第四章 見付かった死体

     1

 万座毛は、沖縄の代表的な観光地であり、琉球王尚敬が「万人を座らせるにたる毛」と讃えたのが、その名の由来とのことだ。
 万座毛の眼下には白波が砕け散り、そのコバルトブルーの海の色とのコントラストが美しい。
 とはいうものの、昔はもっと海は綺麗だったらしい。この南の島である沖縄にも文明の弊害からは、逃れることは出来ないらしい。
 それはともかく、万座毛を訪れるのは初めての小笠原春樹(63)と由美子(60)夫妻は、観光バスから降り、全員で記念撮影を終えると、万座毛の崖際の方に近付いて行った。そして、その海の美しさに見惚れていた。
 沖縄の海が昔程綺麗ではなくなったといえども、小笠原夫妻が住んでいる横浜の海とは、やはり、雲泥の差があった。
 それで、二人はその海の美しさに、しばらくの間、見惚れていたのだが、その時、由美子は突如、眉を顰めた。由美子は双眼鏡を持っては辺りの光景を見やっていたのだが、その時、由美子は妙なものを眼に捕えてしまったのだ。
 その妙なものとは、崖際から十メートル程の所に、浮き沈みしていた。即ち、人間のようなものが、海面上に姿を見せたり、また、消えたりしていたのだ。
 それで、由美子は一度、双眼鏡から眼を離してみた。錯覚ではなかったのかと思ったからだ。
 そして、由美子は改めて双眼鏡でその場所を見やってみた。
 すると、再びそれを眼に捕えてしまったのだ。
 あれは、絶対に人間だ! 人形ではない!
 そう思うと、由美子の表情は、忽ち青褪めてしまった。
 そんな由美子を眼にして、春樹は、
「どうしたんだい?」
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「人間よ! 人間の死体のようなものが、海に浮き沈みしてるのよ!」
 由美子のその思ってもみなかった言葉を受けて、春樹は由美子から双眼鏡を受け取ると、早速、由美子が言った方を見やってみた。
 すると、程なく、春樹もそれを眼に留めた。即ち、春樹も人間の死体のようなものを眼にしたのである。
 それで、春樹は直ちに、その事態をバスガイドに知らせた。
 すると、バスガイドは春樹と共に由美子の許に行っては、それを眼にしようとした。
 そして、それは、今や、肉眼でも見分けが出来る位の距離となっていた。
 そして、バスガイドもそれを人間だと看做した。 
 それで、バスガイドは直ちに110番通報したのである。
 この予想外のアクシデントを受けて、小笠原たちを乗せたバスが万座毛を出発したのは、当初の予定から三十分程後のことであった。

     2

 沖縄県警の警官たちが、その死体を万座毛に引き上げたのは、バスガイドから通報を受けてから、三時間後のことであった。
 そして、それは、確かに女性の死体であった。しかも、若い女性の死体であった。
 とはいうものの、腐乱がかなり進んでいた為に、顔の原型は留めていなかった。
 しかし、衣服はまだ女性の身体に留まっていて、それが痛々しかった。
 女性の所有物からは、身元を証明出来る物は何もなかった。しかし、若い女性であるということは、間違いなかった。
 死体の腐乱がかなり進んでいたが、司法解剖の結果、死因は首を絞められたことによる窒息死であることは明らかになった。そして、司法解剖後、程なく、女性は荼毘に附された。
 万座毛で、身元不明の若い女性の腐乱死体が見付かった出来事は、無論、TVとか新聞等で報道された。
 それを受けて、うちの娘ではないかと、警察に問い合わせて来た者は、十人を超えた。 
 しかし、まだ身元確認には至らなかった。また、警察としても、捜索願いが出されてる女性の中で該当者がいないものかと、調べてみた。
 すると、程なく、一人の女性が浮かび上がった。
 その女性は、島袋万理という女性であった。その母親の島袋敏江が、三週間程前に、沖縄署に捜索願いを出していたのだ。だが、万理はまだ、見付かっていなかったのだ。
 その万理の年齢とか身体付き、更に失踪した時に身に付けていた服装と万座毛で見付かった女性が身に付けていた服装が似ていたのだ。
