第五章 不審な女性

     1

 タクシーの運転手の角倉敏夫と、札幌に出張の為にやって来た高橋勝次の証言により、長倉強の事件と永山沙希の事件に関係してると思われる不審な女性が浮かび上がった。
 その女性は中肉中背で、白のカローラと思われる車に乗っていた。
 この二つの条件に合致する長倉と沙希の身近であった人物のことを見付け出せばよいのだ。
 そして、その捜査が直ちに行なわれることとなったのだ。
 すると、程なく、その条件に合いそうな女性が見付かった。
 それは、星川知美であった。
 星川知美とは、S大で沙希と同様、理学部の助手をしている女性であり、また、沙希とは仲が良くなかった女性だ。その星川知美は、身体付きが中肉中背であり、また、白の1500CCのカローラに乗っていたのだ。タクシーの運転手の角倉と、高橋が証言した女性のイメージと知美はぴったりなのだ。
 また、知美は沙希の死亡推定時刻のアリバイが曖昧であった。知美はその頃、一人で車で買い物に行ったと証言した。そして、それはアリバイは曖昧といえるだろう。
 それで、そんな知美とは、もう一度、話をしなければならないであろう。
 そう思った馳は、新札幌にある知美のマンションを訪ねた。
 知美は馳の顔を眼にしても、特に表情の変化を見せなかった。そんな知美はいつも通りの理知的な面立ちを馳に見せつけていた。
 そんな知美に、馳は、
「永山さんの事件で、捜査が一歩前進しましてね」
 と、知美の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、知美は特に関心を示したようには見えなかったが、
「それ、どういったものですかね?」
 と、素っ気なく言った。
 それで、馳は高橋の証言を知美に聞かせた。
 知美はそんな馳の話に何ら言葉を挟まずにじっと耳を傾けていたが、馳の話が一通り終わっても、特に言葉を発そうとはしなかった。
 そんな知美に馳は、
「確か星川さんも1500CCの白のカローラに乗っていましたね」
 と、知美の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、知美は、
「私と同じ車に乗ってる人は、世の中にはいくらでもいますわ」
 と、馳の指摘に何ら動揺した様を見せずに、素っ気なく言った。
「それに、星川さんは中肉中背ですからね。その高橋さんが眼にしたという女性は、星川さんのように思えてしまうのですがね」
 と、馳は幾分か戯けたような表情を見せては言った。
「私と同じ位の身体付きの女性はいくらでもいますよ」 
 と、知美は馳の指摘は話にならないと言わんばかりに言った。
 そんな知美に、
「それに、星川さんは永山さんの死亡推定時刻のアリバイも曖昧ですからね」
 と、馳が戸惑ったような表情で言うと、知美は、
「仕方ないじゃないですか! それが事実なんですから!」
 と、声を荒げて言った。そんな知美は、明らかに知美に疑いの眼を向けてる馳に対して苛立っていた。
 そう知美に強く反論されれば、馳としても、これ以上強く出ることは出来なかった。知美が沙希の事件に関係してるという確証は、今のところ、何もないからだ。
 それで、この辺で馳は知美に対する捜査を終え、知美のマンションを後にすることにした。
 とはいうものの、これであっさりと、知美の捜査を終えるわけにはいかなかった。何しろ、今の時点では、沙希の事件では知美以外には、これといって容疑者は浮かんではいなかったからだ。
 それで、とにかく、知美の証言を崩そうとした。知美は沙希の死亡推定時刻、即ち、十月二十日の午後七時から八時頃にかけて、知美の車でスーパーに買い物に出掛けたと証言した。
 だが、その証言が嘘としても、その裏を取ることは出来ないであろう。というのは、そのスーパーは大型店であり、午後七時から八時にかけては、駐車場には百台を超える位の車が絶えず駐車されているからだ。
 とはいうものの、今の時点では知美の車の捜査令状は出ないというものだ。知美の車のトランクから、沙希の髪の毛が採取されれば、それは有力な証拠となるだろう。だが、今の時点では、その捜査は不可能というものだ。

     2

 沙希の事件の捜査はそういった状況であったが、長倉の事件の捜査はどうなったかというと、今までの捜査から、長倉の事件でも星川知美が関係してるのではないかという可能性が発生した。
 というのは、長倉の遺体を大通公園のベンチに遺棄したと思われる女性は、中肉中背で黒いサングラスを掛け、また、白のカローラらしき車に乗っていた。そして、その条件は、沙希の遺体を遺棄したと思われる不審な女性の条件とほぼ一致してるからだ。
 それ故、沙希の遺体を遺棄した女性が星川知美であるのなら、長倉の遺体を遺棄した女性も星川知美である可能性があるというわけだ。
 とはいうものの、長倉と知美の接点は、まるでないように思われた。というのは、長倉は札幌育ちのバーテンダーであるのに対し、知美は青森育ちで、大学生になってから札幌にやって来ては、札幌に住み始めた女性だ。もっとも、長倉と知美の年齢は同じなのだが、同じ学校に在籍したことはないということが、今までの捜査で分かっていた。
 それで、長倉と知美の接点は一見、まるでないと思われた。
 だが、あっさりとそう決め付けて良いものだろうか?
