第二章 寄せられた情報   1

 そんな折に、速水と共に、苅田の事件の捜査に携わっている野村刑事(29)が、速水の許にやって来たかと思えば、
「警部! 今、非常に耳寄りの情報が入りました!」
 と、声を弾ませては言った。
「それ、どんなものだい?」
 速水は思わず身を乗り出すような恰好で言った。何しろ、今、捜査は進展が見られなかった。それで、どんな些細な情報でも欲しかったのである。
「大沼公園の遊覧船を運営してる大沼興業の女性職員が、苅田さんの顔に見覚えがあるというのですよ」
「見覚え?」
「ええ。そうです。二年前に大沼湖で起こった事故の時に苅田さんのことを眼にしたようだと、言うのですよ」
 と、野村刑事は興奮気味に言った。
「二年前に大沼湖で起こった事故?」
 速水は呟くように言っては、眼をキラリと光らせた。というのは、その頃、苅田は大金を手にしたと思われたからだ。
「ええ。そうです。二年前の五月に、大沼公園の遊覧船に乗っていた三歳の女の子が、大沼湖に落ちて死亡した事故があったのですが、警部はその事故のことを覚えていませんかね?」
 と、野村刑事は速水の顔をまじまじと見やっては言った。 
 すると、速水は、
「そういえば、そのような事故があったようだな」
 と言っては、唇を歪めた。
 すると、野村刑事は小さく肯き、そして、
「で、その事故は川崎警部補が担当したのですが、その女性職員は、その事故が発生した遊覧船に、苅田が乗っていたようだと言うのですよ」
と、野村刑事は言っては小さく肯いた。
すると、速水は、
「その遊覧船に乗船していた乗客の名簿は控えてあるのかい?」
「いや。それはないらしいですね。別に殺人事件が発生したわけではないですからね。川崎さんはそう言っていましたね」
 と、野村刑事は神妙な表情で言った。
「成程。で、その女性職員は今、何処にいるんだ?」
「今は勤務先の大沼興業の事務所だと思います。で、名前は、天野和枝ですよ」
「分かった。じゃ、今から大沼公園に行って、天野さんから話を聞いてみよう。でも、その前に川崎さんから話を聞くことにするか」

     2

「二年前の五月十五日でしたね。その事故があったのは」
 と、川崎はその時のことを思い出すかのように、神妙な表情を浮かべては言った。
「どういった事故だったのですかね?」
 速水は興味有りげに言った。
「大沼湖を巡る遊覧船の後部デッキから、三歳の女の子が、大沼湖に落ちたのですよ。といっても、遊覧船はすぐには停まらないですから、女の子は溺死してしまったというわけですよ」
「その女の子を誰も助けようとはしなかったのですかね?」
「父親が大沼湖に飛び込み、助けようとしましたよ。しかし、先程も言ったように、遊覧船はすぐには停まらなかったですからね。そういったこともあり、父親と女の子の距離はかなり離れてしまってましてね。そういったこともあり、父親は女の子を助けることが出来なかったのですよ。それどころか、父親も後少しで溺死してしまうところだったのですよ」
「成程。で、何故女の子は大沼湖に落ちてしまったのですかね?」
 と言っては、速水は眉を顰めた。
「身を乗り出し過ぎたんじゃないですかね? 正に少し眼を離した隙に落ちてしまったらしいですよ。注意が足らなかったと、父親は語っていましたね」
「成程。で、その事故は偶然に起こった事故なんですかね?」
「そりゃ、そうでしょう。それ以外に、何が考えられるというのですかね?」
 と、川崎は些か笑みを浮かべては言った。
「で、その遊覧船に乗船していた乗客名は控えてはないですよね?」
「そうです。何しろ、偶然に発生した事故なので、そういった必要はなかったのですよ」
 と、川崎はその点に関しては何ら問題はなかったと言わんばかりに言った。
「じゃ、その遊覧船に先日、大沼湖の小島で他殺体で発見された苅田利男さんが乗船していたかどうかなんてことは、川崎さんでは分からないですよね?」
「そういうことまでは、分からないですね」
 と、川崎は申し訳なさそうに行った。
「では、その遊覧船には、多くの乗客が乗船していたのですかね?」
