第三章 容疑者浮上

     1

 一方、赤嶺の事件を捜査している安仁屋たちの捜査状況も思わしくなかった。
 赤嶺がラブホテルに盗撮カメラを仕掛けては、男女の行為を盗撮し、それをDVDに録画していたということまでは突き止めたものの、それから先の捜査が進まなかったのだ。
「悔しいですね」 
 畑野刑事は悔しそうに言った。
 畑野刑事は、赤嶺が盗撮した相手に何らかのクレームをつけてたのではないかと推測していた。それ故、何度も、赤嶺が盗撮したと思われるビデオを見てみたのだが、しかし、このビデオが果して事件に関係あるのかどうかが分からなかったのだ。
 もし、赤嶺が盗撮した相手の中に有名人がいたりすれば、それは十分にゆすりのねたなりそうだが、そのような有名人は誰一人としていなかったというのが、畑野刑事たちの見解だったのだ。
 だが、そんな畑野刑事の見解にクレームをつけた刑事がいた。それは、畑野刑事と共に赤嶺の事件の捜査に携わっている若手の中山正文刑事(28)だ。中山刑事は、
「有名人ではなくても、赤嶺さんが知っていたりする人物がいれば、浮気の証拠を摑むことになり、十分にゆすりのねたになるよ。また、その人物が赤嶺さんの知人でなければ駄目だな。知人でなければ、浮気してるかどうかは分からないからな。つまり、カップル同士なのか、浮気なのか、分からないというわけさ」
 と、眉を顰めて言った。 
 すると、畑野刑事は、
「成程。そう言われてみれば、確かにそうだな」
 と、中山刑事は相槌を打つかのように言った。そして、
「じゃ、赤嶺さんの知人に、赤嶺さんが盗撮したと思われるビデオを見てもらおうか」
「それは、まずいな。盗撮されていた相手にも名誉があるからな。そんなことをすれば、後で問題になるかもしれないよ」
「じゃ、どうすればいいんだ?」
 と、畑野刑事は渋面顔で言った。 
 すると、安仁屋は、
「だから、そのビデオの男女の顔が映ってるものを写真として印刷するんだよ。また、顔以外の部分は黒く塗り潰し、赤嶺さんが盗撮したということは隠すんだよ。そうすれば、後で問題を起こさないさ」
 と、眉を顰めて言った。
 何しろ、今、捜査は壁にぶち当たっているかのような状態なのだ。それ故、出来ることは何でもやらなければならないのだ。
 そして、これによって、次の捜査方針が決まった。
 といっても、赤嶺は自営業者だった為に、赤嶺の交友関係は摑みにくかった。
だが、アドレス帳は残っていたので、そのアドレス帳に記載されてる人物に当るしかないだろう。
 そして、実際にも当ってみたのだが、その結果は、結局成果を得られなかった。アドレス帳に記してあった誰もかれもが、赤嶺が盗撮したと思われる男女のことを知らない人物だと証言したからだ。
 この捜査に期待していた中山刑事は、
「困りましたね」
 と意気消沈したような表情を浮かべては言った。中山刑事は、この捜査が赤嶺の事件の捜査を一気に前進させると読んでいたのだが、その読みは呆気なく外れてしまったのである。
 すると、畑野刑事が、
「でも、赤嶺さんの知人たちがその人物たちのことを知らなくても、赤嶺さんは知っていたのかもしれないよ。こんなことは当り前だよ」
 と、いかにも自信有りげに言った。そんな畑野刑事は、その推理がまだ完全に誤った推理ではないと言いたげであった。 
 すると、安仁屋が、
「畑野君の言うことは、もっともなことだ」
 と、畑野刑事に相槌を打つかのように言った。
 すると、畑野刑事は小さく肯き、そして、
「それに、知っていても、知らない振りをしてるかもしれませんからね。その人物と親しく、また、その人物が警察に疑われてると察すれば、そう言うかもしれませんからね」
 と、その可能性は十分にあると言わんばかりに言った。
 すると、安仁屋が、
「あまり飛躍した推理は止めよう。話がこんがらかって来るからな。だから、今の時点では証言者たちの証言を信じようじゃないか」
 と、二人の若手刑事に言い聞かせるかのように言った。
 そう安仁屋に言われると、二人の若手刑事は少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「今までの僕たちの推理では、赤嶺さんが盗撮相手をゆすり、そして、それが赤嶺さんの死に繋がったというものですよね」
 と、畑野刑事。
「ああ。そうだ」
 と、安仁屋。
「そして、その盗撮した相手が、赤嶺さんの知人だったか、あるいは、知人でなかったかの二通りのケースが存在するのですよね」
「ああ。そうだ」
 と、安仁屋。
 すると、畑野刑事は小さく肯き、そして、
「で、その相手が知人なら、連絡先は分かるでしょうが、知人でなければ、どうやってその連絡先を突き止めたのでしょうかね?」
 そう畑野刑事に言われ、安仁屋と中山刑事の言葉は詰まった。確かに、畑野刑事が言ったことは、もっともなことだからだ。
「だから、赤嶺さんの知人だったんだよ。安里さんのケースのようにな」
 と、中山刑事はそう違いないと言わんばかりに言った。
「盗撮相手が知人ばかりとは限らないんじゃないのかな。赤嶺さんと親しくしていた人の誰もかれもが、あのビデオに映っていた人物の顔を知らなかったのだから、赤嶺さんの知人でなかった可能性は十分にあるさ」
 と、畑野刑事は中山刑事に言い聞かせるかのように言った。
「知人でなければ、どうやってその者の連絡先を突き止められるんだ?」 
 と、中山刑事はいかにも納得が出来ないように言った。 
 そう中山刑事が言うと、しばらくの間、三人の間で沈黙の時間が流れたが、やがて、安仁屋が、
「車のナンバーだよ。車のナンバーが分かれば、車の所有者が分かるからな。それ故、車のナンバーから連絡先を突き止めたのかもしれないよ」
 と、その可能性はありそうだと言わんばかりに言った。
「車のナンバーからですか……」
 と、中山刑事は呟くように言った。そんな中山刑事は、そのようなことは思ってもみなかったと言わんばかりであった。
「車のナンバーなら、陸運局に行けば、明らかに出来るさ」
 と、安仁屋は言ったが、すぐに渋面顔を浮かべては、
「しかし、そうなれば、赤嶺さんは自らの名前を明らかにしなければならない。しかし、これから犯罪を行なおうとしてる者が、そのような危険は冒さないかもしれないな」 
 と言っては、眉を顰めた。
「興信所なんかで、調べたのではないですかね?」
 と、中山刑事。
「その可能性は小さいと思うな。というのは興信所に頼めば、かなり金が掛かるし、また、足がつくということにもなる。赤嶺さんにとって、あまりいいことないよ」
 と、安仁屋は渋面顔で言った。
「じゃ、どうやって突き止めたのですかね?」
 と、中山刑事は納得が出来ないように言った。
 すると、安仁屋は渋面顔を浮かべては、少しの間、言葉詰まらせていたが、やがて、
「赤嶺さんの知り合いに陸運局で働いていた人がいたんじゃないかな。そういった人がいれば、決して不可能ではないよ」
 その安仁屋の言葉を受けて、早速、その捜査が行なわれることになった。
 すると、早々と赤嶺の友人で陸運局で働いてる人物がいたことが分かった。その人物は、久高誠という人物であった。
 その結果を受けて、畑野刑事は、
「やりましたね」
 と、嬉しそうに言った。そんな畑野刑事の表情は、正にしてやったりと言わんばかりであった。
 そんな畑野刑事に、安仁屋は、
「まだ喜ぶのは早いよ。赤嶺さんが久高さんに盗撮した相手の車のナンバーを調べさせたとは限らないからな」
 と言ったが、しかし、早速、久高に会って、久高から話を聞いてみることにした。

