第八章 光明差す

     1

 花城と宮城は、島袋万理と豊里加奈子の両事件の有力な容疑者として看做していた玉城四郎から話を聴いたのだが、成果を得ることは出来なかった。
 それで、失意の表情で沖縄署に戻ったのだが、すると、そんな二人に思い掛けない情報がもたらせれることになった。
 その情報をもたらしたのは、花城や宮城と同様、沖縄県警の安仁屋警部であった。安仁屋は、沖縄署で、花城と宮城の帰りを持ち受けていたのだ。
 それで、早速、三人は会議室で安仁屋からの話を聞くことになった。
 安仁屋は、会議室の中に入ると、早速話し始めた。
「島袋万理さんと豊里加奈子さんの事件では、沖縄市でバーテンダーをやっている玉城四郎という若い男性が、容疑者となってるのですね?」
 と、眼を輝かせては言った。
「そうなんですよ。で、今、その玉城から話を聴いたのですが、特に成果を得られなかったのですよ」
 と、花城は冴えない表情で言った。
 すると、安仁屋は眼を大きく見開き、輝かせては、
「実は、玉城四郎は、僕が担当してる事件でも、容疑者となってるのですよ」
 それを聞いて、花城も宮城も、呆気に取られたような表情を浮かべた。何故なら、それは正に思ってもみなかった言葉であったからだ。
 そんな二人を見て、安仁屋は更に眼を大きく開き、興奮しながら話を続けた。
「僕は今、四月十五日に、波の上ビーチで絞殺死体で発見された中華料理店主である赤嶺徳三さんの事件を捜査してるのですが、その事件のことをご存知ですかね?」
「そりゃ、勿論知ってますよ。しかし、その事件でどのような容疑者が浮かんでるのかは、未だ把握してなかったのですよ」
 と、花城は決まり悪そうな表情を浮かべては言った。また、宮城も、
「僕も同じですよ」
 と、決まり悪そうに言った。
 それで、安仁屋はとにかく、赤嶺の事件の概要や、安仁屋たちの凡その捜査概要を話した。
 その安仁屋の話に、黙って耳を傾けていた花城と宮城は、安仁屋の話しが一通り終わっても、すぐには言葉を発そうとはしなかった。何故なら、頭の中を整理出来なかったからだ。
 だが、花城はやがて険しい表情を浮かべては、
「今の安仁屋さんの話を聞いて、事件の概要が見えて来ましたよ」
 と言っては、眼をキラリと光らせた。
「どういう風に見えたのですかね?」
 安仁屋は興味有りげに言った。
 もっとも、安仁屋も事件の概要は見えていたのだが、とにかく花城の意見を聞いてみることにした。
「事の始まりは、玉城が那覇市内のラブホテル内で、万理ちゃんを殺したことにあるのですよ。きっとそうです!」
 花城は力強い口調で言った。
 そんな花城の言葉に、宮城と安仁屋は固唾を呑んで耳を傾けようとした。
「赤嶺さんはラブホテル内に盗撮カメラを仕掛けていたとのことですから、恐らく、その場面、即ち、玉城が万理ちゃんを殺した場面を盗撮カメラによって見てしまったのですよ。
 そして、玉城の車のナンバーから、玉城の連絡先を突き止めると、その盗撮ビデオの映像を玉城に見せたのですよ。そして、万理ちゃん殺しを警察に話されたくなければ、金を払えという具合に玉城をゆすったのですよ。
 それで、玉城は赤嶺さんのゆすりに応じる振りをし、波の上ビーチで赤嶺さんと待ち合わせをしたのですが、玉城は赤嶺さんとの約束を破り、赤嶺さんを殺したのですよ」
 と、花城は力強い口調で言っては、自信有りげに肯いた。
 すると、安仁屋は、
「僕も同感ですよ」
 と言っては、力強く肯いた。
 すると、宮城も、
「僕も同感ですよ」
 と言っては、力強く肯いた。
 これによって、赤嶺の事件と万理の事件は解決したという空気が三人の間に流れたが、宮城が、
「でも、豊里さんの事件はまだ説明がなされていませんが、これに関してはどう思いますかね?」
 と、安仁屋と花城の顔を交互に見やっては言った。
 すると、安仁屋は、
「その犯人も玉城ですよ。玉城は既に二人殺しています。ですから、後一人殺しても同じだというわけですよ」
 と、いかにもそうに違いないと言わんばかりに言った。
 すると、花城は、
「僕も同感ですよ。それに、何故玉城が豊里さんを殺したのか、その動機も分かりましたよ」
 と、些か自信有りげに言った。
「その動機とは、どんなものですかね?」
 宮城は興味有りげに言った。
「つまり、豊里さんは我々には話さなかったものの、島袋さんを殺したのは玉城だということに気付いていたのですよ。ひょっとして、具体的な証拠も持っていたのかもしれません。
 そして、その証拠なんかを元に、玉城をゆすったか、あるいは、自首を勧めたのかもしれません。
 それで、玉城は豊里さんの口を封じなければならなくなり、豊里さんを殺したというわけですよ。
 玉城が受け取ったというあの手紙は、捜査を攪乱する為に、玉城が自らで作ったものですよ。豊里さんに出したのも、無論、玉城に違いありません!」
 と、花城はこれが真相だと言わんばかに、いかにも力強い口調で言った。
 すると、宮城は、
「僕もその推理に賛成です!」
 と、力強い口調で言っては肯いた。
 これによって、花城たちの見解はまとまった。
 即ち、赤嶺の事件、万理の事件、加奈子の事件は一連の事件であり、その犯人は、いずれも玉城四郎だというわけだ。
 また、これだけ状況証拠が揃えば、もう玉城を任意出頭させ、厳しく訊問することが出来るだろう。
 しかし、宮城は、
「でも、今の時点では、確証がないから、いずれの事件でも、殺人容疑では、玉城を逮捕出来ないですね」
 と、決まり悪そうに言った。
 すると、安仁屋と花城の表情は、曇った。確かに宮城の言う通りだったからだ。
 それで、三人の間で、少しの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、安仁屋が、
「とにかく、この三つの事件で、玉城が有力な容疑者になってることは事実です。それ故、玉城を任意出頭させ、訊問をしなければなりませんよ」
 ということになり、翌日の朝早く、三人は玉城宅に向かった。そして、玉城宅に着いたのは、午前八時であった。