「いいえ。十二、三人位だったそうですね。何しろ、朝一番の遊覧船だったそうで。で、後部デッキには、被害者の家族を入れて、六人だったそうですよ」
 そう言った川崎に、速水は改めて、苅田の写真を見せたが、川崎は、
「記憶にない顔ですね」
と、言った。
 それで、速水は川崎への聞き込みを終えることにし、次は天野和枝から話を聞いてみることにした。

     3

 大沼湖の傍らにある大沼興業の事務所に姿を見せた速水に、和枝は、
「絶対に苅田さんだと、断言は出来ません。でも、私は苅田さんの死体を直に眼にした結果、私が記憶してる苅田さんである可能性があると思い、警察に連絡したのですよ」
 と、神妙な表情で言った。
「では、天野さんは何処で苅田さんの眼にしたのですかね?」
「私は遊覧船に乗客が乗船する時の改札係をその当時やっていましてね。で、その時に苅田さんのことを眼にしたような記憶があるのですよ。
 もっとも、私はその当時、毎日、改札係をやってましたし、また、二年前の乗客の顔を常識的には覚えてる筈はないですが、何しろ、あんな事故があった時のことですから、その時の乗客のことは強く印象に残ってるのですよ」
「成程。でも、絶対に苅田さんだとは断言は出来ないのですね?」
「そりゃ、そうですよ」
 と、和枝は些か顔を赤らめては言った。 
 そして、この辺で速水は和枝に対する聞き込みを終えることにした。
 速水は函館中央署に戻ると、野村刑事に捜査結果を話した。
 すると、野村刑事は、
「警部はどうなさるつもりですかね?」
 と、速水の意向を訊いた。
 すると、速水は、
「今、捜査は行き詰まっている。それ故、天野さんの言ったことを信頼してみようと思うんだ」
「と言われると?」
「つまり、二年前に五月十五日に起こった事故に、苅田さんが関係してると推理してみるということさ」
 と言っては、速水は眼をキラリと光らせた。
 すると、野村刑事は、
「ということは、その女の子の死に苅田さんが関係してるということですかね?」
「そういうことさ。つまり、苅田さんは何者かにその女の子を殺すように依頼され、その報酬として、大金を受け取り、そのお金でサラ金への返済を終えたというわけさ」
 と言って、速水は肯いた。そんな速水は、その可能性は充分にあると言わんばかりであった。
 すると、野村刑事は、
「成程。確かにその可能性はありそうですね。女の子が大沼湖に落ちた時には、その後部デッキには七人しかいなかったそうです。それ故、苅田さんが女の子を誰にも眼にされることなく、大沼湖に突き落としたということは、決して現実味のないことではありませんね。そして、事を済ませると、苅田さんは素早く後部デッキを後にしたというわけですよ」
 と、野村刑事も、正にその可能性は充分にあると言わんばかりに言った。
 すると、速水は、
「確かにその通りだ」
 と、野村刑事に相槌を打つかのように言った。
「となると、一体誰が女の子殺すように依頼したかですね」
 と言っては、野村刑事は眼をキラリと光らせた。
「そりゃ、女の子の両親を恨んでるような人物だろうな」
「そうですよね。僕もそう思いますよ」
 と言っては、野村刑事は肯き、そして、
「女の子の両親とは、どういった人物なんでしょうかね?」
「五月女謙治と治子という人物だそうだ」
「どういった仕事をしてるのでしょうかね?」
「函館で不動産業をしてるそうだ」
「不動産業ですか……。となると、何かトラブルを抱えていたのかもしれませんね」
「正にその通りだ」
「となると、それがどう苅田さんの死に繋がると、警部は推理されてるのですかね?」
「そりゃ、苅田さんは女の子を殺してくれと依頼した依頼主をゆすったりしたんじゃないのかな。つまり、苅田はもう一稼ぎしようとしたんだ。だが、それが苅田さんの仇となり、その依頼主に殺されてしまったっというわけさ」
 と言っては、速水は小さく肯いた。そんな速水は、その可能性は充分にありそうだと言わんばかりであった。
「となると、直ちに五月女さんから話を聴かなければなりませんね」
「正にその通りだ」
