第二章 失踪
1
沖縄市といえば、沖縄県下では第二の人口を抱える都市で、米軍の嘉手納基地に隣接する国際色の豊かな街だ。
沖縄市の繁華街を歩いていると、外人の姿とか、英語の看板を数多く見掛け、それは本土では見られない異色的な光景だ。
那覇市から出発する中北部巡りの定期観光バスは、那覇市の外れにあるプラザハウスショッピングセンターに立ち寄り、観光客に沖縄の名産品などを販売している。
その沖縄市にある沖縄署に、若い娘の捜索願いが出された。出したのは、その娘の母親である島袋敏江(46)であった。敏江は、一人娘の万理が五日前から家に帰らず消息不明になっているので、警察に捜索願いを出したのである。
そんな敏江には、米原警部補(45)が応対することになった。米原は中肉中背で、日焼けした肌に、白い歯が印象的な警官であった。
そんな米原に敏江は、
「今までに、万理が私に何も言わずに五日間も家を留守にしたことはないのですよ」
と、神妙な表情と口調で言った。
「そうですか……。で、万理ちゃんはお幾つですかね?」
「二十二歳です。嘉手納基地近くにある〈イエローハット〉というお店でアルバイトをしていました」
「そうですか。で、万理ちゃんがいなくなった日も、その店でアルバイトをしていたのですかね?」
「いいえ。その日は、お休みでした。それで、午前中は家にいたのですが、午後一時頃、家を出て行きました。それから、行方不明になってしまったのですよ」
「何処に行くのか、あるいは誰に会うのかというようなことは、言ってなかったのですかね?」
「そのようなことは何も言いませんでした。ただ、『少し外出するよ』と言っただけでした」
と、敏江は渋面顔で言った。
「万理ちゃんは、携帯電話を持っていないのですかね?」
「そりゃ、持ってますが、その時は持って行かなかったのですよ。それ故、今も机の上に置かれていますよ」
「成程。でも、携帯電話を持っていかなかったということは、すぐに戻って来るつもりではなかったのですかね?」
と、米原は眉を顰めては言った。
「そうかもしれないですね」
と、敏江は力無く言った。
すると、米原は、
「ちょっと待ってくださいね」
と言っては席を外し、万理が関係してそうな事件とか事故はないか、少し調べてみたのだが、そのようなものは見当たらなかった。
それで、敏江の許に戻って来ると、その旨を話した。
すると、敏江は険しい表情を浮かべては、何も言おうとはしなかった。
そんな敏江に、米原は、
「万理ちゃんは、家出したのではないですかね? あるいは、恋人と何処かに旅行に行ったりしたのではないですかね?」
と、言いにくそうに言った。
すると、敏江は、
「そのようなことは、絶対にありません!」
と、気丈な表情を浮かべては言った。
そう敏江に言われ、米原は決まり悪そうな表情を浮かべ、少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「そう言われてもねぇ……。まだ、万理ちゃんが何かの事件に巻き込まれたという証拠が出たことはないですからね。
ですから、警察としても、万理ちゃんのことを本腰を入れて捜査するというわけにもいかないのですよ」
と、決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
そんな米原に、敏江は、「薄情者!」という言葉を浴びせてやりたかったが、警察というものは、凡そこのようなものだと察していたので、この辺で沖縄署を後にすることにした。
そして、そんな敏江が向かったのは、市内の繁華街にある小さな雑居ビル二階にある仲宗根探偵事務所であった。
敏江の友人が、仲宗根探偵事務所の近くに住んでいたので、敏江はよくこの辺りに来たことがあった。それで、仲宗根探偵事務所という名前は、敏江の頭の中に刻まれていたのだ。
もっとも、その友人も敏江も、今までに仲宗根探偵事務所に仕事の依頼をしたことはなかったが、仲宗根は優秀な探偵だということを耳にしたことがあった。
それで、仲宗根探偵事務所に万理のことを探してもらおうと思ったのだった。それは、四月十六日の午後一時頃のことであった。