 何しろ、長倉はクラブのバーテンダーをやっていた。それ故、長倉は不特定多数の者と知り合う可能性があったわけだ。
 そんな長倉の店に、もし知美が客としてやって来たとすれば……。
 一見、知美は理知的で、堅物のように見える。しかし、そんな知美であっても、私生活でも、そんな知美で通してるとは限らないであろう。職場内では真面目な銀行員であった女性が、ホストに狂い、銀行の金を横領したという事件も発生してるのだから。
 それで、とにかく、S大で入手した知美の顔写真を持って、長倉が働いていた「花園」で、聞き込みを行なってみることにした。
 とはいうものの、馳はその捜査結果に特に期待はしてなかった。いくら何でも、あの堅物そのものの知美が長倉が働いてるようなクラブには足を運ばないと思ったからだ。 
 だが、その捜査は意外な結果をもたらしたのである!
 というのは、馳が「花園」で、知美の写真を持って、この女性が「花園」に飲みに来たことはないかと聞き込みを行なったところ、何と複数の者から知美は度々「花園」に一人で飲みに来たことがあるという証言を得てしまったのである!
 更に、長倉と親しげに話をしてる場面も何度も眼にされているのだ!
 正に、この証言は馳にとって思ってもみなかったものだった。
 馳はその可能性が全くないとは思ってはいなかったが、その可能性は極めて小さいと看做していた。それ故、この捜査結果は意外なものとなってしまったのだ。
 更に、知美が長倉と店外でも付き合っていたというおまけまで得てしまったのであった。
 それで、馳は些か驚いたような表情を浮かべては、その証言者たちの証言に耳を傾けていたのだ。
 それはともかく、これによって、知美と長倉の間に知人関係があったことが証明された。
 となると、事件はどういった事の成り行きになって来るのだろうか?
 馳はその点に対して、思いを巡らせてみた。
 すると、自ずから三角関係の縺れという図式が浮かび上がって来た。
 即ち、カッコいい長倉に、知美は逆上せ上がってしまった。だが、そんな長倉は何と知美の同僚の永山沙希の恋人であったことを知美は知った。 
 それで、知美はそんな沙希のことを一層憎く思い、事に及んだのだ。
 また、知美が沙希を殺したのは衝動的とかいったアクシデントによるものではない可能性が高かった。
 というのは、沙希の死因は青酸死だ。青酸を衝動的に飲ますなんてことは、現実性に乏しいというものだ。
 それ故、知美が沙希を殺したとしたら、それは計画的であろう。元々、知美は沙希のことを憎く思っていた。そんな沙希が、知美の心を捕らえた長倉の恋人であることを知ったのなら、その憎しみは一層増大したことであろう。
 それ故、知美は何らかの計略を巡らせては、沙希を巧みに殺したのだ。
 そうに違いない!
 そう思うと、馳は些か満足そうに肯いた。
 では、長倉は何故死んだのだろうか?
 馳は今度はその点に関して、思いを巡らせてみた。
 すると、こういったケースが自ずから思い浮かんで来た。
 こういったケースとは、知美が長倉の知美に対する態度に腹を立てて、長倉を殺したというケースだ、
 知美は「花園」に客としてやって来たわけだから、当然長倉は知美に好意的に接しなければならないだろう。
 だが、私生活では別だ。店外では、長倉は「花園」で行なったような態度を知美に見せなかったのではないのか?
