第四章 やはり黒幕はあの男であったか
1
その情報を速水と野村刑事にもたらしたのは、望月刑事であった。速水と野村刑事が、函館中央署内の会議室で今後の捜査方針を論議していた時に、望月刑事が正に息を弾ませながら飛び込むような様で姿を見せたのである。
「警部! 治子さんが死にました! 五月女治子さんがです! 五月女不動産社長夫人の五月女治子さんがです!」
と、正に声高に言った。
「それ、本当か?」
速水も思わず声高に言った。正に、望月刑事のもたらした情報が、衝撃的なものであったからだ。
「本当です! 今朝、外人墓地の中で見付かった死体が、五月女治子さんのものだということが、さっき確認されたのです!」
と、望月刑事は声を上擦らせては言った。
「で、死因は?」
「今、司法解剖しています。もう少しすれば、結果が出ると思います」
「ふむ。で、誰が死体を発見したんだ?」
「外人墓地の近くに住んでいる主婦です。たまたま外人墓地周辺で散歩していた時に、偶然に発見したそうです。もっとも、その時は死んでるのか生きてるのか分からなかったので、治子さんに触れたそうですが、硬直していたので、死んでることがすぐに分かったそうです。それで、持参していた携帯電話で直ちに110番通報したそうです」
そう望月刑事に言われ、速水は険しい表情を浮かべては、
「ふむ」
と言っては、肯いた。
そして、治子はいかにして死んだのか、その理由について、思いを巡らせてみた。
治子の死が他殺によるものなら、治子の死は苅田の死に関係してることが充分に有り得るだろう。例えば、治子が苅田の死に五月女が関係してることを知り、それで五月女を詰ったりしたとする。それで、かっとして五月女が治子を殺したというわけだ。
また、治子の死が自殺によるものとしても、苅田の事件に関係してるかもしれない。というのは、苅田の死に関与した治子が警察の捜査を受け、もう逃れられないと自覚し、自殺したということだ。
このように、治子の死に関して様々な推測が成り立つというわけだ。不謹慎な言い方となるが、治子の死が速水たちの捜査を前進させる可能性は高いだろう。
そして、程なく、治子の死因が明らかになった。
それは、紐のようなもので首を絞められたことによる窒息死であった。明らかに他殺であり、この時点で、治子は自殺したのではないということが、司法解剖の結果、明らかとなったのである。
また、死亡推定時刻も明らかとなった。
それは、昨夜、即ち、六月十六日の午後九時から十時の間だとのことだ。
また、治子の死が、速水たちが捜査してる苅田の事件に関係があると断定出来ないものの、治子は速水たちの捜査対象となっていたので、治子の事件も速水たちが捜査することになった。
それで、早速、治子の遺体が安置されている函館市内のY病院に向かった。
2
すると、治子の遺体が安置されているベッドの傍らには、五月女がいた。
五月女は、速水と野村刑事の姿を眼にしても、特に反応を示さなかった。今の五月女の胸中には、治子を失った悲しみが支配していたのかもしれない。
もっとも、五月女が治子を殺したのだとすれば、五月女は役者顔負けの演技をしてると言わざるを得ないであろう。
それはともかく、速水はゆっくりと五月女に近付いて行っては、
「お気の毒なことです」
と、頭を下げた。
五月女は、そんな速水に何も言おうとはしなかった。
そんな五月女に速水は、
「言いにくいことなんですが、奥さんは何者かに殺されたのですよ」
と、まだ治子の死の真相を五月女が聞かされてないと思った速水は、いかにも神妙な表情で言った。
すると、五月女は、
「そのことは、医師から耳にしました」
と、速水から眼を逸らせたまま、素っ気なく言った。
「そうですか。では、奥さんの事件も僕が担当させていただくことになりました。
で、奥さんが亡くなられてすぐに捜査に入るのもなんですが、五月女さんは奥さんを殺した犯人に心当りありますかね?」
と、速水の顔をまじまじと見やっては言った。そんな速水は、速水の問いに五月女がどのように反応するか、具に見ようとしたのである。
そんな速水に五月女は眼を向けようとはせずに、
「ないですね」
と、小さく頭を振った。
「そうですか。僕は五月女さんが奥さんを殺した人物に対して、心当りあるんじゃないかと思っていたのですがね」
そう速水が言うと、五月女は速水を見やっては、
「いや。そうじゃないですよ。僕は治子を殺した犯人にまるで心当りないですよ」
と、淡々とした口調で言った。
「そうですか。で、奥さんの死亡推定時刻は、昨日の午後九時から十時頃なのですが、その頃、奥さんは何をされてたのですかね?」
「それが、分からないのですよ」
五月女は眉を顰めては言った。
「分からない? 何故ですかね?」
速水は些か納得が出来ないように言った。
「昨日は僕は出張で外泊してたのですよ」
「外泊ですか。どちらに出張していたのですかね?」
