第十章 沖縄の花

     1

 また、下地は、波の上ビーチで、赤嶺を殺したことに関しては、頑なに否定した。即ち、玉城の証言は全くの出鱈目だと、強く玉城の証言を非難したのだ。
 しかし、下地宅を家宅捜索されたことや、下地が赤嶺殺しの有力な容疑者であるということを、治子が安仁屋から説明を受けると、治子は何と下地に離婚を申し立てたのだ。治子とすれば、下地が赤嶺殺しの疑いを掛けられたことだけでなく、仲村明子と浮気したことまで知ってしまい、そんな下地のことを許さなかったというわけだ。
 治子から離婚を申し立てられた下地は、それが余程ショックだったのか、今まで守っていた防波堤が一気に崩壊したかのように、何とその時点で一気に真相を語り始めたのであった。
 そして、その下地の供述は、凡そ安仁屋たちの推理通りであった。下地は日頃から頭の上がらない治子に不満を持っていたのだが、たまたま歯の治療に訪れた仲村歯科医院の仲村明子と親しくなってしまい、やがて、明子に脱税を指南するようになった。そして、いつの間にやら、二人は一層親密になり、ホテルで男女の関係持つにまで進展してしまったのだ。
 しかし、その場面を赤嶺に盗撮されてしまい、赤嶺から口止め料を要求されてしまった。赤嶺によると、赤嶺は仲村歯科で、歯の治療を受けたことがあるとのことだ。それ故、下地が仲村明子と浮気したことを知ったのである。
 それで、下地はやむを得なく、赤嶺に口止め料として、百万支払うことにした。
だが、その時、密かに赤嶺を尾行し、赤嶺の素顔を見ることに成功したのだ。
 すると、下地はその男に見覚えがあった。
 それで、過去に思いを巡らせたのだが、やがて、その男が誰であったのか思い出した。その男は何と、波の上ビーチ近くで中華料理店を営んでいた男であったのだ!
 それを確認した下地は、一層頭に来た。何故なら、下地と面識があった男であったからだ! 下地がその中華料理店でお客さんとして利用してやったことがあるにもかかわらず、そういつは下地をゆすったのだ! それは、正に下地を一層激怒させるに十分であったのだ!
 それで、下地はそんな赤嶺に復讐してやろうと思った。
 とはいうものの、その復讐は、暗闇の中で、赤嶺をぶん殴ってやるという位のものであった。それ位のことしか、下地は思い浮かばなかったのだ。
 しかし、夜になると、下地は「飛龍軒」の方にまで行っては、赤嶺が暗闇に踏み出さないかと、その機会を窺っていた。
 そして、その機会がやっと訪れた。それは、四月十四日の午後八時前のことであった。
 夜の通りに姿を現した赤嶺は、波の上ビーチの方に向かって歩き始めた。そんな赤嶺の後を下地は密かに尾け始めた。
 すると、赤嶺はやがて、波の上ビーチの中に入った。そんな赤嶺の様子をよく見ると、赤嶺は人と待ち合わせをしてるかのようであった。何故なら、腕時計にしきりに何度も眼をやるからだ。
 案の定、赤嶺が波の上ビーチに着いて十分後に、一人の若い男が赤嶺に近付いて行った。すると、赤嶺は素早く色の付いたサングラスを掛けた。
 そして、赤嶺は少しの間、その若い男と何やら話していたが、やがて、男は赤嶺に背を向けて、赤嶺の許から去ろうとした。
 だが、赤嶺はまだその場から動こうとはせずに、男から受け取ったものを確認してるかのようであった。
 下地はそんな赤嶺の様子を密かに窺いながら、復讐のチャンスを窺っていたのだが、程なく、下地は信じられない光景を眼にしてしまったのだ。
 それは、先程、赤嶺と何やら話をしていた若い男が、急に赤嶺の許に戻って来ては、赤嶺に襲い掛かり、赤嶺を押し倒しては、ズボンのベルトで、赤嶺の首を絞めに掛かったのだ、
 すると、その時、下地は事の次第を察知した。
 即ち、あの男も下地のように、赤嶺から盗撮され、赤嶺からゆすられたのだ。そして、つい先程、赤嶺から要求された口止め料を払ったのだ!
 しかし、男は下地のように、赤嶺に対する腹の虫が治まらず、下地に襲い掛かったのだ!
 そう下地は察知したのだが、その若い男はやがて、赤嶺の許から去って行った。
 男は去って行ったものの、赤嶺は白砂の上に倒れたまま、動こうとはしなかった。まるで、死んでしまったかのように、動こうとはしなかった。
 下地はそんな赤嶺がどうなったのか確認したいという欲求を抑えることが出来なかった。
 それで、白砂の上を小走りで走り、赤嶺の許に行っては屈み込み、赤嶺の様子を見た。すると、赤嶺が死んではいないことが分かった。何故なら、赤嶺は苦しそうに呻き声を上げていたからだ。
 しかし、この時、下地の脳裏に、〈赤嶺憎し!〉の思いが怒とうのように込み上げて来た。あの平凡そうで、大して教養のなさそうな中華料理店の親父が、某国立大学を優秀な成績で卒業し、沖縄税理士会の理事を務めているこの下地様をゆすったのかと思うと、その屈辱は生涯消えることのない位なものであった。
 そして、今、この時点で下地が赤嶺の首を絞めて殺しても、その罪を先程の若い男に擦り付けることが可能だと閃くと、下地にはもう迷いはなかった。下地は、ズボンからベルトを抜くと、それで力一杯赤嶺の首を絞めたのである!
 すると、赤嶺は苦しげに呻いたが、それは少しの間だけであった。赤嶺はすぐに動かなくなり、そして、がくっと頭を垂れたのである。
 即ち、この時点で赤嶺は死んだのである!
 そんな赤嶺をその場に遺すと、下地はその場から去ったのだ。
 因みに、下地によると、赤嶺を置き去りにした場所は、波打ち際からほんの一メートル程の所であったとのことだ。
 となると、赤嶺の死体が海の中で見付かったのは、恐らく波が赤嶺を海の中に運んで行ったのであろう。
 この下地の自供によって、赤嶺の事件は解決したといえるだろう。赤嶺殺しの犯人は、安仁屋たちの推理通りとはいえないが、やはり、下地弘幸であったのだ。