 その時間なら、いつもなら、玉城は床についてるだろう。
 だが、今日もそうだとしても、玉城を叩き起こし、任意出頭させるつもりであった。悠長なことをしてれば、玉城は逃亡してしまうかもしれないと、花城たち危惧していたのだ。

     2

 だが、その心配は無用であったみたいだ。ブザーを何度も押すと、程なく眠そうな玉城が玄関扉を開け、姿を見せたからだ。
 玉城は花城の姿を眼にするや否や、
「こんな朝早く、一体何の用があるのですか!」
 と、いかにも不快そうに言った。そんな玉城は、程なく、安仁屋の姿を眼に捕えた。玉城は赤嶺の事件で安仁屋から話を聴かれたので、無論、安仁屋のことは覚えていたのだ。
 そして、安仁屋の顔を見ると、玉城の表情は一気に青褪めたのである。
 そんな玉城の表情の変化を眼にした安仁屋は、にやっとし、
「久し振りだな」
 すると、玉城は青褪めた表情のまま、何も言おうとはしなかった。
 そんな玉城に、安仁屋は、
「赤嶺さんの事件はまだ解決していないんだよ。それ故、玉城さんは赤嶺さんの事件の容疑者のままなんだよ。
 ところが、その玉城さんが、島袋万理さん、豊里加奈子さんの事件の有力な容疑者となってるそうじゃないか! これは、一体どういうことなんだ?」
 そう言った安仁屋の表情には、笑みはなかった。そんな安仁屋は、まるで長年狙っていた獲物を後、一歩の所まで追い詰めたと言わんばかりであった。
 すると、玉城は、
「それは、偶然が重なっただけですよ!」
 と、いかにも不貞腐れたように言った。
「偶然が三回も重なるものか! 三件共、あんたが殺ったんだ!」
 安仁屋は顔を真っ赤にしては、玉城を怒鳴りつけた。この期に及んでも、白を切ろうとしてる玉城を見て、安仁屋の怒りは遂に爆発したのだ。
 そんな安仁屋を見て花城は、
「まあ、まあ」
 と、安仁屋を宥めるように言っては、
「こんな所で長々と話をしていても、埒があかないから、署に来てくださいよ。そして、署で落ち着いて話をしようよ」
 と、穏やかな表情と口調で言った。
「それは無理ですよ。僕はまだ睡眠の最中なんですよ。僕が夜の仕事をしてることを刑事さんは知ってるじゃないですか!」
 と、玉城はいかにも不満そうに言った。
「玉城さんへの疑いが晴れれば、ゆっくりと眠れるさ。その為には、玉城さんは我々警察に対して、疑いを晴らさなければならないんだ!」
 と、花城に言われ、結局、玉城は半ば強制的に沖縄署に連れて行かれた。
 そして、取調室に連れて行かれると、安仁屋たちから赤嶺の事件、万理の事件、加奈子の事件で玉城が最有力容疑者として疑われてるという旨をくどくどと説明され、玉城にそれを認めるように強く迫った。
 だが、玉城は頑なにそれを認めようとはせずに、安仁屋たちの勝手なこじつけだと反論した。
 それで、安仁屋たちは一層強く玉城が犯人であることを認めるようにと玉城に迫った。もっとも、玉城の自白だけでは、玉城を逮捕出来ないことはよく分かっていた。
 それで、三件の事件で玉城しか知り得ない秘密を自白させようと玉城に強く迫ったのである。
 しかし、玉城は一向に安仁屋たちの思うような自供は行なわなかった。
 それで、何度も玉城に対して強い罵声を浴びせたのだが、しかし、玉城は頑なに犯行を否定したのである。
 それで、やむを得ず、玉城を一旦帰宅させることにした。
 状況証拠では、三つの事件とも、玉城が犯人である可能性が高いのだが、しかし、そうだからといって、今の時点では逮捕には至らないのだ。
「悔しいですね」
 何度も玉城に対して罵声を浴びせた安仁屋は、いかにも悔しそうに言った。
「正にそうですね。それ故、三つの事件の中の一件で構わないですから、玉城が殺ったという証拠が欲しいですね」
 と、花城もいかにも悔しそうに言った。
「三つの事件の内、一番証拠が見付かりそうなのは、赤嶺さんの事件だと思うのですがね。
 というのは、我々の推理では、赤嶺さんはラブホテルで玉城が島袋さんを殺した場面を盗撮カメラで眼にしたわけですよ。
 それ故、その映像を元に、玉城をゆすったというわけですよ。
 それ故、その映像を録画したDVDビデオなんかがあれば、これによって、玉城を追い詰めることが出来るのですが、実際にはそういったものは、赤嶺さんの部屋からは見付からなかったというわけですよ」
 と、宮城は悔しそうに言った。
「確かにそうだ」
 と、花城は、宮城に相槌を打つかのように言った。 
 だが、宮城は更に話を続けた。
「で、赤嶺さん宅に玉城が万理ちゃんを殺した場面のDVDがなかったのは、恐らく玉城が赤嶺さんと波の上ビーチで待ち合わせをしていた時に、玉城が赤嶺さんから受け取ったからだというのが、我々の推理だったわけなのですが、しかし、赤嶺さんはそのコピーを持っていなかったのかということですよ」
 と言っては、宮城は眼を光らせた。
 そう宮城に言われ、花城も安仁屋も渋面顔を浮かべた。何故なら、今までそのケースを考えてみたことはなかったからだ。
 それで、安仁屋と花城は、宮城にその旨を話した。
 そんな二人に、宮城は、
「もし僕が赤嶺さんなら、必ずコピーを取っておきますね。玉城が約束を破り、盗撮DVDだけ手に入れ、金を払わないというケースも当然想定出来ますからね」
 と、眼をキラリと光らせては言った。
「でも、赤嶺さん宅にあったDVDビデオやSDカードなんかは、全てチェックしたのですがね。しかし、玉城さんが映ったものは、見付からなかったのですがね」
 と、安仁屋は渋面顔で言った。
「部屋の中を全てチェック出来てないのではないですかね?」
 宮城も渋面顔で言った。
「赤嶺さん宅の間取りは2DKですからね。ですから、部屋の中を調べるのは、そんなに大変ではなかったのですよ。
 その結果、我々が見付けることが出来なかったわけですから、見落としてるという可能性は小さいと思いますね」
 と、安仁屋は些かむっとした表情を浮かべては言った。
 安仁屋がそう言った為に、三人の間で少しの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、宮城が、
