第十一章 予期せぬ来訪者

     1

 だが、捜査会議では、特に妙案は出されなかった。今までの捜査から、長倉、沙希、高柳教授のいずれの事件でも、星川由美が何らかの関わりを持っているということに対しては、誰も異論はなかったのだが、今の時点ではその三人のいずれのケースでも、知美を殺人容疑で逮捕することは無理だというのが、捜査陣の一致した意見だったのだ。
 それ故、知美を追い詰めるには、もっと有力な証拠を入手しなければならなくなった。
それで、長倉、沙希、高柳教授が遺した遺品が徹底的に捜査されることになった。また、被害者たちの友人、知人たちへの新たな聞き込みは無論、知美が居住してるマンションの住人たちにも聞き込みを拡げ、徹底的な捜査が行われた。
 だが、それらの捜査はまだ成果は得られてなかったが、思わぬ人物が川崎を訪ねて来た。
 その人物は、渡辺良一であった。
 渡辺良一と言われても、その人物が一体誰を指してるのか、川崎にはピンとは来なかった。
 だが、その渡辺良一を眼にして、川崎はその渡辺がどういった人物なのかをすぐに思い出した。そのいかにも人相の悪い面立ちをしたその渡辺は、吉川千佳の彼氏だという男であった。そして、長倉の事件で、川崎は渡辺が勤務してるサラ金会社にまで出向いては、話を聴いたのだ。その渡辺が、今度は中央署に川崎を訪ねて来たのである。
 それで、川崎は、
「これはこれは」
 と、とにかく当たり障りのない挨拶をした。
 すると、渡辺は、
「刑事さんに話したいことがあるんだよ」
 と、いかにもどすの利いたような冷やかな声で言った。
 それで、とにかく渡辺を奥の室へと連れて行き、渡辺から話を聞くことになった。
 そして、ソファに腰を下ろし、テーブルを挟んで川崎と渡辺は向かい合うと、渡辺は、
「以前、刑事さんは俺のことを長倉という野郎のことを殺したんじゃないかと疑っていたんだが、今もそう思ってるのかな?」
 と、いかにもむっとしたような表情を浮かべては、冷やかな口調で言った。
 すると、川崎は、
「その可能性は小さいと思ってるよ」
 と、とにかくそう言った。
 すると、渡辺は川崎から眼を逸らし、十秒程言葉を詰まらせたが、やがて、川崎を見やり、
「長倉が死んだのは、青酸死だったんだよな」
 と言っては、眉を顰めた。
「ああ。そうだ」
 川崎は小さく肯いた。
 すると、渡辺は一層表情を険しくさせては、
「その青酸は俺を殺す為に使われることになってたんだよ」
 と、いかにも不快そうに言った。
 渡辺はそう言ったものの、その話は既に千佳から聞かされていたので、真新しい情報ではなかった。
 とはいうものの、川崎は、その情報を今、初めて入手したと言わんばかりに、
「成程」
 と言っては、小さく肯いた。
 そんな川崎に、
「何故、そうだったのか、刑事さんは分かりますかね?」
 渡辺は不快そうな表情のまま言った。
 それで、川崎は、
「分からないな」
 と頭を振った。
「俺は吉川千佳という女と付き合っていたんだが、千佳が長倉と出来てしまってね。千佳が可愛いから、長倉が強引にものにしたんじゃないかな。まあ、長倉も悪い男じゃないから、千佳も惚れちまったのかしれないな。
 その為か、千佳は俺のことを最近は避けたがるようになったんだ。そんな折に長倉が青酸で死んだんだ。
 で、俺が推察では、恐らく何かの手違いが起こったじゃないかと思うんだよ」
 と言っては、渡辺は小さく肯いた。
「手違いですか……」
 川崎は眉を顰めた。その渡辺の言葉が、思ってもみなかったものだからだ。
「ああ。そうだ。手違いさ。恐らく、千佳は長倉と共に俺を殺そうとしたんだ。俺がいる限り、千佳は長倉のものにならないからな。それで、俺を殺そうとしたんだ。そして、何らかの手段で青酸を入手したというわけさ。
 だが、長倉たちは青酸の取扱に慣れてなかった。それで、何か手違い、あるいは、アクシデントが発生してしまい、長倉は死んでしまったというわけさ。つまり、長倉の死は殺しによるものでもなく、自殺によるものでもなく、アクシデントによるものであったというわけさ」
 と言っては、渡辺は小さく肯いた。
 そう渡辺に言われ、川崎は「成程」と言っては、思わず感心してしまった。この渡辺という男は、人相は悪いが、頭の方はなかなかの切れ者なのかもしれない。
 そう川崎は思ったのだが、そんな川崎に渡辺は更に話を続けた。
「その可能性が最も高いと思うよ。そして、長倉に死をもたらしたのは、千佳かもしれないということだよ」
 と、渡辺は今度はいかにも力強い口調で言った。そんな渡辺は、このことを言う為にわざわざ署にまでやって来たと言わんばかりであった。