 そして、五月女が今、五稜郭近くにある五月女不動産にいることを確認すると、速水と野村刑事は、直ちに五月女不動産に向かったのであった。

     4

 私服姿の速水と野村刑事が五月女不動産の中に入ると、「いらっしゃい」という女事務員の声が飛び込んで来た。
 そんな女事務員に、
「五月女社長はお見えですかね」
 と速水は言っては、店舗の中を見回した。
 すると、一番奥の席で座っていた男性が立ち上がり、速水の許に来ては、
「僕が五月女ですが」
 五月女は四十の半ば位の年齢で、長身で俳優のMに似たなかなかハンサムな男性であった。
 そんな五月女に速水は、
「先程、電話した北海道警の速水です」
 と言っては、軽く頭を下げた。
 それで、五月女は速水と野村刑事を奥の部屋へと案内した。そして、ソファに座るようにと促しては、
「で、二年前に起こった娘の京子の事故で訊きたいことがあるそうで」
 と、落ち着いた口調で言った。
「ええ。そうなんですよ。で、京子ちゃんはどうして大沼湖に落ちてしまったのですかね?」
 と、速水は興味有りげに言った。
「恐らく、船縁の柵から身を乗り出しし過ぎたのでしょうな。何しろ、まだ三歳だったので。きっと、鉄棒で遊んでるようなつもりだったのでしょうね。僕たちが少し眼を離した隙に起こった出来事だったのですよ」
 と、五月女はいかにも神妙な表情を浮かべては言った。そんな五月女は、正にその出来事のことは思い出したくもないと言わんばかりであった。
「で、京子ちゃんが大沼湖に落ちた事は、五月女さんはすぐに気付いたのですかね?」
「いいえ。気付かなかったのですよ。もし、すぐに気付いたのなら、京子は助かっていたかもしれないですね」
 と、五月女は悔しそうに言った。
「どうしてすぐに気付かなかったのですかね?」
「遊覧船のエンジン音ですよ。遊覧船のエンジン音がかなりのものだったので、それが影響したのですよ。京子が落ちたことに気付いた時は、もう京子と遊覧船の距離はかなり離れていたのですよ。それで、助からなかったのですよ」 
 と、五月女は再び悔しそうに言った。
「後部デッキにいた他の乗客たちは、京子ちゃんが落ちたことに気付かなかったのでしょうかね?」
「そうだったみたいですね。その時、僕たちと同じ後部デッキにいたのは、僕たち以外に三人でしたね。でも、その三人は僕たちの反対側にいたのですよ。ですから、僕たちとは違った側の景色を眼にしていたというわけですよ。それでは、京子が落ちたことに気付きませんよ」
 と、五月女は気落ちしたような表情で言った。
「では、その時、五月女さんたちと同じ後部デッキにいたのは、全部で六人であったというのは、間違いありませんかね?」
「まず、間違いありません」
 と、五月女は些か自信有りげに言った。
「では、その三人の中で、この男性はいなかったですかね?」
 と、速水は苅田の写真を五月女に見せた。
 五月女は、その苅田の写真にしげしげと眼をやっていたが、程なく、
「いなかったと思いますね」 
 と、淡々とした口調で言った。
「そうですかね? もう一度よく見てもらえないですかね」
 そう速水は言った。
 それで、五月女は再び苅田の写真にしげしげと眼をやったが、やがて、
「やはり、いなかったと思いますね」
 と、神妙な表情で言った。
「では、京子ちゃが落ちた頃、慌てて後部デッキから去って行ったような人物に記憶はありませんかね?」
「そのような人物の記憶はありませんね」
 と、五月女は眉を顰めた。
「では、五月女さんたち以外の三人は、グループとか家族だったのですかね?」
「さあ、そこまではよく分からないですね」
 と、五月女は申し訳なさそうに言った。
 そう五月女に言われたので、速水は、
「そうですか」
 と、些か気落ちしたように言った。
 そんな速水を見て、五月女は、
「その男性がどうかしたのですかね?」
 と、興味有りげに言った。
「その男性は苅田利男というのですが、五月三十一日の朝、大沼湖の小島で他殺体で発見されたのですよ」
 と言っては、速水は些か険しい表情を浮かべた。