 それ故、その女性は、島袋万理である可能性がある。 
 そう思った警察は、直ちに島袋敏江に連絡した。
 因みに、敏江は万座毛で若い女性の腐乱死体が見付かったという事実は、TVのニュースを見て知っていたが、それが、まさか、万理だとは思ってみなかったので、警察に問い合わせをしなかったのだ。
 警察からの連絡を受け、敏江は直ちに石川警察署に向かった。
 石川署に着くと、敏江は、
「万理ではないと思います」 
 と、気丈な表情を浮かべては言った。
 敏江は何としてでも、万理が死んだということは、信じられなかった。正に大切な宝物のように育てて来た万理が、正に敏江より先にあの世に逝くなんて、とても信じることが出来なかったのだ。
 かなり興奮している敏江に、花城警部(48)は、敏江に慰めの言葉を掛けてやろうとはしなかった。そのような言葉を掛けても、万理が戻って来るわけではなかったからだ。
 それはともかく、花城は万理と思われる女性が万座毛で発見された経緯を改めて話し、そして、万理と思われる女性の死体が写った写真を敏江に見せた。
 敏江はその写真を食い入るように見やったが、程なく敏江の眼からは大粒の涙が零れ落ちた。何故なら、その写真を眼にするや否や、その女性は万理だと理解したからだ。
 そんな敏江を眼にして、花城は胸が締め付けられる思いがした。
 だが、その反面、身元が早々と明らかになってよかったと胸を撫で下ろした。
 敏江はしばらくの間、泣き続けていたが、敏江の状態はしばらくすると、落ち付きを取り戻したように見えた。
 そんな敏江を見て、花城は、
「言いにくいことなんですが、万理ちゃんは何者かに殺されたみたいなのですよ」
 と、いかにも言いにくそうに言った。
 万理の死体は腐乱は進んでいたが、死因は明らかになった。万理は首をロープのよなもので絞められたことによる窒息死であったことが明らかになったのだ。
 即ち、殺しによる死である。
 そして、その旨を花城は敏江に説明したのである。
 その花城の説明を聞き終えると、敏江は眼を大きく見開き、鬼のような形相をした。花城の言葉が敏江の表情をそのように変貌させたのである。
 その敏江の表情は、万理を殺した犯人にとてつもない怒りを露にしたかのようであった。
 そんな敏江に花城は、
「まだ島袋さんの気持ちに整理がつかないのに、このようなことを訊くのも気が退けるのですが、島袋さんは万理ちゃんを殺した犯人に心当りありませんかね?」
 と、些か言いにくそうに言った。
 花城は敏江が哀しみに沈んでることは十分に理解出来たのだが、しかし、事件は一刻も早く解決しなけらばならないので、そう訊いたのである。
 しかし、敏江は黙って頭を振った。だが、
「でも、万理が殺されたなんて、信じられないですよ」
 と、呟くように言った。
「そうですか……」
 花城は敏江から眼を逸らせては、小さな声で言った。
 そして、今の敏江とこれ以上話しても成果は得られないと判断し、敏江には一旦帰ってもらうことにした。

     3

 石川署内に万理の事件の捜査本部が置かれ、花城警部が捜査の指揮をとることになった。
 そして、早速捜査会議が開かれ、万理に関する情報がまだ何もないことから、まず万理の知人たちから聞き込みを行なうことが決まった。
 すると、その時、沖縄署の米原という警部から連絡が入った。そして、万座毛で死体で見付かった島袋万理に関して情報があるというので、花城は早速その情報とやらを聞いてみることにした。
 とはいうものの、その内容は凡そ、花城が知ってるものが殆どであった。その内容は、花城が眼を通した万理の捜索願いが出された時の書類に記されていた内容と同じようなものであったからだ。
 そういう具合であったので、花城たちは早速万理の知人たちから話を聞いてみることにした。
 因みに、敏江によると、万理は失踪する前までは、沖縄市内にある「イエローハット」というクラブでホステスをしていたそうだ。しかし、アルバイトで、週に三、四回程度の出勤だったそうだ。 
 そんな万理が何故あのような目に遭ったのだろうか? その動機は「イエローハット」内で発生したのではないだろうか?