      2

 安仁屋たちが久高に連絡することなく、久高宅を訪れたことに関して、久高は別に驚いた様は見せなかった。というのは、久高は既に赤嶺の死に関して、以前電話ではあるが、警察から話を訊かれていたからだ。それ故、今回の来訪の件は、その件だと解したのである。
 安仁屋と同じ位の年齢である久高に、安仁屋は、まず自らの身分を明らかにし、そして、
「やはり、赤嶺さんの死に関して、何も心当りないですかね?」
 すると、久高は、
「ないですね」
 と、神妙な表情を浮かべては言った。
 そう久高に言われ、安仁屋は、
「そうですか……」 
 と、残念そうに言っては、
「で、久高さんは陸運局で働いてますよね?」
 と、安仁屋が言うと、突如、久高は表情を堅くした。そんな久高は、何となくその件に関して言及されたくないと言わんばかりであった。
 安仁屋の問いに、久高は言葉を発そうとはしないので、安仁屋は、
「そうなんですね?」
 と、念を押した。
 すると、久高は、
「そうですが」  
 と、今度は平然とした表情で言った。
 すると、安仁屋は小さく肯き、そして、
「実はですね。久高さんは赤嶺さんから、車のナンバーの持主を調べてくれと言われたことはありませんかね?」
 そう安仁屋に言われると、久高の表情は、忽ち赤くなった。そんな久高は、正に訊かれたくないことを訊かれたと言わんばかりであった。
 そんな久高は、安仁屋の問いになかなか言葉を発しようとはしなかった。
 そんな久高を眼にして、安仁屋は手応えを感じた。 
 即ち、やはり、安仁屋たちの推理通り、赤嶺は盗撮した相手の車のナンバーを調べてくれと久高に依頼したのだ。そうでなければ、久高は言葉を詰まらせる必要はないからだ。
 そして、少しの間、久高は言葉を詰まらせたのだが、やがて、
「でも、どうして刑事さんはそのようなことを訊くのですかね?」
 と、怪訝そうな表情で言った。
「我々は今、赤嶺さんの事件を捜査してるのですが、容疑者はまだ浮かんでいません。
 しかし、赤嶺さんが久高さんに調べさせたと思われる車のナンバーの持主が、ひょっとして、その容疑者になるかもしれないのですよ。それ故、我々はその人物のことを知りたいのですよ。
 それ故、我々の捜査に協力してもらえないですかね」
 と、安仁屋は久高に訴えるかのように言った。
 すると、久高は開き直ったような表情を浮かべては、
「僕が言ったことを、僕の上司は無論、誰にも話さないでくれるというのなら、協力してもいいですがね」
 そう久高に言われると、安仁屋はいかにも穏やかな表情を浮かべては、
「そりゃ、約束しますよ」
 と、久高の機嫌を取るかのように言った。
 すると、久高は気難しげな表情を浮かべ、小さく肯いては、
「実は、刑事さんの言う通りなのですよ。赤嶺さんは僕に車のナンバーの持主を調べてくれと僕に言って来たのですよ」
 と、安仁屋から眼を逸らせては、決まり悪そうに言った。
 すると、安仁屋は些か満足したように小さく肯いた。安仁屋たちの捜査が、これによって一歩前進したと実感したからだ。
 そんな安仁屋を見て、久高は更に話を続けた。
「赤嶺さんが僕にナンバーを調べてくれと言って来たのは、今まで三回ありましたね」
「三回ですか……」
 安仁屋は呟くように言った。
「そうです。三回です」
 そう言っては、久高は小さく肯いた。
「では、その三人の名前とか連絡先は分かりますかね?」
 安仁屋は眼を輝かせては言った。
「ちょっと待ってくださいね」
 と言っては、久高はしばらくの間席を外し、やがて、戻って来た。そして、
「その三人の名前と住所は分かりました。ちゃんとメモが残っていましたから」
 と久高は言っては、そのメモを安仁屋に渡した。安仁屋はその久高のメモに早速眼にした。すると、このように記してあった。

〈 新垣三郎 那覇市牧志一×××
  下地弘幸 那覇市前島二×××
  玉城四郎 沖縄市宮里三×××  〉

 このメモを眼にしても、安仁屋は特に思うことはなかった。というのは、この三人は安仁屋が初めて眼にする名前であったからだ。
 それで、安仁屋は渋面顔を浮かべては言葉を詰まらせていると、畑野刑事が、
「この三人のことを赤嶺さんは同時に調べてくれと言って来たのでしょうかね?」
「いや。そうじゃないですよ。新垣さんは一年位前のことで、下地さんは三ヶ月程前、玉城さんは一ヶ月位前のことでしたかね」
 と、久高は過去に思いを巡らすかのように言った。
 すると、安仁屋は、
「その三人がどのような人物なのか、久高さんは分かりますかね?」
「そりゃ、分からないですよ。車検証に記してある情報は分かるんですがね」
 と、久高は淡々とした口調で言った。
「では、何故赤嶺さんは、久高さんにその車のナンバーの人物の情報を調べてくれと言って来たのでしょうかね? 赤嶺さんはその理由を久高さんに話しましたかね?」
 安仁屋は眼を大きく見開き、好奇心を露にしては言った。
「いいえ。話さなかったですよ」 
 と、久高は小さく頭を振った。
「久高さんはそのことを赤嶺さんに訊きましたかね?」
 と、安仁屋。
「そりゃ、訊きましたよ。でも、赤嶺さんは笑って何も言いませんでしたね。
 それに、赤嶺さんからアルバイト料を貰いましたし、また、そのようなことに僕は関心がなかったというわけですよ」
 と、久高は開き直ったように言った。
「成程」
 と、安仁屋は些か納得したように肯いた。久高の話を聞けば聞く程、安仁屋たちの推理が正しいと実感して来たからだ。
 そんな安仁屋に、久高は、
「刑事さんは、この三人の中の誰かが怪しいと睨んでるのですかね?」
 と、好奇心を露にした表情で言った。
「その可能性は十分にあると思いますね」
「どうしてそう推理されてるのですかね?」
 久高は再び好奇心を露にした表情で言った。
「そのことは、まだ捜査中なので、詳しくは話せないのですよ」
 と、安仁屋は殊勝な表情で言った。そして、
「では、赤嶺さんはその車のナンバーを何処で入手したのだと思いますかね?」
 すると、久高は、
「分からないですね」
 と言っては、首を傾げた。
「では、久高さんは赤嶺さんが度々ラブホテルを利用されていたことを知っていますかね?」
 そう安仁屋に言われると、久高は、
「ラブホテルですか……」 
 と、些か驚いたように言った。
「そうです。ラブホテルです」
 と言っては、安仁屋は小さく肯いた。
「ということは、赤嶺さんには彼女がいたのかな」
「いや。そうではないみたいです。赤嶺さんはラブホテルで度々デリヘル嬢を呼んで遊んでいたみたいですよ」
 と、安仁屋が言うと、赤嶺は、
「そうでしたか……」 
 と、些か顔を赤らめては、呟くように言った。
「で、その点に関して、赤嶺さんは久高さんに何か言ってませんでしたかね?」
「いや。何も言ってなかったですね」
 とかいった遣り取りを交していたのだが、一応、久高からは聞きたいことは聞き終えたので、安仁屋たちはこの辺で久高宅を後にすることにした。
 久高宅を後にすると、畑野刑事は、
「どうやら、久高さんは赤嶺さんがデリヘル遊びをやってたことを知らなかったみたいですね」
「そのようだな。具志堅さんは知っていたんだが」
 と、安仁屋は眉を顰めた。
「で、警部はその三人の内、誰かが赤嶺さんを殺したと推理されてるのですかね?」
「その可能性は十分にあると思うな」
「では、その三人の内、誰が最も可能性が高いと思われてるのですかね?」
「そりゃ、その三人のことを、まだ何も分かってないのだから、何とも言えないよ。
 それ故、まずその三人のことを調べてみよう」
 ということになり、早速、その捜査が行なわれることになった。
 そして、それは、さ程時間を経ずに明らかになった。
 その結果を以下に記すことにする。
〈 新垣三郎(48)国際通りで中華料理店を営む。妻子持ち   
下地弘幸(47) 国際通りから少し外れた通りで税理士を営んでいて、妻はいるが、子供なし
  玉城四郎(24) 沖縄市のクラブのバーテンダーで、独身  〉
 これが、その三人の状況であった。
 とはいうものの、これだけでは、誰が犯人なのかは分からない。
 しかし、犯人なら、赤嶺の死亡推定時刻、即ち、四月十四日の午後八時から九時のアリバイは曖昧な筈だ。
 また、この三人が赤嶺からゆすられていたのなら、この三人は何か弱みを摑まれていた筈だ。ラブホテル内で男女の行為をした相手が、自らの妻や恋人であったのなら、それは赤嶺のゆすりの対象にはならないだろうからだ。
 それ故、その点を明らかにしなければならないだろう。
 それらの点を踏まえて、安仁屋と畑野刑事は、まず新垣三郎に会って、話を聴いてみることにした。

