第三章 第二の死
1
その二日後、思ってもみなかった情報が川崎の耳に飛び込んで来た。その情報を川崎に知らせたのは、川崎と共に長倉の事件を捜査してる中央署の高村正則刑事(28)であった。
高村は興奮を隠すことなく、
「警部! 大変なことになりました! 永山さんが死体で発見されたのです!」
と、声高らかに言った。
そう高村に言われても、川崎は特に表情の変化を見せなかった。その永山という人物が、どの永山を指してるのか、よく分からなかったからだ。
それで、言葉を詰まらせていると、そんな川崎に、
「永山沙希さんですよ! 長倉さんの事件で我々が疑惑を向けている永山沙希さんが、何と、今朝大通公園で死体で発見されたのです!」
と、高村は甲高い声で言った。正にそう言った高村も、その事実が信じらないかのようであった。
また、その思いも、川崎も同感であった。川崎は、
「それ、本当なのか?」
と、高村と同様、信じられないと言わんばかりに言った。
「本当です! 永山さんの上着のポケットに免許証が入っていたので間違いありません!」
川崎は思わず言葉を詰まらせた。今の高村の説明により、永山沙希が死んだということは、間違いないようだ。
だが、その事実は一体何を物語ってるのだろうか? それに対して、川崎は思いを巡らすことすら出来なかったのである。
そして、二人の間に少しの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、高村は、
「一体、どうなってるのでしょうかね」
と、いかにも困惑したような表情を浮かべた。
そう高村に言われても、川崎は言葉を発することは出来なかった。
そして、二人の間に再び少しの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、川崎は、
「とにかく、永山さんの遺体を見てみたいんだ」
それで、川崎は高村と共に、永山沙希の遺体が安置されてるという市内のS病院に行った。
そして霊安室に安置されている永山沙希の遺体に対面することになった。
すると、その女性は確かに、川崎が一昨日に話を聴いた永山沙希に違いなかった。そんな沙希は、話し掛ければ返答しそうな感じであったが、その死顔は苦痛で歪んでいるかのようであった。
それはともかく、沙希の死因は青酸による中毒死であることが、司法解剖の結果、明らかとなった。
そのことからも、沙希の死は長倉の事件に関係が有り得るということが、自ずから察せられた。
とはいうものの、沙希の死が、事件によってもたらされたと断定するのは、早急過ぎるというものであろう。
というのは、川崎の推理通り、やはり、長倉を殺したのは、沙希であった。
だが、そんな沙希に川崎たち警察は、早々と疑いの眼を向けた。
それで、沙希はいつかは逮捕されると恐れ、そうなるまでに自らで死を選んだという見方も出来るからだ。
もっとも、沙希は何者かに殺されたという可能性も十分に有り得るだろう。
では、沙希が殺されたとしたら、その動機は何か?
考えられるのは、沙希は川崎には話さなかったものの、長倉を殺した人物に察しがついていた。
それ故、その人物にコンタクトを取り、その結果、トラブルが発生し、沙希はその人物に殺されたというわけだ。
となると、その人物は、長倉と沙希の二人を殺したということになる。
即ち、沙希が死んだ原因としては、まずこの二通りのパターンが考えられると、川崎は看做した。
それで、その川崎の判断を元に、今後の捜査を行なうことになった。
だが、沙希の事件は川崎が捜査するわけではなかった。
長倉に続き、まだ若い女性が大通公園で変死体で発見されたという近年発生していない異常事態を一刻も早く解決する必要性を確認した北海道警は、捜査一課の辣腕刑事である馳正博警部(51)に捜査を担当させることになったのだ。
馳も沙希の死に関して、川崎と同じ見方を持っていた。即ち、沙希の死は自殺か殺しによるもので、自殺だとすれば、長倉殺しの発覚を恐れたというのが、その動機であり、また、殺しとすれば、長倉を殺した人物に察しがついた沙希は、その人物にその沙希の思いを話し、何かを要求したりした。
その結果、殺されてしまったというわけだ。
そして、馳はまず沙希が殺されたという推理に基づいて捜査をしてみることにした。
因みに、沙希の遺体が発見されたのは、長倉の場合とは違って、テレビ塔の近くの南大通り沿いの木立の中のベンチの上であった。そして、長倉の場合と同様、つばの広い帽子を被っていたので、大通公園を歩いている通行人からは眼につきにくかったのだ。そんな沙希の遺体を発見したのは、長倉の場合とは違って、大通公園の通行人であったのだ。
それはともかく、沙希の死因は既に明らかとなっていた。
そして、それは長倉と同じく、青酸による中毒死であったのだ!