「江差ですよ。そちらの方の物件もうちは扱っていますからね」
「ということは、奥さんが亡くなられた頃、奥さんが何処で何をしてたかは、まるで分からないというわけですか」
「まるで分からないというわけではありませんが。でも、詳細は分からないというわけですよ」
「自宅に強盗が入ったという可能性はないのですかね?」
「その可能性は有り得ないと思います。ここに来る前に僕は家に戻ったのですが、家の中はまるで散らかってませんでしたから。つまり、僕が江差に出張する以前のままであったというわけですよ」
と、五月女は言っては、小さく肯いた。
「で、家の鍵は掛かっていましたかね?」
「掛かってましたよ」
と、五月女は言っては、小さく肯いた。
そう五月女に言われると、速水は、
「成程」
と言っては、小さく肯いた。
というのは、家の鍵が掛かっていたということは、治子は外出した後、被害に遭ったと思われるからだ。
それで、速水はその旨を話した。
すると、五月女は、
「僕もその可能性が高いと思いますね」
「でも、こういうケースも考えられるんじゃないですかね?」
「どんなケースですかね?」
「つまり、犯人は家の中で奥さんを殺し、奥さんの遺体を外に出した後、玄関扉の鍵を掛け、その鍵を奥さんの財布に入れ、その財布を奥さんのスカートのポケットに入れたというケースですよ。奥さんのスカートのポケットには、玄関扉の鍵が入った財布が入っていましたからね」
「そうでしょうかね」
と、五月女はそのようなケースは思ってみたこともないと言わんばかりに言った。
すると、速水は小さく肯き、
「でも、そうだとしたら、何故奥さんの遺体を外人墓地に遺棄したのでしょうかね?」
「さあ、分からないですね」
と、五月女は首を傾げた。
そんな五月女に速水は、
「五月女さん宅は屋敷が広いから、家の中で殺しが行なわれても、外部からはそれに気付かないでしょう。それ故、家の中で奥さんは被害に遭ったのかもしれませんよ。となると、家の中に入ることが出来る者が、犯人かもしれませんね」
と、五月女の顔をまじまじと見やっては言った。
だが、五月女は、
「そうでしょうか」
と、力無く言っただけであった。
「でも、奥さんは外出した時に、思わぬ人物に殺されたという可能性も否定は出来ませんね。で、奥さんは午後九時以降に外出されることは今までにありましたかね?」
「そのようなことは、滅多になかったですね」
五月女は神妙な表情で言った。
「誰かに呼び出されて外出したというような可能性は有り得ないのですかね?」
「そのようなことを言われても、僕では分からないですよ。その時に、僕は治子の傍らにいたわけではないですからね」
と、五月女は憮然とした表情で言った。
そんな五月女に、速水は、
「でも、僕はやはり五月女家を恨んでる人物がいるのではないかと思いますね。五月女さんの最初の妻が轢き逃げで死亡し、次に、京子ちゃんが大沼湖で水死した。そして、今度は治子さんという具合ですからね。
三人とも、正に事件ともいえる死です。もっとも、京子ちゃんの場合は事件とは決まったわけではないのですが、でも、こんな惨事が三回も起こるというのは、まともではないですよ」
と、神妙な表情で言った。
そんな速水に、五月女は何も言おうとはしなかった。
そんな五月女に速水は、
「五月女さんはどう思いますかね?」
と、五月女の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、五月女は、
「どう思うと言われても、よく分からないですね」
と、眉を顰めた。
「もし、五月女家を恨んでる人物がいないのなら、犯人は内部の者かもしれませんね」
と言っては、速水は眼を鋭く光らせた。
「犯人が内部の者? それ、どういうことですかね?」
五月女はまるで速水に挑むような眼差しを向けた。
「例えばですね。五月女さんは治子さんのことが好きになってしまい、由美さんの存在が邪魔になってしまった。だが、由美さんの実家のことが気になり、離婚は出来ない。それで、五月女さんは事故に見せ掛けて、由美さんを轢き逃げによって殺したということですよ。
京子ちゃんの場合も五月女さんが犯人だというわけです。治子さんとの新しい生活の為には、何かと京子ちゃんのことが邪魔になりますからね。
それで、京子ちゃんのことを遊覧船から大沼湖に五月女さんが突き落としたいうことですよ。
で、治子さんの場合は、治子さんは五月女さんが京子ちゃんを殺したということに薄々感ずいていたのではないですかね。それで、そのことを五月女さんに言及してしまい、その結果、喧嘩になってしまったのではないですかね? それで、五月女さんはかっとして治子さんを絞殺したということですよ。五月女さんなら、この三件の事件で時間的には充分に可能ですからね」
と言っては、速水は五月女に冷ややかな眼差しを投げた。
すると、五月女は眼を大きく見開き、怒りを露にした表情を浮かべては、