 そう思った花城は、若手の水木刑事(28)と共に、「イエローハット」のホステスたちから聞き込みを行ってみることにした。
 そして、まず美香というホステスから話を聞いてみたのだが、美香は最初の内は万理のことを可哀相だとばかり連発し、話にならなかった。
 だが、やがて、
「刑事さんより先に、万理ちゃんの失踪のことを聞いて来た仲宗根という人にも言ったんだけど、万理ちゃんの失踪に関して、私たちは本当に何も心当りがないのよ」
 と、幾分か申し訳なさそうに言った。
 すると、花城と水木刑事の表情は、曇った。万理の事件の手掛かりは、この「イエローハット」内にあると推測していたのだが、それはどうやら空振りに終わりそうであったからだ。
 だが、花城は、
「仲宗根とは、どういった人なんですかね?」
 と、興味有りげに言った。
「探偵よ。万理ちゃんのお母さんに依頼されて、万理ちゃんのことを探していた人よ」
「仲宗根さんが働いてる探偵事務所は何処にあるんだ?」
「沖縄市内よ」
 そう言われ、花城は後で仲宗根に会って話を聞いてみることにした。
 それはともかく、花城は美香に、万理が何かトラブルとか悩みを抱えていなかったか、訊いてみた。
 だが、美香はそれに関して特に情報を持っていなかった。
 それで、花城と水木刑事は意気消沈したような表情を浮かべたのだが、そんな二人に、美香は、
「仲宗根さんにも言ったんだけど、万理ちゃんは相当遊んでいたみたいなのよ」
 と、渋面顔で言った。
「遊んでいた?」 
 花城は興味有りげに言った。
「そうよ。うちのお店には、嘉手納基地で働いている米兵たちがよく遊び来るのよ。そして、万理ちゃんはその米兵たちと遊んでいたというわけよ」
 と、花城から眼を逸らせては、言いにくそうに言った。
 その美香の言葉を耳にし、花城は眼を輝かせた。万理が殺された理由が、今の美香の言葉の中に存在してるのではないかと思ったからだ。
 そう思った花城は、眼を大きく見開き、
「つまり、万理ちゃんはプライベートでも、米兵と付き合っていたということだね?」
「そうよ」
 と言っては、美香は小さく肯いた。
「じゃ、万理ちゃんは、その米兵との間で何かトラブルが発生したのではないのかな?」
 花城は眼を大きく見開き、輝かせては言った。それが、万理の事件の動機だと思ったからだ。
 だが、美香は、
「さあ……。私はそこまで分からないわ。そのようなことは、万理ちゃんは何も言ってなかったから」
 と、表情を曇らせては言った。
「しかし、それを美香ちゃんたちには話していなかったというだけで、実際は発生してたんじゃないのかな」
 と、花城はその可能性は十分にあると言わんばかりに言った。
「さあ……、どうでしょうか」
 と、美香は眉を顰めた。
「じゃ、万理ちゃんと付き合っていた米兵のことは、分からないのかな?」
 という言葉が花城の口から自ずから発せられたが、その花城の表情は、冴えないものであった。何故なら、嘉手納基地の米兵が容疑者ともなれば、日米地位協定などにより、その捜査はややこしくなるからだ。そのことを花城は認識していたからだ。
「そこまでは知らないわ。でも、万理ちゃんが付き合ってた米兵は、一人や二人ではなかったみたいよ。四、五人はいたらしいよ」
 と、美香は渋面顔で言った。
「四、五人もか……」 
 花城も渋面顔で言った。
「そうよ。万理ちゃん自身がそう言ってたのよ」
 この時、花城は万理を殺した犯人は、必ずしも米兵とは限らないという思いが過ぎった。即ち、米兵と付き合っていたからといって、必ずしもトラブルが発生するとは限らないのだ。万理が殺された動機は別の所にあることは十分に有り得るのだ。
 花城がそう思っていると、美香は、