それによって、沙希の死は一層長倉の死に関係してると看做さざるを得なくなってしまった。即ち、長倉を死に至らしめた青酸の残りが、沙希を死に至らしめたというわけだ。
また、沙希の遺体が長倉の遺体の場合と同じく大通公園のベンチに遺棄されたとは、正に警察に沙希の死は長倉の死に関係してることを見せ付けてるようであった。
それはさておき、馳たち捜査陣は直ちに沙希の遺体が見付かった辺りに立て看板を立て、市民から情報提供を呼び掛けるとにした。
長倉の場合はこの立て看板によって有力な情報を入手することが出来た。長倉の場合は、辺りを通り掛かったタクシーの運転手が、長倉の遺体が入っていたと思われる大きな袋を車のトランクから出したという中肉中背の不審な女の姿を目撃していたのだ。
そして、その不審な中肉中背の女が、沙希の遺体が遺棄されたと思われる頃に目撃されていれば、一層その女は、長倉と沙希の事件に関係のある重要参考人ということになる。
また、沙希の友人、知人たちに改めて聞き込みが行なわれることとなった。
長倉の事件では、沙希を容疑者として、沙希の友人たちに聞き込みを行なった為に、沙希から川崎に苦情が入った。
それで、川崎は心苦しい弁明を沙希に行なったが、今や、沙希が変死したとなれば、堂々と聞き込みを行なうことが出来るというものだ。
また、沙希を死に至らしめた青酸は、沙希がS大の理学部の助手ということからして、沙希の周囲の人間の中に、沙希を亡き者にしたいという者がいれば、沙希を死に至らしめた青酸を入手するの不可能ではないというものだ。
実際にも、沙希の研究室にある毒劇薬保管棚から青酸が僅かではあるが、紛失した可能性を高柳教授が仄めかしていた。
だが、僅かな量といっても、侮れない。何しろ、青酸の致死量は僅か二百ミリグラムなのだから。
そういったことを踏まえて、沙希の友人たちに聞き込みを行なってみた。
そして、最初の三人からは、特に捜査に役立ちそうな情報を入手することは出来なかった。
だが、馳が聞き込みを行なった四人目の森内かおるという沙希と同様、S大で助手を行なってる女性から興味ある情報を入手することが出来た。
もっとも、かおるも他の沙希の友人たちと同様、沙希が何故死んだのか、また、沙希が長倉の死に関係があるかどうかなんてことは、やはり、分からなかった。
だが、沙希のことを憎んでる人物はいないかという馳の問いに関しては、
「そういった人物はいますね」
と、神妙な表情で言ったのだ。
「それは誰ですかね?」
馳はいかにも興味有りげに言った。
すると、かおるはこのようなことを言ってもよいのかと言わんばかりの表情を見せたので、馳は、
「どんな些細なことでも構わないですから、遠慮なく言ってくださいな」
と、いかにも愛想良い表情と口調で言った。
すると、かおるは些か表情を険しくさせては、
「それは、星川知美さんという人です」
「星川知美さんですか。それは、どういった方なのですかね?」
馳は興味有りげに言った。
「私や永山さんと同じくS大で助手をやってる人です。また、私と永山さんと同じく理学部の助手なんですよ」
「成程。で、星川さんは、何故永山さんを憎んでいたのですかね?」
馳は興味有りげに言った。
「それは、恐らく星川さんには失礼な言い方になりますが、星川さんはとてもブスなんです。それに対して、永山さんは美人ですから、それが最大の理由なんだと思います」
と言っては、かおるは小さく肯いた。
とはいうものの、その程度のことでは、殺意は生じないであろう。そのようなことで殺意を生じ、その結果、殺人事件が発生するのなら、日本中の美人は、日本の至る所にいるブス女どもに次から次へと殺されてしまうというものだ。
そう馳が思っていると、かおるは更に話を続けた。
「で、星川さんと永山さんとの関係が甚だ悪いということをまざまざと私たちに見せつけた出来事が、四ヵ月程前に発生したのですよ」
と、かおるはその時のことを思い出すかのような表情を浮かべては言った。
馳はといえば、今までのかおるの話からして、その星川知美という女性は、永山沙希のことを憎く思っていたということは分かったが、そうかといって、沙希を殺しまではしないだろうと思った。何しろ、その星川知美という女性は、永山沙希と同様、大学の理学部の助手をしてるのだ。正に分別のある女性なのだ。そんな女性なのに、美人であるからという理由で沙希を憎み、殺したりはしないであろう。