     2

 この結果を受けて、玉城は些か満足そうであった。安仁屋たちは赤嶺殺しを頑なに玉城だと決め付けていたからだ。しかし、これによって、玉城は濡れ衣を晴らしたと言わんばかりであった。
 だが、玉城の犯行がなければ、赤嶺は下地に殺されることはなかっただろう。それ故、玉城には殺人未遂罪、あるいは、暴行罪が適用されるのは濃厚だといえるだろう。
 そんな玉城に、安仁屋は、
「島袋万理さん殺しは、あんたに違いないと思うんだよ」
 そう言った花城の表情は、とても真剣なものであった。
「ですから、島袋さん殺しの犯人も、僕ではないのですよ。僕は島袋さんを車に乗せては県庁前にまで運んだのですよ。そして、そこで島袋さんと別れたのですよ」
 と、玉城は何度言ったら分かるんだと言わんばかりに言った。
 しかし、花城はその玉城の主張は嘘だと思った、何しろ、万理の事件では、赤嶺の事件のように、下地とかいった他の容疑者はいないのだ。それ故、万理殺しの犯人は、玉城しか考えられないのだ。
 それ故、花城たちは、何としてでも玉城を万理殺しの犯人として逮捕しようとしてるのだが、後少し証拠が足らないといった塩梅であった。