「私が今、刑事さんに言ったようなことを仲宗根さんにも言ったのよ。だから、仲宗根さんは米兵に関して調べたんじゃないかな」
 と言っては、小さく肯いた。
「成程。で、仲宗根さんはその後、何か言って来たかい?」
 花城は興味有りげに言った。
「いいえ。その後、何も言って来なかったわ」
 美香は渋面顔で言った。
「成程。で、万理ちゃんが嘉手納基地の米兵と付き合っていたことは分かったが、それ以外で何か気付いたことはないかい? どんな些細なことでも構わないから、何か気付いたことがあれば、話してもらいたいんだが」
 と、花城は穏やかな表情と口調で言った。
 だが、美香は頭を振った。実際にも、それ以外に何もなかったからだ。
 それで、花城は水木刑事と共に、他のホステスたちにも聞き込みを行なってみた。
 しかし、特に成果を得ることは出来なった。
 それで、この辺で花城は水木刑事と共に「イエローハット」を後にすることにした。
 
     4

 そして、次に、敏江の依頼を受け、万理の行方を調べたという仲宗根に会って仲宗根から話を聞いてみることにした。
 仲宗根が営んでいるという仲宗根探偵事務所は、すぐに分かった。というのは、水木刑事が仲宗根探偵事務所が何処にあるかを知っていたからだ。
 そして、仲宗根に電話を掛け、仲宗根の都合を聞き、仲宗根を訪れたのは、その日の午後三時頃のことであった。
 仲宗根は、仲宗根が敏江と話したのと同じ場所、即ち、衝立で区切られた狭い場所に、花城と水木刑事を案内しては、二人に折り畳み椅子に座るようにと言った。
 そして、三人が折り畳み椅子に座ると、花城が早速、話し始めた。
「仲宗根さんは、島袋敏江さんの依頼を受けて、万理ちゃんの行方を探しておられたのですね?」
「ええ。そうです」
 仲宗根は何ら表情を変えずに、淡々とした口調で言った。
「そうですか。で、その万理ちゃんは、先日、万座毛際の海で、他殺体で発見されたのを無論、ご存知でね?」
「ええ。勿論、知ってますよ。でも、島袋さんから聞いて知ったのではないですよ。新聞を見て、知ったのですよ」
「そうですか。で、万理ちゃんは首を絞められて殺されたことが分かっています。
 で、仲宗根さんは、これに関してどう思いますかね?」
 と、花城が言うと、仲宗根は、
「よく分からないですね」
 と、渋面で言った。
「よく分からないですか。でも、仲宗根さんは、万理ちゃんの行方を探していたのですよね?」
「そうです」
「で、その捜査はどの程度、進んでいたのですかね?」
 花城は眼を輝かせては訊いた。
「そりゃ、ある程度は進みましたがね」
「でも、結局、匙を投げたのですかね?」
「まあ、そういうわけですよ」
 と、仲宗根は決まり悪そうに言った。
「それは、米兵のことを捜査し切れなくなったからですかね?」
 そう花城が言うと、仲宗根は、
「正に、その通りなんですよ」 
 と、花城のことを流石刑事さんだと言わんばかりに言った。
「先程、『イエローハット』のホステスたちと話した時に、そのホステスたちが仲宗根さんに万理ちゃんが米兵と付き合っていたということを話したと言ってましたからね」
「成程」
「で、仲宗根さんは万理ちゃんが付き合っていた米兵のことを調べ出したのですかね?」
「そりゃ、調べ出しましたよ。つまり、万理ちゃんが付き合っていた米兵までは、行き着き、話を聞いたのですよ。
 しかし、その米兵たちは、万理ちゃんの死には、無関係という感触を得たのですよ。
 もっとも、米兵から話を直に聞いたのは、僕ではありません。米兵に友人がいる僕の友人に協力してもらって聞いてもらったのですよ。しかし、成果は得られなかったというわけですよ」
 と、仲宗根は花城に眼をやっては、淡々とした口調で言った。
「じゃ、仲宗根さんのその友人は、どうしてそのような感触を得たのでしょうかね?」