だが、かおるの話はとにかく耳にしようとした。
「で、四ヵ月前に、私たちの学部や他の学部の助手や教授たちと共に洞爺湖に慰安旅行に行ったのですがね。で、その時に、永山さんと星川さんは、まるで小学生が行なうような喧嘩をやったのですよ」
と、かおるは神妙な表情を浮かべては言った。
「小学生が行なうような喧嘩ですか……」
馳は、眉を顰めては、呟くように言った。
「そうです。私たち、といっても、理学部の助手をしてる田中さんと、村山さんという三人で、私たちはお風呂に行ったのですが、私がその三人の中で一番早く部屋に戻って来たのです。で、部屋の中では永山さんが一人で私たちが戻って来るのを待っていることになっていたのですが、そんな永山さんと隣室で泊まることになっていた星川さんが何と髪の毛を引っ張り合いながら、喧嘩をしていたのですよ。正に、その二人の様は小学生そのものでした。私はそんな二人の様を眼にして、正にびっくり仰天してしまったのですよ。
もっとも、二人は私の姿を眼に留めると、喧嘩を止め、星川さんはそそくさと私たちの部屋を後にしましたが、私はあんなに取り乱した永山さんを見るのは初めてであったのですよ。
でも、私は永山さんが何故星川さんとあのような事態になったのかを訊かなかったです。何しろ、永山さんと星川さんが仲が悪いということは、私は知ってましたからね。それ故、こうやって慰安旅行に来ても、ちょっとしたことで、あのような事態になってしまったのだと思いますよ」
と、かおるは決まり悪そうな表情を浮かべて言った。
そうかおるに言われ、馳は、
「成程」
と、言っては、小さく肯いた。今の話を聞くまでは、星川知美は容疑者ではないと思っていたが、今の話を聞いて、必ずしもそうではないと思ってしまった。慰安旅行の場でも、そのような取り乱した様を見せるということは、二人は余程仲が悪かったのであろう。となれば、星川知美が沙希を殺したという可能性は無視出来ないというものだ。
それで、その星川知美という女性に会って、馳は話をしてみることにした。
2
星川知美は、新札幌にある五階建のマンションの206号室に住んでいた。そんな知美は青森市出身で、そのマンションに一人暮らしだということだ。
そんな知美に馳は事前に電話で連絡し、訪問の旨を話してあったので、知美は今、在宅してるに違いなかった。
インターホンを押すと、少しして応答があった。それで、馳は自らの名前と身分を名乗った。
すると、程なく玄関扉が開き、星川知美と思われる女性が姿を見せた。
それで、馳はそれを確認してみた。すると、やはり、そうであった。
だが、敢えて星川知美さんですかと確認してみるまでもなかったのかもしれない。何しろ、その女性は確かにブスだったからだ。正に、ブス女コンテストというものはないが、そのようなコンテストがあれば優勝しそうな感じであったのだ。
もっとも、そのような思いを、馳が口にするわけはないだろう。
それはともかく、馳は、
「星川さんに訊きたいことがあるのですがね」
と、神妙な表情を浮かべては言った。
すると、知美はそんな馳の言葉に間髪を入れずに、
「永山さんのことですか?」
と、何ら表情を変えずに言った。そんな知美の表情は、まるで能面のようであった。
「そうです。よく分かりましたね」
「そりゃ、警察の方が私を訪ねて来る用というのは、今はその件しかないでしょうからね」
「成程。で、単刀当直入に訊きますが、星川さんは永山さんの死に何か心当たりありませんかね?」
馳は知美の顔をまじまじと見やっては言った。
「特にないですね」
知美は何ら表情を変えずに、淡々とした口調で言った。
「そうですか。で、星川さんは永山さんとは随分と仲が悪かったとか」
「そりゃ、良くはなかったですが」
と、知美は決まり悪そうに言った。
「失礼な言い方になりますが、永山さんが美人であったことが、星川さんにとっては癪だったのですかね」
そう馳が言うと、知美は言葉を詰まらせた。そんな知美は、正に何と失礼なことを言うのかと言わんばかりであった。
案の定、知美は、
「その言い方、セクハラですよ!」
と、些か不快そうに言った。
それで、馳は、
「申し訳ありません」
