第九章 意外な証言

     1

 玉城は花城たちに何度も罵声を浴びせられ、遂に音を上げたのか、花城たちが夢にも思ってないような言葉を発したのである。
 玉城はその時、まるで、蚊の鳴くような声で、
「赤嶺さんを殺した人物を僕は知ってるのですよ」
 花城たちから訊問を受けていたその殺風景な取調室の中で、玉城はそう言ったのである。
 その玉城の言葉を耳にして、花城たちは少しの間、言葉を失った。何故なら、その玉城の言葉が、正に花城たちが夢にも思ってなかったような言葉であったかたからだ。
 だが、花城はすぐに平静を取り戻し、
「それはどういうことなんだ?」
 と、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。
「ですから、僕は赤嶺さんが首を絞められ、赤嶺さんが殺された場面を眼にしたのですよ」
 と、玉城は再び蚊の鳴くような声で言った。
「眼にした? 何処で眼にしたんだ?」
「ですから波の上ビーチですよ」
 玉城は呟くように言った。
 そう言われても、花城は事の成り行きを推測することが出来なかったので、その詳細を確認する必要があった。
 それで、更に質問を続けた。
「波の上ビーチ? どうしてあんたは、波の上ビーチに行ったんだい?」
 花城は好奇心を露にしては言った。
「ですから、刑事さんが言ったように、赤嶺は僕をゆすったのですよ。あの僕が万理ちゃんの首を絞めてる場面が映った盗撮映像を警察に渡されたくなければ、金を払えという具合にね。
 もっとも、僕は万理ちゃんを殺したわけではないですよ。しかし、今、僕が万理ちゃんを殺したのではないかと疑われてるように、あの映像を見れば、僕が万理ちゃんを殺したのではないかと、警察に疑われるのは、請け合いです。 
 それで、僕はとにかく金を払って、赤嶺の要求に応じることにしました。それが、赤嶺が死んだ日、つまり、四月十四日の午後八時頃のことだったのですよ」
 と、玉城は虚な表情ではあるが、はっきりとした口調で言った。
「じゃ、あんたは赤嶺さんと会ったのかい?」
 花城は興味有りげに言った。
「会いました。約束通り、波の上ビーチで午後八時頃にね。
 赤嶺は盗撮ビデオを見て、僕の顔を知っていたでしょうが、僕は赤嶺のことを知りませんでした。それで、赤嶺は自らの服装とか身体付き、更に色の付いたサングラスを掛けていると僕に言い、その通りの男と僕は波の上ビーチで会いました。
 そして、その時は、波の上ビーチには、僕と赤嶺以外には、誰もいませんでした。
 赤嶺は僕に近付いて来ると、
『金を持って来たか?』
 それで、僕は約束の百万を赤嶺に見せました。
 すると、赤嶺は携帯していたバッグからSDカードを取り出しては、
『これが、あんたが映ってるSDカードだ』
『間違いないだろうな?』
『ああ。間違いないさ。証拠を見せてやるからな』
 と言っては、赤嶺はバッグからデジカメを取り出し、そのSDカードをデジカメに差し込むと、早速再生を始めた。それによって、僕は確かにそのSDカードには僕の問題の映像が映っていたことを確認しました。
 それで、僕は仕方なく百万を赤嶺に渡しました。
 それで、赤嶺はそのSDカードを僕に渡したのです。
 そして、これによって、僕たちは別れたのですが、僕はこの時、無性に悔しくなり、僕に背中を見せていた赤嶺に衝動的に飛び掛かり、僕のズボンのベルトで赤嶺の首を絞めたのですよ。
 すると、赤嶺は苦しそうに呻きました。そして、手足をばたばたさせたのですが、このまま力を入れ続ければ、赤嶺は死んでしまうと僕は思い、僕のズボンのベルトを赤嶺から離し、その場から去ったというわけですよ。
 僕にとって怖かったのは、そのSDカードでしたから、それさえ取り戻せば、赤嶺に対して多少手荒なことをしても、僕は大丈夫だと読んでいたのですよ 