「それ、本当ですかね?」
 五月女も些か険しい表情を浮かべては言った。
「本当ですよ。この事件は新聞等で報道されたのですがね」
「そうでしたね。僕もその事件のことを覚えていますよ。でも、まさか、今、刑事さんから見せられた写真の男がその人物だったとは思わなかったのですよ」
 と、五月女は神妙な表情で言った。
 そんな五月女に速水は、
「で、五月女さんのことを恨んでるような人物に、五月女さんは心当りありませんかね?」
 と、五月女をまじまじと見やっては言った。
「僕のことを恨んでるような人物ですか」
 五月女は呟くように言った。
「ええ。そうです。そのような事物に心当りありませんかね?」
 そう速水に言われると、五月女は速水から眼を逸らせては何やら考え込むような仕草を見せたが、やがて、
「そのような人物に心当りないですね」
 と、淡々とした口調で言った。
「そうですかね。五月女さんは不動産業を営んでおられますから、仕事上で何かトラブルが発生し、その関係で恨まれたりしてるんじゃないですかね?」
 と、速水はその可能性は充分にあると言わんばかりに言った。
「そう言われても、そのようなことには、心当りないのですがね」
 と、五月女は神妙な表情で言った。
 そう五月女に言われると、速水は、
「そうですか……」
 と、いかにも残念そうに言った。五月女が何者かに恨まれていないと、速水たちの推理が成り立たなくなるからだ。
 それで、速水は、
「五月女さんが気付いていないだけではないのですかね」
 と、食い下がった。
「そのようなことはないと思うのですがね。それに、もし僕を恨んでるような人物のことに僕が気付いていなければ、僕はその人物のことを言及出来ませんよ」
 と、五月女は些か笑みを見せては言った。
 そんな五月女に、速水は、
「では、五月女不動産は、五月女さんが興した会社なんですかね?」
「いや。僕の親父が興した会社なんですよ」
 と、五月女は些か誇らしげに言った。
「そうですか。では、五月女さんの親父さんは今、どうしてるのですかね?」
「五年前に亡くなりましたね」
「となると、ひょっとして、五月女さんの親父さんのことを恨んでるような人物がいたのではないですかね? でも、親父さんは既に亡くなっていますから、恨みを晴らすことが出来ない。それで、その矛先を五月女さん一家に向けたというわけですよ」
 と、速水はその可能性は充分にあると言わんばかりに言った。
 すると、五月女は、
「その可能性もないと思うのですがね。で、刑事さんは何を言いたいのですかね?」 
 と、五月女は些か納得が出来ないような表情を見せては言った。
 すると、速水は眼を大きく見開き、
「つまり、京子ちゃんは偶然に大沼湖に落ちたのではなく、何者かに意図的に突き落とされたということですよ」
 と、その可能性は充分にあると言わんばかりに言った。
「そんな! そんなことが有り得るのですかね?」
 五月女はいかにも納得が出来ないと言わんばかりに言った。
「その可能性は有り得ると思いますね」
 と、速水は言っては小さく肯いた。
「僕にはそのようなことは信じられませんね。一体、どういった理由があり、そのようなことを言われるのですかね?」
 五月女は甚だ納得が出来ないように言った。
「ですから、苅田の存在ですよ。先程話した苅田利男が、京子ちゃんが大沼湖に落ちて亡くなった時の遊覧船に乗船していた可能性があるのですよ。そういった情報が寄せられたのですよ。
 そして、その頃、苅田はサラ金に借りていた五百万を一気に返済したのですよ。また、その頃、苅田は千万を超える程のお金を手にした可能性があるのですよ。
 しかし、その千万はまともな手段で手にしたとは思われないのですよ。
 それで、苅田がいかにしてそのお金を手にしたのかを我々は捜査していたのですが、すると、京子ちゃんの事故にぶち当ったのですよ。
 つまり、五月女さんのことを恨んでる人物が苅田にお金を払って、京子ちゃんを殺させたというわけですよ」
 と、速水は正に五月女に言い聞かせるかのように言った。
 そう速水に言われると、五月女は、