「さっきから、黙って耳を傾けていましたが、これが刑事さんでなければ、殴り付けてるところですぞ!」
と、声を荒げて言った。
すると、速水は、穏やかな表情を浮かべては、
「まあ、そう怒りなさんな。こういった推理も可能だということですよ」
と言っては、小さく肯いた。
「たとえ、推理としても、証拠もないのに、そのようなことを僕の前で口にしないでくださいよ」
と、五月女は怒りに満ちた口調で言った。
「分かりましたよ。気をつけますよ」
と、速水が謝罪した為に、五月女の怒りは収まったかのようであった。
それはともかく、この時点で速水は野村刑事と共に五月女宅に行って、治子の部屋を捜査することになった。事件解決の手掛かりがないものかと思ったのである。
そして、治子の部屋でしばらくの間、捜査してみたのだが、事件解決に繋がるような手掛かりは特に得られなかったのである。
3
五月女宅から函館中央署に向かうパトカーの中で、パトカーを運転してる野村刑事は速水に、
「警部が由美さん、京子ちゃん、治子さんの死は全て五月女さんによって引き起こされた事件だと言えば、五月女さんは随分と怒りましたね」
「ああ。しかし、僕はその可能性が最も高いと思ってるんだ。もっとも、そうなれば、苅田の事件は五月女さん一家の事件とは無関係となってしまうかもしれないがね」
と、速水は冴えない表情で言った。何しろ、速水たちの仕事は、苅田の事件を解決することだからだ。
「僕も同感ですよ」
と、野村刑事は肯いた。そして、
「で、望月刑事はまだ五月女さんと苅田との接点を見付けられないそうですか、しかし、それは当然かもしれませんね。元々接点などなかったのかもしれませんからね」
といった遣り取りを交わしてる内に、やがて、速水と野村刑事を乗せたパトカーは、函館中央署に着いた。
そして、まず五月女宅で入手した治子のアドレス帳などから、治子の友人たちに聞き込みを行ない、治子の死に関して心当りないか確認してみた。
だが、特に成果を得ることが出来なかった。
また、治子の死亡推定時刻の五月女のアリバイを確認してみることにした。五月女はその頃、江差の「海浜ホテル」で宿泊していたとのことだが、裏を取ってみたのだ。
すると、裏は取れたのだが、松前の時と同じように、夜は自由に外出来るとのことだ。それ故、五月女のアリバイは曖昧だといえるだろう。
そこで、治子の遺体が見付かった外人墓地周辺に立て看板を立てたり、また、辺りの住人に聞き込みを行なっては、市民から情報提供を呼び掛けてみることになったのだが、まだ、特に成果を得ることは出来なかった。
だが、その翌日になって、治子の学生時代からの友人だったという徳田典子という女性が興味ある情報を提供したのだ。
典子は、
―捜査には関係ないかもしれないのですがね。
と、殊勝な表情で言った。
「構わないですよ。どんな些細なことでも遠慮なく話してくださいな」
と、速水は穏やかな表情と口調で言った。
―そうですか。じゃ、話しますが、以前、治子さんが男の人と街を歩いてるのを眼にしたことがあるのですよ。
「ほう……。それは、いつのことですかね?」
―二ヶ月程前のことです。
「何処で眼にしたのですかね?」
―函館公園の近くですよ。
「そうですか。で、その男の人は治子さんにとって、どういった人と思いましたかね?」
速水は興味有りげな様で言った。
―それがですね。言いにくいことなんですが、その男の人は治子さんの腰に手を回していたのですよ。
「ということは、その男の人は、治子さんの浮気相手というわけですか」
―そう断言は出来ませんが、まあ、そんな関係でしょうね。
で、治子さんは私の存在に気付いたようですが、知らない振りをしたみたいですね。要するに、私に見られたくない場面を見られてしまったという感じですね。
「成程。で、その男の人は、徳田さんの知った人ですかね?」
―いいえ。まるで知らない人でしたね。
「では、どういった感じの人に見えましたかね?」
―そうですね。少し離れた所から眼にしたのですが、大柄な男性だったですね。でも、顔はよく分からなかったですね。
「どういった職業に携わってそうか、分からなかったですかね?」
―それも分からないですね。
「では、治子さんはその男の人といつ頃から付き合っていたのでしょうかね?」
―それも分からないですね。
この辺で速水は徳田典子との電話を終えることとなった。
そして、典子との電話内容を野村刑事に話した。
すると、野村刑事は、
「治子さんはあれだけの美人でしたからね。ですから、結婚していたとしても、男が放っておかなかったのかもしれませんね」
「まあ、そういうことかな」
と、速水は小さく肯いた。
「となると、どうなるのですかね?」
と、野村刑事は速水を見やっては言った。
すると、速水は、
「五月女さんの容疑がますます高まったということだよ。
要するに、五月女さんは治子さんの浮気を知ったんじゃないのかな。それで、治子さんに罵声を浴びせたんだよ。