事務所の中に入ると、仲宗根は敏江を衝立で区切られた小さなスペースに連れて行った。そして、そこには小さなテーブルを挟んで、折り畳み椅子が置かれていた。
敏江はテーブルを挟んで、仲宗根と向かい合うと、仲宗根はまず料金の説明をした。
それは決して安くない金額であったが、敏江は一人娘の万理を探してもらう為には仕方ないと思い、規定通り、まず前金を払った。
仲宗根はそれを小さなバッグに仕舞うと、
「じゃ、早速話を伺いましょうか」
と、愛想良い表情と口調で言った。
それで、敏江はまず、沖縄署の米原に話したのと同じようなことを話した。
仲宗根はそんな敏江の話に黙って耳を傾けていたが、敏江の話が一通り終わると、
「それは、さぞご心配でしょうね」
と、いかにも敏江に同情するかのように言った。
「ええ。本当に心配なんですよ。夜も眠れない位なのですよ」
と、敏江は米原とは違って、親身になって話を聞いてくれそうな仲宗根に対して、あなただけが頼りですよと言わんばかりに言った。
そんな敏江の気持ちを十分に分かったと言わんばかりの表情を仲宗根は浮かべては、
「で、警察によると、万理ちゃんに関係してそうな事件とか事故は起こってないとか」
「そう沖縄署の警官は言いましたね」
と、敏江は眉を顰めては言った。
「万理ちゃんが行方不明になってから、万理ちゃんとは、全く連絡が取れていないのですよね?」
「そうです」
「携帯電話は家に置いてあったのですね?」
「そうです」
「ということは、遠くに行くつもりではなかったのだと思われますね」
「沖縄署の警官もそのように言ってました」
「では、午後一時頃に外出し、その後、消息不明となられたのですね?」
「そうです」
「では、その時の服装は、どんなものでしたかね? つまり、よそ行きの服装であったか、普段着の服装であったのかということですよ」
と、仲宗根は眼をキラリと光らせては言った。
「そうですねぇ。綺麗好きの娘でしたから、少し外出する時も、よそ行きのような服を着てましたからね。ですから、その辺は何とも言えないのですよ」
と、敏江は冴えない表情を浮かべては言った。
すると、仲宗根も、
「そうですか」
と、冴えない表情で言った。仲宗根は、敏江の話を聞いていると、万理の事件はなかなかむずかしいものとなるだろうと察知したのだ。
それはともかく、
「で、万理ちゃんは、内心では奥さんに反感を持っていたのではないですかね? それで、奥さんを困らせてやろうと、家出をしたというようなことはないのですかね?」
と、仲宗根は眼をキラリと光らせては言った。というのも、仲宗根は今までに万理のような若い娘の失踪の事件を引き受けたことがあるのだが、その少なからずのケースが親に反感を持ち、親を困らせてやろうと、自発的に家出をしたというものだったのだ。それ故、今回のケースもそれに該当するのではないかと思ったのだ。
すると、敏江は、
「そういったことは、絶対にありません! 万理は一人娘で、私は万理と一心同体と言ってもいい位の関係だったのですよ。
そんな万理が私に反感を持ち、家出するなんてことは、絶対にありません!」
と、声を荒げて言った。そんな敏江は、有りもしないことを言った仲宗根のことを強く非難したかのようであった。
そんな敏江を見て、今回のケースは、そのケースに該当しないかもしれないと仲宗根は思った。敏江の様を見て、そう感じたのだ。
それ故、別のケースを想定してみることにした。
「となると、やはり、何かの事件に巻き込まれたのかもしれませんね」
と、仲宗根は渋面顔を浮かべては言った。
すると、敏江の表情は、曇った。何故なら、敏江もその可能性が最も高いと思っていたからだ。米原は万理が行方不明になってから、万理が巻き込まれたような事件は見当たらないと言ったが、全ての事件が表面化してるとは限らないからだ。
それ故、敏江はその敏江の思いを仲宗根に話してみた。
すると、仲宗根は、
「島袋さんの言われることは、もっともなことですよ」
と、敏江に相槌を打つかのように言った。
そして、二人の間で少しの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、仲宗根は、