「成程」
 と言っては、小さく肯いたもののの、
「でも、僕は京子が大沼湖に落ちた時に、苅田と思われる男を眼にした記憶はないのですがね」 
 と、速水のその推理は現実味がないと言わんばかりに言った。
 すると、速水は、
「苅田は殺人を請け負ったわけですから、五月女さんたちには気付かれないように慎重に行動したと思われます。その為に、五月女さんは苅田のことを眼にしなかったのかもしれませんよ」
 そう速水に言われると、五月女は言葉を詰まらせた。そんな五月女の様を見ると、そのケースも有り得ると認めたかのようであった。
 とはいうものの、
「でも、僕や僕の親父を恨んでるような人物には、まるで心当りないのですよ」
 と、いかにも渋面顔を浮かべては言った。
「じゃ、奥さんはどうなんですかね?」
 そう速水が言うと、五月女は言葉を少し詰まらせたが、やがて、
「妻からも、そのような話は耳にしたことはないですね」
 と言っては、肯いた。
 そう言われて、速水は、
「そうですか」
 と、渋面顔を浮かべた。やはり、五月女家を恨んでるような人物がいないと、速水たちの推理は成り立たないからだ。
 速水が渋面顔を浮かべては、言葉を詰まらせたので、五月女は、
「もうこれ位でいいですかね」
 それで、速水は、
「ええ」
 と言っては、この辺で五月女不動産を後にすることにした。
 五月女不動産を後にすると、速水は野村刑事に、
「どう思う?」
「五月女さんたちに恨みを抱いていたような人物がいないと、苅田が京子ちゃん殺しを依頼され、実行し、今度はその依頼主に苅田が殺されたという推理は成り立たなくなりますね」
 と、野村刑事は渋面顔で言った。
「正にそうだよな」
 と、速水も渋面顔で言った。
「それに、京子ちゃんが死んだ時に苅田と思われる男が乗船していたと証言したのは、天野さんだけですからね。京子ちゃんの傍らにいた五月女さんが苅田と思われる男がいたような記憶はないと証言してるのですから、実際には苅田はその遊覧船に乗船してなかったかもしれませんよ」
「でも、密かに行動していたのかもしれないからな」
 と、速水は依然として、苅田が京子ちゃんを殺したという可能性は有り得ると看做していた。
 それで、
「もう少し、五月女さんのことを調べてみよう」
 と言っては、小さく肯いた。
「調べるって、どういうことを調べるのですかね? また、何故調べるのですかね?」
「だから、五月女さんが我々に何かを隠してるかもしれないということさ。本当のことを言うと、五月女さんにとって都合が悪くなってしまうからさ。こういったケースはよくあるんだよ」
 と、速水は野村刑事に言い聞かせるかのように言った。
 すると、野村刑事は、
「成程」
 と言っては、肯いた。
「それ故、五月女不動産とか、五月女さん自身について、もう少し聞き込みを行なってみよう」

     5

 ということなり、速水は野村刑事と共に、まず函館市内にある他の不動産屋を訪ねてみることにした。同業者なら、五月女に関して何か情報を持ってるかもしれないと思ったからだ。
 すると、興味ある情報を入手することが出来た。その情報を提供したのは、松風町にある高木不動産の高木社長であった。
 五月女と同年齢位の高木は、速水に対して、
「大沼湖で死亡した京子ちゃんは、五月女さんの先妻の子供であったのですよ」
 と、神妙な表情で言った。
「先妻の子供ですか……」
 速水は、興味有りげに言った。
「そうです。五月女さんの今の奥さんは、後妻なんですよ。京子ちゃんは先妻の子供だったというわけですよ」
 と、高木は再び神妙な表情で言った。
 そう高木に言われると、速水は、
「成程」
 と、小さく肯き、そして、
「では、五月女さんは、先妻とは何故離婚したのでしょうかね」
 と、興味有りげに言った。
 すると、高木は、
「離婚ではなく、事故死したのですよ」
「事故死ですか」
 速水は些か驚いたように言った。
「そうです。自動車事故ですよ。つまり、轢き逃げなんですよ」
 と、高木は眉を顰めた。
「そうでしたか……」