「赤嶺さんはひょっとして、銀行で貸金庫を借りていたのではないですかね? そして、その貸金庫の中に隠していたのではないですかね?」
 宮城はそう言ったものの、その宮城の表情は、自信無げであった。何故なら、その可能性は小さいと思ったからだ。
 しかし、その可能性が全くないとも思えなかったので、安仁屋たちはとにかく、那覇市内の銀行を当ってみることにした。
 すると、その結果は、意外なものとなった。何故なら、赤嶺は那覇市内のR銀行で、貸金庫を借りていたからだ。
 それを受けて、安仁屋たちは直ちにR銀行に行き、赤嶺が借りていたというその貸金庫を調べてみた。
 すると、安仁屋たちは忽ち笑みを浮かべてしまった。何故なら、その貸金庫の中には、DVDビデオが一枚だけではあるが、保管されていたからだ。一枚だけだとはいえ、それには玉城の秘密の場面が録画されてるかもしれない。
 因みに、その貸金庫は赤嶺が四ヶ月前に借りたとのことだ。それは、まるで赤嶺の盗撮ビデオを保管する為に借りたかのようであった。
 それはともかく、安仁屋たちは署に戻ると、直ちにのそのDVDビデオを見てみることにした。
 とはいうものの、そのDVDビデオに安仁屋たちが欲してるものが映ってるという保証はなかった。
 それはともかく、署に戻ると早速再生してみたのだが、最初の内はノイズが入っているだけで、何も映っていなかったが、突如、鮮明とまではいわないが、映像が現われた。
 そして、その映像を眼にして、その場に居合わせていた刑事たちの顔は一気に綻びた。何故なら、その映像に映し出されたのは、やはり、玉城四郎であったからだ。鮮明とはいわないが、玉城四郎だと誰が見ても分かる位のものであったのだ。
 それで、安仁屋たちは固唾を呑んでその映像を見入った。
 そして、そのホテル内と思われる室の中に映っていたのは、玉城だけではなく、女性の姿も映っていた。だが、顔はまだを分からなかった。
 それで、引き続き、その映像を注視したのだが、すると、程なくか女性の顔が映し出された。
 すると、花城が、
「島袋万理さんだ! 島袋万理さんだ!」
 と、甲高い声で言った。
 だが、花城はそう言っただけで、すぐに口を閉ざした。何故なら、映像はまだ続いていたからだ。今はその映像を見ることが肝心だったのだ。
 そして、その映像は音声と共に映っていたのだが、音声の方は聞き取れなかった。だが、玉城と万理は、何やら言い争ってるかのようであった。
 また、二人はまだ服を着たままで、ホテルの中に入ったといえども、その本来の行為を始めるような気配は感じられなかった。
 二人がどういったことを言い合ってるのかは、よく分からなかったが、何かを激しく言い争ってるのは間違いなかった。時々映し出される二人の表情が、そう思わせたのである。
 やがて、二人はベッドの縁に腰を下ろし、そして、何だかんだと言い争ってるかのようであった。そして、その時間は五分程続いたのだが、その時、万理がベッドから立ち上がり、出入り口の方に行こうとしたかのようだ。
 すると、その時である!
 玉城は突如、万理の背後から自らの腕を巻き付けたのである。そして、二人はベッドの上に倒れ込んだのである。
 しかし、玉城はその性欲に押され、万理に襲い掛かったのではないようであった。もし、そうなら、玉城は万理の衣服を脱がそうとしたであろう。
 しかし、そのような行為はまるで行なわれず、それどころか、玉城は万理を亡き者にしようとしてるかのようであった。
 やがて、玉城は傍らにあった浴衣の帯紐のようなものを手にしたかと思うと、それを万理の首に巻き付けた。その場面が鮮明とはいえないまでも、盗撮カメラは間違いなく捕えていたのだ。
 そして、玉城は力一杯、帯紐を絞めているかのようであった。そして、その玉城の行為は二十秒程続いたと思われたが、やがて玉城は帯紐を万理の首から離した。
 万理はベッドの上で、ぐったりとして動かなかった。玉城はそんな万理をベッドに膝をついては見下ろしていた。
 そんな玉城は、とても興奮してるかのようであった。玉城が大きく息をついてる様子が盗撮カメラに映し出されていたからだ。
 そんな玉城の様は三十秒程続いたのだが、やがて、玉城は万理の傍らにまで行っては、万理を抱き抱えるようにしては、出入り口の方に行ったみたいであった。
 そして、そこで盗撮カメラの映像は終わっていた。

     3

 この時点で、花城はやっと言葉を発した。
「大変なものを入手出来ましたね」
 花城は興奮を隠しそうとせずに言った。
 花城は刑事になって、何度も殺人事件の捜査に携わって来たが、殺人行為を直に眼にしたことはなかった。だが、今、ビデオの映像ではあるが、初めてそれらしきものを眼にしたのである。
「正にその通りですね」
 安仁屋も興奮しながら言った。そして、
「やはり、我々の推理は正しかったというわけですよ」
 と、力強い口調で言った。
 だが、その安仁屋の表情は、とても険しいものであった。
「正にその通りですね。これによって、玉城を逮捕出来ますよ」
 と、花城も険しい表情を浮かべては言った。
 そうと決まったからには、迅速に行動する必要があるだろう。何故なら、玉城はもう逃れられないと思い、姿を晦ませてしまう恐れがあったからだ。
 とはいうものの、玉城を殺人容疑で逮捕するには、まだしばらく時間が掛かるであろう。
 そして、玉城が勤務してる「熱帯魚」というクラブに向かうことにした。というのも、今の時間なら、玉城は自宅ではなく、勤務先の「熱帯魚」にいる筈だからだ。
 だが、念の為に、「熱帯魚」に電話して、玉城が勤務してるか、確認の電話を入れてみるこにした。
それは、既に夏の気配が感じられる五月の終わりの午後六時頃のことであった。
だが、玉城は今日は出勤してないという返答を受けた。
それを聞いて、安仁屋たちは焦った。というのは、玉城は安仁屋たちの追及から逃れるために逃亡を図ったのではないかと思ったからだ。