「千佳ちゃんが、長倉さんに死をもたらしたですか。それは、どういうことですかね?」
 川崎は思わず眼を丸くしては言った。この渡辺という男は、頭の方はなかなかの切れ者のようだ。それで、そんな渡辺の話は十分に聞くに値すると、川崎は思ったのである。
「ええ。そうです。つまり、長倉と千佳は俺を殺す為にたとえば、俺が好きなチョコレートなんかを買って来ては、そのチョコレートに青酸をつけ、俺に食べさせようとしてたんじゃないですかね? すると、その時、千佳が何か失敗を仕出かしてしまい、それを長倉が誤って食べてしまったというわけですよ。それで、長倉はあっさりと死んでしまった。
 そんな長倉の死体の処理に困った千佳は、長倉の死体を大通公園に遺棄したというわけですよ」
 と、渡辺はいかにも力強い口調で言った。
 そう渡辺に言われ、川崎は思わず真剣な表情を浮かべた。意外にも今の渡辺の推理は真相を述べているかもしれないという思いが、川崎の脳裏を過ぎったのだ。そして、そういったケースは、今までに川崎たちが想定してなかったものではなかったが、今は星川知美に殺された可能性が高いと推理していたのだ。そんな川崎たちの推理に、今の渡辺の言葉は一石を投じたのである。
 それはともかく、川崎は、
「つまり、大通公園に長倉さんの遺体を遺棄したのは、吉川さんだったというわけですかね?」
 そう言った川崎の脳裏には、自ずから千佳の身体付きのことを思い出していた。確かに千佳の身体付きも中肉中背であり、タクシーの運転手が目撃した不審な女性が千佳であってもおかしくはないのだ。
「そうです。正にそうですよ! それ故、千佳を死体遺棄の罪で逮捕してやってくださいよ。それに、千佳は長倉と共に俺を殺そうとしたんだから、その罪、つまり、殺人未遂でも逮捕してやってくださいよ!」
 と、渡辺はいかにもどすの利いた声で言った。そんな渡辺は、正に千佳に裏切られたことが余程腹立たしいのか、いかにも怒りを露にした様を浮かべていた。
 そして、渡辺との話はこの辺で終わりとなった。
 だが、渡辺の推理は、そのままで終わりはしなかった。渡辺が言ったことは正に現実味がありそうであったからだ。
 それで、川崎は今度は千佳に会って、千佳から話を聴いてみることになったのだ。

     2

 川崎の話にいかにも険しい表情を浮かべては、じっと耳を傾けていた千佳は、川崎の話が一通り終わると、
「とんでもない!」
 と、まるでヒステリックに言った。
「つまり、今の話は出鱈目だということですかね?」
 と言っては、川崎は唇を歪めた。
「決まってるじゃないですか! どうして私が長倉さんの遺体を大通公園に遺棄しなければならないのですか!」
 と、千佳は再びヒステリックな声で言った。
「ですから、長倉さんに死をもたらした青酸は、渡辺さんを死に至らしめる為に用いる予定だったのですよね?」
「……」
「だったら、その行為が実行されるまでにアクシデントによって長倉さんが死んでしまったのなら、そんな長倉さんの死を率直に警察に届け出ることは出来ないですよ。
 それで、その経緯を隠蔽する為に、吉川さんは長倉さんの死を率直に警察に届け出ずに、大通公園に遺棄したというわけですよ」
 と言っては、川崎は小さく肯いた。そんな川崎は、その可能性は十分にあると言わんばかりであった。 
 だが、千佳は懸命にそれを否定した。
 そんな千佳に、川崎は、
「でも、渡辺さんを殺そうとしていたのは、事実ですよね?」
 そう川崎が言うと、千佳は少しの間言葉を詰まらせたが、やがて、
「いいえ。渡辺を殺そうとしていたのは長倉さんの方で、私はそこまでやろうとは思ってませんでしたわ」
 と言っては、千佳は薄らと笑みを浮かべた。
 そう千佳に言われ、川崎は一旦、千佳への事情聴取はこの辺で終わらせることにした。
 川崎の感触としては、千佳は渡辺を殺そうとはしてなかったと言ったが、それは嘘だと思った。だが、長倉の遺体を大通公園に遺棄はしてないとは思った。というのは、千佳は確かに身体的には綺麗だが、とてもそのような小細工は出来ないように思われたのだ。千佳は確かに綺麗だが、推理小説に出て来るような犯人が行なうような小細工を行なう知恵を持ち合わせてないような印象を抱かせるのだ。とはいうものの、取り敢えず、長倉がアクシデントによって死亡し、そして、何者かが長倉の遺体を遺棄したという線に沿って捜査を進めてみることにした。