 でも、赤嶺は僕との約束を破り、コピーを持っていたのですよ。あれほど、絶対にコピーは持ってないと言ったのに……」
 と、玉城はいかにも悔しそうに言った。
 そして、更に話を続けた。
「そして、僕は赤嶺の許から走り去ろうとしたのですが、少ししてから、僕は赤嶺のことが少し気になったので、そっと赤嶺の方に振り返ったのですよ。
 すると、その時、僕は信じられない光景を眼にしてしまったのですよ!」
 と、玉城は興奮の為か、声を上擦らせては言った。
「どんな光景を見たというんだ?」
 花城は好奇心を露にしては言った。
「僕が今まで見たことのない男が、赤嶺の首を絞めてる場面をですよ!」
 玉城は再び声を上擦らせては言った。
 その玉城の言葉を受けて、花城たちの表情は歪んだ。何故なら、またしても、玉城の巧みな言い逃れではないかと思ったからだ。
 玉城は島袋万理の件でも、赤嶺の盗撮した映像に関して、単に首を絞めただけで、万理がぐったりしただけだと言った。しかし、それは巧みな言い逃れだと花城たちは看做していたのだ。そして、今回もそれと同じだという具合だ。
 とはいうものの、念の為に、その玉城の話を聞いてみることにした。
「僕はその様を眼にして、その男も僕と同じく、赤嶺に盗撮され、ゆすられていたのではないかと思いました。また、何故その男が、今、波の上ビーチにいるのかは分かりませんでしたが、赤嶺を見て、赤嶺からゆすられた腹立ちを晴らそうとし、首を絞めたのではないかと思いました。つまり、僕と同じだということです。
 で、その日は満月だったということもあり、僕はその光景をはっきりと今でも覚えていますよ」
 と、玉城はいかにも真剣な表情で、また、花城たちに今の話は事実で、嘘偽りではないと訴えているかのようであった。また、そんな玉城は、赤嶺殺しは、玉城ではないと訴えてるようであった。
 玉城にそう言われ、花城は、
「じゃ、その男の年齢とか身体付きなんかを説明してくれるかな」
「年齢は五十位で、身体付きは普通だと思いました。もっとも、僕はその男が屈み込んで赤嶺の首を絞めてる場面しか見てないから、はっきりとしたことは分かりませんが。
 でも、髪の毛が薄く、黒縁の眼鏡を掛けた神経質そうな男であったという印象を受けましたね。 
 また、服装は、白っぽいシャツと、黒のズボンでしたね」
 と、玉城はその時に思いを巡らすかのように言った。
 玉城にそう言われると、安仁屋は自ずからある男のことが思い浮かんで来た。
 その男は、下地弘幸であった。下地弘幸の特徴が今、玉城が言った男の特徴ととても似てるのだ。
 また、玉城と下地とは、面識がないだろう。
 それ故、玉城が故意に下地の特徴を話してはいないだろう。
 それで、安仁屋はとにかく、下地と新垣、更に別の人物の八人程の写真を混ぜて、それらの人物の写真を玉城に見てもらった。そして、
「この中で、あんたが見たという赤嶺さんの首を絞めたという男に似てる男はいるかね?」
 すると、玉城はいかにも真剣な表情を浮かべては、それらの写真に眼をやっていたが、やがて、一枚の写真を手にしては、
「この人物に似てるような気がしますね」 
 と言っては眉を顰めた。
「その人物に間違いないかな」
 安仁屋は念を押した。
「間違いないとは言いませんよ。何しろ、夜でしたし、また、僕との距離も二十メートルはあったでしょうからね。でも、僕の知らない人物であったことには間違いありません。
 で、その写真の人物がその人物に似てると言う印象を持ったというだけで、絶対にそうだと断言はしませんよ」
 と、渋面顔で言った。
 しかし、その玉城の表情とは裏腹、安仁屋の表情には幾分か笑みが浮かんでいた。何故なら、玉城が選び出した写真は、下地のものであったからだ。
  そして、この時点で、玉城への訊問は一旦、中断されることになった。