「ご主人はどのようにおっしゃってるのですかね?」
そう仲宗根に言われると、敏江の表情が曇った。
というのは、実は敏江の夫という男性は、存在してなかったからだ。
もっとも、万理の父親がいなければ、万理は生まれて来ないだろう。それ故、万理の父親はいることにはいるのだが、しかし、それは正式の父親ではないのだ。即ち、万理はてて無し子なのだ。
しかも、万理の父親は米兵であった。嘉手納基地で水兵をしていたロビンソンという男性が、万理の父親であったのだ。
戦争で両親を亡くし、幼い弟と妹を抱え、敏江は米兵相手のクラブのホステスとして、生計を立てていた。その時に知り合ったのが、ロビンソンであったのだ。
といっても、二人の関係は、対等ではなかった。敏江は、ロビンソンの遊び相手といった存在だったのだ。
そして、敏江は万理を儲けてしまったのだ。
だが、ロビンソンは沖縄での勤務を終えると、さっさと米国に帰ってしまった。そして、敏江は今、ロビンソンが何処で何をしてるのか、知らなかったのだ。
だが、その経緯を、今、初めて知り合った仲宗根という探偵に話すのは、敏江は気が退けた。
それで、敏江は、
「訳あって、うちは私と万理の二人暮らしなんですよ」
と、仲宗根から眼を逸らせ、言いにくそうに言った。
すると、仲宗根は慌てて表情を改め、
「そうでしたか……」
と、呟くように言った。今の敏江の言葉とか表情から推して、敏江の家庭状況は何か複雑な事情があると察し、それに関しては言及しないことにした。
「で、問題は万理ちゃんが行方不明になった時に、何処かに行こうとしてたのかということですよ。あるいは、誰かと会おうとしていたのかということですよ。それが分かれば、捜査は前進すると思うのですが」
と、仲宗根は敏江を見やっては言った。
敏江は仲宗根が言うことは、もっともなことだと思った。
しかし、敏江はそれが分からなかった。それで、敏江は渋面顔を浮かべては、何も言おうとはしなかった。
そんな敏江に、仲宗根は、
「人攫いが万理ちゃんを攫って行ったということは、あまり現実味はないと思うのですよ。
それ故、万理ちゃんの知人が絡んでると思うのですがね」
と、眉を顰めては言った。仲宗根はその可能性が最も高いと思ったのだ。
すると、敏江は、
「そうでしょうか……」
と、呟くように言った。
そんな敏江に、仲宗根は、
「万理ちゃんはプライベートで何か問題とか悩みを抱えていなかったのですかね?」
と、眼をキラリと光らせては言った。
すると、敏江の言葉は詰まった。確かに敏江は万理の母親であり、また、友達のような関係であったのだが、そうだからといって、万理がプライベートのことを何もかも敏江に話していたのかというと、敏江はそのように思っていなかったのだ。
それで、その思いを仲宗根に話した。
すると、仲宗根は、
「それはごもっともなことです」
と言っては、小さく肯いた。そして、
「で、僕はやはり、万理ちゃんは、プライベートで何かのトラブルに巻き込まれた可能性が高いと思いますね。
でも、それに関して、島袋さんが何ら情報を持ち合わせていないとなると、万理ちゃんの友人や知人に問い合わせてみなければなりませんね」
そう仲宗根に言われたので、この時点で万理の友人たちの連絡先が記してあるアドレス帳を仲宗根に渡した。また、万理が「イエローハット」というクラブでアルバイトをしていたことも話した。そして、敏江は仲宗根探偵事務所を後にしたのであった。
2
仲宗根は敏江から万理が「イエローハット」というクラブでアルバイトをしていたという説明を受けると、まずその「イエローハット」に行って聞き込み捜査を行なってみることにした。
「イエローハット」は午後五時に開店するとのことなので、午後五時を少し過ぎた頃に仲宗根は「イエローハット」を訪れた。
すると、既に七、八人程の先客がいた。そして、それは全て外人ばかりであった。恐らく、嘉手納基地の米兵であろう。
それはともかく、カウンターに座った仲宗根は、グラスに入った水を持って来た白いミニスカートをはいた二十代の半ば位のロングヘアーの娘に、
「少し訊きたいことがあるんだ」
と、声を掛けた。