「そりゃ、その米兵が言ったことや、その時の話し振りを見て、そう判断したみたいですよ」
 と、仲宗根は冴えない表情を浮かべては言った。
「でも、仲宗根さんは元はといえば、万理ちゃんが付き合っていた米兵が万理ちゃんの失踪に関係してると推理し、米兵のことを捜査しようとしたのですよね?」
「そりゃ、そうなんですが……」
 仲宗根は花城から眼を逸らせては、決まり悪そうに言った。
「だが、結局、その線は有り得ないと仲宗根さんは看做したのですかね?」
「そりゃ、100パーセント有り得ないと、断言はしませんよ。
 しかし、その時点では万理ちゃんの失踪に米兵が関係したという証拠が出たわけではありませんでしてね。それ故、個人で探偵業を営んでいる僕が米兵に強く出るなんてことは、到底無理ですよ。
 それに、今の段階じゃ、警察でも無理じゃないですかね?」
 と、仲宗根は淡々とした口調で言った。
 すると、花城は、
「確かに仲宗根さんのおっしゃる通りですね」
 と、渋面顔で言った。そして、
「では、仲宗根さんは米兵以外の線では、何か調査してみたのですかね?」
「そりゃ、しましたよ。敏江さんから、万理ちゃんのアドレス帳を借り、そこに記載されていた人物に聞き込みを行ってみましたがね。
 しかし、誰も万理ちゃんが失踪した理由は分からなかったのですよ。
 それで、僕はもう手に負えないと思い、手を引いたのですよ」
 と、仲宗根は些か悔しそうに言った。
 そう仲宗根に言われ、花城は渋面顔を浮かべた。仲宗根が行なった捜査は、花城たちがやろうとしていた捜査でもあり、それが成果をもたらさなかったとなると、花城たちも同じ結果となる可能性が高いと思ったからだ。
 だが、この時、仲宗根は、
「そう言えば、興味ある情報も入手しましたね」
 と、眉を顰めては言った。
「興味ある情報ですか。それ、どんなものですかね?」
花城は思わず眼を輝かせては言った。
「万理ちゃんの友人に聞き込みを行なって行く内に、妙なことが分かりましてね。
 というのは、万理ちゃんは米兵ばかり付き合っていたのかと思ったら、そうでもなかったみたいなのですよ。つまり、日本人とも付き合っていたみたいなのですよ」
「日本人の男性ともですか」
 花城は眉を顰めては、呟くように言った。
「そうです。それで、僕はその男性に聞き込みを行ってみたのですが、でも、結局、成果を得られなかったのですよ」
 と、仲宗根は決まり悪そうに言った。
「その日本人の男性は、万理ちゃんと親密な関係だったのですかね?」
「さあ……、そこまでは訊きませんでした。
 しかし、今時の男女の付き合いですから、男女関係はあったのではないですかね」
 と、仲宗根は花城を見やっては、淡々とした口調で言った。
「成程。でも、仲宗根さんは何故そのことが妙に思えたのですかね? 僕は別に妙には思えないですがね」
 と、花城は言っては、首を傾げた。
「ですから、米兵と遊んでるような女性は、えてして日本の男性には興味を示さないんですよ。
 だが、万理ちゃんはそうではなかったみたいですからね。その辺が妙に思ったのですよ」
 と、仲宗根は冴えない表情で言った。
「成程」
 そう言っては、花城は小さく肯いた。確かに、仲宗根が言ったことは、もっともに思えたからだ。
 だが、仲宗根からは、それ以上、特に興味ある情報は入手することは出来なかった。
 それで、花城はこの辺で、水木刑事と共に、仲宗根探偵事務所を後にするこにした。
 そして、今度は仲宗根に、万理が日本人の男性とも付き合っていると言った豊里加奈子という女性に会って、話を聞いてみることにした。

     5

 花城と水木刑事は、嘉手納基地近くに住んでいる豊里加奈子宅を訪れて、改めて、島袋万理の事件を捜査してるという旨を説明し、そして、万理を殺した犯人に心当りないか、訊いてみた。