それで、安仁屋たちはパトカーのサイレンを鳴らし、玉城宅へと向かった。そして、玉城宅があるマンションの前にパトカーを停めると、三人はパトカーから飛び降り、そして、玉城宅がある三階まで階段で駆け上がった。そして、三階に着いたその時である。
 玉城宅の玄関扉が開き、大きな旅行鞄の鞄を手にした玉城が姿を見せた。
 これには、安仁屋たちはびっくりしてしまった。というのは、まさかこんなに良いタイミングで玉城が現われてくれるなんて、思ってもみなかったからだ。
 玉城はといえば、安仁屋たちの姿を眼に留めると、啞然とした表情を浮かべた。玉城とて、まさかこのような場面で安仁屋たちと出交わすなんて、夢にも思っていなかったからだ。
 そんな玉城の進路を遮るかのように、安仁屋たちは立ちはだかっては、安仁屋が、
「何処に行くのかね?」
 と冷ややかな表情と口調で言った。
「旅行ですよ」
 玉城は不貞腐れたような表情で言った。
「旅行? 何処に旅行に行くのかい?」
 安仁屋は眉を顰めては言った。
「何処だっていいじゃないですか! そのようなことをいちいち警察に話さなければならないのですかね」
 玉城は、再び不貞腐れたような表情を浮かべては言った。
「いや。そういうことはないさ。しかし、我々は玉城さんから話を聴かなければならないんだよ。それで、今から署に来てもらわなければならないのさ」
 と、安仁屋はまるで玉城を威圧するかのように言った。
「別の日にしてもらえないですかね。こちらにも予定がありますからね」
「だから、旅行の予定の方を後にしてもらえないかね。我々の捜査の後にしてもらいたいということだよ」
 と、安仁屋は冷ややかな表情と口調で言った。
「嫌ですよ。僕は急いでるんですよ!」
 玉城はそう言っては、安仁屋の腕を払い除け、また、胸倉を押した。
 それで、安仁屋は思わずよろけたのだが、すぐ体勢を立て直し、玉城の右腕を摑んだ。
 それで、玉城はそんな安仁屋の手を振り払い、
「僕を拘束する権利があるのですか!」
 と、声を荒げて、安仁屋を睨み付けた。
「ああ。あるさ! あんたは、三つの殺人事件の有力な容疑者なんだ! それに、今、我々警察の捜査を妨害したじゃないか! それ故、あんたを公務執行妨害で逮捕するぞ!」
 そう安仁屋に言われると、玉城は青褪め、言葉を詰まらせた。逮捕という言葉に、玉城はびびったようだ。そんな玉城は、いかにすればよいか、戸惑ってるかのようであった。
 だが、そんな玉城に容赦なく、公務執行妨害の現行犯で玉城は逮捕された。
 そんな玉城の両脇を花城と宮城が固めると、安仁屋は、
「じゃ、行こうか」
 と言っては、玉城の肩をポンと叩いた。
 玉城は両脇を花城と宮城に固められながら、強制的にパトカーの後部座席に座らされた。それは、正にあっという間という感じであった。
 沖縄署にまで着く間、玉城は花城から、何処に旅行に行こうとしていたのか、誰と行こうとしていたのか、いつ戻って来ることになってたのかという質問を浴びせられたのだが、玉城の口は貝のように閉じてしまい、玉城は何ら言葉を発そうとはしなかった。
 沖縄署に着き、取調室に連れて来られても、玉城は依然として、何も言おうとはしなかった。
 そんな玉城に、安仁屋は、
「あんたに見てもらいたいものがあるんだよ」
 と言っては、取調室にあるDVDプレーヤーの再生ボタンを押し、件のDVDビデオの再生を始めた。すると、程なく液晶TVに件の場面、即ち、赤嶺が盗撮した玉城の万理殺しの場面の再生が始まった。
 その場面が映し出されると、玉城の表情は一気に強張った。そんな玉城は、一体何故警察がこれを持っていたのか、その理由が皆目分からないと言わんばかりであった。また、玉城が激しく動揺したことを物語っていた。
 だが、程なく玉城は、TVから眼を離そうとした。
 すると、安仁屋が、
「きちんとTVを見てろ!」
 と、玉城を怒鳴り付けた。
 また、花城が玉城の背後に回っては、玉城の顔に手をやり、玉城がTVから顔を背けようとするのを防いだ。
 そして、ビデオの再生は続けられ、やがて、玉城が万理の背後から飛び掛かるようにしては、浴衣の帯紐を万理の首に巻き付けた場面が映し出された。玉城の顔は依然として、真っ赤であり、そんな玉城は、玉城の顔をTVから離そうとしたのだが、そんな玉城の動きを花城が防いだ。
 それで、玉城は眼を瞑ろうとしたのだが、そんな玉城に、安仁屋は、
「眼を瞑るな!」
 と玉城を怒鳴り付けた。
 それで、玉城はTVに眼を向けざるを得なくなってしまった。
 そんな玉城の表情は、甚だ引き攣っていた。これだけの映像を見せ付けられてしまえば、もう誤魔化すことが出来ないと観念したのかもしれない。
 やがて玉城が万理を抱きかかえては、出入り口の方に向かう場面で、このビデオの再生は終わった。
 再生が終わっても、引き攣ったような表情を浮かべては、何ら言葉を発そうとはしない玉城に対して、安仁屋は、
「これは、一体どういうことなんだ?」
 と、玉城を睨め付けた。そんな安仁屋は、玉城にもう誤魔化しても無駄だぞと、玉城を諫めてるかのようであった。
 だが、玉城は引き攣った表情を浮かべては、なかなか言葉を発そうとはしなかった。
 そんな玉城は、いかにして弁明すればよいか、その手段を考えてるかのようであった。

     4

 そんな玉城に、安仁屋は安仁屋たちの推理、即ち、玉城がホテル内で万理を絞殺し、その場面を盗撮カメラによって眼にした赤嶺が、玉城の車のナンバーから玉城のことを調べ出し、万理殺しを警察に話されたくなければ金を払えと言っては玉城をゆすったので、玉城はそんな赤嶺のゆすりに応じた振りをしては、赤嶺と波の上ビーチなんかで待ち合わせ、隙を見ては赤嶺を殺したのではないかという推理を話した。
 また、何故か分からないが、豊里加奈子は玉城が万理を殺したことを知った為に、玉城は加奈子の口を封じなければならなくなり、加奈子をも殺したのではないかという推理も話すした。
 そう安仁屋に言われても、玉城は何ら答えようとはしなかった。そんな玉城は、どうやら黙秘を貫こうとしてるかのようであった。
 そんな玉城のことを頭に来たのか、安仁屋は、