     3

 安仁屋が警察手帳を見せると、新垣は表情を曇らせた。しかし、その表情だけでは、新垣に後暗いものがあるかどうかは、分からなかった。
 それはともかく、安仁屋は、
「新垣さんに訊きたいことがあるのですがね」
 と、新垣を見やっては、落ち着いた口調で言った。
「それはどんなことですかね?」
 新垣は眉を顰めては言った。
「新垣さんは、ここ一年位の間で、ラブホテルを利用されたことはありますかね?」
 そう安仁屋が言うと、新垣の言葉は詰まった。そんな新垣は、正に訊かれたくない湖とを訊かれたと言わんばかりであった。
 そして、新垣が安仁屋の問いになかなか言葉を発そうとはしないので、安仁屋は、
「僕の質問に正直に答えていただきたいのですがね」
 と、穏やかな表情と口調で言った。
 すると、新垣はむっとした表情を浮かべては、
「僕は何かの事件の容疑者なんですかね?」
「いや。そうじゃないのですが」
 安仁屋は再び穏やかな表情と口調で言った。
「だったら、どうしてそのようなことを僕に訊くのですかね?」
 新垣は、納得が出来ないように言った。 
 それで、安仁屋は赤嶺の事件のことを簡単に説明し、そして、
「赤嶺さんは、知人に頼んで、その車のナンバーの持ち主を調べさせたのですよ。そして、その中に、新垣さんの車のナンバーも含まれていたのですよ」
 と、安仁屋が説明すると、その安仁屋の説明に納得したのか、新垣は急に表情を和らげては、
「そういうわけだったのですか……」 
 と言っては、
「で、刑事さんは、その赤嶺という人物が、僕の車がラブホテルから出て来る時に、僕の車のナンバーを控えたのではないかと言われるのですね?」
「そういうわけなんですよ」
 と言っては、安仁屋は肯いた。
 すると、新垣は、
「でも、僕はその赤嶺という人を殺してはいませんよ」
 と、まるで、安仁屋の問いを先取りするかのように、表情を険しくさせては言った。
 すると、安仁屋は、
「別に、新垣さんが赤嶺さんを殺したと言ってませんよ。ただ、我々は事実を知りたいのですよ」
 そう言った安仁屋の表情には、笑みはなかった。その安仁屋の表情は、とても真剣であった。
「じゃ、どんなことを知りたいのですかね?」
 新垣も真剣そうな表情を浮かべては言った。
「赤嶺さんは、新垣さんに接触して来なかったですかね? 例えば、浮気したことをばらされたくなければ、金を払えという具合に」
 と、安仁屋は再び真剣な表情を浮かべては言った。
 すると、新垣は十秒程を言葉を詰まらせたが、やがて、
「言って来ましたね」 
 と、あっさりと言った。
 その新垣の言葉を聞いて、安仁屋は、
「やっぱりそうでしたか」
 と、些か満足したように言った。というのは、やはり、安仁屋たちの推理、即ち、ラブホテルで盗撮した相手を赤嶺がゆすっていたという推理が正しかったという確認を取れたからだ。
「で、新垣さんは、ラブホテルで浮気していたのですかね?」
 という言葉が、安仁屋の口から自ずから発せられた。
 そう安仁屋に言われると、新垣はいかにも決まり悪そうな表情を浮かべては、
「まあ、そういうわけですよ」
「では、赤嶺さんは新垣さんの浮気のことをばらされたくなければ、金を払えと、ゆすって来たというわけですね?」
「いや。赤嶺ではありません。その男は、田中と名乗ってました。
 でも、刑事さんが言ったように、僕の浮気をばらされたくなければ百万払えと言って来ましたね」
 と、新垣は正に不快そうな表情を浮かべては言った。
「電話でそう言って来たのですかね?」
「そうです。電話番号帳で、うちの電話番号を調べたみたいですね」
「で、新垣さんは田中に百万支払ったのですかね?」
 安仁屋は興味有りげに言った。
「いいえ。払いませんよ。払うものですか。
 ああいった人間には、こちらが相手の言いなりになると思わせたら駄目なんですよ。一度旨い味を占めたら、もう一度ということになり兼ねないですからね」
 と、新垣は気丈な表情を浮かべては言った。
「じゃ、田中は何と言って来たのですかね?」
「僕がラブホテルで浮気した証拠を奥さんに見せてやると言って来たので、僕は、
『その証拠って、どんなものなんだ?』
 と言うと、
『僕が浮気相手とセックスしてる場面が写った写真ですよ』
 と言って来たので、
『どうしてそんな写真を持ってるんだい?』
『持ってるから、持ってるんだよ。信じられないのなら、見せてやろうか』 
 と言って来たので、
『そうしてくれ』
 と言った数日後に、僕の家に、その写真が送られて来たのですよ。
 僕はその写真を見てびっくりしてしまいました。確かに僕の浮気相手のA子と僕がホテル内でセックスをしてる写真が写っていましたからね」
 と、新垣は些か声を上擦らせては言った。
「では、新垣さんはどうしてそんな写真を田中が持っていたのだと思いましたかね?」
「そりゃ、盗撮されたのだと思いましたよ。盗撮カメラが天井にセットされてたのでしょう。それで、ベッドの上での行為を映されてしまったのですよ」
 と、新垣はいかにも悔しそうに言った。
「成程。でも、結局、新垣さんは田中の要求を拒否したのですよね?」
「そうです」
「じゃ、田中が言ったように、その写真は奥さんに送りつけられたのですかね?」
「いいえ。それはやらなかったみたいですよ。
 即ち、僕の勝だったのですよ。
 先程も言ったように、ああいった輩には、弱みを見せては駄目なんですよ。断固として立ち向かわないと。
 それに、妻は僕の浮気に薄々気付いていたみたいですからね。ですから、もし妻に写真が送りつけられたとしても、僕は謝ればいいだけですからね」
 と、新垣はまるで開き直ったように言った。
 新垣と話をしてみて、安仁屋は新垣は犯人ではないと思った。新垣が犯人なら、これ程、流暢に安仁屋と話は出来ないと安仁屋は看做したのだ。
 とはいうものの、赤嶺は何故新垣をゆすりの標的にしたのだろうか?
 赤嶺は凡そ十組の男女の盗撮を行っている。
 しかし、その十組の中で、久高にナンバーを全て調べてくれと依頼したわけではない。十組の中で赤嶺が標的にしたのは、その三組だけであったのだ。
 それ故、その疑問を安仁屋は新垣に話してみた。
すると、新垣は、
「深く考えることはないですよ。要するに、そのホテルを車で利用した者を調べたというわけですよ。確かに、そのホテルには駐車場はあるのですが、徒歩で利用するカップルも無論いますからね。徒歩で利用した者が誰なのかは、調べようがないですからね。
 それ以外としては、僕が浮気してるということに気付いたからではないですかね」
「どうして気付いたのでしょうかね?」
「そりゃ、僕が五十に近い中年の親父であるのに対して、A子は二十歳ですからね。僕とA子は、どう見ても、不似合いカップルですよ。だから、田中は僕が浮気していたと気付いたのではないですかね?」
 と、新垣は眉を顰めては言った。
「成程。で、その後、田中は新垣さんに連絡して来なくなったと思うのですが、田中が新垣さんに連絡して来なくなって、どれ位の月日が経ってるのですかね?」
「もう、十ヶ月以上になるんじゃないですかね。僕が田中の要求を断固として拒否してやったら、田中はその後、何も言って来なくなり、それがもう十ヶ月程になるというわけですよ」
「では、新垣さんが盗撮されたそのホテルは、何処にある何というホテルですかね?」
「波の上ビーチの近くにある『白馬』というホテルでしたね」
「『白馬』でですか。では、その『白馬』の近くには、『飛龍軒』という中華料理店はなかったですかね?」
「そう言えば、そのホテルのすぐ近くに、中華料理店がありましたよ。名前は分からないですがね」
 と、新垣は言っては肯いた。
 すると、安仁屋も小さく肯いた。恐らく、その中華料理店は赤嶺が経営していた「飛龍軒」であろう。そして、赤嶺は「飛龍軒」の階上にある自宅の部屋の中で盗撮電波を受信していたのだろう。盗撮電波の届く距離は高が知れているので、自宅の近くにラブホテルがあれば、自宅での盗撮は可能となるだろう。そして、赤嶺は実際にもそれを実行し、成功していたのだ。
 それはともかく、念の為に、赤嶺の死亡推定時刻の新垣のアリバイを確認してみることんした。
 すると、新垣は、
「その頃は、僕は僕の店で働いていましたよ。僕の店の閉店時間は午後十時ですからね。で、僕が帰宅するのは、大体午後十一時頃なんですよ。
 もし、僕の言うことが信じられないのなら、僕の店で働いてる従業員たちに訊いてみてくださいよ。従業員は五人もいますからね」
 と、いかに自信有りげな表情と口調で言った。
 安仁屋はそんな新垣に一礼すると、この辺で新垣宅を後にすることにした。
 新垣から話を聴いた結果、安仁屋は新垣はシロだと思った。新垣は安仁屋の問いに率直に答えたし、また、アリバイもありそうだからだ。新垣の店は結構大きいので、従業員の口を全て封じるのは困難だと、安仁屋は看做したのである。
 それで、安仁屋と畑野刑事は、次に下地宅に向かった。下地宅は新垣宅の近くにあったのだ。