そう馳に言われ、気を持ち直したのか、今の馳の問いに対する答えを知美は話し始めた。
「仲が良いとか、良くないとかいうのは、人間社会では付きものですよ。その原因は性格の相違とか、物事に対する考え方など、色々ですよ。
で、私が永山さんと仲が良くなかったのは、今、私が挙げた事柄そのものですよ。つまり、今、私が列挙した事柄で、私と永山さんとは、大きな隔たりがあったのですよ。
でも、私たちは子供ではないのですから、仲が悪くなる原因を持ち合わせていたとしても、一々そのようなことを表面化させ、対立するなんてことをやっていれば、この社会では生きていけませんよ。
それ故、私たちは仲が良くなかったと言えども、個人的にお互いにそう思っていたに過ぎなかっただけなのですよ」
と、知美は正に馳に言い聞かせるかのように言った。
そう知美に言われ、馳は「成程」と、肯いた。確かに、今の知美の説明は、もっともなことだと思われたからだ。
だが、人間というものは、誰しも自制心に優れているとは限らないというものだ。自制心が利かずして口論となり、その結果、殺人事件に進展したケースはこれまで幾らでもあるのだ。
それで、もう少し、知美からは話を聴かなければならないだろう。
そう思った馳は、
「今の星川さんの説明はもっともなことだとは思いますよ。でも、妙な話も耳にしてるのですがね」
と、眉を顰めた。
「妙な話? それ、どんなものですかね?」
知美は興味有りげに言った。
「星川さんたちは、S大の教授や助手たちと共に、四ヵ月前に洞爺湖に慰安旅行に行きましたね」
「ええ」
知美は小さく肯いた。
すると、馳も小さく肯き、
「で、その時に、星川さんと永山さんは髪の毛を摑み合いながら、喧嘩をしていたという話を耳にしたのですよ」
そう馳が言うと、知美の顔色が変った。そんな知美は正に触れられたくない部分に触れられたと言わんばかりであった。
そんな知美は言葉を詰まらせた。
それで、馳は、
「それは事実ですよね?」
と、念を押した。
すると、知美は渋面顔を浮かべた。そんな知美は、その話のねたを馳に提供した輩を非難してるかのようであった。
とはいうものの、知美は小さく頭を縦に振った。
すると、馳も小さく頭を縦に振り、
「でも、どうしてそのような事態になってしまったのですかね?」
と、興味有りげに言った。
すると、知美はいかにも決まり悪そうな表情を浮かべては、
「そりゃ、今までのお互いのお互いに対する不満がつい爆発してしまいましてね」
と、些か顔を赤らめては、いかにも決まり悪そうに言った。知美は率直に、その事実を認めたのだ。
だが、今度は馳が言葉を詰まらせてしまった。たとえ、そのような子供が行なうような喧嘩を行なったとしても、そうだからといって、知美が沙希を殺したとは限らないからだ。
だが、程なく馳はこの時点で沙希の死亡推定時刻、即ち、十月二十日の午後七時から八時に掛けての知美のアリバイを確認しておくことにした。
すると、知美は、
「その頃は、私の車で買い物に出掛けていましたわ」
と、何ら表情を変えずに、淡々とした口調で言った。
「買い物ですか……」
馳は呟くように言った。
「そうです。買い物です。私はいつも、私の車で買い物に行ってるのですよ。勿論、食料品をですよ。何しろ、私は一人暮らしですからね。ですから、私が食料品を買って来なければならないのですよ」
と言っては、小さく肯いた。
そう知美に言われ、馳はこの辺で知美に対する捜査を終え、知美のマンションを後にすることにした。
知美から話を聴いても、特に成果を得ることは出来なかった。
確かに、知美は沙希とは色んな面で話が合わずに仲が悪かったようだが、そうだからといって、知美が沙希を殺したとは限らないだろう。
それどころか、知美から話を聞いて、知美は沙希を殺したりはしないだろうという印象を強く抱いてしまったのだ。
何しろ、知美はS大の助手をやってる位だから、甚だ理知的で、そんな知美が感情に任せて殺しを行なったりはしないという印象を馳は強く抱いたのだ。
となると、知美は早くも容疑者圏外の人物になってしまったのか。
そう思うと、馳は落胆したような表情を浮かべてしまった。何しろ、捜査は振り出しに戻ってしまったみたいだからだ。
果して、この事件を解決に導くことが出来るのだろうか?