     3

 一方、豊里加奈子の事件はどうなったかというと、加奈子の事件を捜査してる宮城たちの捜査の鉾先は、今や糸数豊子に向かっていた。玉城が受け取った手紙に糸数豊子の指紋が付いていたことが明らかになったからだ。
 加奈子と玉城は、午後八時と八時半にS公園に呼び出しを受けた。玉城はその手紙に基づいてS公園に出向いたものの、加奈子は現われなかった。
 それで、帰宅したのだが、玉城がS公園にいた頃が加奈子の死亡推定時刻となったというわけだ。
 このことが何を意味してるかというと、それは、加奈子殺しの犯人が玉城だということだ。だが、もし、玉城が加奈子を殺したのでないとすると、この加奈子と玉城に出された手紙は、加奈子殺しを玉城だと思わせる偽装工作であったといえるだろう。そして、その偽装工作を行なったのが、糸数豊子だというわけだ。
 となると、加奈子を殺し、加奈子の遺体を東南植物楽園近くの道路脇に遺棄したのは、糸数豊子ということになる。
 また、豊子は玉城が万理の事件の容疑者であるということを知っていただろう。それ故、加奈子殺しも玉城の仕業だと思わす偽装工作を行なったのではないのか。
 また、豊子は男女関係のトラブルなんかで、加奈子のことを嫌っていたとのことだ。
 男女関係が絡む殺人事件というものは、今も昔も跡を絶たないものだ。それ故、加奈子の事件もそのケースだったのかもしれない。
 それ故、早速糸数豊子から話を聴かなければならなくなった。それで、宮城は水木刑事と共に、沖縄こどもの国近くにある糸数豊子宅に向かった。
 豊子は今、家事手伝いの身の上とのことだが、昼間に訪れても、豊子が在宅してないとは限らないだろう。
 また、事前に連絡せずに訪れた方が効率的な捜査が出来ると、宮城は思ったのだ。
 そして、都合よく、豊子は在宅していた。
 そんな豊子に、水木刑事は、
「以前、豊里加奈子さんの事件で話をさせてもらった水木です」
 と言っては、軽く頭を下げた。
 だが、豊子の表情は、芳しいものではなかった。そんな豊子は、一体水木刑事たちがどういった用件でやって来たのか、その胸の内を探ってるかのようであった。
 そんな豊子に、宮城は、
「実はですね。妙なことが分かりましてね」
 と、冷ややかな口調で話を切り出した。 
 そう宮城が言っても、豊子は何も言おうとはしなかった。それは、まるで宮城の出方を窺ってるかのようであった。
 そんな豊子に、宮城は加奈子と玉城が受け取った手紙のことを話し、そして、
「その二つの手紙から、我々は豊里さんを殺した犯人は、玉城さんだと思ったのですよ」
 そう宮城が言うと、豊子の表情は、何となく和らいだかのようであった。豊子は加奈子殺しの疑いが、豊子ではなく、玉城に向けられたと思ったかのようであった。
 そんな豊子に、宮城は、
「要するに、玉城さんは自作自演を行なったのですよ。玉城さんは豊里さんに豊里さんをS公園に呼び出したという手紙を出したにもかかわらず、自らも豊里さんからS公園に呼び出されたという手紙を受け取ったという具合にね。
 また、玉城さんには、豊里さんを殺す動機がありそうですからね。つまり、豊里さんは、玉城さんが島袋さんを殺したという証拠を持っていたのかもしれないということですよ。
 それ故、そんな豊里さんの口を封じる為に、玉城さんは豊里さんを殺したのではないかと、我々は思ったのですよ」
 と、落ち着いた口調で、また、豊子に言い聞かせるかのように言った。
 すると、豊子は真剣な表情で肯いた。そんな豊子は、今の宮城の説明で、加奈子の事件の真相が明らかになったと言わんばかりであった。
 すると、宮城は突如、険しい表情を浮かべては、
「ところがですね」
 と、いかにも言いにくそうに言った。
 豊子はそんな宮城に何も言おうとはしなかった。そんな豊子は、宮城の次の言葉を固唾を呑んで待ってるかのようであった。
 そんな豊子に、宮城は意を決したような表情を浮かべては、
「玉城さんが受け取った手紙には、何と糸数さん! あなたの指紋が付いていたのですよ!」
 と、声高に言った。 
 すると、豊子は、
「そんな馬鹿な!」
 と、正に信じられないと言わんばかりに言った。
「嘘じゃありませんよ。これは間違いない事実なんですよ。
 これはどういうことなんですかね?」
 と、宮城は豊子を睨め付けた。
 すると、豊子は、
「それ、間違いですよ!」
 と、顔を真っ赤にさせては、話にならないと言わんばかりに言った。
「間違いではありません! 科学鑑定の結果、その事実が明らかになったのですよ!」
 宮城は正に自信有りげな表情と口調で言った。
「そう言われても、何かの間違いというしかありません!」
 と、豊子は顔を真っ赤にさせたまま、宮城の言葉を否定した。
「いや。いくら糸数さんが否定しても、我々は科学鑑定の結果が間違いであるということを認めませんからね。
 で、それが正しいとして話を進めますと、糸数さんが五月二十日の午後八時と八時半にS公園に来るようにという手紙を豊里さんと玉城さんに出したのは、糸数さんだったというわけですよ。
 で、何故そのような手紙を出したかというと、糸数さんは豊里さんのことを恨んでいたのですよ。何故恨んでいたかというと、糸数さんの恋人であった又吉正吉さんを糸数さんは豊里さんに奪われてしまったからです。
 もっとも、豊里さんには悪意がなかったものと思われますが、糸数さんにとってみれば、そのようなことは関係ありません。糸数さんの脳裏は、豊里さん憎しの思いで一杯になってしまったのですよ。
 そして、玉城さんが島袋万理さんの事件で警察に疑いが持たれてるのを知ると、それを利用し、糸数さんは豊里さんを殺したのですよ。
 恐らく、五月二十日の午後八時頃、S公園で玉城さんが来るのを待っていた豊里さんを糸数さんは巧みに糸数さんの車に乗せては、隙を見ては豊里さんを殺したのですよ。
 また、何故玉城さんが受け取った手紙の中に、事件のことで話をしたいと記してあったのかは分かりませんが、糸数さんが豊里さんを殺したにもかかわらず、その犯人を玉城さんに擦り付けようと糸数さんが偽装工作を用いたのは間違いないと我々は看做しているのですよ」
 と、宮城は落ち着いた口調で言っては小さく肯き、そして、冷ややかな眼を豊子に向けた。
 すると、豊子は、
「それは、全くの出鱈目ですよ! 全くの作り話です!」
 と、激しく宮城に抵抗した。
 だが、そんな豊子の主張を宮城と水木刑事は全く信じようとはせずに、豊子を強引に沖縄署にまで連れて行っては、再び執拗な訊問を行なった。
 だが、豊子は頑なに加奈子殺しを否定した。
 宮城が何度も玉城が受け取った手紙に豊子の指紋が付いていたことに関して説明を求めても、豊子は「何かの間違いです」を繰り返すばかりであった。
 そして、その後、豊子はまるで貝のように口を閉ざしてしまったのだ。
 それで、その時点で捜査を一旦中断することになった。