     4

 下地は新垣とは対称的に小柄であって、また、黒縁の眼鏡を掛け、いかにも神経質そうな感じであった。また、税理士とは、このような感じだと思わせるかのようであった。
 また、このような真面目そうな感じの者が果して殺人を行なうのかという思いが安仁屋の脳裏を過ぎったのだが、その反面、このような人物が一旦羽目を外すと、何を仕出かすか分からないという思いも過ぎった。それ故、この下地という男は、じっくりと捜査する必要があるだろう。
 そんな下地に警察手帳を見せると、下地は警戒したような視線を安仁屋に向けた。そんな下地は、安仁屋の胸の内を探ってるかのようであった。
 そんな下地に、安仁屋は、
「下地さんに少し訊きたいことがあるのですがね」
 と、落ち着いた口調で言った。
「僕に訊きたいこと? それ、どんなことですかね?」
 下地は特に表情を変えずに、淡々とした口調で言った。そして、そんな下地の声は、何となく女の声のようであった。
「下地さんは、ここしばらくの間で、ラブホテルを利用されたことがありますかね?」
 安仁屋は、新垣に言ったのと同じような調子で言った。
 すると、下地の言葉は詰まった。そんな下地は、まるで訊かれたくないことを訊かれた為に、言葉を詰まらせたかのようであった。
 下地がなかなか言葉を発そうとはしなかったので、安仁屋は再び同じ問いを繰り返した。
 すると、下地は、
「刑事さんは、何故そのようなことを訊くのですかね?」
 と、いかにも納得が出来ないような表情と口調で言った。
 それで、新垣に言ったのと同じようなこと、即ち、赤嶺の事件のことや、赤嶺が知人に車のナンバーの持主を調べさせ、その中に、下地の名前があったことを説明した。
 下地はそんな安仁屋の話に、険しい表情を浮かべながら耳を傾けていたが、安仁屋の話が一通り終わると、
「そのことと、何故僕がラブホテルを利用したということが、関係してるのですかね?」
 と、眼を鋭くさせては言った。
「ですから、赤嶺さんはラブホテルで下地さんの車のナンバーを控えたかもしれないからですよ」
 そう安仁屋に言われると、下地は険しい表情を浮かべたまま、言葉を発そうとはしなかった。
 そんな下地に、安仁屋は、
「やはり、下地さんはここしばらくの間で、ラブホテルを利用されたことがあるんですね。つまり、波の上ビーチの近くの『白馬』というラブホテルですよ」
 と、些か自信有りげな表情と口調で言った。
 すると、下地は、
「僕は何かの事件の容疑者なんですかね?」
 と、いかにも不満そうに言った。
「ですから、先程も説明したように、我々は今、赤嶺さんの事件を捜査してるんですよ。そして、赤嶺さんと関わりがありそうな人物から話を聴いているのですよ」
 と、安仁屋は下地を見やっては、下地に言い聞かせるかのように言った。
 すると、下地は、
「僕はその赤嶺という人物のことは、何ら知りませんよ。僕の全く知らない人物ですよ」
 と、毅然とした表情で言った。
「でも、下地さんは何者かにゆすられていたのではないですかね? 浮気していたことを奥さんに知られたくなければ、金を払えという具合に」
 と、安仁屋が真剣な表情で言うと、下地は一瞬狼狽したような表情を浮かべたが、すぐに表情を元に戻すと、
「そんなことはないですよ」 
 と、再び毅然とした表情で言った。
 その下地の言葉を受けて、安仁屋は畑野刑事に目配せをした。
 すると、畑野刑事は件の写真、即ち、赤嶺が盗撮したと思われるものの中で、下地の顔だけが写っていて、他の部分は黒く塗り潰した写真を下地に見せた。
 すると、下地の表情は、忽ち強張った。そんな下地を眼にすると、その写真に写ってる人物はやはり、下地だと言わざるを得なかった。
 それで、畑野刑事はそうではないかと下地に確認した。
 すると、下地の表情は、一層赤くなった。まるで、茹で蛸のようになったと表現せざるを得ない程であった。
 そんな下地を見て、安仁屋は、
「やはり、この写真に写ってる人物は下地さんですね」
 と、念を押した。
 だが、下地は、
「いや。それは、僕ではありませんよ」
 と言っては、頭を振った。
「どうして、これが下地さんではないのですかね? 下地さんのことを知ってる人物に見てもらえば、誰だって下地さんと思うのではないですかね?」
 と言っては、安仁屋は唇を歪めた。
 すると、下地は開き直ったような表情を浮かべては、
「もしそこに写ってる人物が僕だったとしたら、それが何か問題なのですかね?」
 と、下地はいかにも納得が出来ないように言った。
「ですから、先程も言いましたように、我々は今、波の上ビーチで他殺体で発見された赤嶺さんの事件を捜査してるのですよ。
 で、その犯人は、赤嶺さんに何らかの秘密を摑まれては、ゆすられていた可能性があるのですよ。
 それで、ゆすられていた相手は、そんな赤嶺さんに腹を立て、赤嶺さんを殺したというわけですよ。
 で、下地さんも、もし赤嶺さんにゆすられていたのなら、下地さんも犯人である可能性があるというわですよ」
 と、安仁屋は下地に言い聞かせるかのように言った。
 すると、下地は、
「成程。そういうわけですか」
 と、些か納得したように言ったが、
「でも、それならやはり、僕は赤嶺さんの事件の容疑者ではないですか」
 と、いかにも不満そうに言った。そして、
「僕は、赤嶺という人物を殺してはいませんよ」
 と、不快そうに言った。
「では、下地さんは、四月十四日の午後八時から九時にかけて、何処で何をしてましたかね?」
 と、赤嶺の死亡推定時時刻の下地のアリバイを確認してみた。
 すると、下地は、
「そんな前のことは、覚えていませんよ」
 と、不貞腐れたように言った。
「思い出してくださいよ。そうでないと、下地さんのアリバイは曖昧ということになってしまいますからね」
 と、安仁屋は冷ややかな口調で言った。
 すると、下地は正に過去に思いを巡らすかのような表情を浮かべては、少しの間、言葉を発そうとはしなかったが、やがて、
「その頃は、『プリンス』というパチンコ屋でパチンコをしてましたよ」
 と、冴えない表情で言った。
「パチンコ、ですか」
 安仁屋も冴えない表情で言った。パチンコじゃ、裏を取れないに等しいからだ。
 そんな安仁屋を見て、下地は、
「仕方ないじゃないですか! それが、事実なんですから!」
 と、いかに不貞腐れたような表情を浮かべては言った。
 すると、安仁屋は少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「では、奥さんと話をさせてくださいな。そして、奥さんにこの写真を見てもらって、下地さんではないのか、あるいは、奥さんに何者かからこのような写真が送られて来なかったか、訊いてみたいので」
 と、安仁屋が言うと、下地は、
「それは止めてください!」 
 と、甲高い声で言った。
「どうしてですかね? どうして駄目なんですかね? 下地さんは先程、この写真は下地さんではないと言われたではないですか! だったら、奥さんに見せても問題はないのではないですかね?」
 と、安仁屋は些か嫌味を込めて言った。 
 すると、下地は顔を赤らめたまま、少しの間、言葉を発そうとはしなかったが、やがて、
「ですから、それは僕ではないですよ。しかし、刑事さんも間違えたように、僕と思われる位、似ているのですよ。
 それ故、妻は僕と勘違いしてしまうかもしれません。僕はそれを恐れてるのですよ。何しろ、妻はとても疑い深い性格なので」
 と、眼を大きく見開き、些か声を上擦らせては言った。
 そう下地に言われると、安仁屋の言葉は詰まった。
 すると、下地は、
「僕は今からやることがあるのですよ。ですから、もう帰ってもらえないですかね」
 と、いかにも安仁屋たちの来訪が迷惑だと言わんばかりに言った。
 それで、安仁屋と畑野刑事はこの辺で、一旦下地宅を後にすることにした。
 下地宅を後にすると、安仁屋は、
「どうやら、あの下地弘幸という男は、怪しいな」
 と言っては、眉を顰めた。