そう仲宗根に言われたので、美香は、
「どんなこと?」
と、大して感心がなさそうな表情と口調で言った。
「この店でアルバイトをやっていた島袋万理ちゃんのことなんだ」
そう仲宗根が言うと、その途端、美香の表情が真剣なものへと変貌した。
そんな美香に、仲宗根は、
「島袋さんが行方不明になってるって、それ、本当かい?」
と、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。
すると、美香は、
「おじさん、一体、どういう人なの?」
と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
すると、仲宗根は笑顔を繕い、
「僕はこういう者なんですよ」
と言っては、美香に名刺を差し出した。その名刺には、〈仲宗根探偵事務所長 仲宗根弘明〉と、刷られていた。
その名刺を手に取り、しげしげと眼をやった美香は、
「おじさん、探偵なの?」
「そうだよ」
と言っては、仲宗根は肯いた。
「誰かに頼まれて、万理ちゃんのことを探してるの?」
「そうだよ」
「その誰かとは、誰?」
「それは言えないな」
「ふーん。でも、私、万理ちゃんが何処に行ったのか、知らないよ」
と、美香は素っ気なく言った。
「そうかい。じゃ、万理ちゃんは何かトラブルを抱えていなかったかい? あるいは、何か悩みなんかを抱えていなかったのかい?」
そう仲宗根に言われると、美香は、
「トラブルとか悩みねぇ……」
と、仲宗根から眼を逸らせては、呟くように言った。
「どんな些細なことでも構わないから、何か気付いたことがあれば、話してもらいたいんだが」
と、仲宗根は美香を見やりながら、大きく眼を見開いた。
すると、美香は仲宗根から眼を逸らせては、少しの間、何やら考え込むような仕草を見せては言葉を詰まらせていたが、やがて、
「万理は結構遊んでいたからねぇ」
と、このようなことは、あまり言いたくないと言わんばかりに言った。
「遊んでいた?」
仲宗根は興味有りげに言った。
「そうよ」
と、美香は仲宗根を見やりながら、言いにくそうに言った。
「それ、どういう意味なんだ?」
仲宗根は眼をキラリと光らせては言った。というのも、そのことが、万理の失踪に関係してるではないかと思ったからだ。
「このお店には、嘉手納基地の米兵たちがよく来るのよ。だから、うちのホステスとは、やがて、顔馴染みになる米兵も出て来るのよ。
すると、米兵たちと、店外デートもやるようになって来るわけ」
と、美香は眉を顰めて言った。
「成程。で、店外デートとなると、米兵と親密な間柄となってしまうわけだね?」
「まあ、そういうわけでしょうね」
と、美香は仲宗根から眼を逸らせては、決まり悪そうな表情で言った。
そう美香に言われると、仲宗根は眼をキラリと光らせた。何故なら、万理と米兵との間で何かトラブルが発生し、それが万理の失踪に繋がったという思いが、仲宗根の脳裏を過ぎったからだ。
とはいうものの、それが事実だとしたら、万理を探し出すことは容易ではないだろう。米兵相手の捜査は、警察でも容易ではないからだ。
もっとも、米兵による沖縄女性に対する強姦事件といった凶悪事件が発生したことを受け、沖縄県民の怒りは爆発し、以前程、米兵の罪が看過されるということはなくなったものの、依然として米兵に対する捜査は日米地位協定などにより、制限があったのだ。
警察ですらそういった具合なのだから、個人で探偵業を営んでいる仲宗根なら、一層米兵相手の捜査はやりにくいというものだろう。
そう思った仲宗根は、渋面顔を浮かべざるを得なかった。
とはいうものの、仲宗根の口からは、
「ひょっとして、万理ちゃんの失踪には、米兵が関係してるんじゃないのかな」
という言葉が自ずから発せられた。
だが、美香は、
「そんなことを言われても、分からないわ」
と、仲宗根から眼を逸らせては、素っ気なく言った。
「じゃ、万理ちゃんは、米兵と店外デートをやっていたのかな?」
と、美香に食い下がった。金を受け取り、仕事を引き受けたからには、何ら成果を得られなかったでは、済まさないのだ。それで、仲宗根は美香に冷たくされても、あっさりとは引き下がれないのだ。