「このビデオが、あんたが、島袋万理さんを殺したということを証明してるじゃないか!」
 と言っては、玉城を怒鳴り付け、玉城の前にあるテーブルを拳で思い切り叩きつけた。
 その安仁屋の迫力に、玉城は怯んだのか、身体を小刻みに震わせた。 
 だが、そうだからといって、言葉を発しようとはしなかった。
 すると、安仁屋は、
「このビデオにより、あんたを島袋万理さんへの殺人容疑で逮捕することは十分に可能なんだよ。万理さんの死因は紐のようなもので首を絞められたことによる窒息死であり、また、あんたは万理さんを浴衣の帯紐で絞めてるからな。
 あんたは万理さんが死んだことを確認すると、万理さんを抱き抱えては、ホテルの駐車場に停めてあったあんたの車に運んで行き、万座毛にまで行っては、海に遺棄したんだ。
 いくらあんたが否定しても、このビデオがあれば、あんたの言い分は通用しないよ。
 で、あんたはこのビデオを赤嶺さんを殺した時に奪ったのだと思っていただろうか、赤嶺さんはちゃんとコピーを持っていて、それを我々は手にしたというわけさ。 
 で、そのコピーが何処にあったかというと、銀行の貸金庫さ」
 と言っては、不敵な笑みを浮かべた。
 すると、玉城は安仁屋の方を見やっては、やっと言葉を発した。
「もし、このビデオに映ってる人物が僕だったら、僕が島袋さんを殺したという証拠になるのですかね?」
 と、まるで安仁屋に挑むかのように言った。
「そりゃ、なるさ。さっきも言ったように、島袋さんの死は絞殺であり、あんたは帯紐で万理さんの首を絞めてるからな」
 と、安仁屋は険しい表情で言った。
 すると、玉城は、
「そのビデオはいつ撮られたか、分かってるのですかね?」
 と、再び安仁屋に挑むかのように言った。 
 すると、安仁屋の言葉は詰まった。何故なら、それは安仁屋の思ってもみなかった言葉であり、また、赤嶺の盗撮映像は日付が設定されてなかったことを安仁屋たちは既に確認していたからだ。
 玉城はそんな安仁屋を見て、にやっとした。そして、
「もし、その時、島袋さんが死んでなかったとすれば、どうするんですかね? 確かに僕は島袋さんの首を帯紐で絞めたのですが、その時に島袋さんは死んだのではありません。ただ、ぐったりしただけなんですよ。
 それで、僕は島袋さんを抱き抱えて僕の車に乗せては、ホテルを後にし、島袋さんと那覇市内で別れたと言えば、どうするのですかね?」
 そう言い終えた玉城は、とても自信有りげであった。そんな玉城は、正に巧みな言い訳を思いついたと言わんばかりであった。
 すると、今まで口を閉ざしていた花城が、
「そんな言い訳が通用すると思ってるのか!」
 と、玉城を怒鳴り付けた。
「言い訳じゃないですよ! これが、真相なんですよ!」
 と、玉城は厳しい表情で、花城に言い返した。
「だったら、何故最初からそう言わなかったんだ?」
 花城は強い口調で玉城に言い返した。もっとも、花城は玉城の言い分を信じはしなかったが。
「ですから、そう言っても、信じてもらえないと思ったからですよ。どうせ、今のように、僕の言い分を嘘だと言って、怒鳴り付けるだけでしょうから」
 玉城は花城から眼を逸らせたは、不貞腐れたように言った。
 すると、宮城は、
「じゃ、那覇市内の何というホテルで、島袋さんの首を絞めたんだ?」
「『白馬』というホテルですよ」
「じゃ、何故島袋さんの首を絞めたんだ?」
「だから、喧嘩ですよ。些細なことで喧嘩をしてしまったのですよ。それで、思わずかっとしてしまい、首を絞めてしまったのですよ。
 しかし、あまり力を入れると、死んでしまうといけないので、僕はすぐに首を絞めるのを止めたのですよ。
 で、首を絞めるのを止めた時は、島袋さんは無論、生きていました。ただ、ぐったりとしただけですよ」
 と、玉城は正にそれが真相だと言わんばかりに、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。
「じゃ、那覇市内の何処で島袋さんと別れたんだ?」
 と、宮城。
「県庁前ですよ。県庁前の通りで、島袋さんを車から下ろしました。そして、その後、島袋さんがどうしたかは、僕は分からないのですよ。
 それに、どうして島袋さんが万座毛の海で絞殺死体で発見されたのか、僕は皆目分からないのですよ。
 ただ、僕が思うのは、島袋さんは自殺したのかもしれないということですよ。今まで僕に首を絞められたということがなかった為に、そのショックで万座毛にまで行っては、身を投げたのかもしれないということですよ。それが真相かもしれないですね。
 それなのに、何故絞殺なんですかね? きちんと司法解剖が行なわれたのですかね?」
 と、玉城は些か納得が出来ないように言った。
「きちんと司法解剖が行なわれたんだよ。そして、その結果、首を絞められたことによる窒息死だと断定されたんだ。つまり、殺されてから、海に遺棄されたのさ」
 と、宮城は強い口調で言った。
 すると、玉城は、
「僕はその解剖結果は信じられませんね。首に紐のようなもので絞められた痕があった為に、そう決め付けただけではないのですかね」
 そう玉城が強い口調で言うと、安仁屋たちの言葉が詰まった。安仁屋たちが万理の遺体を鑑定したわけではないので、反論し辛かったのだ。
 だが、安仁屋は、
「とにかく、司法解剖の結果、そのように確定したんだ。だから、あんたが島袋さんを殺したんだ! 県庁前で別れたなんて、嘘に決まってるさ! もういい加減に、嘘をつくのは止めろ!」
 と、玉城を睨め付けては、玉城を非難した。
 すると、玉城は、
「嘘じゃないです! これが、事の真相なんです! 警察はもっと有力な証拠を見付けては、僕を訊問してくださいよ! そうしないと、僕は冤罪に巻き込まれてしまいます!」
 と、安仁屋たちの捜査は杜撰だと、安仁屋たち警察を非難した。そして、
「今の状況では、僕を万理ちゃん殺しで逮捕出来ません。また、万理ちゃんの首を絞めた場面が映っていたといっても、あれは僕たちの悪ふざけだといえば、どうするんですかね? 