「正にその通りですよ。あの写真は、正に下地さんに間違いないですよ。にもかかわらず、あれほど頑なに否定するというのは、やはり、後ろ暗いものがあるからですよ」
 と畑野刑事は渋面顔で言っては肯いた。
「そして、その後ろ暗いものとは、赤嶺さんを殺したということか」
 と安仁屋は言っては、大きく肯いた。だが、そんな安仁屋の表情は、必ずしも自信有りげではなかった。
「僕もそう思いますね。下地さんはアリバイは曖昧だし、奥さんにあの写真を見られるのを嫌がりましたからね。
 つまり、下地さんは赤嶺さんに浮気の証拠を摑まれ、ゆすられた為に、かっとして赤嶺さんを殺したというわけですよ」
 と、畑野刑事は安仁屋とは違って、いかにも自信有りげに言った。
「しかし、証拠がないからな。あの写真とアリバイが曖昧というだけでは、逮捕は出来ないよ」
 と、安仁屋は冴えない表情で言った。
「赤嶺さんが下地さんをゆすっていたという証拠が見付かればいいのですがね」
「確かにそうだ。しかし、それが見付かったとしても、それが赤嶺さんを殺したとい証拠とはならないからな」
 と、安仁屋は渋面顔で言った。
「確かにそうですね」 
 と、畑野刑事も渋面顔を浮かべては、安仁屋に相槌を打つかのように言った。
畑野刑事がそう言った後、二人の間で少しの間、沈黙の時間が流れた。下地をどのようにして追い詰めて行けばよいか、その手段を見出すことが出来なかったからだ。
 だが、やがて、安仁屋が、
「しかし、全く手段がないわけではない。
 あの写真は下地さんに違いない。それ故、下地さんの奥さんに会って、事の次第を話し、奥さんに探りを入れてみよう。
 更に、下地さんの友人たちに会って、あの写真を見てもらい、下地さんに違いないという証言を得て、下地さんにゆさぶりを掛けてみよう」
 ということになり、下地の仕事場所である下地税理士事務所で下地が仕事をしてると思われる頃、即ち、午前十一時頃、安仁屋と畑野刑事は、下地宅を訪れた。
 すると、案の定、下地の妻と思われる女性、即ち、下地治子が姿を見せた。
 治子は四十位で、下地と同じく、地味な感じであった。
 安仁屋はそんな治子に警察手帳を見せては、自らの身分を名乗り、そして、四月十四日の午後八時から九時頃にかけての下地のことをまず訊いてみた。
 すると、治子は、
「よく覚えていませんね。かなり前のことですから」 
 と、決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
「それ位の時間は、いつもなら、ご主人は帰宅されてるのではないですかね?」
 安仁屋は眉を顰めては言った。
「いや。そうとは限らないですね。主人の帰宅時間は、決まってませんから。
 というのも、仕事が終わってから、よくパチンコをしたりしてますからね。主人の趣味はパチンコなんで」
 そう言われ、安仁屋は決まり悪そうな表情を浮かべた。下地の話と治子の話に食い違いがあれば、それに突け込もうと思っていたのだが、そうはいかなかったみたいだからだ。
 それはともかく、安仁屋は、
「このようなことを訊くのは、奥さんに失礼かもしれませんが、奥さんはご主人が浮気してると勘繰ったことはありませんかね?」
 と、眉を顰めては、言いにくそうに言った。
 すると、治子は、
「全くないですね」
 と、毅然とした表情で言った。そんな治子は、何故そのようなことを訊くのかと、納得が出来ないようであった。
「ということは、ご主人は、男女関係に関しては、潔癖な方なんですかね?」
「そうですよ。酒を飲んだり、パチンコをしたりすることは好きなんですが、女遊びはまるでしないですよ」
 と、いかにも自信有りげな表情と口調で言った。
「では、もしご主人が浮気されたりすれば、奥さんはどうされますかね? 例えばの話ですが」
「そりゃ、離婚しますよ。私を裏切るなんて、それは主人ではありませんからね」
 その治子の言葉を聞いて、安仁屋は些か納得したように肯いた。何故なら、今の治子の言葉で、赤嶺殺しの動機が十分に説明されたからだ。
 即ち、下地は治子を裏切り、浮気してしまった。しかし、赤嶺はそんな下地の浮気の現場を盗撮し、下地をゆすり始めた。
 それで、下地はそんな赤嶺のことを許すことが出来ずに、赤嶺を殺したというわけだ。浮気の証拠を闇に葬るには、殺しもやむを得ないと看做したのかもしれない。
 しかし、そんな下地のことを警察が見逃すことは出来ないというものだ。
 そう理解すると、安仁屋は渋面顔を浮かべたが、しかし、捜査を進めないわけにはいかないだろう。
 そこで、この時点で安仁屋は件の写真、即ち、下地の浮気現場の写真を治子に見てもらうことにした。
 もっとも、下地の顔は黒く塗り潰し、下地だと分からないようにし、そして、女性の顔だけが分かるようにした写真を治子に見せたというわけだ。
 治子は決して鮮明に写ってるとはいえないその女性の顔をしげしげと見やっていたのだが、やがて、
「私の知らない女性ですね」
 と、冴えない表情で言った。
 そう治子に言われると、安仁屋は、
「そうですか……」
 と、いかにも残念そうに言った。
 すると、治子が、
「それ、一体、どういった女性ですの?」
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「ご主人の知人の女性だと思われるのですがね。
 で、我々はこの女性が誰なのか知りたいのですが、誰かこの女性のことを知ってる人物はいないでしょうかね?」
 と、安仁屋はいかにも困ったと言わんばかりに言った。
「主人の友人なら、主人に聞けばよいのではないですかね?」
 と、治子は眼を大きく見開いては言った。
「そうですね。じゃ、後で訊いてみますが、奥さんはご存知ないかと思いましてね」
「そうですか。でも、私は知らないですよ」
 と、治子は薄らと笑みを浮かべては言った。
 そう治子に言われると、安仁屋は渋面顔を浮かべては言葉を詰まらせた。
 そんな安仁屋に治子は、
「その女性がどうかしたのですかね?」
「ある事件に関係してるかもしれないのですよ。捜査上の秘密がある為に、詳しい事は離せませんがね」
「そうですか。といっても、私には心当りありませんね」
 と、治子は渋面顔で言った。
 そんな治子に、
「ご主人は税理士をされてますから、税理士に知人が多いのではないですかね?」
「そう言われてみれば、そうですね。主人は、沖縄の税理士協会の理事やってますからね」
 そして、この辺で、治子に対する聞き込みを終え、下地宅を後にするこにした。治子に訊きたいことは、凡そ訊いたからだ。
 だが、安仁屋の表情は、冴えないものであった。というのは、下地の浮気相手の女性を見付け出しても、それが、赤嶺の事件の捜査を前進させることに繋がるかどうかは、何とも言えなかったからだ。
 もっとも、下地の嘘を暴くことで、下地を追い詰めるという当初考えた作戦が全く功を奏さないとも思っていなかったのだが。
 それはともかく、安仁屋は沖縄の税理士たちを当り、下地の友人を見付け出し、その友人の税理士事務所を訪れ、件の写真を見てもうことにした。
 すると、安仁屋が訪れた三人目の税理士である竹沢良人(50)という中肉中背の税理士が、
「それは、仲村明子さんではないですかね」
 と、その写真をしげしげと見やりながら、言った。
「仲村明子さんですか。それは、どういった女性なんですかね?」
 安仁屋は興味有りげに言った。
「歯科医ですよ。ほら! 国際通りから少し離れた所の通りに仲村歯科という歯医者さんがあるじゃないですか。そこの歯医者ですよ」
 と、竹沢は淡々とした口調で言った。
「どうして、そのことをご存知なんですかね?」
 安仁屋は興味有りげに言った。
「どうしてって、僕は仲村歯科で歯の治療を受けたことがありましてね。ですから、仲村さんの顔を覚えているのですよ。だからですよ」
 と、竹沢は再び淡々とした口調で言った。
 その竹沢の証言を受け、安仁屋は早速、仲村歯科医院を訪ねてみることにした。
 因みに、今は午後零時なので、明子は休憩中であろう。それ故、明子から十分に話を聞けるだろうと、安仁屋は思ったのだ。
 
