第七章 陰謀

     1

 宮城が思った通り、玉城は今、在宅していた。だが、今、就寝中だったのか、いかにも眠たそうな表情をしながら、花城と宮城の前に姿を見せた。
 玉城は花城の姿を眼にすると、
「今日はどんな用ですかね?」
 と、些か不快そうに言った。そんな玉城は、何度も花城の来訪を受けるような覚えは無いと言わんばかりであった。
「それがですね。またしても、玉城さんの身近な人物が何者かに殺されるという事件が発生してしまいましてね。
 で、その人物は豊里加奈子さんというのですが、玉城さんは豊里さんのことを勿論知ってますね?」
 花城は玉城の顔をまじまじと見やっては言った。
「そりゃ、知ってることは、知ってますが……」
 と、玉城は呟くように言った
「で、その豊里さんが殺されたという事件のことを、玉城さんは勿論知ってますよね?」
 と、花城。
 すると、玉城は黙って肯いた。
 すると、花城も小さく肯き、
「では、玉城さんは豊里さんを殺した犯人に心当りありませんかね?」
 と、玉城の顔をまじまじと見やっては言った。そんな花城は、今の花城の問いに、玉城がどのような表情の変化を見せるか、具に見ようとしたのだ。
 だが、玉城は特に表情を変えずに、
「特にありませんね」
 と、素っ気ない口調で言った。
 そんな玉城の白々しい態度に腹が立った花城は、
「じゃ、豊里さんの死亡推定時刻は、五月二十日の午後八時から九時なんだが、その頃、玉城さんは何処で何をしてましたかね?」
 と、玉城を睨み付けるかのように言った。
 すると、玉城は、
「どうして、僕はそのようなことを訊かれなければならないのですかね?」
 と、花城に反発するかのように言った。
「そりゃ、今までの捜査で、その頃、玉城さんは豊里さんと会っていた可能性があることが分かったからですよ。となると、豊里さんを殺したのは、玉城さんである可能性があるというわけですよ。
 それで、玉城さんから話を聴かなければならなくなり、こうしてやって来たというわけですよ」
 と花城は、玉城に言い聞かせるかのように言った。そんな花城は、玉城に嘘をついても無駄だよと、玉城を諫めてるかのようであった。
 すると、玉城は、
「僕はその頃、豊里さんとは会ってませんよ」
 と、不貞腐れたような表情を浮かべては言った。
「下手な嘘はつくな! 我々はちゃんとを分かってるんだ!
 それに、玉城君は島袋さんが失踪した頃のアリバイも曖昧だった。つまり、島袋さんも、玉城君に殺された可能性があるというわけだ」
 と花城は言っては、にやっとした。その花城の笑みは、正に嫌味のある笑みであった。
「アリバイが曖昧と言われても、仕方ないじゃないですか! パチンコをしていたというのは、事実なんだから!」
 と、玉城は声高に言った。
「じゃ、何処のパチンコ店だったかな」
 と、宮城。
「それは、以前も説明したように、国道沿いの『サクラ』という店ですよ」
「何時から何時頃までパチンコをやってたのかな?」
「ですから、正午頃から三時頃までですよ」
「いくら位、儲かったんだ?」
「五千円、損をしましたね」
 そう玉城に言われ、花城は唇を歪めた。そんな嘘は何とでもつけられるからだ。 
 それで、
「じゃ、我々は何故、豊里さんが死んだ頃、玉城さんが豊里さんと会っていたということを知っていたのだと思う?」  
 と、花城は冷ややかな眼差しを玉城に向けた。
 すると、玉城は、
「分からないですね。もっとも、僕はその頃、豊里さんとは会ってなかったですがね」
 と、不貞腐れたような表情を浮かべては言った。
 そんな玉城に業を煮やした花城は、
「じゃ、これを見てくれよ!」
 と言っては、加奈子の机の上で見付かった件の手紙を玉城に見せた。
 その手紙にさっと眼を通した玉城は、
「僕はこんな手紙を豊里さんに渡してはいませんよ!」
 と、声を荒げては言った。
「誤魔化したって駄目だよ。定規をあてがって、この文字を書いたのは、玉城君に決まってるさ。つまり、筆跡を隠す為に定規をあてがって書いたというわけさ。
 また、この手紙には、豊里さん以外の指紋は付いてなかったが、それもあんたが犯人であることを隠す為に手袋をつけてこの手紙を書き、豊里さん宅の郵便ポストに入れたというわけさ」
 と言っては、花城はにやっとした。
「ちょっと待ってくださいよ! その説明は正におかしいですよ。もし、僕がその手紙を書いたのなら、どうして僕が筆跡を隠さなければならないのですかね? 僕はその手紙にちゃんと『玉城四郎』と署名してるのですから」
 と、玉城はいかにも不満そうに言った。
 すると、花城は、
「だから、それはあんたが考え出した偽装工作なんだよ。
 つまり、この手紙を書いたのは、あんたなんだが、手紙に署名したり、また、筆跡を隠したり、指紋を消したりと、つまり、我々の捜査を攪乱させようとしただけなのさ!」
 と、玉城の主張は話にならないと言わんばかりに言った。
 すると、玉城は、
「馬鹿馬鹿しい。そんないい加減なこじつけは止めてくださいよ。
 それに、僕も刑事さんに言っておかなければならないことがあるのですよ。 
 実は、僕も豊里さんが受け取ったのと同じような手紙を受け取ったのですよ」
 そう玉城に言われ、花城と宮城は呆気に取られたような表情を浮かべた。それは、正に花城と宮城が思ってもみなかったような玉城の言葉であったからだ。
 それで、花城は、
「それ、どういうことなんだ?」
