ横丁周辺で木島の姿が目撃されていればいいのですがね」
「確かにその通りですが、何しろ、木島の顔写真はまだ入手出来てないので」
「でも、『甚兵衛』の関係者なんかが、木島の顔を覚えているでしょうかね?」
「さあ、その辺は何とも言えませんね。木島の顔に特徴があったり、何か目立つようなことをやっていれば、覚えているということもあるでしょうが」
 と、滝川は決まり悪そうに言った。
 といった遣り取りを交わしていたのだが、この時点で小早川のカセットテープに録音されていた木島のアパートに向かうことになった。因みに、そのアパートは「椿荘」というのだが、それが実在してるアパートであるということは、既に確認がとってあった。
 台東区内にある「椿荘」は、正に何処にでも見られるような軽量鉄骨の二階建のアパートで、木島満男なる男は、その203号室に住んでいるとのことだ。
 皆川と滝川は、早速203号室の前にまで来てみると、そこには「田中」という表札があった。
 それを眼にして、滝川と皆川の表情は、忽ち曇った。そして、皆川は、
「どうしますかね?」
 と、滝川の胸の内を問うた。
 すると、滝川は、
「このアパートを管理してる不動産会社から、話を聞いてみたいですね」
 ということになり、二人は早速、「椿荘」を管理してる「アーク不動産」に行ってみることにした。
「アーク不動産」は駅の近くにあったといえども、個人が経営してるようなとても小さな不動産屋であった。そんな「アーク不動産」の道に面した窓ガラスには、不動産の物件の貼り紙が、所狭しと貼り付けられていた。
 そんな「アーク不動産の」中に、私服姿の滝川と皆川が入って行くと、黒縁の眼鏡を掛けた六十位の神経質そうな男性が、
「いらっしゃい!」
 と、愛想良い表情と口調で言った。
 そんな男性、即ち、神埼俊男(60)に、皆川は警察手帳を見せた。
 すると、神埼は畏まった様を見せた。
 そんな神崎に皆川は、
「『椿荘』203号室に住んでいる田中さんのことで訊きたいことがあるのですがね」
「それは、どんなことですかね?」
 神埼は眉を顰めては言った。
「田中さんとは、どのような人物なんですかね?」
 皆川はまずそう言った。
 すると、神埼は、
「ちょっと待ってくださいね」
 と言っては、キャビネットから田中と交わした契約書を持って来た。
 そして、その契約書に少し眼を通すと、
「田中さんは、自由業の方ですね」
 と眉を顰めては言った。
「自由業ですか……」
 皆川は呟くように言った。
「ええ。そうです。職業欄にはそう書いてありますね」
 神埼は淡々とした口調で言った。
「自由業って、具体的にはどういったことをやられてるのですかね?」
「さあ、そこまでは分からないですね」
 そう神崎に言われたので、滝川と皆川はとにかくその契約書に眼を通してみた。
 その契約書によると、「椿荘」203室に住んでるのは、田中優という四十二歳で、一年前からそこに住んでるらしい。
 更に、「椿荘」を賃借りするにあたって、田中明という田中の父親が保証人になってることも分かった。そして、田中明の住所は、静岡県浜松市となっていた。
 それで、皆川は、
「田中さんは、どんな感じの人ですかね?」
「そうですねぇ。何となく地味な感じの方だったですね。でも、特に記憶には残ってませんね」
 と、神埼は些か決まり悪そうに言った。
「では、田中さんが『椿荘』を借りる時に、身分証明書を提示してもらいましたかね?」
 と、皆川。
「そりゃ、提示してもらいましたよ。そうでないと、うちは部屋を貸しませんからね」
 と、神埼は些か誇らしげに言った。
「では、田中さんは免許証なんかを提示したのですか?」
「そうですよ」
「そのコピーを保管してますかね?」
「そりゃ、勿論保管してますよ。見せましょうかね」
「そうしてもらえますかね」
 そう皆川が言ったので、神埼は早速田中の免許証のコピーを見せた。
 そのコピーに眼をやった皆川と滝川は、それに特に不審点は感じなかった。とはいうものの、そのコピーのコピーを取ることにした。そして、
「では、田中さんの父親の身分証明証なんかのコピーも保管してるのですかね?」
 と、皆川が言うと、神埼は渋面顔を浮かべては、
「いや。うちはそこまではやらないですね。そこまで厳しくすると、お客さんに逃げられてしまいますからね」
 と、皆川に言い聞かせるかのように言った。
 そう神崎に言われ、皆川は何も言おうとしなかったが、滝川が、
「田中さんと話をされて、神崎さんは何か不審点を感じなかったですかね?」
「特に不審点は感じなかったですよ。でも、田中さんが何か悪いことをやったのですかね?」
 と、些か心配そうに言った。
 すると、滝川は、
「今の時点では、何とも言えないですね」
 と、些か決まり悪そうに言った。
 そして、滝川と皆川は、この時点で「アーク不動産」を後にすることにした。
「アーク不動産」を後にすると、皆川は、
「どう思いますかね?」
「ピッキング強盗が、表面的には普通の人間を装っても、何ら不思議ではありませんからね。ですから、田中さんが怪しくないとは言えないと思いますね」
 と、滝川は淡々とした口調で言った。
「小早川さんが自らを殺す可能性のある人物は、木島満男だと言ってるのですがね」
「分かってます。ですから、田中優という名前は、偽名かもしれないということですよ」
「では、運転免許証はどう説明するのですかね?」
「ですから、あの免許証は偽物である可能性もあるということですよ」
 と、滝川は言っては、眼をキラリと光らせた。
「では、保証人の父親も偽物ということですかね?」
「その可能性はあるんじゃないですかね? それ故、とにかく、それを確認してみましょうよ」
 ということになり、早速、田中の父親が住んでるというその浜松の電話番号に電話を掛けてみた。
 すると、〈この電話は現在使われていません〉というメッセージが流れて来た。
 その結果を受けて、滝川と皆川の表情は、この時点で険しいものへと変貌せざるを得なかった。何故なら、この時点で田中優は不審者ということが決まったみたいなものだからだ。
 そして、この時点で滝川と皆川は、再び「椿荘」に向かったのであった。

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