「そこまでは知らないよ。でも……」
と、美香は言葉を濁した。
「でも、何なんだい?」
美香の表情とは裏腹、仲宗根の表情は、俄然生気を帯びていた。今度こそ、有力な情報を入手出来るのではないかと思ったのだ。
「つまり、万理ちゃんが付き合っていた米兵は、一人や二人じゃなかったみたい。つまり、四、五人程の米兵と付き合っていたらしいの」
と、美香は眼を大きく見開いては言った。
「四、五人も……」
これには仲宗根はびっくりしてしまった。
それと同時に、一人の米兵相手でも、捜査はやりにくいのに、それが、四人か五人では、一層捜査はやりにくいと痛感したのだ。
「そうよ。万理ちゃんは結構遊び好きだったから、誘われれば、すぐについて行くのよ」
と、美香は些か表情を曇らせては言った。
「じゃ、万理ちゃんは、いつ頃から、米兵と付き合い始めたのかな?」
「万理ちゃんがこのお店でアルバイトを始めたのは、二年前からだけど、米兵と付き合うようになったのは、一年位前からだと記憶してるわ」
仲宗根は美香と話をすればする程、万理の失踪は嘉手納基地の米兵が絡んでると思った。
また、万理の消息が今になっても不明ということは、最悪のケース、つまり、万理の死も有り得ると思った。米兵に監禁され、帰れないというような可能性は、小さいと仲宗根は思ったのだ。
それはともかく、
「でも、万理ちゃんは五人もの米兵と付き合っていたということは、相当な遊び人だったんだね」
と、仲宗根は眉を顰めては言った。
「そうね。でも、遊び好きだけが理由ではなかったみたいよ」
と、美香は神妙な表情で言った。
その美香の言葉を聞いて、仲宗根は美香が言わんとしてることが分かった。
つまり、金だ。沖縄の女性は、金の為に米兵と遊んだりする者もいるのだ。
戦後の混乱した時代には、金の為に率先して米兵の愛人になった女性は、少なからずいた。そして、それによって、彼女たちの生活は保障されたのだ。
そして、今になっても、小遣い欲しさに、米兵と遊ぶ沖縄女性はいるらしい。もっとも、その逆のケースもあるということを仲宗根は聞いたこともあったのだが。
それはともかく、米兵による沖縄女性への強姦事件が発生すれば、世論はやたらに米兵を攻撃するが、しかし、沖縄女性の方に非があるということも有り得るのだ。
米兵相手に小遣いを稼ぐ為、あるいは、一時的な快楽を得る為に、米兵に近付く女性もいるのだ。そして、そういった沖縄女性が、米兵の沖縄女性への犯行を助長させているという説もあるのだ。
それはともかく、美香の言葉を受けて、仲宗根は、
「じゃ、それ以外とは、どういうことかな」
と、いかにも興味有りげに言った。
「そりゃ、お金よ。米兵はとても気前がいいのよ。だから、米兵と遊ぶのは、お小遣いを得るという理由もあるのよ」
と、美香はそれは当然のことと言わんばかりに言った。
「成程。では、万理ちゃんが付き合っていた米兵の名前なんかは分からないかな」
仲宗根は、真剣な表情を浮かべては言った。
「そこまでは分からないわ」
と、美香は冴えない表情を浮かべては言った。
そんな美香を見て、この件では、これ以上、美香から情報を入手出来ないと看做した仲宗根は、話題を変えることにした。
「では、その件以外で、何か気付いたことはないかな」
「もうないな」
と、美香に言われてしまったことや、美香がママらしき女性に呼ばれたということもあり、仲宗根はカウンターの上に置かれた水割りを一気に飲み干すと、「イエローハット」を後にしたのだ。
3
仲宗根は仲宗根探偵事務所に戻ると、今度は敏江から受け取った万理のアドレス帳を元に、万理の友人たちに電話を掛け、万理が失踪した理由や万理と付き合っていた米兵のことが分からないかと訊いてみた。
すると、豊里加奈子という女性が、
―万理が付き合っていたのは、米兵だけではなかったのですよ。
「米兵だけではなかった? じゃ、日本人とも付き合っていたということですかね?」
―そうです。玉城四郎という日本人とも付き合っていましたよ。ですから、玉城君なら、万理のことに詳しいと思いますよ。ですから、玉城君から話を聞いてみてはどうですかね?
