第五章 密談

     1

 ここは、沖縄市内にある洒落た喫茶店。
 その窓際の席に、今、二人の若い女性が席についていた。
 そして、その内の一人は、豊里加奈子といった。
 豊里加奈子とは、万座毛の海で、絞殺死体で発見された島袋万理の友人であった豊里加奈子のことだ。
 そして、もう一人の女性は、糸数豊子といって、今、二人がいる喫茶店近くの路上で、加奈子と豊子は、偶然に顔を合わせたのだ。加奈子と豊子は、高校時代の同級生だ。それで、喫茶店で話をしてみようということになったのだ。
 そんな二人ではあったが、二人は仲が良かったわけではない。それ故、偶然路上で顔を合わせたからといって、喫茶店に入るなんてことは元来行なわないだろう。
 しかし、今や二人、いや、二人の高校時代の同級生たちにとってみれば、とんでもない出来事が発生してしまったのである。
 そのとんでもない出来事とは、加奈子たちの同級生であった島袋万理が何者かに殺され、万座毛の海に遺棄されたのだ。そして、加奈子たちは、万理の事件に関して、警察から聞き込み捜査を受けたのである。それ故、仲が良くなかったといえども、顔を合わせれば、万理の件でどうしても話をしなければならない気持ちになってしまうのだ。
「とんでもないことになってしまったね」
 加奈子は、テーブルに置かれたグラスを手にしながら、些か声を上擦らせては言った。
「本当ね。でも、万理ちゃんはどうして殺されたのかしら」
 豊子は神妙な表情で言った。
「分からないわ。でも、私の家に刑事さんがやって来ては、色々と訊かれたけど、私、分からないと答えたよ」
 加奈子は渋面顔で言った。
「私もよ。私は電話だったけど、水木刑事とかいう刑事から、万理ちゃんの死に関して、何か心当りないかと訊かれたわ。でも、ないと答えたよ」
 と、豊子は冴えない表情で言った。
 ショートヘアの髪を少し茶色に染め、ボーイッシュの豊子に対して、加奈子はロングヘアーが似会う大和撫子という感じであった。外見が対称的であり、また、それ故、性格も対称的と思われたが、実際にもそういった感じであった。豊子は正にねあか人間だったのに対して、加奈子はどちらかといえば、ねくら人間だったのだ。
 それはともかく、
「でも、水木刑事は、妙なことも訊いて来たわ」 
 と、豊子。
「妙なこと?」
「ええ。万理ちゃんが嘉手納基地の米兵と付き合ってたらしけど、その米兵のことを知らないかとか、米兵と万理ちゃんとの間で、トラブルがあったようなことを聞いたことはないかと、訊いて来たのよ」
 と、豊子は神妙な表情で言った。 
 そう豊子に言われ、加奈子は眉を顰めた。加奈子は万理が嘉手納基地の米兵と遊んでいたことを知っていたからだ。
 豊子の言葉に加奈子が黙ってると、豊子は眼を大きく見開き、更に話を続けた。
「つまり、警察は万理ちゃんを殺したのは、米兵ではないかという疑いを持ってるみたいね。だから、万理ちゃんが付き合っていた米兵のことを知らないかというようなことを訊いて来たのよ」
 と、早口で捲くし立てた。
 そんな豊子の話を聞いていると、加奈子は加奈子が知ってることを話したいという欲求を抑えることが出来なくなった。日頃、あまり話したことのない豊子と、信じられない位、話が弾んでしまったので、ついそうなってしまったのである。
「そりゃ、私にも、花城という刑事が聞いて来たわ。万理ちゃんが付き合っていた米兵のことを知らないかって。
 そりゃ、私は万理ちゃんが米兵と付き合っていたことは知っていたけど、米兵とトラブルを抱えていたり、米兵のことで悩んでいたとかいうようなことは聞いてなかったわ。
 でも、そんなことより、もっと気になることがあるのよ」
 と、加奈子は些か自信有りげな表情と口調で言った。そんな加奈子は、豊子が知らないことを知ってるのよと、些か豊子に対して優越感を抱いてるかのようであった。
 そんな加奈子に豊子は、
「それ、どういったこと?」
 と、好奇心を露にしては言った。