 だが、加奈子は、
「特にないですね」
 と、渋面顔を浮かべては言った。
 そう加奈子に言われ、花城も渋面顔を浮かべた。花城は加奈子が何か情報を持ってるのではないかと、期待していたからだ。
 とはいうものの、花城は、
「豊里さんは、万理ちゃんの行方を探していた仲宗根探偵に、万理ちゃんは日本人の男性とも付き合っていたと証言したのですよね?」
「ええ。そうです」
「その男性は、何という男性なんですかね?」
「玉城四郎という男性なんですよ」
「玉城四郎さんですか。その玉城さんは、万理ちゃんと親密な間柄だったのですかね?」
 そう花城が言うと、加奈子は言葉を詰まらせた。そして、なかなか言葉を発そうとはしなかった。
 それで、花城は、
「つまり、万理ちゃんと玉城君は、男女関係がある位の仲だったのですかね?」
 花城にそう言われると、加奈子は、
「あったかもしれないですね」
 そう加奈子に言われると、花城は小さく肯いた。というのは、この玉城四郎という男性に関しても、捜査を進めるに相応しい人物ではないかと思ったからだ。
 そんな花城は、
「では、ここしばらくの間で、万理ちゃんと玉城君との間で、何かトラブルはなかったですかね? あるいは、万理ちゃんは玉城君のことで何か悩んでいたりしなかったですかね?」
 と、興味有りげに言った。
「さあ、どうでしょうかね……」
 そう加奈子に言われると、花城は決まり悪そうな表情を浮かべたが、
「で、豊里さんは、仲宗根探偵に万理ちゃんは米兵だけでなく、日本人の男性とも付き合っていたと言及されましたが、では、どうして、そう言及されたのですかね? 玉城君のことに言及したということは、何か玉城君のことで、思うことがあったのですかね?」
 そう花城が言うと、加奈子の表情は茹で蛸のように赤くなり、そして、言葉を詰まらせた。
 それで、花城は同じ問いを繰り返した。
 すると、加奈子は、
「特に思うことはありません。ただ、私は私の知ってることを仲宗根探偵に話しただけなのですよ」
 と、淡々とした口振りで言った。
 それで、花城と水木刑事は、この辺で加奈子への聞き込みを終えることにした。
 加奈子と話をしてみて、特に成果を得ることは出来なかった。
 もっとも、このことは、予め予想出来たことであった。仲宗根が加奈子に聞き込みを行なって成果を得られなかったのだから、花城たちが聞き込みを行なっても、成果を得られるとは限らないというわけだ。
 とはいうものの、玉城四郎という男性と一度会って、話をしなければならないだろう。
 そう思った花城は、水木刑事と共に、プラザハウスショッピングセンター近くに住んでいるという玉城四郎宅に向かった。それは、加奈子と話をした翌日の午後零時頃のことであった。
 因みに、玉城は沖縄市内のクラブで、バーテンダーをやってるとのことだ。そういった事情の為に、玉城は昼間に訪れても会える可能性はあると花城は思ったのだ。

     6

 そして、花城のその読みは当たった。玉城宅の玄関扉横にあるブザーを押すと、玉城と思われる男性が、姿を見せたからだ。
 そんな玉城に、花城は警察手帳を見せては、自らの身分を説明し、そして、万座毛で他殺体で発見された島袋万理の事件を捜査してる旨を説明した。そして、
「玉城さんは、万理ちゃんと付き合っていたとのことですが、それは本当ですかね?」
 と、まず訊いてみた。
 すると、玉城は、
「ええ。まあ……」
 と、素っ気なく言った。
 すると、花城は小さく肯き、そして、
「で、玉城さんは万理ちゃんとはどの程度の関係だったのですかね? 男女関係がある位の関係だったのですかね?」
 と、花城が言いにくそうに言うと、玉城は、
「僕はそのような質問に答えなければならないのですかね?」