     4

 だが、今の時点では、豊子を加奈子殺しで逮捕することは出来なかった。
それで、その証拠を摑む為に、今度は豊子の車が捜査されることになった。豊子が加奈子を殺したのなら、豊子の遺体を東南植物楽園近くの道路脇に運んだのには、豊子の車が使われたに違いないからだ。豊子の車から、加奈子の痕跡が見付からないかと宮城たちは思ったのだ。そして、豊子の車はシルバーのマーチだった。
 だが、結果は思わしくなかった。加奈子の遺体が身に付けていた衣服の繊維などが車内から見付かれば、それを追及することは可能なのだが、そういった痕跡は見付からなかったのだ。
 また、依然として、宮城たちは豊子に訊問を続けたのだが、豊子はそんな宮城たちに反発した。
 そんな豊子に、宮城たちは手を焼いた。これだけ厳しい訊問を続ければ、豊子と同年齢の女性なら、大抵音を上げるものだ。しかし、豊子は飽くまでも宮城たち警察に反発するのだ。そして、その豊子の意思の強さには、宮城たちを驚かせた位であった。
 とはいうものの、豊子の容貌をよく見れば、確かに意思が強そうだ。それ故、恋人を奪った加奈子のことを許せなかったのかもしれない。
 だが、今の時点では依然として、豊子を加奈子殺しで逮捕することは出来ない。
 それ故、もっと確固たる証拠が欲しいというものだ。
 そう宮城たちが思ってる時に、朗報が飛び込んで来た。
 というのは、加奈子の遺体が見付かった東南植物楽園近くの道路脇で、豊子の車と同じくシルバーのマーチを眼にしたという人物が現われたのだ。
 宮城たちは、加奈子の遺体が見付かった場所で、五月二十日の夜から翌朝の午前七時頃にかけて、不審な人物やシルバーのマーチと思われる車を眼にした人がいれば、警察に連絡してくださいという立て看板を立てていたのだが、その立て看板を見て、警察に連絡して来た人物がいたのだ。
 その人物は、東南植物楽園で働いている宮里賢司(40)という男性であった。
 宮里は、
「五月二十日の午後九時頃、僕は東南植物楽園での仕事を終え、東南植物楽園を後にしたのですが、立て看板が立てられた辺りで、シルバーのマーチが停まってるのを眼にしました。僕の妹が同じ車に乗っているので、その車のことを見間違えることはありません。
 また、そのマーチには、若い女性が乗っていました。白の上着を着ていたことを覚えていますし、髪の毛が短かかったことも覚えていますね。
 僕は何をしてるのかなと思いましたが、特に気にすることもなく、そのまま通り過ぎましたよ」
 と、沖縄署にまでやって来ては、そのように言った。
 その宮里の証言を受けて、豊子は逮捕された。容疑は豊子の死体遺棄の疑いであった。宮里と豊子との間には、何ら面識が無いわけだから、その宮里の証言は重視しなければならないだろう。また、他の状況証拠から、豊子が加奈子の死に関係してる可能性は、極めて高いと言わざるを得ないだろう。 
 それ故、加奈子の死体遺棄罪で逮捕されたのである。
 だが、豊子は依然として、加奈子殺しは無論、死体遺棄に関しても、無罪だと主張したのだ。
 それ故、加奈子殺しでは、依然として、豊子を逮捕することは出来なかった。
 その一方、島袋万理殺しの事件でも、玉城四郎が最有力容疑者であったが、加奈子の事件と同様、依然として、玉城を逮捕することは出来なかった。やはり、後少し証拠が不足していたのだ。
そんな玉城に、花城は、
「豊里さんの事件では、糸数豊子さんが最有力容疑者となってるんだよ。玉城君は豊里さん殺しには関係してないのかもしれないな」
 と、渋面顔で言った。
 すると、玉城は些か表情を綻ばせては、
「やっと認めてもらえましたか」
 と言っては、小さく肯き、そして、
「でも、やはり、糸数さんが犯人でしたか……」
 と、些か納得したような表情を浮かべては言った。
 そんな玉城に、
「やはり、糸数さんが犯人でしたかとは、どういう意味なんだ?」
 花城は興味有りげに言った。
「糸数さんはとても性格が激しく、僕たちは糸数さんのことを〈まるで、ディゴのような女だ〉と言ったりしてたのですよ」
 と、玉城は渋面顔で言った。
「〈ディゴのような女?〉 それ、どういう意味なんだ?」
 花城は再び興味有りげに言った。
「ですからディゴのように情熱的だということですよ。
 沖縄の県花は、ディゴですよね。そして、ディゴは沖縄の情熱の権化のようではないですか!
 正に、それですよ!
 つまり、糸数さんは、情熱的な女性なんですよ。
 ですから、恋の為には、人殺しまでやってしまう……。糸数さんとは、そういう女なんですよ!」
 と、玉城は声高らかに言っては、大きく肯いた。