その思いが馳の脳裏を過ぎらなかったといえば、嘘となるだろう。
そんな馳は、正に捜査本部となってる中央署内の会議室の中を熊のように動き回ったものの、いい考えは浮かびはしなかった。
3
では、この時点でもう一度、大通公園で変死体が発見された事件の概要を振り返ってみよう。
十月十二日の午前十時頃、若い男性の死体をとうきび売りの女性が確認し、警察に届け出る。
その二日後に身元が判明。身元を確認したのは、その男性の仕事仲間が、その男性、即ち、長倉強が勤務先の薄野の「花園」というクラブを無断欠勤していた為に、男性の遺体が安置されていたS病院に来たところ、長倉強だと確認された。
それで、長倉の同僚たちに聞き込みを行なったところ、容疑者に相応しい人物が二人浮かび上がった。
その二人は「花園」の店長の山村治と、長倉の友人の大沢勝だった。山村は「花園」でアルバイトとして働いた女性を巡り、長倉と三角関係になっていた為に、長倉のことを腹立たしく思っていた。それで、犯行に及んだというわけだ。
だが、山村には確固たるアリバイがあり、また、長倉を死に至らしめた青酸の入手手段という点において難点があった。それで、山村は可能性が薄いと、川崎が判断した。
大沢勝は長倉の高校時代からの友人で居酒屋経営の資金として、長倉から四百万を借りた。そして、その返済は十年後だという承諾を長倉から得ていたのだが、最近になって長倉がその四百万を返せと大沢に迫った。だが、大沢は返さなかった。だが、長倉は強く返済を迫ったので、大沢が長倉を殺したというケースだ。
だが、そのケースも山村のケースと同様、可能性は薄いと思われた。
というのは、大沢の居酒屋は経営は順調で、長倉から借りた四百万が焦げ付く可能性は低いと思われた。それ故、あまり長倉が強く返済を迫れば、その四百万を銀行から借りてでもして返済する気はあったと大沢は言った。それ故、その程度のことで、大沢が長倉を殺したという可能性は低いと思われた。
また、大沢は山村と同様、青酸を入手するのが困難だと思われた。それ故、大沢も山村と同様、長倉を殺した可能性は低いと思われた。
そんな折に、新たに容疑者として浮上したのが、永山沙希であった。
沙希は長倉の高校時代からの友人で、そんな二人は男女関係があった。
そんな関係であったが、長倉が沙希以外の女に手を出し、現を抜かし始めた。その事実を知った沙希は長倉にその女との交際を止めるように長倉に言った。
だが、長倉はそんな沙希の言葉に耳を傾けようとはしなかった。
それで、沙希は長倉を殺したというわけだ。沙希はS大の理学部の助手をしてる為に、青酸を容易に入手出来る立場にあった。
それで、その裏を取る為に川崎は沙希の友人たちに聞き込みを行なった。
すると、沙希から苦情が入ったのだが、そんな沙希が何と、その二日後に大通公園のベンチで長倉と同様、変死体で発見されたのだ。
これが、大通公園で発生した正に不可解な事件なのだ。
そして、今、改めて事件の概要を考察してみると、やはり、沙希が長倉を殺し、それに気付いた警察が沙希に捜査の手を伸ばして来るのを恐れ、沙希が自殺したという可能性が最も高いという刑事が今の時点では多数を占めていた。
だが、犯罪捜査のプロである馳は、その推理には同調出来なかった。馳はまだ明らかに出来てない何かがあると、信じて疑わなかったのである!