確かに、万理のアドレス帳には玉城四郎という名前が記してあった。だが、仲宗根はまだ玉城四郎には電話してなかったのだ。
それで、加奈子との電話を終えた後、早速、玉城に電話をしてみたのだが、その日は電話は繋がらなかった。
だが、翌日の午後零時頃、やっと電話は繋がった。そんな玉城に、仲宗根は万理が行方不明になってることを話し、万理のことを知らないかと訊いてみた。
すると、玉城は、
―知らないですね。
と、素っ気なく言った。
「では、島袋さんは、嘉手納基地の米兵と付き合っていたとのことですが、その米兵のことに関して何か分からないですかね?」
―何も知らないですね。
玉城は再び素っ気なく言った。
それで、この辺で仲宗根は玉城との電話を終えることにした。
仲宗根は玉城との電話を終えると、疲れたたような表情を浮かべた。というのは、万理の失踪に関する捜査は、引き受けた当初に抱いたように、やはり、相当に困難な捜査であるということを実感したからだ。決して超えることの出来ない壁のようなものが立ち塞がってると実感してしまうのだ。
そして、そう思わせるのは、やはり、米兵の存在だ。
仲宗根は今まで捜査した結果、やはり、万理の失踪には米兵が関係してると思った。即ち、万理と米兵との間で何かトラブルが発生し、その結果、万理は死んでしまったのだ。
だが、それを公に出来ないと看做した米兵が、万理の死体を何処かに隠してしまったのである。
それが真相なら、仲宗根としては、万理の捜査を今後も続けることは不可能と思われた。先述したように、米兵相手の捜査となると、警察でも手古摺るのだ。それ故、個人で探偵業を営んでいる仲宗根では、どうにもならないのだ。
そう思った仲宗根は、一層意気消沈したような表情を浮かべたが、突如、仲宗根の表情が輝いた。即ち、米兵に知人がいれば、その知人にそれとなく、情報を聞き出すことが可能なのだ。そして、仲宗根は米兵に知人がいる友人がいたのである。それ故、その友人に協力してもらえばよいのだ。
その手段が、まだ仲宗根には残されていたのだ!
そう思った仲宗根は、思わず笑みを漏らしたのであった。
4
その友人は、国場春雄といい、嘉手納基地近くで雑貨店を営んでいた。
仲宗根は事前に国場に電話してあったので、国場は仲宗根の姿を眼にすると、仲宗根を店の奥にある小さな部屋に連れて行った。
そして、国場と仲宗根は折り畳み椅子に座った。
折り畳み椅子座ると、国場は、
「米兵のことで、どんな事を知りたいのかな?」
と、表情を改めては言った。
それで、仲宗根は今、仲宗根が抱えてる万理の事件のことを話し、そして、仲宗根の推理を話した。
その仲宗根の話にじっと耳を傾けていた国場は、仲宗根の話が一通り終わると、
「成程……」
と、呟くように言った。
そんな国場に仲宗根は、
「どう思うかな、僕の推理は?」
と、国場の意見を求めた。
すると、国場は、
「うーん」
と、唸り声のような声を上げては、少しの間、思いを巡らすような様を見せては言葉を詰まらせていたが、やがて、
「そりゃ、何とも言えないよ」
そう国場に言われると、仲宗根は渋面顔を浮かべては、言葉を詰まらせたが、そんな仲宗根に国場は、
「でも、もし、万理ちゃんが付き合っていた米兵絡みで死んだとなれば、恐らくドラッグだろうな」
と言っては、眉を顰めた。
「やはり、そうか……」
実のところ、仲宗根もその可能性が高いと思っていたのだ。
しかし、いくら国場といえども、それを裏付けることは出来ないだろう。
そう思うと、仲宗根の表情は曇った。
「でも、もし万理ちゃんがドラッグ絡みで死んだとしても、米兵が万理ちゃんの死体を隠したら、どうすることも出来ないよ」
と国場は眉を顰めては言った。
「それもそうだな」
と、仲宗根も冴えない表情で言った。
「でも、一応、僕の知っている米兵に当たってみるよ。つまり、万理ちゃんと付き合っていた米兵を見付け出せばいいんだろ?」
「ああ。そうだ」
「でも、幾ら僕でも、それ以上のことには踏み込めないぜ。幾ら僕でも、米兵が万理ちゃんをドラッグ漬けにしては、死なせてしまったんじゃないのかなんて、そんなことを口には出せないからな」
と、国場は苦笑しながら言った。
「そりゃ、分かってるさ」
と、仲宗根は作り笑いを浮かべた。
すると、国場は、