     2

 玉城の証言を受けて、早速捜査会議が行なわれることになった。
 玉城の証言が正しければ、赤嶺を殺した犯人は、下地弘幸ということになる。玉城と下地との間に面識が無いことは間違いないだろうし、また、玉城は赤嶺の事件で下地が容疑者として浮かび上がってることすら知らないのだ。それ故、玉城が下地を犯人と思わすような偽証を行なう可能性は、極めて小さいと言えるだろう。
 となると、赤嶺殺しの犯人は、下地弘行ということになる。
 それで、下地から話を聴いたことのある畑野刑事は、
「僕は最初から、あの下地弘幸という男は、怪しいと思っていましたよ。赤嶺さんからゆすられていたことを頑なに認めようとしなかったし、また、あの人相風体を見れば、一癖も二癖もありそうな感じでしたからね」
 と言っては、眉を顰めた。
「僕もそう思うよ。つまり、下地という男は、胡散臭い男だというわけさ。
 で、何故玉城が赤嶺さんの首を絞めた頃、下地がその場にいたのかは分からないが、下地は下地を盗撮し、ゆすった男が、『飛龍軒』店主であるということを知っていた筈だ。具志堅さんがそう証言してるからな。
 それで、赤嶺さんからゆすられた腹癒せとして、『飛龍軒』の近くに来ていたのかもしれない。すると、その時、偶然に赤嶺さんと玉城のトラブルを眼にしたのかもしれないな。
 そして、玉城の犯行の仕上げを行なったのかもしれないな」
 と、安仁屋は険しい表情で言っては、更に話を続けた。
「つまり、下地は玉城が赤嶺さんの首を絞める場面を物陰なんかに隠れて、そっと眼にしてたんだよ。
 そして、玉城が赤嶺さんの許から去って行っても、その場から動かず、赤嶺さんの様子をじっと見ていたんじゃないのかな。
 すると、赤嶺さんは蹲り、動かなかったのでないのかな。
 それで、下地は今がチャンスとばかりに、赤嶺さんの首を絞めたのではないのかな。そして、赤嶺さん殺しの罪を玉城に擦り付けようとしたのだよ。玉城が赤嶺さんの首を絞めたことは事実なんだから、赤嶺さんが死んだのは、玉城の所為に思わすことは可能だし、また、世間にもそう思わすことが可能だと、下地は読んだのではないのかな。
 だが、まさか、そんな下地の行為を玉城が密かに見ていたなんて、下地は夢にも思わなかったのだろう。
で、赤嶺さんの死体は、波が海に運んで行ったのだろう」 
 と安仁屋は力強い口調で言った。そんな安仁屋は、正に真相はそう言違いないと言わんばかりであった。
 すると、畑野刑事は、
「僕もその警部の推理に賛成です!」
 と、甲高い声で言った。
 そう畑野刑事が言うと、安仁屋は改めて肯いたが、そんな安仁屋の表情は、すぐに曇った。何故なら、その推理を証明出来る証拠はないからだ。
 もっとも、玉城の証言はある。しかし、そんな証言は出鱈目だと下地に言われてしまえば、それ以上強く出ることは出来ないというものだ。
 それで、安仁屋と畑野刑事は表情を曇らせたまま、しばらくの間、言葉を発そうとはしなかったが、やがて、安仁屋は、
「こうなったら、下地さん宅の家宅捜索を行なってみよう。仮に玉城の証言が出鱈目であったとしても、元々、下地は赤嶺さん殺しの有力な容疑者だったんだ。それ故、令状は出るだろう」
 ということになり、今度は、下地宅の家宅捜索が行なわれることになった。
 下地は家宅捜索に対して、強い抵抗を見せたが、令状がある為に、どうにもならなかった。

     3
 
 下地宅を家宅捜査したものの、結果は思わしくなかった。下地が赤嶺を殺したと思わせるようなものは、特に見付からなかったのだ。
 それは最初から予想はされていたが、しかし、成果を得られなかったことに関しては、下地から強い抗議が改めて行なわれるのは、必至の状況であった。
しかし、やがて、下地宅の家宅捜索が成功であったという結果を得ることになった。 というのは、下地宅から押収したデジカメの一つが、何と赤嶺のものであったことが明らかになったのである!
 そのデジカメは600万画素のK社製のものであったが、何故赤嶺のものであったことが明らかになったかというと、そのデジカメの液晶モニタに、何と赤嶺の指紋が付いていたのだ。更に、内蔵メモリに、何と「飛龍軒」の店内と赤嶺の部屋が撮影されていたのだ。
 これだけの証拠があれば、このデジカメは、赤嶺のものと断定せざるを得ないだろう。
 それ故、安仁屋は何故この赤嶺のデジカメを下地が持っていたのか、下地に強く迫った。
 すると、下地はその問いに対して、適切な説明を行なうことが出来なかった。
 安仁屋の推理では、恐らくこのデジカメは、下地が波の上ビーチで赤嶺の首を絞めて殺した時に、赤嶺から奪ったというものだった。玉城によると、その時には、赤嶺はデジカメを持っていたと証言した。赤嶺は、玉城に玉城が万理を殺した場面が映った映像を見せる為に、デジカメを持って来ていたのだ。
 しかし赤嶺の死体が発見された時には、そのデジカメは見付かっていなかった。
 しかし、それもそうであろう。下地がそれを持っていたわけだから!
 恐らく、下地は慎重な性格の為に、そのデジカメに下地の映像が映っていないか、その心配があった為に、持って来たのだろう。しかし、デジカメに詳しくなかった下地は、内蔵メモリを消去することを知らなかったのだ。また、赤嶺の指紋を消さなかったのは、下地の油断だと言えるだろう。
 それはともかく、下地がその赤嶺のデジカメを持っていたことに関して、下地は、結局、
「波の上ビーチで拾ったんだ。何故、それが悪いんだ?」 
 と、安仁屋に反発するかのように言った。
「じゃ、何故最初からそう言わなかったんだ?」
「そう言っても、信じてもらえないと思ったんだよ」
 と、下地は不貞腐れたように言った。

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