 それに、僕が豊里さんを殺したというのも、滅茶苦茶な推理ですよ。僕は妙な手紙で呼び出され、S公園に行っただけなんですよ。しかし、豊里さんはいなかったのですよ。また、豊里さんも妙な手紙を受け取ったようですが、僕はそんな手紙を出してはいませんからね。つまり、自作自演なんかを行なってはいないということなんですよ」
 と、玉城は正に濡れ衣を晴らそうと言わんばかりに、力強い口調で言った。
「じゃ、赤嶺さんの事件はどう説明するんだ? あんたは、赤嶺さんにゆすられていたんだろ?」
 と、安仁屋は玉城を睨め付けた。
 すると、玉城は、
「いいえ。僕は赤嶺という人は無論、誰にもゆすられてはいませんよ。もっとも、これからゆすろうとしていたのかもしれませんよ。でも、そのゆすりが行なわれる前に、赤嶺さんは何者かに殺されてしまったのですよ」
 と、玉城はそれが事実だと言わんばかりに言った。

     5

 玉城の身柄を拘束したものの、赤嶺徳三、豊里加奈子に対する事件で玉城を逮捕出来るかというと、それは無理であった。この二人も、玉城によって殺された可能性が高いと看做していたのだが、何しろ証拠がないのだ。
 更に、万理殺しに関しても、玉城が犯人だと、断定は出来ないというものだ。何しろ、玉城が言ったように、あのビデオの映像の最中に万理が死んだという確証はないからだ。
 そんな状況なので、花城は、
「困りましたね」 
 と、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべては言った。
「正にその通りですよ」
 と、安仁屋も苦虫を噛み潰したような表情を浮かべては言った。
「正に、悔しいですね」
 宮城も苦虫を噛み潰したような表情を浮かべては言った。
 そして、三人の中で、しばらくの間、沈黙の時間が流れたが、そんな三人の前に、若手の水木刑事が姿を見せた。
 玉城や加奈子が受け受け取った妙な手紙には、その手紙を投函した者の指紋が付いてるのではないかという玉城の主張に基づいて、その手紙に付いていた指紋を採取してみたところ、玉城が受け取った手紙に、玉城と加奈子以外の者の指紋が付いていたことが分かった。それで、密かに採取してあった加奈子の知人たちの指紋と照合してみた結果、ある人物の指紋が付いていたことが明らかになったのだ。そして、その事実を水木刑事は知らせに来たのである。
 それで、宮城は、
「誰なんだ、その人物は?」 
 眼を輝かせては言った。
「それは、糸数豊子という女性です」
 水木刑事も、眼を輝かせては言った。
「糸数豊子? それ、どんな女性だったかな?」
 宮城はその名前に記憶がなかったので、首を傾げては言った。
「警部は知らないと思います。何故なら、警部が聞き込みを行なった女性ではないですからね。
 で、どんな女性なのかというと、豊里加奈子さんの高校時代の同級生だった女性なんですよ。
 といっても、加奈子さんとは特に親しくはなかったみたいですね。加奈子さんのアドレス帳には糸数さんの名前は記してなかったし、また、年賀状のやりとりもしてなかったみたいですからね」
 と、水木刑事は早口で捲くし立てた。
 すると、宮城が、
「じゃ、水木君はどうして糸数さんに聞き込みを行なったんだい?」
 と、好奇心を露にしては言った。
「それがですね。加奈子さんの友人だった者に聞き込みを行って行く内に、糸数さんに行き着いたのですよ。
 で、何故行き着いたのかというと、糸数さんが豊里さんのことを非常に嫌っていたという情報を入手したからですよ」
 と、水木刑事は些か興奮しながら言った。
「どうして、糸数さんは豊里さんを非常に嫌っていたのかな?」
 宮城は再び好奇心を露にしては言った。
「高校時代から性格が合わなかったことから、仲は良くなかったみたいですね。
 でも、そうだからといって、嫌っていたということもなかったようです。
 で、糸数さんが豊里さんのことを非常に嫌うようになったというのは、二人が高校を卒業してからのことだそうです。
 で、何故嫌うようになったのかというと、糸数さんは高校時代の同級生であった又吉正吉という男性と付き合っていたそうですが、その又吉さんと豊里さんが付き合うようになったからだそうです。糸数さんより豊里さんの方が綺麗であったことから、又吉さんの心が豊里さんの方に靡いたのではないかと、僕にその情報を提供した女性は言っていましたね。
 それで、糸数さんは糸数さんの親しい友人たちに、加奈子さんのことを、
『あの泥棒女め!』とか、『加奈子は地獄に堕ちろ!』とか言ったそうです。
 それで、僕は糸数さんから話を聴いたのですが、糸数さんは自らは無論、豊里さんを殺してはいないし、また、犯人にも心当りないと言いましたね。そして、その時に、僕は密かに指紋を採ったのですよ」
 と言っては、水木刑事は小さく肯いた。
 すると、宮城は、
「よくやった! で、豊里さんの死亡推定時刻のアリバイは確認したのかい?」
「無論、やりました。でも、その時は家にいたですよ」
「家にいたか……。そりゃ、アリバイがないに等しいな。
 しかし、糸数さんは何故自らの指紋が付いた手紙を投函したのかな?」
 と言っては、宮城は首を傾げた。それは、正に間抜けな犯罪者と言わざるを得ないからだ。
 それはともかく、この思わぬ証拠によって、豊里加奈子の事件で、玉城四郎に代わって、糸数豊子という女性が、浮かび上がった。この糸数豊子という女性にからは、早急に話を聴かなければならないだろう。