     5

 玉城はそう言ったものの、豊里加奈子の事件、島袋万理の事件は、その後、進展は見られなかった。 
 だが、加奈子の事件では、予想もしてなかった事件が発生した。というのは、糸数豊子が、留置されていた部屋の中で、首を吊って自殺してしまったのだ。自らの上着を切り裂き、結んでは鉄格子に引っ掛け、首を吊ったのだ。
 それは、豊子が加奈子の死体遺棄の疑いで逮捕されて、三日後のことであった。
 宮城たちの訊問に対して、気丈な態度で臨んでいた豊子が自殺してしまうなんて、宮城たちは夢にも思っていなかったのだ。
 しかし、今、思えば、豊里の自殺に思い当ることがないわけでもなかった。
 それは、又吉正吉のことだ。豊子は逮捕され、沖縄署の中に留置された時に、恋人であった又吉正吉に会いたいと言ったのだ。
 それで、宮城はとにかく、又吉にその豊子の言葉を伝えた。
 すると、又吉は、
「会いたくない」
 と、冷ややかな口調で言ったのだ。
 そのことを豊子に伝えた時の豊子の落ち込みようは、尋常ではなかった。
 豊子は又吉の愛を奪った加奈子が憎く、加奈子を殺した。加奈子がいなくなれば、又吉は豊子の許に戻って来る。
 豊子はそう信じていたのだ!
 だが、その豊子の読みは外れた。 
 そう理解した豊子は、もはや生きる希望を喪失してしまった。
 その結果、選んだのは、自らの死であったのだ!
 そう察すると、宮城は何となく物哀しくなって来た。
 それで、署から外に出ては、通りを歩いてると、やがて、ディゴの花を眼にするに至った。
 ディゴは正に情熱の花だ! 南国の沖縄の情熱を具現した花なのだ!

 ディゴと綽名された糸数豊子の情熱ははかなく散った。
 そして、それは、まるでディゴのようであった。
 ディゴの緋色の花は、いつまでもその色を見せ付けてはいない。やがて、朽ちてしまう。
 それは、魂の終わりだ。
 豊子の情熱も、ディゴの花のように散ってしまったのだ。
 後、何年か経ち、ディゴの花を眼にすると、豊子のことを思い出すかもしれない。
 そう思いながら、宮城は上着から煙草を取り出し、そっと火を点けたのであった。

目次   次に進む