「でも、もし万理ちゃんと付き合っていた米兵を見付け出したとすれば、どうするんだい? 『君が万理ちゃんの死体を何処かに埋めたんじゃないのかい?』と訊くのかい?」
と、困惑したような表情を浮かべては言った。
すると、仲宗根は渋面顔を浮かべた。確かに、国場が言ったことは、もっともなことだったからだ。
即ち、万理と付き合ったいた米兵が見付かり、その米兵が万理を死に至らしめてしまったとしても、その事実を話すわけがないし、また、仲宗根が追及することは出来ないのだ。
しかし、米兵と付き合っていたことを突き止め、その事実を敏江に話し、それによって、敏江から依頼された仕事を終えることは可能だろう。
それで、仲宗根はその思いを国場に話した。
すると、国場は、
「成程」
と、その仲宗根の言葉に納得したように肯き、そして、
「じゃ、一応、当ってみるよ」
と、仲宗根を見やっては、軽快な口調で言った。
そんな国場に仲宗根は、
「じゃ、頼むよ」
と、機嫌を取るかのように言った。そして、敏江から受け取った前金の半分を国場に渡した。
すると、国場は嬉しそうな笑みを浮かべたのであった。
5
その三日後、国場からの電話を仲宗根は受け取った。その内容は無論、仲宗根が依頼した件であった。
国場の声を聞くと、仲宗根は、
「どうだった?」
と、眼を大きく見開いては言った。
―万理ちゃんと付き合っていたという米兵を見付け出しただけではなく、僕はその米兵と会って来たよ。
そう国場に言われると、仲宗根は、〈流石国場だ!〉と、眼を輝かせた。そして、
「で、どうだった?」
―僕の友人である米兵の友人が、万理ちゃんと付き合っていたらしいんだ。海軍所属のボブという二十三歳の白人だよ。
で、僕はそのボブと会ったんだよ。そして、万理ちゃんが行方不明になってることを話し、『万理ちゃんが今、何処にいるか、知らないかい?』と、訊いてみたんだよ。
すると、ボブは、
『知らないな。万理ちゃんの携帯電話に電話してるんだけど、いつも電源が切れてるんだ』
と、不満そうに言ったんだよ。
それで、
『じゃ、万理ちゃんの行方を知ってそうな米兵を知らないかい?』
と訊いてみたら、マイクという人物のことを紹介されたんだよ。マイクもボブと同じ海軍所属で、また、年齢も同じ二十三歳の白人で、また、出身地も同じフロリダだ。
で、僕はそのマイクに会って話をしてみたんだよ。
でも、マイクも万理ちゃんの行方を知らないと言うんだよ。それで、僕はマイクに、
『万理ちゃんと遊ぶ時は、ドラッグを使ってたのかい?』
と、訊いてみたんだよ。
すると、マイクは、
『そりゃ、使ったさ。万理ちゃんに限らずアメ女とやる時は、いつも使ってるさ。その方が気持ちいいからな。
で、万理ちゃんはドラッグに相当慣れてたみたいだぜ』
と、いかにも面白そうに言ったんだよ。それで、僕は、
『そうかい。でも、まさか、万理ちゃんはドラッグに嵌まり過ぎて、死んじゃったんじゃないだろうな』
と、いかにも冗談を言うかのように言ったんだよ。
すると、マイクは、
『まさか。それはないよ』
といかにも笑みを浮かべては言ったんだよ。
そう国場に言われると、仲宗根は渋面顔を浮かべた。万理が米兵とセックスをする時に、ドラッグを使い過ぎて死んでしまい、その万理の死を闇に葬る為に、米兵が万理の死体を隠したという可能性が最も高いと思っていたが、今の国場の話を聞いてると、その推理は誤った推理だと思うようになったからだ。
だが、仲宗根は、
「でも、そのボブとかマイクが嘘をついたということはないのかい?」
と訊いてみた。
―そりゃ、嘘をついてないと断言は出来ないさ。しかし、僕の感触としては、嘘をついてないと思ったよ。
と、国場はこの件に関しては、もうこれ以上話すことはないと言わんばかりに言った。もっとも、その国場と電話で話している仲宗根は、その国場の表情を見ることはなかったが。
そう国場に言われ、仲宗根は、
「分かった。じゃ、これでいいよ。ご苦労さん」
と言っては、送受器を置いた。
そんな仲宗根の表情は、相当険しいものであった。仲宗根は今まで引き受けた仕事の中では、今回は最も成果を得られなかったことを実感したからだ。
何しろ、高いお金を受け取り、仕事を引き受けたからには、成果を得たいというのが、仲宗根のモットーだったのだ。しかし、今回のような結果に終わることも有り得るわけだ。