 また、そうだからといって、まだ玉城への疑いが晴れたわけではない。万理の事件赤嶺の事件と共に、加奈子の事件でも、玉城は依然として有力な容疑者なのだ。

       6

 豊里加奈子の事件では、新たな容疑者が浮かび上がったものの、まだ事件が解決したわけではなかった。
 それで、捜査会議が開かれ、その結果、以前のように赤嶺の事件は安仁屋が、万理の事件は花城が、加奈子の事件は宮城がという具合に、分担して捜査を行なうことになった。
 とはいうものの、赤嶺の事件に関しては、捜査が進展しそうもなかった。以前とは違って、玉城四郎という有力な容疑者が浮かび上がってるものの、玉城を追い詰めることの出来る証拠は無いに等しいのだ。赤嶺の盗撮映像では、万理殺しは追い詰められるだろうが、赤嶺殺しでは、そうもいかないというわけだ。
 そうかといって、匙を投げるわけにはいかないので、もう一度、赤嶺と親しかったという具志堅から話を聞いてみることにした。
 安仁屋は具志堅に、赤嶺の事件がまだ解決していないことを改めて話し、そして、玉城四郎という人物が有力な容疑者になってるということを説明した。
 そんな安仁屋の話に、具志堅は言葉を挟まずにじっと耳を傾けていたが、安仁屋の話が一通り終わると、
「僕もその玉城四郎という人物が犯人だと思いますね。早く玉城を逮捕したらどうですかね」
「我々もそうしたいのですがね。しかし、確証がないのでね」
「赤嶺さんの死亡推定時刻は明らかになったのですよね?」
「そうです」
「その時の玉城のアリバイはどうなんですかね?」
「パチンコをやってたですよ」
「パチンコですか……。で、玉城以外に容疑者はいないのですかね?」
 具志堅にそう言われたので、安仁屋は新垣三郎と下地弘幸のことを話した。そして、この二人も赤嶺からゆすられていた為に、赤嶺を殺す動機はあると説明した。
 しかし、
「新垣さんはシロである可能性が高く、また、下地さんは今後も捜査対象にしますが、玉城さんよりは可能性は小さいと思っていますね」
「何故そう思うのですかね?」
 具志堅は興味有りげに言った。
「新垣さんはあっさりと赤嶺さんからゆすられていたことを認め、また、我々の捜査に協力的でしたからね。また、アリバイも十分にあるのですよ。
 また、下地さんはなかなか赤嶺さんからゆすられていたことを認めませんでしたが、結局認めました。
 しかし、玉城は依然として、赤嶺さんからゆすられていたことを認めないのですよ」
 と言っては、安仁屋は更に下地の件に関しては、歯科医の仲村明子との件に関しても説明した。その安仁屋の説明振りは、部外者にこれだけの事を話してよいものかと思わせる位であった。
 具志堅はそんな安仁屋の話にじっと耳を傾けていたが、安仁屋の話が一通り終わると、
「下地さんは赤嶺さんからゆすられていたことを認めたのですよね?」
「そうです。百万払って、片を付けたと言ってましたね」
「だったら、何故もっと早い段階でそう言わなかったのですかね?」
「ですから、奥さんに浮気してることを知られたくなかったからだとのことです。何しろ、下地さんは養子で、下地さんとこは、かかあ天下だそうですからね。
 即ち、下地さんが浮気のことを認めれば、僕の口から浮気のことが下地さんの奥さんに伝わるのではないかと、下地さんは恐れたみたいですよ」
 と、安仁屋は冴えない表情で言った。
 というのも、改めて、その下地の主張を話してみると、その主張はもっともなことに思えてしまったのだ。
 そう安仁屋に言われると、具志堅は、
「成程」
 と、些かな納得したように言ったが、
「では、その下地さんとは、どんな顔をしてますかね?」
 そう言った具志堅は、何か特別の意図があったのではなかった。何となくそう訊いてしまっただけのことだ。
 そう具志堅に言われると、安仁屋は下地の写真を具志堅に見せた。
 具志堅はその下地の写真をさっと一瞥したのだが、すると、具志堅は眼を大きく見開き、いかにも興味有りげな表情を浮かべた。
 そんな具志堅を見て、安仁屋は、
「どうかしましたかね?」
 と、眉を顰めては言った。
 すると、具志堅は、
「僕はこの顔を見たことがあるのですよ」
 と、甲高い声で言った。
「見たことがある? 何処で見たことがあるのですかね?」
 具志堅の言葉が意外だったので、安仁屋は思わず眼を大きく見開き、好奇心を露にしては言った。
「その男は、赤嶺さんの店に来ていたのですよ。僕は毎日といっていい位、赤嶺さんの店で食事をしていたのですが、僕は少なくても、その男を三回程見たことがありますね」
 その具志堅の言葉は、安仁屋を驚かせた。その具志堅の言葉は、予想だにしてなかった言葉であったからだ。
 それで、安仁屋は思わず言葉を詰まらせてしまった。その具志堅の言葉が、どのようなことを意味してるか、よく分からなかったからだ。
 すると、そんな安仁屋に具志堅は、
「その下地という男性は、赤嶺さんからゆすられていたのですよね?」
「そうです」
「それなのに、何故赤嶺さんの店に来ていたのでしょうかね?」
 具志堅は怪訝そうな表情で言った。
 そう具志堅に言われ、赤嶺は再び言葉を詰まらせた。何故なら、その具志堅の疑問に何と答えればよいか、分からなかったからだ。
 だが、やがて、
「具志堅さんが赤嶺さんの店で、下地さんを見たのは、いつ頃のことですかね?」
「確か、一年位前のことですかね」
「一年位前ですか……」
 安仁屋は呟くように言った。