 すると、意外にも思ってもみなかった有力な情報を入手することが出来たのだ。そして、その情報を川崎に提供したのは、長倉と同じアパートに住んでいた滝口明久という三十歳位の会社員であった。滝口は長倉が死亡した日、即ち、十月十一日の夜から翌朝にかけて、「長倉さんの部屋周辺とか、長倉さんのアパート周辺で何か不審な場面とか人物を目撃しなかったかという問いに対して、滝口は、
「そういえば、確かにあのことは、不審だったかもしれませんね」
 と、神妙な表情を浮かべては言ったのだ。
「ほう……。それは、どういったものですかね?」
 と、川崎は興味有りげ表情を浮かべては言った。
「確か十月十二日の午前一時頃でしたかね。僕は友人と飲んだ為に、帰りが遅くなり、アパートに戻って来たのは午前一時頃だったのですよ。すると、その時に、妙な場面を眼にしてしまったのですよ」
 と、滝口は些か困惑したような表情を浮かべては言った。
「妙な場面ですか。それは、どういったものですかね?」
 川崎は興味有りげに言った。
「アパートの出入り口から、アパートのオーナー夫妻が麻袋のような大きな袋を手に外に停めてあった車に乗り込んで行ったのですよ」
 と、滝口はいかにも神妙な表情を浮かべては言った。
 そう滝口に言われ、川崎は思わず眼を光らせた。正に今の滝口の証言は大いに興味をそそらせたからだ。
 それで、
「それは、十月十二日の午前一時頃に間違いないですかね?」
 と、改めて確認した。
「ええ。そうです。さっき言った通りですよ。午前一時頃のことですよ。僕はその時にたまたま腕時計に眼をやったので、その時が何時だったか、はっきりと覚えてるのですよ」
 と言っては、滝口は小さく肯いた。
 そう滝口に言われ、川崎も小さく肯いた。何故なら、長倉の死亡推定時刻は十一日の午後七時から八時である。その為に、もしその麻袋の中に長倉の死体が入っていても、十分に辻褄が合うと思ったからだ。
 そう思った川崎は、
「で、その時のオーナー夫妻の様は、どんなものでしたかね?」
 と、いかにも興味有りげに言った。
「それが、何だかとても慌てていて、平静を失ってたような印象を受けましたね。というのも、僕がかなり近付いていたのに、そんな僕のことがまるで眼に入らなかったみたいでしたからね」
 と言っては、滝口は眉を顰めた。
「で、その麻袋をオーナー夫妻はどうしましたかね?」
「オーナー夫妻の車のトランクに入れましたね」
 と言っては、滝口は小さく肯いた。
「オーナー夫妻のその車は何ですかね?」
「カローラですよ」
「カローラですか。色は何色でしたかね?」
 川崎は思わず眼を大きく見開き輝かせては言った。
「色は白でしたね」
「では、オーナーの奥さんの身体付きはどのようなものでしたかね?」
 と、川崎は再びいかにも興味有りげに言った。
「身長は160センチ位ではないですかね。体重はよく分からないですが、50キロあるかないか位ではないですかね」
 そう滝口に言われ、川崎は、
「そうでしたか……」
 と、些か声を上擦らせては言った。
今の滝口の証言によって、どうやら捜査は一気に前進したようだ。そして、その結果は正に思ってもみなかった展開になりそうな塩梅となってしまった。
 そう実感すると、川崎は思わず声を上擦らせてしまったのである。
 そんな川崎は、
「で、滝口さんは、その麻袋の中に何が入っていたと思いましたかね?」
 と、滝口の顔をまじまじと見やっては言った。
「さあ、その時は少し酔ってましたし、また、かなり眠かったので、特にそのようなことは深く考えませんでしたね」
 と、滝口は些か決まり悪そうに言った。
「で、今は何が入っていたと思いますかね?」
 と、川崎は再び滝口の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、滝口は些か表情を険しくさせては、言葉を詰まらせた。そんな滝口は滅多なことは口に出来ないと言わんばかりであった。
 それで、その点に関しては川崎は更に訊こうとはせずに、
「で、長倉さんはオーナーと何かトラブルを抱えていませんでしたかね?」
 と、興味有りげに言った。すると、滝口は、
「さあ、僕は長倉さんとは何ら関係のない者ですから、長倉さんとは話したことはまるでないのですよ。ですから、そのようなことはまるで分からないですね」
 そう滝口が言ったので、この辺で滝口への聞き込みを川崎は終えることにした。
 滝口の証言は、正に今までの長倉の事件の捜査を一変させるものであった。時間といい、オーナーの妻の身体付きが中肉中背であったことと、大きな麻袋を白のカローラのトランクに入れたことから、長倉の遺体を大通公園に遺棄したのは、「宝島ハイツ」のオーナー夫妻であったという可能性が、この時点で一気に浮上したのである!