 知美は金銭なんかを餌に長倉に私的に付き合うように迫ったとする。
 いくら大学の助手でも、正にブスそのもの知美は、男にもてなかったのは、間違いないであろう。それ故、知美は「花園」で気前よくお金を使い、男の歓心を買おうとしたのだろう。
 とりわけ、カッコ良かった長倉のことを、知美は殊更気に入ったのではないのか。
 それで、長倉を煽て、また、金銭的援助なんかを行ない、長倉と私的に付き合うようになったのだが、元々ブスであった知美に性的魅力があるわけではなく、つい長倉は知美がかっとするような暴言を吐いてしまった。
 プライドの強い知美は、そんな長倉の態度を許すことは出来なかった。
 それで、事に及んだのではないのか?
 即ち、長倉も沙希も、知美によって殺されたというわけだ。長倉と沙希を死に至らしめたのが、青酸であるということと、長倉と沙希の遺体が遺棄されたと思われる頃、知美と思われる人物が目撃されたともなれば、この推理は一層現実味を帯びて来るというものであろう。 
 それ故、改めて知美から話を聴く必要が発生し、馳は前回、知美のマンションを訪れた三日後に知美のマンションを訪れることとなったのだ。

     3

 馳の姿を眼にした知美は、特に表情の変化を見せなかった。それは、正に安易に感情を顔に出さないという慎重な性格を物語ってるかのようであった。
 それはともかく、馳を眼にしても、馳の来訪の目的を窺うような様を見せるだけで、言葉を発そうとはしない知美に対して、馳は、
「実は、妙なことが明らかになりましてね」
 と、眉を顰めては言った。
「妙なこと? それ、どんなことですかね?」
 馳の言葉に、特に関心がないかのように、知美は素っ気なく言った。
 そんな知美に、馳は、
「星川さんは、長倉強さんという男性のことを知ってますかね?」
 と、知美の顔をまじまじと見やっては言った。 
 すると、知美の言葉は詰まった。そんな知美は、馳の言葉に何と答えればよいか、戸惑ってるかのようであった。
 それで、馳は、
「長倉強さんとは、薄野にある『花園』というクラブでバーテンダーをやっていた男性ですよ。その長倉さんのことを知ってるかと訊いているのですよ」
 と、知美の顔をまじまじと見やっては言った。そんな馳の顔は穏やかなものであったが、眼はとても冷やかなものであった。
 そう馳に言われると、知美は、
「その長倉さんなら、知ってますわ」
 と、何ら躊躇うことなく、言った。そんな知美は、長倉の名前に言及して来た馳に対して、下手な誤魔化しは通用しないと思ったのかもしれない。
 そう知美が言うと、馳は小さく肯き、そして、
「その長倉さんが十月十二日に、大通公園のベンチで死体で発見されたのをご存知ですかね?」
 と、知美の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、知美は、
「ええ」
 と、素っ気なく言った。
「どうして知りましたかね?」
「そりゃ、新聞の記事でですよ」 
 と、知美は素っ気なく言った。
「新聞の記事ですか。で、星川さんはどうして長倉さんのことを知っていたのですかね?」
 馳は、知美の顔をまじまじと見やっては、興味ありげに言った。
「そりゃ、長倉さんはクラブのバーテンダーをやってましたからね。つまり、私はそのクラブに行ったことがあるのですよ。それで、私は長倉さんのことを知っていたのですよ」
 と、知美はそのことが何か問題があるのかと言わんばかりに言った。
「では、星川さんは、長倉さんが働いていたクラブに偶然に足を運び、そして、長倉さんと偶然に知り合ったのですかね?」
 と、馳は穏やかな表情と口調で言った。だが、そんな馳の眼は冷やかなものであった。
 すると、知美は、
「そりゃ、そうですわ」
 と、些か笑みを浮かべては言った。そんな知美は、何故そのようなことを訊くのかと言わんばかりであった。
 そんな知美に、馳は渋面顔で、
「そうですか……」
 と言っては、少し右手で頭を掻いては、
「で、星川さんは店外で長倉さんと付き合ったりはしてませんでしたかね?」
 と、知美の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、この時点で知美は不快そうな表情を浮かべては、