それに対して、治子さんは五月女さんが由美さんや京子ちゃんを殺したんじゃないかと詰ったんじゃないのかな。人殺しとはもう一緒に生活出来ないという具合に。
それで、五月女さんは逆上し、治子さんを殺したんだよ。治子さんの死因は絞殺だから、計画的な殺しというより、衝動的な殺しかもしれないからな。
つまり、その時は五月女さんは江差のホテルに泊まってる筈だったんだが、何かの理由で帰宅し、そして、治子さんとトラブルになったんだ。
そして、治子さんの遺体を外人墓地に遺棄した後、江差のホテルに戻ったというわけさ」
と、些か自信有りげな表情と口調で言った。
「成程。僕も警部の推理に賛成ですね」
野村刑事は、速水に相槌を打つかのように言った。
だが、
「でも、それを証明する証拠はないですね」
と、眉を顰めた。
「それは分かってるさ。だが、今の時点では、治子さんの遺体が発見された外人墓地周辺に立て看板を立てたり、また、辺りの住人に聞き込みを行なうしかないんだ。もっとも、その捜査は既に行なってるんだが、まだ、成果は得られていないというわけだ」
と、速水は渋面顔で言った。
だが、その翌日、興味ある証言を入手することが出来た。その証言を行なったのは、外人墓地近くに住んでいる水戸富雄という五十歳の会社員であった。水戸は、
「六月十六日は、なかなか寝つかれなかったのですよ。
それで、午前二時頃、外人墓地の方に散歩に行ったのですよ。
すると、その時、外人墓地の方に向かって大きな麻袋のようなものを手にした男を眼にしたのですよ。あんな大きな袋に何が入ってるのか、不審に思っていたのですがね」
と、怪訝そうな表情で言った。
「その男は、この男ではなかったですかね?」
と、速水は五月女の顔写真を見せた。
その写真に水戸はしげしげと眼をやったが、
「よく分からないですね。何しろ、深夜の出来事でしたからね」
と、渋面顔で言った。
すると、速水も渋面顔を浮かべては、
「では、身体付きはどんなものでしたかね?」
「そうですね。かなり、大柄ではなかったかと思いますね。僕よりもかなり大柄だったと思いますから、身長は175センチ位はあったのではないですかね」
そう水戸に言われると、速水は些か納得したように肯いた。何故なら、五月女もそれ位の身体付きであったからだ。
「で、年齢はどれ位だったですかね?」
「それもよく分からなかったですね」
「じゃ、辺りに黒のクラウンは駐められてなかったですかね?」
と、速水は五月女の車が駐まってなかったか、確認してみた。
だが、水戸は、
「眼にしなかったですね」
これが水戸の証言の全てであった。
だが、この水戸の証言は、速水たちの捜査を前進させたと思われた。何故なら、五月女と思われる男が、治子の遺体を外人墓地に遺棄した時に、目撃されたと思われるからだ。
だが、その水戸の証言だけで、五月女を治子殺しの疑いで逮捕出来ないのは、言うまでもないであろう。
そこで、今度は五月女宅の近所の住人たちに聞き込みを行なうこととなった。というのは、速水の推理通り、五月女が治子を五月女宅で殺し、その遺体を外人墓地にまで運んだとすれば、六月十六日から十七日に掛けて、五月女が五月女宅のガレージから五月女のクラウンを発進させ、そのエンジン音を、近所の住人が耳にしてる可能性があったからだ。
その推理に基づき、五月女宅の近所の住人に聞き込みを行なってみたところ、五月女宅から二軒隣の門田貞道という男性が十六日の午後十一時頃、五月女宅から車の発進音が聞こえたようだが、断言は出来ないと証言した。
そして、この門田の証言のみが、唯一の興味ある証言であった。
これでは、五月女を追い詰めることは出来ないであろう。
速水たちは、今の時点では、治子殺しの最有力容疑者は、五月女だと看做していた。
それ故、何とか五月女を追い詰めることは出来ないかと、改めて捜査会議が行なわれた。
だが、その席で、治子と付き合っていたという長身の男性に、疑いの眼を向けてはどうだという意見も出された。
そして、速水は、その意見はもっともだと思った。即ち、治子はその男に殺されたという可能性も有り得るというわけだ。何しろ、治子は以前、クラブのホステスをしていた。それ故、五月女以前に付き合っていた男がいても、何ら不思議ではないだろう。
だが、治子はその男を捨てて、五月女の許に嫁いだ。だが、その男は治子に縒りを戻せないかと迫った。だが、治子は頑なに拒否した。
その結果が、治子の死という具合だ。
だが、治子の友人たちにその男性に心当りはないかの聞き込み捜査は既に行なっていたのだが、まだ成果は得られていないという状況なのだ。
そして、捜査会議は結局、もう一度、治子と付き合っていたと思われる男に関して捜査してみることで収まった。
だが、その頃、五月女からの電話が掛かって来たのだ。
五月女は開口一番に、
―何度言ったら、分かるのですか!