「うん。それはね」
 と、加奈子は今までの表情とは打って変わって、とても真剣な表情を浮かべては言った。そして、加奈子はそのことを豊子に話してよいのかどうか、躊躇ってるかのようであった。
「勿体振らずに、早く話してよ」
 豊子は加奈子を急かした。
 それで、加奈子はとにかく、加奈子の知ってることを話すことにした。
「万理は、米兵のことよりも、玉城君のことに不満を言ってたのよ」
 と、加奈子は渋面顔で言った。
「玉城君のこと?」
「そうよ。玉城四郎君のことよ。万理が玉城君と付き合っていたことを知ってる?」
「うーん。何となく、そうだと思っていた。高校時代から付き合っていたんじゃないのかな」
「そうなのよ。二人は高校時代からずっと付き合っていたのよ。で、その玉城君が最近、うるさいのよと、万理は愚痴っていたのよ。
 万理は嘉手納基地の米兵と付き合っていたでしょ。そのことが、玉城君は不満だったみたい。何しろ、万理が玉城君以外の男、つまり、米兵と寝るわけだから、それが玉城君にとってみれば、面白くなかったみたい。
 でも、万理は米兵には日本人にない逞しさがあるし、また、セックスもうまいから、米兵との付き合いは止められなかったみたい。
 でも、それが、玉城君にとってみれば、不満だったみたいね」 
 と、加奈子は眉を顰めては、淡々とした口調で言った。
「そうだったの」 
 と、豊子は神妙な表情で言った。
 確かに、それは豊子の知らない情報であった。
 それ故、豊子は些か満足したような表情を浮かべた。豊子が知らない情報を入手出来たからだ。
 だが、加奈子の話は更に続いた。
「で、私が話したいことは、実はこれから話すことなの」
 と、加奈子は神妙な表情を浮かべては、豊子から眼を逸らせた。そんな加奈子を見ると、加奈子は加奈子の知ってることを果して豊子に話していいのかどうか、迷ってるかのようであった。
 だが、豊子は、
「是非、聞きたいわ!」
 と、眼を輝かせては、いかにも好奇心を露にしては言った。
 豊子にそう言われると、加奈子は豊子を見やっては、
「実は、私、見てしまったのよ。で、何を見てしまったのかというと、あの日、つまり、万理ちゃんの行方が分からなくなって日に、万理ちゃんが玉城君の車に乗り込んだのを……」
 そう言った加奈子の表情は、とても深刻げなものであった。
 だが、豊子は、今の加奈子の言葉の意味が分からないかのようであった。何故なら、豊子は怪訝そうな表情を浮かべてるからだ。
 それで、豊子は怪訝そうな表情を浮かべながら、
「それ、どういう意味なの?」
「だから、万理ちゃんが失踪した日のことよ。
 つまり、万理ちゃんは四月十一日の午後一時頃に自宅を後にし、その後、行方が分からなくなったんだけど、その日の午後一時半に、私は万理ちゃんの家の近くに用があったので、その辺りの道を私の車で通り過ぎたのよ。
 すると、その時、万理ちゃんが玉城君の車に乗り込むのを偶然に見てしまったのよ」
 と、加奈子はまるで重大な告白をするかのように、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。
 すると、豊子もいかにも真剣な表情を浮かべては、
「それ、本当なの?」
「本当よ! 私、眼はとてもいいのよ。それに、親友の姿を見間違える筈はないよ」
 と、加奈子は豊子をまじまじと見やっては、毅然とした表情を浮かべては言った。
「でも、それ、とても重要なことじゃないの」
 と、豊子は甚だ真剣な表情を浮かべては言った。
「そうなのよ」
 と、加奈子は豊子から眼を逸らせては、渋面顔を浮かべては言った。
 豊子にそう言われなくても、加奈子が眼にした出来事は、万理の事件を解決する上で、とても重要なことであることは分かっていた。
 それ故、加奈子はとても慎重になってたのである。だから、まだこのことは、警察だけでなく、まだ誰にも話してなかったのである。