 と、呟くように言った速水に対して、
「もう犯人は分かったのですかね?」
 と、速水の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、速水は些か顔を赤らめては、
「いや、それは……」
 と、呟くように言った。そして、速水はその捜査に携わっていない為に、状況は分からないという旨を話した。
 すると、高木は、
「そうでしたか……」
 と、呟くように言っては、
「何でも、被害に遭ったのは、洞爺湖の方だったと僕は聞いてますね」
 そう高木に言われると、速水は、
「そうでしたか……」
 と、呟くように言っては、渋面顔を浮かべた。高木から、五月女の思ってもみなかった複雑な事情を耳にしたからだ。
 五月女不動産で五月女を一瞥した印象としては、ハンサムで紳士然とした人物であった。だが、大沼で水死した京子ちゃんは先妻の子供で、また、先妻は洞爺湖の近くで轢き逃げに遭い死亡し、その犯人がまだ見付かっていないという複雑な事情を抱えてる人物には、その外見からは想像することは出来なかったのである。
 また、その事実を高木から入手し、再び速水の推理は現実味を帯びて来た。
 即ち、五月女家を恨んでる人物が先妻を意図的に轢き逃げし、その次は京子ちゃんという具合だ。
 その一方、後妻に関しても、疑いの思いがこの時点で浮上した。
 即ち、後妻が先妻を轢き逃げし、その次は京子ちゃんという具合だ。
 そのように推理出来ないこともないというわけだ。
 それはともかく、
「で、五月女さんはここしばらくの間で、大切な家族を二人も妙な死に方で亡くされたわけですが、それはそれとして、五月女一家に恨みを抱いてるような人に心当りありませんかね?」
 と、速水は高木をまじまじと見やっては言った。
「僕が知ってる限りでは、そのような人物に心当りありませんね」
 と、高木は眉を顰めた。
「でも、こういった不動産関係の仕事は、仕事関係で色々トラブルが発生したりするのではないですかね?」
「そりゃ、そうですが……。しかし、五月女不動産では、そのような噂は耳にしてはいないですね。もっとも、僕は五月女不動産のことを何もかも知ってるわけではないですが」
「そうですか。で、五月女さんの後妻は大沼湖で水死した京子ちゃんのことを可愛いがっていましたかね?」
 速水は興味有りげな様を見せては言った。
 すると、高木は、
「そのようなプライベートのことまでは僕では分からないですね」
 と、苦笑した。
 そして、まだしばらくの間、速水は高木に五月女に関して何だかんだと聞いていたが、こ辺での高木不動産を後にすることにした。
 そして、この時点で速水は野村刑事に速水の推理を話した。
 すると、野村刑事は、
「僕も警部の推理に同感ですね。つまり、やはり、五月女さんのことを恨んでる人物がいて、その人物はまず五月女さんの先妻を轢き殺し、次は京子ちゃんだったというわけです。あるいは、後妻が先妻を殺し、次は京子ちゃんだったというわけですよ」
 と、正に速水に相槌を打つかのように言った。
「野村君もそう思うか。となると、やはり、そのどちらかだな。で、それに苅田がどう関係してるかというと、その点に関しては今までの推理通り、五月女さんを恨んでいた人物の手下か、あるいは、後妻の手下として行動し、今度は苅田がその依頼主、即ち、五月女さんを恨んでる人物か後妻を強請った為に、逆に殺されてしまったというわけだ」
 と言っては、速水は自信有りげに肯いた。速水は、正に苅田の事件の真相はこうに違いないと言わんばかりであった。
 そんな速水に、
「で、警部はその二つのケースのどちらの方が可能性が高いと思われてますかね?」
「そりゃ、五月女さんの恨んでる人物の方が可能性は高いと思うよ」
 と言っては、速水は小さく肯いた。
 そして、そんな速水に野村刑事は相槌を打った。 
 そして、今度は五月女の先妻の轢き逃げ事件のことを伊達署に問い合わせてみることにした。


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