 と、いかにも納得が出来ないように言った。
 すると、玉城は、
「ちょっと待ってくださいね」
 と言っては、部屋の中に入って行き、程なく戻って来たが、そんな玉城の手には、白い封筒が握られていた。
「これを見てくださいよ!」
 そう言っては、その白い封筒を花城に差し出した。その封筒の宛名には、〈玉城四郎様 〉となっていた。
 それで、花城はとにかく、その封筒を手にしては、中に入っていたA4判の紙を眼にしてみた。すると、そこには、このように記されていた。
〈 玉城さんと事件のことで話をしたいので、五月二十日の午後八時半に、S公園に来てください。
    豊里加奈子   〉
 このように記されていて、この文章も定規をあてがったような文字で記されていた。
 それはともかく、この手紙を一読した花城に対して、玉城は、
「正にこの手紙の通りなんですよ!」
 と、顔を赤らめては、興奮しながら言った。
 そう言われても、花城と宮城は、言葉を発することが出来なかった。まだ、事の次第がよく理解出来てなかったからだ。
 だが、やがて、宮城は、
「じゃ、あんたは、五月二十日の午後八時半にS公園に行ったのかい?」
「ええ。そうなんですよ」
 と、玉城は決まり悪そうに言った。
「じゃ、あんたはやっぱり、S公園で豊里さんと会ったということじゃないか」
 と、花城は些か笑みを浮かべては言った。
「違うんですよ! 僕は確かに午後八時半にS公園に行ったのですよ。でも、豊里さはいなかったので、更に後二十分程待ってみたのですが、豊里さんは現われなかったので、僕は帰ったのですよ」
 と、玉城はそれが真相だと言わんばかりに、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。
「そんな馬鹿なことがあるか! 豊里さんは、午後八時にS公園に来るようというあんたの手紙を受け取って、S公園に行ったんだよ!」 
 と、花城は玉城に嘘をつくなと言わんばかりに、声を荒げては言った。
 すると、玉城は、
「分かりましたよ。これは、陰謀なんですよ!」
 と、いかにも開き直ったような表情を浮かべては言った。
「陰謀? それ、どういう意味なんだ?」
 花城は納得が出来ないように言った。
「ですから、豊里さんを殺した犯人が、僕と豊里さんとを同じ位の時間にS公園に呼び出し、そして、僕が豊里さんを殺したと思わせるような偽装工作を行なったということですよ!」
 と、玉城は顔を赤らめ、眼をギラギラと輝かせては言った。そんな玉城は、それが真相に違いないと言わんばかりだった。
 玉城にそう言われると、花城と宮城は表情を曇らせた。玉城が今、言ったことは現実味がありそうであったからだ。
 そんな二人の様を見て、玉城は薄らと笑みを浮かべた。そんな玉城の表情は、これで玉城への疑いを晴らせると言わんばかりであった。
 そして、玉城は更に話を続けた。
「僕の郵便入れに放り込まれていたその手紙の指紋を採ってください! その指紋の持主が、豊里さんを殺した人物に違いありません! 更に、島袋さんを殺した人物なのかもしれません!
 それ故、島袋さんの事件の容疑者になってる人物から指紋を採取し、僕の手紙に付いてる人物の指紋と照合してみてください! そうすれば、犯人が見付かるかもしれません!」
 と、玉城は興奮しながら、声高に言った。
 すると、花城と宮城は決まり悪そうな表情を浮かべた。確かに、玉城が言ったことは、もっともなことであったからだ。
 そう思った花城は、決まり悪そうな表情を浮かべたまま
「本当に、玉城君は豊里さんの事件に関係がないんだな」
 と、念を押した。
「そりゃ、勿論ですよ!」
 玉城は声高らかに、また、晴れがましい表情を浮かべては言った。
 すると、花城と宮城は、渋面顔を浮かべたまま、言葉を詰まらせたが、やがて、宮城が、
「じゃ、玉城君が受け取った手紙に、事件のことで話をしたいと記してあったが、それはどういう意味なんだ?」
 と、眉を顰めては言った。
 すると、玉城は晴れがましい表情を浮かべたまま、
「心当りないですよ。犯人が勝手に考え出した言葉なのではないですかね?」
この時点で、花城と宮城は、一旦玉城宅を後にすることにした。

     2

 玉城宅を後にすると、花城は、
「玉城が言ったことをどう思いますかね?」
 と、宮城の胸の内を訊いた。
「まだ、何とも言えませんね」
 宮城は冴えない表情を浮かべては、力無く言った。
 花城によると、玉城は島袋万理殺しの有力な容疑者だとのことだ。万理が米兵と付き合ってることに腹を立てた玉城が、かっとして万理を殺した可能性があるという。また、玉城は万理が失踪した頃、パチンコをしていたとのことなので、アリバイは曖昧だといえるだろう。
 そんな折に、今度は万理の友人であった豊里加奈子が何者かに絞殺され、そんな加奈子の机の上には、加奈子の死亡推定時刻に、S公園で玉城と会う約束になっていたという手紙が置かれていた。
 また、その頃、玉城も加奈子からS公園に来るようにという手紙を受け取ってたという。
 そして、玉城はこのことは、玉城を加奈子殺しの犯人に仕立てる陰謀だと主張した。
 これが、先程の玉城の捜査結果なのだが、果して、玉城の主張が正しいのかどうか何とも分からなかったのである。
 それで、二人の表情は、甚だ芳しくなかったのだ。


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