 しかし、今まであまり話したことの無い糸数豊子との会話が弾んでしまった為に、加奈子はつい気が緩み、思わずこの重要な事を話してしまったのである。
「それ、とても重要なことよ。だって、加奈子が見たことが事実なら、万理は玉城君の車に乗り込んでから行方不明になってしまったということになるわけよ」
 と、豊子は眼をギラギラと輝かせては言った。その豊子の表情を見て、豊子は今、とても興奮してるに違いなかった。
「そうよ」
 豊子の語気に押され、加奈子は思わず小さな声で言った。正に、豊子が言ったことは、もっともなことであったからだ。
 そして、二人の間で、しばらくの間、沈黙の時間が流れた。その間の二人の表情は、とても厳しいものであった。何故なら、二人が考えてることは同じで、そして、二人は誰が万理を殺したのか、その思いは、同じであったからだ。
 即ち、万理を殺したのは、玉城四郎というわけだ。
 そして、それが、万理の事件の真相であったのなら、それは二人にとって衝撃的なものであり、そして、それは二人の表情をそのように変貌させるに十分なものであったというわけだ。
 そして、二人の沈黙はまだしばらくの間、続いたのだが、やがて、豊子が、
「そのことを警察に話したの?」
「いや。まだなのよ」
 と言っては、加奈子は小さく頭を振った。
「どうして? どうして言わないの?」
 豊子は、些か納得が出来ないように言った。
「だって、この証言はとても重要だから」
 加奈子は豊子から眼を逸らせては、言いにくそうに言った。
 加奈子はこの事を警察に話せば、万理の事件は解決するかもしれないと思っていた。
 しかし、その反面、加奈子たちの学友であった玉城四郎という男の人生を踏み躙るということになってしまうのだ。
 それ故、そのことを警察に話すのは、加奈子は気が退けたのである。
 そんな加奈子に豊子は、
「でも、そういったことは、話した方がいいよ」
 と、加奈子を諫めるかのように言った。
 そう豊子に言われると、加奈子は、
「うん」
 と、小さな声で言った。だが、加奈子の意思はまだ固まってはいなかったのだけれど。
 そして、二人の間で、またしても沈黙の時間が流れたが、やがて、豊子が、
「自首させるのよ!」
「自首させる?」
 加奈子は思わず声高に言った。
「そうよ! 自首させるのよ! そうすれば、玉城君は情状酌量されるわ」
「そりゃ、そうだけど……。
 でも、まだ、玉城君が万理を殺したと決まったわけではないし……」
 加奈子は意気消沈したかのように言った。
「そりゃ、そうだけど……。
 でも、万理は玉城君のことを愚痴ってたんでしょ? 米兵と付き合ってることに文句を言われると。
 だったら、二人の間でトラブルが発生してもおかしくないよ。そして、実際にも口論なんかになり、玉城君はかっとして、万理の首をズボンのベルトなんかで絞めてしまい、その結果、万理は死んでしまったのよ。これが、真相なのよ!」
 と、豊子はいかにも力強い口調で言った。
 とはいうものの、そんな豊子の表情は、哀しげであった。たとえ、故意ではないにしろ、豊子の学友が、その学友を殺したとなれば、そういった表情を浮かべてしまうのは、至極当然のことであろう。
 豊子にそう言われ、加奈子は返す言葉がなかった。豊子の推理はもっともな推理であったからだ。また、加奈子もそれが真相だと思っていたのである。
 そんな加奈子に、豊子は、
「今からでも玉城君に会って、自首を勧めるのよ! 玉城君は夜の仕事ね。だったら、今の時間に行っても、いるかもしれないよ」
 豊子にそう言われると、加奈子は、
「うん」
 という言葉が自ずから発せられた。
 正に、加奈子も豊子にそう言われると、玉城に自首を勧めるのは最善の手段だと思うようになったのである。
 そして、長々と続いた二人の会話はこれによって、一旦終結したのであった。 
 因みに、加奈子と豊子が会話を交わしてるテーブルの近くには、他の客はいなかった。もし、他の客がいれば、物騒な二人の会話に聞き耳を立てたことであろう。しかし、そうならなかったのは、二人にとって幸であったといえるだろう。