     5

 仲村歯科医院を訪れ、来意を告げると、今、誰もいない待合室に明子と思われる女性が、姿を見せた。
 そんな明子を見て、安仁屋はほっとした。何故なら、明子はやはり、写真に写ってい女性だと確信したからだ。これだけ、写真と実物が似ていれば、明子は白を切ることは出来ないというものだろう。
 だが、明子はまだ件の写真を見てない為か、
「沖縄県警の方が、私に一体何の用があるのですかね?」
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。そんな明子は、特に美人でもなかったし、また、特に醜女でもなかった。だが、歯科医らしい知的な面立ちをしていた。
 それはともかく、そんな明子に、安仁屋は、
「確か、仲村さんは、独身でしたね?」
 と、事前にそれを確認してるので、まずそう切り出した。
 すると、明子は、
「そうですが……」
 と、怪訝そうな表情で言った。そんな明子は、何故そのようなことを訊くのかと言わんばかりであった。
 そんな明子を見て、安仁屋は何故明子は下地と付き合っていたのかと、疑問に思った。何しろ、下地は妻持ちで、しかも、外見ではいい男には見えない。まあ、冴えない中年男といった塩梅だ。
 それに対して、明子は歯科医だから金も持ってるだろうし、また、独身なのだ。それ故、何も下地と付き合うことはないと安仁屋は思ったのだ。
 それはともかく、安仁屋は早速本題に入った。
「仲村さんは、最近、付きってる男性がおられますかね?」
 そう安仁屋に言われると、明子の表情は赤くなった。そんな明子は、安仁屋の問いに動揺したかのようであった。
 しかし、明子はすぐに真顔に戻ると、
「何故刑事さんはそのようなことを訊くのですかね? また、私はその問いに答えなければならないのですかね?」
 と、些か不満そうに言った。
 それで、安仁屋はこの時点で、件の写真(治子や下地の税理士仲間に見せたものとは違って、下地と明子の顔以外の部分は黒く塗り潰した写真)を明子に見せた。
 その写真を眼にすると、明子の表情は忽ち赤くなった。その明子の表情は、正にその写真の女性が明子であるということを如実に物語ってるかのようであった。
 明子が表情を赤らめたまま、言葉を発そうとはしないので、安仁屋は、
「この女性は、仲村さんですね?」
 と、穏やかな表情と口調で言った。
 明子はその問いには答えずに、
「どうして、こんなものを……」
 と、何故、この写真を安仁屋が持ってるのか、納得が出来ないと言わんばかりに言った。
「その問いに答える前に、この女性は、仲村さんだということを仲村さんは認めていただけますよね?」
 と、安仁屋は再び穏やかな表情と口調で言った。
 だが、その安仁屋の眼は冷ややかなものであった。そんな安仁屋の眼は、嘘をついて無駄ですぞと、明子を諫めてるかのようであった。
 すると、明子は顔を赤らめたまま、黙って肯いた。これだけ、明子の顔が識別出来る位の写真を見せられてしまえば、白を切ることは出来ないと明子は認識したのであろう。
 明子にそう言われ、安仁屋は些か満足したように肯いた。これによって、明子と話し易くなったからだ。
 そんな明子に、
「では、相手の男性は、誰なんですかね?」
 と、穏やかな表情と口調で言った。
 だが、明子は安仁屋から眼を逸らせては、何も言おうとはしなかった。
 それで、安仁屋は、
「その男性は、下地弘幸さんではないですかね? 税理士をやっている」
 と、そうに違いないと言わんばかりに、明子の顔をまじまじと見やっては言った。
 だが、明子は何も言おうとはしなかった。
 それで、安仁屋は同じ問いを繰り返した。 
 すると、明子は安仁屋を見やっては、
「刑事さんはどうしてそのような写真を持ってるのですかね?」
 と、納得が出来ないように言った。
 それで、安仁屋はこの時点で、波の上ビーチで絞殺死体で見付かった赤嶺の事件を捜査してることを話し、そして、赤嶺の部屋を捜査していたところ、赤嶺が自宅近くのラブホテルに盗撮カメラを仕掛け、盗撮していたという証拠を入手し、そして、その赤嶺が盗撮していたと思われるDVDの映像をプリントしては、それを明子に見せたと説明した。
 そんな安仁屋の説明に、明子は顔を赤らめてはじっと耳を傾けていた。そんな明子は、正にラブホテル内での行為を盗撮されていたなんてことは、夢にも思っていなかったと言わんばかりであった。
 そんな明子は、
「その写真を刑事さんは下地さんに見せたのですかね?」
 と、興味有りげに言った。
「見せましたよ」
「すると、下地さんは何と言いましたかね?」
「自分ではないと言いましたね」
「だったら、そうじゃないのですかね」
 明子はまるで安仁屋に挑むかのように言った。
「我々はそうは思ってないのですよ。仲村さんと一緒にいた男性は、下地さんだと思ってますよ。
 ですから、仲村さんを見付け出しては、仲村さんにそうだと断言してもらいたかったのですよ」
 すると、明子は眼を大きく見開き、
「もし、下地さんだとしたら、どうなるのですかね?」
 明子は安仁屋の胸の内を探るかのように言った。
「となると、下地さんは我々に嘘をついたということですよ。嘘をついたとなれば、疾しい所があると言わざるを得ませんからね。
 で、先程も言いましたが、我々は今、赤嶺さんの事件を捜査してるのですが、犯人は赤嶺さんに盗撮された人物だと思われます。
 何故そう思われるのかと言いますと、赤嶺さんは盗撮した相手のことを調べ出し、ゆすっていたと思われるからです。例えば、浮気のことを奥さんにばらされたくなければ、口止め料を払えという具合にね。
 そういう具合に、下地さんは赤嶺さんにゆすられていたのではないかと思われるのですよ。
 となると、下地さんは赤嶺さんを殺したという可能性が出て来るわけですよ」
 と、安仁屋はその可能性は十分にあると言わんばかりに言った。
 すると、明子は渋面顔を浮かべては、安仁屋から眼を逸らせ、何も言おうとはしなかった。
 それで、安仁屋は更に話を続けた。
「下地さんは赤嶺さんの死亡推定時刻、即ち、四月十四日の午後八時から九時にかけてのアリバイが曖昧なのですよ。パチンコをやっていたと言ってましたが、そんなことをあっさりと信じる気にはなれませんよ」
 と言っては、安仁屋は唇を歪めた。
 そんな安仁屋に明子は、
「刑事さんは、下地さんを逮捕するつもりですかね?」
「今は無理ですよ。何しろ証拠がありませんからね。
 それ故、下地さんと親しい関係にある仲村さんに、何か有力な情報を提供してもらえないかと、我々は期待してるのですがね」
 と、安仁屋は明子の機嫌を取るかのように言った。
 すると、明子は、
「私、何も知りません!」
 と、安仁屋から眼を逸らせ、甲高い声で言った。
「そうですか。でも、その男性は、下地さんであるということを認めてもらえますよね」
 と、安仁屋が言うと、明子は安仁屋から眼を逸らせては、黙って肯いた。
「どうして、最初からそう言ってくれなかったのですかね?」
 と、些か納得が出来ないように言った。
「だって、下地さんに迷惑が掛かりそうだから」
 と、明子は安仁屋から眼を逸らせては渋面顔で言った。
 すると、安仁屋は小さく肯いた。明子の気持ちは理解出来たからだ。
 そんな安仁屋は、明子をまじまじと見やっては、
「で、下地さんは仲村さんに、赤嶺さんからゆすられてるということを話さなかったのですかね?」
 すると、明子は、
「そのようなことは、話さなかったですね」
 と、眉を顰めては言った。
「そうですか。
 で、赤嶺さんは自らが盗撮を行っていた相手の車のナンバーを控え、そのナンバーの持主を調べ出し、ゆすったのですが、下地さんと同じようにゆすられていた人物は、そのことをあっさりと我々に認めましてね。
 しかし、下地さんはなかなかそれを認めようとしないのですよ。それ故、我々は下地さんには何かもっと後暗いものがあるのではないかと思ってるのですよ。それ故、事件を早く解明する為にも我々に何か話すことがあるのなら、話してもらいたいのですがね」
 と、安仁屋は明子に訴えるかのように言った。
 だが、明子は、
「何もないですね」
 と、安仁屋から眼を逸らせては、安仁屋を突き放すかのように言った。
 それで、安仁屋はこの辺で明子に対する聞き込みを終え、次に再び下地から話を聴くことにした。
 下地は今、仕事中であろうが、そのようなことは問題ではない。一刻も早く事件を解決しなければならないのだ。それが、世の為になるのだ。
 そして、安仁屋と畑野刑事は再び下地税理士事務所に向かったのだ。