 というのは、下地が赤嶺からゆすられていたのは、三ヶ月程前のことだ。だが一年前となると、その頃はまだ、下地は赤嶺からゆすられていなかった筈だ。
 それで、それを安仁屋は言及してみた。
 すると、具志堅は、
「成程」
 と言っては、小さく肯いた。
 安仁屋はといえば、この時、とても真剣な表情を浮かべた。というのは、このことはとても重要なことだと思ったからだ。
 というのは、赤嶺は素顔を下地に見られずに金をせしめたに違いない。ゆすり屋が素顔を見せるということは、常識的に見て、有り得ないからだ。しかし、そんな赤嶺のことを下地が密かに何処かで眼にしたとしたら……。そして、下地をゆすった相手が、「飛龍軒」の赤嶺であるということを知ったら……。
 下地は赤嶺の店を度々訪れていたとのことだ。となると、下地は赤嶺のことを知っていたということになるのだ。 
となると……。
 そう思うと、安仁屋の眼が鋭く光った。何故なら、下地は、下地をゆすった相手のことが分かれば、下地としても復讐してやろうという思いが生じてもおかしくはないからだ。
 赤嶺の行為、即ち、盗撮という行為が違法であることは明らかだ。それで、下地は逆に、盗撮のことを警察に話されたくなければ、金を払えという具合に、逆に赤嶺のことをゆすったのかもしれない。
そして、その結果、二人の間でトラブルが発生し、下地が赤嶺を殺したという可能性は十分に有り得るだろう。
 そういった思いが、今、安仁屋の脳裏に浮かんで来たのである。
 それで、安仁屋は些か興奮してしまい、厳しい表情を浮かべては、言葉を発そうとはしなかった。
 それで、具志堅は、
「どうかしたのですかね?」
 と、安仁屋を見やっては、怪訝そうな表情を浮かべた。
 それで、安仁屋はとにかく、その推理、即ち、下地が赤嶺を殺したのではないかという推理を具志堅に話した。
 そんな安仁屋の話に具志堅は黙って耳を傾けていたが、安仁屋の話が一通り終わると、
「何だか、話しがややこしくなって来ましたね」
 と、困惑したような表情を浮かべては言った。そして、
「でも、その可能性も十分にあると思いますよ」 
 と、付け加えた。
「要するに、具志堅さんは、赤嶺さんを殺したのが、玉城か下地のどちらかなのか、判断がつかないというわけですね?」
「まあ、そんな具合ですかね」 
 と、具志堅は些か顔を赤らめては、決まり悪そうに言った。
 だが、安仁屋の表情も、具志堅のものと同じよなものであった。何故なら、赤嶺を殺したのは、玉城か下地のどちらかだとは思っていたのだが、では、そのどちらなのかとなると、よく分からなかったからだ。
 それで、二人の間に少しの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、具志堅は、
「安仁屋さんは、下地さんが赤嶺さんをゆすった可能性があると言われましたね?」
「そりゃ、あると思いますよ。下地さんは、下地さんの行為を盗撮し、下地さんをゆすったのが赤嶺さんだと知っていた可能性がありますからね。
 となると、赤嶺さんに盗撮され、また、ゆすられた復讐として、盗撮を警察に話されたくなければ、金を払えという具合に、赤嶺さんをゆすったかもしれないというわけですよ。下地さんという人は、何となく陰気そうな人物でしたから、その可能性はあると思いますね」
 と、安仁屋は厳しい表情で言っては、小さく肯いた。
 すると、具志堅は、
「では、赤嶺さんは下地さんからゆすられていたという証拠なんかを持っていたんですかね?」
 すると、安仁屋は些か顔を赤らめた。その点に関しては、まだ何ら捜査は行っていなかったからだ。 
 それで、些か顔を赤らめては、
「その点は、まだ捜査してないのですよ」 
 と、決まり悪そう言った。
 すると、具志堅は、
「赤嶺さんは慎重な性格でしたからね。だから、もし下地さんからゆすられていたのなら、その証拠を遺していたかもしれないですよ。何しろ、玉城という男を盗撮した証拠のDVDを銀行の貸金庫に預けていたのですよね?」
「そうです」
「だったら、その可能性はあると思いますね」
 そこで、もう一度、赤嶺の部屋が調べられることになった。というのも、安仁屋は赤嶺の部屋にはデジタル電話機があったのだが、その電話機に録音されてる内容に関しては、まだ調べたことがなかったからだ。
 そこで、早速、赤嶺の部屋にあったデジタル電話機を調べてみたのだが、すると、安仁屋たちは程なく喜びの声を上げることになった。というのは、その電話機には、具志堅が言った通りのものが録音されていたからだ。
 即ち、やはり下地は、赤嶺をゆすっていたのだ! 盗撮されたことを警察に話されたくなければ、口止め料を払えという具合に。
 もっとも、その電話機に録音されていた声は、ハンカチなんかに口をあてていたかのように、くぐもっていた。しかし、下地の声を何度も耳にしている安仁屋は、その声が下地の声だと確信した。これを受けて、下地が赤嶺殺しの犯人である可能性が高まった。
 しかし、下地を今の時点では逮捕は出来ないだろう。この録音で下地が赤嶺をゆすったことを認めても、赤嶺を殺してはいないと言えば、それ以上、下地を追い詰めることは出来ないというものだ。
 それで、安仁屋は正に悔しさで胸が一杯だったのだが、事件は思わぬ展開を見せることになった。というのは、玉城が赤嶺を殺した人物を知っていると言い出したからだ。



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