 そして、二人は近くに停めてあった豊子の車で玉城のマンションに向かったのであった。

     2

 程なく、プラザハウスショッピングセンターの近くにある玉城のマンションに着き、豊子は車を手頃な場所に停め、豊子は車の中で待機し、加奈子だけが、玉城のマンションに向かった。加奈子の方が玉城と親しかったし、また、加奈子一人の方が、玉城は話し易いだろうということになったのである。
 加奈子は玉城の室の前に来ると、玄関扉横にあるブザーを押した。
 すると、程なく玄関扉が開き、玉城が姿を見せた。
 そんな玉城に加奈子は、
「玉城君に話したいことがあるのよ」
 と、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。
 そんな加奈子を眼にして、玉城は、加奈子のことを無視出来ないと思ったのか、
「まあ、中に入れよ」
 と言っては、加奈子を玄関扉の中へと招じ入れた。
 加奈子は玉城とは結構親しく、高校時代から頻繁に会話を交わしていた。
 しかし、今日のように玉城宅を直に訪れたことはなかった。
 それ故、玉城は加奈子の様を眼にして、重大な話があると察知したのかもしれない。
 それはともかく、玄関の中に入ると、加奈子は、
「玉城君に訊きたいことがあるのよ」
 と、いかに真剣な表情を浮かべては言った。
 その加奈子の様を眼にすると、玉城は些か表情を綻ばては、
「何だい、訊きたいことって?」
「万理ちゃんのことなのよ」
 そう加奈子が言うと、玉城の表情から、笑みが消えた。それは、正に触れられたくないことに触れられたと言わんばかりであった。
 だが、玉城はすぐに表情を元に戻すと、
「万理のこと?」
「うん。万理ちゃんのことで、玉城君は警察から話を聴かれなかった?」
「そりゃ、聴かれたよ」
「で、どういったこと話したの?」
「だから、犯人に心当りないと答えたさ」 
 と、玉城はそれは当然だと言わんばかりに言った。
「それ、本当?」
 加奈子は怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「本当さ。どうして、嘘をつかなければならないんだ?」
 玉城も怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「でも、玉城君は万理と付き合っていたんだから、犯人に関して、何か心当りあるんじゃないかな」
 と、加奈子が言うと、玉城は、
「だから、何もないんだよ!」
 と、些かむっとした表情を浮かべては言った。
 そんな玉城に構わず、加奈子は、
「それ、本当?」
 と、甚だ真剣な表情を浮かべては言った。
「本当さ! 何度言ったら分かるんだ!」
 と、玉城は今度は些か声を荒げては言った。
 そんな玉城に怯むことなく、加奈子は更に話を続けた。
「じゃ、万理ちゃんが行方不明になった日、つまり、四月十一日の午後一時半頃、玉城君は何処で何をしてたの?」
 と、加奈子は、加奈子が眼にした万理が玉城の車に乗り込んだ頃のことを訊いてみた。
 すると、玉城の表情は、忽ち強張った。
 しかし、それはほんの少しの間だけのことであり、玉城はすぐに元の表情に戻ると、
「そんな前のことは、はっきりと覚えてないよ」
 と、不貞腐れたような表情を浮かべては言った。
「そうかしら。その日のことは、玉城君は忘れてない筈よ。何故なら、万理はその頃、行方不明になったんだから」
 と、加奈子は厳しい表情を浮かべては、冷ややか眼差しを玉城に向けた。 
 すると、玉城は些か表情を和らげては、
「おいおい。加奈子はいつから刑事になったんだい? まるで、刑事のように僕のことを何だかんだと訊いて来るじゃないか!」
 と言っては、苦笑いした。
「冗談は言わないで! 私の問いに真剣に答えて欲しいの」
 と、加奈子は真剣な眼差しを玉城に向けた。