 と、いかにも不満そうに言った。
「出来れば、答えていただきたいですね」
 と、花城は真剣な表情を浮かべては言った。
「どうして、僕はそのような質問に答えなければならないのですかね?」
 玉城は花城の顔をまじまじと見やっては、不満そうに言った。
「それは、玉城さんが万理ちゃんと親密な関係であったのなら、万理ちゃんの事件に関して、何か思うことがあるのではないかと思ったからですよ」 
 と、花城は玉城に言い聞かせるかのように言った。
 すると、玉城が、
「僕は万理ちゃんとは特に親密な関係ではなかったし、また、万理ちゃんの死に関して、何ら心当りないですよ」
 それで、花城は、
「では、玉城さんは、四月十一日の午後零時から三時頃に掛けて、何処で何をしてましたかね?」
 と、万理が失踪した頃の玉城のアリバイを確認してみた。
 万理の死亡推定時刻は、万理の死体の腐乱が進んでいた為に、明らかにはならなかったが、万理が失踪した時間帯は、明らかになってたのだ。それで、玉城に確認してみたのだ。
 すると、玉城は、
「その頃は、パチンコをやってましたよ。その日は休日だったので、覚えてますよ」
 と、薄らと笑みを浮かべては言った。そんな玉城の様は、些か自信有りげであった。
 だが、その玉城の言葉を聞いて、花城は小さく肯いた。パチンコをしていたでは、アリバイは曖昧同然だからだ。
 それで、花城は更に話を続けた。
「先程も言いましたが、我々は今、島袋万理ちゃんの事件を捜査してましてね。
 で、万理ちゃんの首には、ロープなんかで絞められたような鬱血痕があったことなどから、万理ちゃんは何者かに首を絞められて殺されてから、万座毛の海に遺棄されたものと思われるのです。
 それで、万理ちゃんの友人だった者たちに聞き込みを行なってるんですが、玉城さんが万理ちゃんと親密に付き合っていたという証言を入手しました。
 それ故、万理ちゃんと玉城さんとの間に何らかのトラブルが発生し、玉城さんが万理ちゃんを殺したという可能性もあるのですが、いかがなものですかね?」 
 と、花城は玉城の顔をまじまじと見やっては言った。
 花城が話してる間は、玉城はいかにも真剣な表情を浮かべていたが、花城の話が一通り終わると、玉城は表情を綻ばせた。そんな玉城は、花城の話が随分面白いと言わんばかりであった。
 そんな玉城を眼にして、花城は、
「どうかしたのですかね?」 
 と、些かむっとしたような表情を浮かべては言った。
「刑事さんの話が非常に面白いからですよ。僕が万理ちゃんを殺したと言われれば、面白くないわけがないじゃないですか! そんな滅茶苦茶な推理をするから、思わずおかしくなって来たのですよ。アッハッハッ!」
 と、玉城は今度は声を上げて、笑い出した。
 すると、水木刑事が、
「しかし、玉城さんは、アリバイが曖昧じゃないですか! パチンコをしてたんじゃ、アリバイが曖昧も同然ですよ!」
 と、玉城の言ったことは、正に出鱈目だと言わんばかりに言った。
「しかし、それが事実なんだから、仕方ないじゃないですか!」
「じゃ、何処のパチンコ店だい?」
「国道沿いにある『サクラ』というパチンコ店ですよ」
 そう言われ、水木刑事は言葉を詰まらせた。「サクラ」というパチンコ店は、水木刑事も行ったことがあり、かなりの大型店だ。そのような店でパチンコをしていたと言われても、裏を取ることは、不可能と言っていいだろう。
 そんな水木刑事に、玉城は、
「それに、その時間帯に、万理ちゃんが死んだということは、確認は取れたのですかね?」
 と、挑むかのように言った。
 そう玉城に言われ、花城も水木刑事も言葉を詰まらせた。先述したように、万理の死亡推定時刻は明らかにはなってないからだ。