 それで、直ちに「宝島ハイツ」のオーナー夫妻から話を聴く必要が発生したのだ。

     3

長倉が住んでいた「宝島ハイツ」のオーナーは、三瓶和郎、智子夫妻で、「宝島ハイツ」の近くに住んでいた。
 そんな三瓶夫妻の住居は、百坪程の敷地に四十坪程のコンクリート造りの二階建であった。
 そして、川崎はその日の午後五時頃、三瓶夫妻宅を訪ねたところ、三瓶夫妻は二人とも在宅していた。
 そんな三瓶夫妻をさっと一瞥すると、和郎は六十の半ば位の年齢で、智子は五十位に見えた。
 そんな三瓶夫妻に、私服姿の川崎はまず自己紹介してから、
「この前は、『宝島ハイツ』に居住されていた長倉強さんがあんなことになって、三瓶さんもさぞ心を痛められたことでしょう」
 と言っては、二人を交互に見やった。
 すると、二人は幾分か緊張した様を浮かべては、次の川崎の言葉を固唾を呑んで待ってるかのようであった。
 そんな三瓶夫妻に、
「で、長倉さんは青酸によって死亡したことは分かってるのですが、その後、捜査はあまり進展しませんでしてね。つまり、長倉さんは殺されたのか、自殺したのか、あるいは、事故によって死んだのか、その辺のことがまだ明らかになってないのですよ」
 と、川崎はいかにも決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
 そう川崎が言うと、和郎が、
「そうですか……」
 と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。
 そんな和郎に、
「で、十月十一日の午前一時頃のことを聞きたいのですかね」
 そう川崎が言うと、三瓶夫妻の顔色が変った。その顔色の変化を川崎は見逃しはしなかった。
 そんな三瓶夫妻に、川崎は、
「で、三瓶さんは、その頃、つまり、十月十二日の午前一時頃、何処で何をしてましたかね?」
 そう言っては、三瓶夫妻の顔を交互に見やった。
 すると、三瓶夫妻は些か表情を和らげた。そして、
「その頃は、この家で眠ってましたよ」
 と、何だそんなことかと言わんばかりに言った。
「それは、間違いないですかね?」
 川崎は念を押した。
「間違いないですよ」
 和郎は薄らと笑みを浮かべては言った。
 それで、川崎は滝口の証言を話した。
 そんな川崎の話に、三瓶夫妻はいかにも険しい表情を浮かべては耳を傾けていたが、川崎の話が一通り終わると、
「それは、見間違えをしたのですよ」
 と、その証言は話にならないと言わんばかりに言った。
「そうですかね? その人物は絶対に三瓶さんに間違いないと言ったのですがね」
「じゃ、その人物を連れて来て下さいよ。そして、僕たちを間近で見て、本当に僕たちだったのか、確認してくださいよ」
 三瓶があっさりと、滝口の証言を認めないということは、予想出来てはいたが、こう頑なに否定されてしまうと、川崎は困ってしまった。何しろ、その時に三瓶夫妻を眼にしたのは、滝口一人である為に、そう三瓶夫妻に主張されてしまえば、正に川崎としては苦しい立場に追い込まれてしまうというわけだ。
 それはともかく、もし、三瓶夫妻が長倉の遺体を大通公園に遺棄したとしたら、何故三瓶夫妻はそうする必要があったのだろうか? 三瓶夫妻が長倉を殺したとでもいうのだろうか?
 その可能性はまず有り得ないと、川崎は思った。というのは、もし、長倉と三瓶夫妻との間に深刻なトラブルが発生していたとしたら、今までの捜査でその話が川崎たちの耳に入る筈だからだ。だが、今までにそのような情報は何ら入手出来ていないのだ。
 となると、三瓶夫妻は長倉の遺体を大通公園に遺棄しただけなのだろうか? もし、そうだとしたら、何故そのようなことを行なう必要があったのだろうか?