     6

 安仁屋と畑野刑事が下地税理士事務所の中に入って行った時には、下地は忙しそうにデスクワークを行っていた。
 そんな下地が顔を上げ、安仁屋の姿を眼に留めると、下地はいかにも不快そうな表情を浮かべた。その表情は、正に疫病神がやって来たと言わんばかりであった。
 そんな下地の許に安仁屋はつかつかとやって来ると、
「下地さんに訊きたいことがあるのですがね」
 と、眉を顰めては言った。
「今、忙しいのですよ。後にしてもらえないですかね」
 下地はいかにも不快そうに言った。
「それは、申し訳ありません。
 しかし、我々も一刻も早く事件を解決しなければなりませんのでね。
 で、もし下地さんが我々の捜査に協力してもらえないのなら、署まで来ていただくことになりますよ」
 と、安仁屋が厳しい表情で言うと、下地は、
「仕方ないな」
 と、不貞腐れたような表情を浮かべては言った。
 そして、下地は奥にある小さな部屋に安仁屋と畑野刑事を連れて行った。そして、その部屋には、小さな応接セットが置かれてあった。
 小さなテーブルを挟んで、安仁屋と畑野刑事と向かい合った下地は、
「今度は、どんな用件ですかね?」
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。そんな下地は、刑事に何度も来訪されるような覚えはないと言わんばかりであった。
「その後の捜査で、下地さんが嘘をついていたことが分かりましてね」
 と、安仁屋は冷ややかな眼差しを下地に向けた。
「僕が嘘をついた?」
 下地は戯けたような表情を浮かべては言った。そんな下地は、正に安仁屋は的外れの質問をしたと言わんばかりであった。
「ええ。嘘です」
 安仁屋は毅然とした表情で言った。そして、件の写真、即ち、明子に見せたものと同じ写真を鞄から取り出し、下地に見せた。
 下地はその写真を一瞥すると、眼を背けた。正にそのようなものは、眼にしたくないと言わんばかりであった。
 そんな下地に、安仁屋は、
「下地さんは以前、この写真は下地さんではないと言われましたね。もっとも、下地さんの相手の女性の部分は黒く塗り潰してありましたが」
「……」
「ところがですね。その後の我々の捜査で、下地さんが相手をしていた女性の姓名が分かりましてね。
 で、その女性は、仲村明子さんといって、国際通りの近くで歯医者を営んでいる方なんですよ。
 で、我々は仲村さんに聞き込みを行なって、仲村さんの相手をしていた男性のことを確認したところ、下地さんであるということを認めたのですよ。これはどういうことなんですかね?」
 と言っては、安仁屋は下地を睨め付けた。
 すると、下地は安仁屋から眼を逸らせては、少しの間、言葉を詰まらせたのだが、やがて、
「だから、波風を立てたくなかったのですよ」
 と、いかにも決まり悪そうに言った。
「波風を立てたくなかった? それはどういうことですかね?」
 安仁屋は些か納得が出来ないように言った。
「だから、僕が浮気していたことを認めると、それを刑事さんは妻に話すと思ったのですよ。妻は僕の浮気を絶対に認めませんからね。
 つまり、うちはかかあ天下なんですよ。僕は養子なんですよ。うちでは妻の方が力があるのですよ。そんな妻の機嫌を損ねてしまえば、僕の死活問題になってしまうのですよ。僕の親は、妻の親に世話になったことがあるので、僕が妻の機嫌を損なうようなことをやってしまえば、僕の一族から僕はつまはじきにされてしまうかもしれないのですよ。そういった理由で、僕は刑事さんに嘘をついたのですよ」
 と、下地は開き直ったような表情を浮かべては言った。
 やっと下地がラブホテルでの浮気を認めたので、捜査は一歩前進したといえるが、しかし、下地はまだ何もかもを話していないだろう。それで、安仁屋は更に下地を追及して行くことにした。
「ということは、下地さんは赤嶺さんに口止め料を払ったということなんですかね?」
 そう安仁屋が言うと、下地は安仁屋から眼を逸らせて渋面顔を浮かべては言葉を詰まらせた。
 そんな下地に、安仁屋は、
「下地さん。この際何もかもを話してしまいましょうよ。そうすれば、下地さんの罪は軽くなりますよ」
 と、まるで赤嶺を殺したのは、下地に違いないと言わんばかりに言った。
 すると、下地は再び開き直ったような表情を浮かべては、
「分かりましたよ。じゃ、正直に話しますよ。
 確かに、僕は刑事さんから指摘されたように、赤嶺という男からゆすられていました。その写真をねたにね。もっとも、赤嶺とは名乗っていませんでしたが」
 と、安仁屋をちらちらと見やりながら、いかにも決まり悪そうに言った。
 すると、安仁屋は些か満足そうに小さく肯いた。これによって、捜査がまた一歩前進したからだ。
 そんな安仁屋は、
「で、下地さんは赤嶺のゆすりに応じたのですかね?」
 と、いかにも興味有りげに言った。
「まあ、そういうことですよ」
 と、下地は言いにくそうに言った。
「で、幾ら払ったのですかね?」
「百万ですよ」
 下地は安仁屋をちらちらと見やりなはら、いかにも決まり悪そうに言った。
「赤嶺に直に手渡したのですかね?」
「ええ。そうです。もっとも、赤嶺は色の付いたサングラスを掛け、つばの広い帽子を被ってましたから、素顔は分からなかったですがね」
「成程。で、赤嶺のゆすりは、その一回で終わったのですかね?」
「そうです」
「で、赤嶺に百万払ったのは、いつのことなんですかね?」
「今から三ヶ月程前のことでしたかね」
 と、下地はそのことを思い出すと、今でもむかむかすると言わんばかりに言った。
「で、その後、赤嶺は下地さんに何ら連絡はして来なかったのですかね?」
「そうです。全く音沙汰無でしたね」
 と言って、下地は小さく肯いた。
 すると、安仁屋も小さく肯き、そして、
「だったら、何故最初からそう言ってくれなかったのですかね?」
 と、些か納得が出来ないように言った。
「ですから、先程も言ったように、妻に僕の浮気がばれるのが嫌だったのですよ」
「じゃ、下地さんは赤嶺さんを殺していないというわけですね?」
「そりゃ、勿論、そうですよ!」
 と、下地は甲高い声で言った。そんな下地は、正に自らの潔白を訴えてるかようであった。
 そんな下地を見て、安仁屋は下地が言ったように、下地は赤嶺の死には関係ないのかもしれないと思った。 
 そんな安仁屋を見て、下地は、
「もうこの辺にしてもらえないですかね? 仕事がありますので」
 それで、この辺で、安仁屋と畑野刑事は下地税理士事務所を後にすることにした。
    
 下地税理士事務所を後にすると、畑野刑事は、
「僕は下地さんの話はあまり信用出来ませんね」
 と、眉を顰めては言った。
「どうしてそう思うのかい?」
「赤嶺さんからゆすられていたことを隠していたからですよ。新垣さんはあっさりと認めたにもかかわらず。
 で、下地さんはその理由を妻にばれるのが嫌だったからと説明しましたが、我々の口からばれるかもしれません。それ故、下地さんの言い分はおかしいですよ。
 要するに妻にばれるということ以上に何か問題があるのですよ。ですから、赤嶺さんからゆすられていたことを認めようとしなかったのですよ」
「つまり、畑野君は下地さんが赤嶺さんを殺したと推理してるというわけか」
「正にそうです。赤嶺さんからゆすられていたことがばれることは、赤嶺殺しの犯人であるということがばれる糸口になるかもしれませんからね。下地はそれを警戒したのですよ」 
 と、畑野刑事は些か自信有りげに言った。
「しかし、そうだからといって、今のところ、下地さんを追い詰めることは出来ないよ。赤嶺さんからゆすられていたという事実を隠していたからといっても、殺したという証拠は何もないのだから」
 と、安仁屋は決まり悪そうに言った。
 そして、二人の間で、少しの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、安仁屋は、
「今度は三人目の容疑者、つまり、玉城四郎という人物から話を聞いてみよう」
 ということになり、安仁屋と畑野刑事は、沖縄市に住んでいるという玉城四郎宅を訪れることにしたのだ。