 それで、花城と水木刑事は少しの間、言葉を詰まらせてしまったが、やがて、花城は、
「では、玉城さんは万理ちゃんを殺した犯人に心当りないですかね?」
 と、改めて訊いた。
 だが、玉城は、
「それがないのですよ」
 と、渋面顔で言った。
「万理ちゃんは玉城さんに何か悩みがあるとか、トラブルを抱えてるとかいうようなことを話してなかったのですかね? どんな些細なことでも構わないですから、話してもらえないですかね?」
 と、花城は今までの口調とは打って変わって、玉城に訴えるかのように言った。
 だが、玉城は、
「僕は万理ちゃんからそういったことは聞いてなかったのですよ。だから、万理ちゃんが殺されたと聞いて、本当にびっくりしてるのですよ。それに、とても哀しいのですよ」
 と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。
 そう玉城に言われると、花城も水木刑事も些か表情を曇らせたが、やがて、花城は、
「では、万理ちゃんは嘉手納基地の米兵に関して、何か言ってなかったですかね?」
 と、玉城の眼を見据えては言った。
 すると、玉城は表情を強張らせたが、すぐに元の表情に戻し、
「嘉手納基地の米兵のこと?」
「ええ。そうです。万理ちゃんがアルバイトをやっていた『イエローハット』には、よく米兵が飲みに来て、万理ちゃんは米兵と親しくなり、店外でも会っていたらしいのですよ。しかも、五人程の米兵と付き合っていたらしいのですよ。
 で、それに関して、万理ちゃんは玉城さんに何か言ってなかったのかということですよ」
 と、花城は玉城の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、玉城は、
「特に言ってなかったですね」 
 と、何ら表情を変えずに淡々とした口調で言った。
「でも、玉城さんは万理ちゃんと付き合っていたのですよね。だったら、万理ちゃんが米兵と付き合ってたら、気を揉むのではないですかね? 僕という男がいるのに、何故米兵と付き合ったりするんだという具合に」 
 と、水木刑事は些か納得が出来ないように言った。
 すると、玉城は、
「ですから、僕は万理ちゃんが米兵と付き合っていたということを知らなかったのですよ」
 と、些か強い口調で言った。
「知らなかったから、気を揉むということもなかったというわけですか」
「まあ、そういうわけですよ」
 と、玉城は水木刑事から眼を逸らせては、些か決まり悪そうに言った。 
 そして、花城と水木刑事は玉城に対して、まだしばらくの間、何だかんだと話を聞いていたのだが、結局、役に立ちそうな情報は入手出来なかった。
 それで、この辺で玉城宅を後にすることにした。
 玉城宅を後にすると、花城は、
「僕は玉城は怪しいと思っていたんだが」
 と、冴えない表情で言った。 
 花城は、玉城と万理との間で何らかのトラブルが発生し、玉城が万理を殺した可能性は十分にあると読んでいた。しかし、その感触は得られなかったのだ。
 だが、水木刑事は、
「でも、玉城は僕たちの問いに対して、流暢には答えられませんでしたからね。つまり、後暗いものがある者が見せる様を玉城も見せたというわけですよ」 
と言っては、小さく肯いた。
「それはそうだが、今の時点では、玉城に対して、これ以上、強くは出れないよ。玉城が万理ちゃん殺しに関係したという証拠は何もないのだから」
 と、花城は渋面顔で言った。
「となると、今後、どうやって捜査を進めるのですかね?」
「まだ、万理ちゃんの知人たちから全て話を訊いたわけではないじゃないか。それ故、とにかく、万理ちゃんの知人の全てに当たってみよう」

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