それはともかく、仲宗根は翌日、敏江に仲宗根探偵事務所に来てもらい、調査結果を話した。
そんな仲宗根の話に黙って耳を傾けていた敏江は、仲宗根の話が一通り終わっても、すぐには言葉を発そうとはしなかった。
だが、やがて、
「つまり、万理の行方は分かりそうもないということですかね?」
と、不満そうな表情を浮かべては言った。
すると、仲宗根は決まり悪そうな表情を浮かべては、
「何しろ、神隠しに遭われたように、行方が分からなくなりましたからね。もう少し、具体的な手掛かりがあれば、それを元に調査することが出来るんですが……」
と、言いにくそうに言った。
「その米兵の線から、万理の行方は分からないのですかね?」
敏江は歯痒そうに言った。仲宗根は、米兵絡みのことを敏江に話した時に、万理の死には触れなかったのだ。即ち、万理は米兵と共に何処かで生きているかもしれないと仄めかしたのだ。
そんな仲宗根の説明を耳にし、敏江は万理が何処かで生きてる可能性は十分にあると思ったのだが、もしそうなら、何故もっと米兵に詰め寄らないのかと思ったのだ。そして、それは敏江に歯痒さをもたらすに十分であったのだ。
「今の時点ではどうにもならないですね。それに、米兵絡みで失踪したというのも、単なる推測に過ぎないので」
と、仲宗根は決まり悪そうに言った。
そう仲宗根に言われると、敏江は不満そうな表情を浮かべては、言葉を発そうとはしなかった。
それで、仲宗根はこの時点で万理の死に触れてみようと思い、
「万理ちゃんは米兵と遊ぶ時にはドラッグを使っていたみたいですが、ドラッグに嵌まってしまって、死んでしまったという可能性がないとは言い切れません。
そして、そんな万理ちゃんの死を闇に葬る為に、万理ちゃんの遺体を何処かの山に埋めてしまったという可能性もあるかもしれませんよ。
しかし、そのケースも単なる推測に過ぎないので……」
と、仲宗根は冴えない表情を浮かべては言った。そして、
「更に、万理ちゃんの友人たちにも聞き込みを行なってみたのですが、誰もかれもが万理ちゃんの行方を知らなかったのですよ」
と、渋面顔で言った。
「ということは、仲宗根さんはもはや、万理を探し出すことは無理だということですかね?」
敏江はいかにも不満そうに言った。
「今の状況じゃ、そう言わざるを得ないですね」
仲宗根は額にハンカチを当てては、決まり悪そうに言った。
仲宗根にそう言われ、敏江は怒りを露にした表情を浮かべた。
もっとも、敏江の表情をそうさせたのは、仲宗根が万理を見付け出せなかったということもあるが、それよりも、女一人でまるで宝物のように育てて来た万理が未だに行方不明になってるということが、敏江の表情をその様に変貌させたのである。
そんな敏江の様を見て、仲宗根はたじたじであった。
そんな仲宗根に、敏江は、
「で、仲宗根さんは万理は今、どうなってると思ってるの? 率直な意見を聞かせてよ」
と、仲宗根を見やっては言った。
「そうですねぇ。自らの意思で姿を晦ますことが有り得ないのなら、奥さんに連絡して来ない筈はないですからね。
それ故、よい状態になってるとは思えないですね」
と、敏江から眼を逸らせては、神妙な表情で言った。
仲宗根の感触としては、万理は死んでいると思っていたが、敏江にその思いをあからさまに述べることは出来なかったのだ。
そう仲宗根に言われると、敏江は言葉を詰まらせた。警察は当てに出来ず、また、仲宗根も見付け出すことが出来なかったとなれば、この先、どうしたらよいのか、分からなかったからだ。
そんな敏江の心境を察した仲宗根は、
「警察には、捜索願いを出してあるのですね?」
「ええ。出してあります」
敏江は力無い声で言った。
「だったら、警察に任せるしかないと思いますよ。
もっとも、もう少し有力な手掛かりがあれば、僕でも何とかなるかもしれないのですが」
と、仲宗根は神妙な表情で言った。
何しろ、万理が失踪した時の情報が少な過ぎるのだ。これでは、どうにもならないのである。
そう仲宗根に言われ、敏江は思い腰を上げた。これ以上、仲宗根と話をしても、無駄と思ったからだ。
それで、仲宗根に一礼をしては、仲宗根の許を後にした。そんな敏江は、とても寂しそうであった。