 加奈子は、玉城が正直に万理を殺ったということを認め、そして、自首してもらいたかった。それ故、その加奈子の切実な願いが玉城に通じることを願ったのである。
 だが、玉城はその加奈子の言葉を聞いて、
「だから、その頃のことは、覚えていないと言ったじゃないか!」
 と、声を荒げては言った。正に、刑事のようにしつこく何だかんだと聴いて来る加奈子のことを、いかにも鬱陶しい奴と言わんばかりであった。
「だったら、私が思い出させてあげるわ。実は、私、見てしまったのよ」
 と、加奈子は玉城の顔を見据えて言った。
「見てしまった? 何を見てしまったって言うんだ?」
 玉城はまるで加奈子に挑むかのように言った。
「だから、玉城君をよ!」
「僕を見た? それ、どういう意味なんだ?」
 玉城は怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「しらばくれたって駄目よ。万理が行方不明になった頃、つまり、四月十一日の午後一時半頃、玉城君が何処で何をしていたかをちゃんと知ってるのよ。
 でも、そのことを玉城君は私に話すと、玉城君の立場が悪くなるから、玉城君はしらばくれてるのよ」
 と、加奈子は強い口調で言った。
「加奈子は何を言いたいんだ? 今日の加奈子は何だか変だぞ。気分でも悪いのか?」
 と、玉城は怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「しらばくれたって駄目!
 じゃ、はっきり言うわ!
 玉城君は四月十一日の午後一時半頃、万理ちゃんと一緒にいたのよ! 万理ちゃんの家の近くのS公園の近くにね。
 そして、万理ちゃんは玉城君の車に乗り込み、玉城君と共に、何処かに行ったのよ! それは、事実ね」
 と、加奈子は玉城の顔をまじまじと見やっては言った。そんな加奈子は、玉城に嘘を言っても無駄だよと、強い重圧を掛けてるかのようであった。
 すると、玉城は、
「馬鹿なことを言うな!」
 と、加奈子を怒鳴りつけた。
「誤魔化さないで! 私の視力は両眼とも1・5よ! だから、見間違えるわけがないの!」
 と、加奈子も強い口調で言った。
「だから、よく似た者を見ただけなんだよ。猿も木から落ちることもあるというじゃないか! だから、見間違えただけなんだよ! 俺はその頃、パチンコをやっていたんだよ!」
 と、玉城は懸命に加奈子の誤りを正そうとせんばかりに言った。
「いいえ。間違じゃないわ。玉城君の車はホンダのフィットで、色はシルバーね」
「そりゃ、そうだけど、この沖縄には、俺と同じ車に乗ってる者はいくらでもいるじゃないか!」
 と、玉城は加奈子が言うことは、話にならないと言わんばかりに言った。
「いいえ! 嘘をついては駄目! 私、ちゃんと見たのだから!」
「だから、人違いなんだよ!」
 玉城は声を荒げては、言い返した。
「そこまで白を切るからには、やはり、玉城君は万理を殺したのね。だから、頑なに嘘をつくのね」
 と、加奈子は今度は些か納得したように肯いた。加奈子の心の片隅には、玉城が万理の死に無関係であって欲しいという願いもあったのだが、ここまで玉城が頑なに否定するということは、加奈子のその願いも空振りに終わってしまったと加奈子は悟ったのであった。
「おいおい。一体、何を言いだすんだ? 訳の分からない事を言ったかと思ったら、今度は僕が万理ちゃんを殺しただなんて!」
 と、玉城は呆気に取られたような表情を浮かべては言った。
「しらばくれたって駄目よ。万理は玉城君の車に乗ってから、行方不明になったのよ。このことが、何を意味してるか分からない程、私は馬鹿ではないわ!」
 と、加奈子は気丈な表情を浮かべては言った。
「だから、加奈子は何か勘違いしてるだけなんだよ! 眼を覚ませよ!」
 玉城は冷静な表情で、そして、加奈子に言い聞かせるかのように言った。
「何度誤魔化したって駄目! さっきも言ったけど、私の視力は1・5なの。その私の眼が見間違えをするということは、有り得ないのよ!