と、速水に怒声を浴びせた。
そう五月女に言われ、速水の言葉は詰まった。
そんな速水に、五月女は、
―刑事さんはまだ、僕のことを治子を殺したんじゃないかと、疑ってるのですね?
「一応、疑われてもやむを得ない人は、捜査しますよ。ですから、気を悪くしないでくださいな」
と、速水は決まり悪そうな表情で言った。
―いや。大いに気を悪くしましたよ。何度も言いますが、僕は治子の死には無関係なんですよ!
「五月女さんはそうおっしゃいますが、五月女さんには動機が存在してますからね。で、動機は治子さんだけではなく、京子ちゃん、由美さん、更に、苅田さんにも存在してないこともないのですよ」
と、速水は力を込めて言った。
―ですから、刑事さんたちが、勝手に動機を作り出してるだけなんですよ。でも、実際にはそのような動機はまるで存在してないのですよ!
「そうでもないのですがね。で、治子さんに関しては、新たな情報が入りましてね。
それは、愛人です。治子さんは浮気をしていたのですよ。
その事実を知った五月女さんは、治子さんを詰ったのですよ。すると、治子さんは五月女さんが犯した犯行、即ち、由美さん殺しや京子ちゃん殺しを楯に、五月女さんに言い返したのではないですかね?
それで、五月女さんはそんな治子さんにかっとして、治子さんを殺してしまったのではないですかね?」
―いい加減にしてください! そこまで僕を侮辱するのなら、新犯人が見付かった時には、名誉棄損で訴えますからね。覚えておいてくださいね。
「そうですかね? 僕は五月女さんがいずれの事件でも犯人である可能性が高いと思うのですがね。そうなれば、五月女さんは僕のことを訴えることは出来なくなると思うのですがね」
と言っては、速水はにやにやした。速水は、由美殺し、京子ちゃん殺し、苅田殺し、そして、治子殺しの犯人は、今や五月女しかいないと確信していたのだ。それで、速水は五月女に強く出たのである。
そんな速水に五月女は、
―いい加減にしてください!
と、再び速水を怒鳴り付けた。
「じゃ、五月女さんは六月十七日の午前二時頃、何処にいましたかね?」
―その時は以前、江差にいたと言ったじゃないですか!
「そう言われてもねぇ。五月女さんが宿泊したホテルは、夜に抜け出すことが可能ですからね。ですから、五月女さんは夜にホテルを抜け出し、自宅に戻っては、治子さんとやり合ったのですよ。
また、五月女さんは元々、治子さんとやり合うつもりであったのではないですかね。つまり、江差のホテルは、五月女さんのアリバイ作りに利用したというわけですよ。
また、十七日の午前二時頃、五月女さんと思われる男性が、外人墓地の近くで目撃されてるのですよ。黒い大きな麻袋を持ってる姿がね。
で、その麻袋には、治子さんの遺体が入っていたのではないですかね」
と速水は言っては、再びにやにやした。
すると、五月女は、
―いい加減にしろ!
と速水を怒鳴り付けては、電話を「ガチャン」という音と共に切ってしまった。
速水は五月女に対して、強く出たものの、五月女を逮捕出来るまでは、まだしばらく時間が掛かると思っていた。
とはいうものの、五月女に強く出れば、五月女に圧力を掛け、その結果、五月女は何らかの襤褸を出すのではないかと思った。
そして、その速水の思いは、早くも実現したのである!