   7     

 玉城四郎は、沖縄市のクラブでバーテンダーをやってるとのことだが、そんな玉城が那覇市内のラブホテルである「白馬」を訪れたのは、確実であろう。何しろ、赤嶺からの依頼を受けた久高が調べ出した車のナンバーの中に、玉城のものが入っていたのだから。
 それ故、玉城も赤嶺殺しの容疑者というわけだ。
 それはともかく、プラザハウスショッピングセンター近くにある玉城のマンションを安仁屋と畑野刑事が訪れたのは、その日の正午頃であった。
 玉城の部屋は三階の304号室であり、部屋の前に来ると、安仁屋は玄関扉横にあるブザーを押した。
 すると、程なく玄関扉が開き、赤いポロシャツを着た中肉中背の男が姿を見せた。
 そんな玉城に、安仁屋は警察手帳を見せた。
 すると、玉城は怪訝そうな表情を浮かべた。そんな玉城は、警察に来訪されるような覚えはないと言わんばかりであった。
 そんな玉城に安仁屋は、
「玉城さんに訊きたいことがあるのですがね」
「僕に訊きたいこと? それ、どんなことですかね?」
 玉城は再び怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「単刀直入に言いますが、玉城さんには、付き合っていた女性がいますかね?」
 玉城が独身であるということは既に分かっていたが、そのようにまず訊いた。
 すると、玉城は言葉を詰まらせた。そんな玉城は、何故そのようなことを訊くのかと言わんばかりであった。
 案の定、玉城は、
「何故そのようなことを訊くのですかね?」
 と、些か納得が出来ないように言った。
「その問いに答える前に、もう少し質問をさせてくださいよ。
 玉城さんは、ここしばらくの間で、那覇市の波の上ビーチ近くのラブホテルを利用されたことがありますかね?」
 と、安仁屋は玉城の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、玉城は、
「その質問にもすぐには答えられませんよ。それに、そのようなプライベートのことをいくら刑事さんだからといって、答えなければならないのですかね? それに、僕が何かの事件の容疑者なのですかね?」 
 と、開き直ったように言った。
「実はそうなんですよ。玉城さんは、ある事件の容疑者なんですよ」
 と言っては、安仁屋は小さく肯いた。
「僕がある事件の容疑者? それ、どんな事件ですかね?」
 玉城は、些か安仁屋に挑むかのように言った。
「今年の四月十五日の朝、那覇市の波の上ビーチで、赤嶺徳三さんという中華料理店を営んでいる方の絞殺死体が発見されましてね。
 で、我々は今、その赤嶺さんの事件を捜査してるのですが、やがて、容疑者が浮かんで来ましてね。
 で、赤嶺さんは赤嶺さん宅の近くのラブホテルに盗撮カメラをセットしては、男女の行為を盗撮していたのですよ。そして、その盗撮相手の中で、車でホテルを利用した者に関しては、車のナンバーからその持ち主、つまり、ホテルを利用した者の姓名と連絡先を突き止め、浮気を妻にばらされたくなければ、口止め料を払えという具合に、ゆすっていたのですよ。
 で、赤嶺さんを殺した犯人は、赤嶺さんからそのようにしてゆすられていた人物である可能性が高いのですよ。それで、玉城さんは、赤嶺さんを殺した犯人である可能性があるというわけですよ」
 と、安仁屋は玉城の顔をまじまじと見やっては、玉城に言い聞かせるかのように言った。
 玉城は厳しい表情を浮かべては、安仁屋の話にじっと耳を傾けていたが、安仁屋の話が一通り終わると、
「何故僕が赤嶺という人からゆすられていたと推測されてるのですかね?」
 と、些か納得が出来ないように言った。
 すると、安仁屋は小さく肯き、
「ですから、先程も説明したように、赤嶺さんはホテルを車で利用した人に関しては、ナンバーを控え、その車の持主を調べ出したのですよ。そして、赤嶺さんが調べた車の持ち主の中に、玉城さんも入っていたというわけですよ」 
 と、玉城に言い聞かせるかのように言った。そんな安仁屋は、玉城に嘘をついても無駄だよと、玉城を諫めてるかのようであった。
 安仁屋にそう言われると、玉城は渋面顔を浮かべては、安仁屋から眼を逸らせ、何も言おうとはしなかった。そんな玉城の表情は、今の安仁屋の問いに対して、何と答えればよいか、考えを巡らせてるかのようであった。
 そんな玉城を見て、安仁屋は薄らと笑みを浮かべた。玉城の沈黙は、安仁屋の指摘が正しいということを物語ってると、安仁屋は判断したからだ。
 そんな安仁屋は、
「赤嶺さんが玉城さんの車のナンバーを控えたことは分かってるんですよ。ということは、玉城さんは波の上ビーチ近くの『白馬』というラブホテルを利用したということなんですよ!
 さあ! 正直に答えてください! 玉城さんに何ら疾しいものが無いのなら、何ら隠し立てをする必要がないじゃないですか!」
 と、甲高い声で言った。
 すると、玉城は、
「その赤嶺という人物は、僕のどういった情報を持っていたのですかね?」
 と、眉を顰めては言った。
「だから、玉城四郎という名前とか住所とかいった連絡先ですよ」
「それだけですかね?」
 そう玉城に言われ、安仁屋の言葉が詰まった。というのは、玉城に関しては、新垣や下地のように、玉城自身が映ったDVDビデオのようなものは、まだ見付かっていなかったからだ。
 そんな安仁屋に、玉城はまるで安仁屋の胸の内を見透かしたかのように、
「僕が映ったビデオなんかがあったというのですかね?」
 と言っては、唇を歪めた。
 それで、安仁屋は、
「そのようなものは、まだ見付かってないですね」
 と、決まり悪そうに言った。
 すると、玉城は何やら考えを巡らすかのように表情を浮かべては、少しの間、言葉を詰まらせていたが、やがて、
「確かに、僕は、波の上ビーチ近くの『白馬』というラブホテルを利用したことがありますよ」
 と、決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
「何故、最初からそれを認めてくれなかったのかな?」
 安仁屋は些か納得が出来ないように言った。
「何故って、そのようなことは、言い辛かったからですよ。それに、言いたくないことがありますからね」
 と、玉城は安仁屋から眼を逸らせては、決まり悪そうに言った。
「言いたくないこと? それ、どんなことですかね?」
 安仁屋は興味有りげに言った。
「ですから、言いたくないことですよ!」
 と、玉城は渋面顔で言った。
「それじゃ、困りますよ。玉城さんは赤嶺さん殺しの疑いを持たれてるのですよ。その疑いを晴らす為にも、隠さずに何もかもを話してくださいよ」
 と、安仁屋はそんな玉城のことを非難するかのように言った。
 すると、玉城は何やら考えを巡らすかのような表情を浮かべては、少しの間、言葉を詰まらせていたが、やがて、
「実は、僕は女を買ってしまったのですよ」
 と、安仁屋から眼を逸らせては、決まり悪そうに言った。
「女を買ってしまった?」
「ええ。そうです」
 玉城は、安仁屋から眼を逸らせては、決まり悪そうに言った。
 安仁屋は玉城が言わんとすることは凡そ分かっていたが、
「それ、どういう意味なんだ?」
 と、眉を顰めては言った。
「ですから、インターネットで見付けたデリヘル嬢派遣クラブからデリヘル嬢をホテルに呼び、デリヘル遊びをやったというわけですよ」
 と、玉城はいかにも決まり悪そうに言った。
「成程。だったら、最初からそう言ってくれればいいじゃないか!」
 と、安仁屋は些か不満そうに言った。
「ですから、警察にそのようなことを言っていいのかと思いましてね。要するに買春の罪で逮捕されるんじゃないかと思ったりしたものですから」
 と、おどおどしたような表情と口調で言った。
 すると、安仁屋は、
「十八歳未満でなければ、逮捕しないさ。十八歳未満でなかったんだろ?」
「ええ。まあ……」
 と、玉城は決まり悪そうに小さく笑った。
「で、赤嶺さんは玉城さんをゆすったんだろ?」
 すると、玉城は、
「いいえ」
 と言っては、頭を振った。
「いいえとは、それ、どういう意味なんだ?」
 安仁屋は、いかにも納得が出来ないように言った。
「ですから、その赤嶺という人は、何も言って来なかったのですよ。ですから、赤嶺という名前は先程刑事さんから耳にして、初めて知ったのですよ」
 と、玉城は眉を顰めては言った。
 そう玉城に言われても、安仁屋はその玉城の言葉を率直に信じる気にはなれなかったので、
「正直に答えてもらいたいな」
 と、些か不満そうに言った。
「正直に答えていますよ。どうして、嘘をつく必要があるのですかね?」
 玉城も些か不満そうに言った。そんな玉城は、玉城の言葉を信じようとしない安仁屋のことを非難してるのようであった。
 それで、安仁屋はとにかく、赤嶺の死亡推定時刻の玉城のアリバイを確認してみた。
 すると、玉城は、
「その頃は、パチンコをやってたと思います」
 と、その頃に思いを巡らすかのように言った。
〈パチンコか……〉
 下地に続いて、玉城もパチンコをやってたと吐かした。
 そう言われてしまえば、その裏を取ることは困難というものだ。
 それで、やむを得なくこの辺で一旦、玉城宅を後にすることにした。
 玉城宅を後にすると、畑野刑事は、
「僕は玉城四郎という人物は、胡散臭い人物だと思いますね」
 と、渋面顔で言った。
「そう思ったか。実は僕もそう思ったよ」
 と、安仁屋は畑野刑事に相槌を打つかのように言った。
「もしですよ。玉城さんがデリヘル嬢をホテルに呼んだだけなら、赤嶺さんのゆすりの対象にはならないと思うのですよ。それに、デリヘル嬢と玉城さんとの年齢はさ程違わないでしょうから、浮気しているなんてことは赤嶺さんは思わないでしょう。それ故、デリヘル遊びをしていたのを盗撮したとしても、それだけでは赤嶺さんは玉城さんをゆすったりしないというわけですよ」
 と、畑野刑事は力強い口調で言った。
「確かに畑野君の言うことはもっともなことだと思うよ。赤嶺さんがゆすりの対象としていたのは、浮気とかいった他人に知られてはまずい事をやっていた人物だ。新垣さんの場合も、下地さんの場合も、浮気していたということを赤嶺さんは見抜いたんだよ。だから、この二人を赤嶺さんはゆすったんだよ。
 玉城さんの場合はまだ年齢も若いんだから、妻持ちには見えないだろう。それ故、畑野君が言ったように、玉城さんはゆすりの対象にはならない筈なんだ。しかし、赤嶺さんは久高さんに玉城さんの車のナンバーを調べてくれるように依頼したんだ。これは、明らかに赤嶺さんが玉城さんをゆすった証拠だよ!」
「正に同感ですよ。それ故、玉城さんはやはり何か隠してるのですよ」
 と、畑野刑事は力強い口調で言った。
「しかし、今の時点ではこれ以上、玉城さんには強く出ることは出来ないよ。まだ、玉城さんの嘘を証明出来ないからな」
 と、安仁屋は渋面顔で言った。
「でも、これで、怪しい人物が二人になりましたね。下地弘幸と玉城四郎の二人ですよ。犯人は、この二人の内のどちらかですよ!」
 畑野刑事は眼を大きく見開き、力強い口調で言った。
「僕もそう思うよ」
 と、安仁屋は言ったもの、その口調は弱々しいものであった。何故なら、その二人の犯行を裏付けられる証拠はまだ何もなかったからだ。飽くまでまだ推測の域を出なかったからだ。
 そして、二人の間で、少しの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、玉城が、
「警部! 我々は玉城さんに訊き忘れたことがありますよ! つまり何処のクラブのデリヘル嬢を呼んだのかということですよ」
 と、声高に言った。
「成程。玉城さんはインターネットを見て『白馬』にデリヘル嬢を呼んだことを認めたわけだから、それを証明してもらわないとな」
 ということになり、早速その点を確かめてみた。
 すると、玉城は、
―『ピーチパイ』というクラブのデリヘル嬢ですよ。
「じゃ、女の子の名前は?
―知りません。何しろ、お任せコースだったので。
「お任せコースというのは、どういったものなんだい?」
―ですから、女の子を店に任せるわけですよ。僕が指名したわけではないというわけですよ。
「成程。で、玉城さんの名前で呼んだのかい?」
―いいえ。田中という名前を用いました。
「じゃ、何時頃、呼んだのかい?」
―大体午後二時頃だったと記憶しています。
「じゃ、そのクラブの電話番号を言ってくれるか」
―構わないですが、僕の今の証言を確認するつもりですかね?
「ああ。そのつもりだ」
―でも、それは無理だと思いますね。
「どうして無理なんだい?」
―どうしてって、かなり前のことですから、そんな前のことを店の者が覚えてるわけがないですからね。
 そう玉城は言ったものの、安仁屋はとにかく、「ピーチパイ」というクラブに電話して、今の玉城の証言を確認してみた。 
 だが、やはり、玉城が言ったように、そんな前のことは覚えていないであった。

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