 だから、自首して! 自首すれば、玉城君の罪は、軽くなるわ!」
 と、加奈子はヒステリックに言った。そんな加奈子は、正に玉城に自首を促してるかのようであった。
 すると、玉城は、
「もうこれ位にしてくれないかな」
 と、加奈子から眼を逸らせては、いかにも迷惑そうに言った。
「いいえ! 自首して! もし、自首してくれないのなら、私は私の知ってることを警察に話さなければならなくなるわ。それでもいいの?」
 と、加奈子が言うと、玉城の言葉は詰まった。そんな玉城は、加奈子の言葉に何と答えればよいか、思いを巡らしてるかのようであった。
 玉城が言葉を詰まらせたのを見て、加奈子は自らの推理に一層自信を深めた。
 それ故、
「自首して!」
 と、今度は玉城に加奈子の願いを訴えるかのように言った。
 すると、玉城は言葉を発した。だが、玉城の言葉は先程の言葉と同様であった。
「だから、加奈子は俺とよく似た人を見ただけなんだ! つまり、人違いだよ! それだけのことなんだ!」
 と、加奈子を見やっては、加奈子の主張は話にならないと言わんばかりに言った。
 すると、加奈子は一層表情を険しくさせては、
「じゃ、後五日だけ、待ってあげる。その五日間の間で玉城君が自首してくれないのなら、私は私の知ってることを警察に話すわ。
 自首すれば、玉城君の罪は軽くなるわ。だから、自首して、全てを警察に話してね」
 そう言うと、加奈子は玉城に背を向けては、玉城の許を後にした。
 玉城はそんな加奈子の後姿を、まるでワシのような冷ややかな眼で見やった。そんな玉城は、加奈子のことを疫病神めと、罵ってるかのようであった。

     3

 長々と続いた玉城との会話を終えた加奈子が向かったのは、無論、豊子の車であった。
 豊子の車は元の場所に停まっていて、無論、豊子は車の中にいた。
 加奈子が豊子の車の助手席に座り込むや否や、運転席に座っていた豊子は、
「どうだった?」 
 と、好奇心を露にした表情と口調で言った。
 それで、加奈子は玉城との会話の一部始終を話した。
 その加奈子の話が終わるまでは、豊子は言葉を挟もうとはしなかったが、加奈子の話が一通り終わると、
「じゃ、加奈子は加奈子の知ってることを警察に話すつもり?」
 と、いかにも興味有りげに言った。
「そう思ってるわ。それが、善良な市民の務めだと思うの」
 と、加奈子は気丈な表情を浮かべては言った。
 加奈子は万理の事件は早く解決してもらいたいと思っているのだが、その反面、自らの学友を警察に売るようなことは、やはり、抵抗を感じてしまうのである。
 それ故、加奈子は正に複雑な心境であったのだ。
「そう……」
 加奈子の言葉を聞いて、豊子は神妙な表情を浮かべた。というのは、豊子も加奈子と同じような心境だったからだ。
 そして、二人を乗せた車は、やがて、その場を後にし、空港通りの方に向かって走り始めた。そして、空港通りに近付いた頃、豊子は、
「やはり、加奈子は万理を殺したのは、玉城君に違いないと思ってるの?」
 と、さりげなく訊いた。
 すると、加奈子は、
「そう思ってるわ」
 と、淡々とした口調で言った。
「もし、そうだとしたら、何故玉城君は万理を殺したのかな?」
「だから、以前言ったように、万理が米兵と付き合ってることが、玉城君には気に入らなかったのよ。それ故、そのことにクレームをつけたのよ。
 すると、口論となり、玉城君はかっとして、万理のことを殺してしまったのよ」
 と、加奈子は神妙な表情で言った。
 やがて、二人を乗せた車は空港通りを通り過ぎ、加奈子は手頃な場所で降車した。
 それは、今にも雨が降りそうなどんよりと曇ったまるで夏のような蒸し暑い日のことであった。

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