 今の時点では、それは謎であった。
 とはいうものの、まず三瓶夫妻の嘘を暴くことが先だ。
 そう判断した川崎たちは、早速、三瓶宅の近所の住人から話を聞くことにした。
 というのも、三瓶夫妻が三瓶夫妻のカローラで長倉の遺体を「宝島ハイツ」から大通公園にまで運んでは遺棄し、三瓶宅にまで戻って来るには、少なくとも一時間半程の時間が必要となるからだ。
 となると、その間は、三瓶宅のガレージに三瓶夫妻のカローラが停められていなかったことになる。その点を確認すれば、三瓶夫妻の嘘を暴けるというわけだ。
 それで、直ちにその捜査が行なわれることになった。
 すると、程なく有力な証言を入手することが出来た。その証言をしたのは、三瓶宅の隣に住んでいる外山道夫という自営業の男性であった。外山は、
「その日の午前零時半頃、三瓶さん宅から車が発進したことを覚えていますよ」
 と、川崎の問いに何ら表情を変えずに、外山は淡々とした口調で言った。
 そんな外山に川崎は眼を大きく見開いては、
「何故そう言えるんですかね?」
「その時、家で片付けなければならない仕事がありましてね。それで、夜の一時頃まで起きては、机に向って仕事をしていたのですよ。それで、午前零時半頃、三瓶さんが車に乗って何処かに行ったことを僕は知ってるのですよ」
 と、外山はそのことが何か重要なことなのかと言わんばかりに、平然とした表情で淡々とした口調で言った。
 この外山の証言を受けて、三瓶夫妻はもう誤魔化しは通用しないだろう。
 三瓶夫妻は中央署に任意出頭を要請され、中央署の取調室で川崎たちから訊問を受けることとなった。 
 そんな三瓶夫妻は最初の内は深刻な表情を浮かべては、なかなか言葉を発そうとはしなかったのだが、三瓶夫妻の罪は死体遺棄だけであり、しかも、二人とも初犯だということから、罪は軽いものだと言って二人を説き伏せると、やっとのことで、三瓶夫妻は二人の犯行を認めたのであった。
「僕はもうびっくりしてしまったのですよ」
 と、和郎は眼を大きく見開き、いかにも興奮気味に言った。
「何をびっくりしたのですかね?」
 と、川崎。
「長倉さんは深夜に時々かなり大きな音でステレオを鳴らすものですから、近所の居住者から苦情が入っていましてね。また、今月分の家賃がまだ入金されてなかったものですから、その日の午後九時頃に長倉さんの部屋に行ったのですよ。そんな僕は、長倉さんが夜の仕事をしていて、夜はいつも留守にしてるなんてことは、知らなかったのですよ。
 それはともかく、午後九時頃に長倉さんの部屋を訪れたのですが、何度ノックしても応答がありません。それで、僕はノブを回してみたのですが、すると、鍵は掛かってませんでした。
 それで、ノブを回し、僕は玄関扉を開けてみたのですが、すると、僕はびっくりしてしまいました。というのは、リビングの方から廊下に向かって長倉さんと思われる人物がだらしなく寝ころんでいたのが眼に入ったからです。 
 そんな長倉さんと思われる人物の様が、何となく不審に思った僕は、とにかく部屋に上がって様子を見てみることにしました。すると、長倉さんは白眼を剥いてはぴくりともしなかったのです。
 そんな長倉さんを一眼見て、死んでると思いました。
 それで、僕は直ちに110番通報しようとしたのですが、そんな僕の動きは程なく止まりました。
 というのも、実のところ、この『宝島ハイツ』は、殆ど借金をして立てたもので、その返済資金がまだ三千万程残っていたのです。でも、家賃収入はまずまず得られていたので、後二十年程すれば、借金を返済出来るという計算であったのです。そして、子供たちにもいい財産を相続させることが出来ると喜んでいたのです。
 にもかかわらず、『宝島ハイツ』で長倉さんのような死者が出たとなると、今の居住者が『宝島ハイツ』から引っ越して行くかもしれません。あるいは、今後、入居者が思うように集まらないかもしれません。況してや、長倉さんが『宝島ハイツ』で殺されたともなれば、それは正に私たちにとって一大事となってしまいます。殺人が発生したアパートに入居したがる者は誰もいないでしょう。それで、僕は家内と相談して、長倉さんの遺体を大通公園に遺棄することにしたのですよ」
 と、和郎はいかにも決まり悪そうな表情を浮かべながらも、淡々とした口調で言ったのだった。

目次   次に進む