「どうして、私がそのようなことを何だかんだと訊かれなければならないのですか? まるで私が何かの事件の容疑者であるかのようなんですが」
 すると、馳は、
「確かに今、星川さんの置かれた立場は、星川さんにとって好ましくないものとなってるのですよ」
 と、決まり悪そうに言った。
「私にとって好ましくない? それ、どういうことですかね?」
 知美はいかにも納得が出来ないように言った。
「ですから、ここしばらくの間で、星川さんと面識のある二人の人物が相次いで大通公園で変死体で発見されたからです。その二人とは、改めて説明するまでもないですが、長倉強さんと永山沙希さんです。
 で、二人の死因は共に青酸による中毒死でした。
 更に、二人の遺体が遺棄されたと思われる時間帯に、何と白のカローラと思われる車に乗った中肉中背の黒いサングラスを掛けた不審な女性が目撃されてるのです。
 これだけでも、何故星川さんが不利な立場に置かれてるのかを改めて説明するまでもないと思うのですがね」
 と言っては、馳は知美の顔をまじまじと見やった。
 すると、知美は、
「それは正に誤解ですよ。私は長倉さんの死にも永山さんの死にも関係してないですからね」
 と、憮然とした表情で言った。
「でも、状況証拠では、星川さんが甚だ不利なんですよ。何しろ、星川さんは長倉さんとも永山さんとも面識があり、また、仕事柄青酸を入手出来る立場にありますからね。
 更に、永山さんとは仲が良くなかったですからね。
 それに、星川さんは以前僕と話をした時に、何故長倉さんのことに言及しなかったのですかね?」
 と、馳は些か納得が出来ないように言った。
 すると、知美は、
「それは、刑事さんが長倉さんのことに関して何も言わなかったから、別に長倉さんに関して話をしなくてもよいと思っただけですよ」
 と、些か不貞腐れたように言った。
 そんな知美の話に馳は納得したのかどうかは分からないが、
「そうですか」
 と言っては、
「で、話は変わりますが、星川さんは偶然に『花園』に行った結果、長倉さんと偶然に知り合ったのですかね?」
 と、馳は言っては、唇を歪めた。
 すると、そんな馳の問いに、知美は間髪を入れずに、
「そうですよ」
 と、平然とした表情で言った。
 すると、馳は、
「そうですかね?」
 と言っては、眉を顰めた。
「そうですかねとは、どういうことですかね?」
 知美は怪訝そうな表情で言った。
 それで、馳は、
「僕は星川さんは偶然に『花園』に行っては、偶然に長倉さんと知り合ったのではないと思うのですよ」
 と言っては、小さく肯いた。
 すると、知美は、
「まあ……」
 と、言っては、憮然とした表情を浮かべた。そんな知美の表情は、正に馳は何を言い出すのかと言わんばかりであった。
 すると、馳は眼を大きく見開き、
「実はですね。長倉さんは永山さんと付き合っていたのですよ。永山さんとは、無論永山沙希さんのことです」
 と言っては、小さく肯いた。
 すると、知美は呆気に取られたような表情を浮かべた。そんな知美は、そのようなことを耳にするのは、今が初めてだと言わんばかりであった。
 案の定、知美は、
「それ、本当ですかね?」
 と、眼を大きく見開き、いかにも信じられないと言わんばかりに言った。
「本当ですよ。永山さんから直にそのことを確認してますからね」
 と、馳は言っては、小さく肯いた。
「……」
 そんな知美に、馳は、
「でも、こんな偶然が重なるでしょうかね?」
 と、いかにも納得が出来ないように言った。
 そんな馳に、知美は決まり悪そうな表情を浮かべては、言葉を発しようとはしなかった。
 そんな知美に、馳は、
「僕は星川さんは、長倉さんと永山さんが付き合っていたことを知っていたと思いますね」
 と言っては、小さく肯いた。 
 すると、知美は、
「いいえ。そのようなことは、今、初めて知りました。だから、びっくりしてるのですよ」
 と、眼を大きく見開き、いかにも驚いたと言わんばかりに言った。
「そうですかね? 僕はその星川さんの説明は信じられないですね」
 と、渋面顔で言った。
「信じられない? どうして信じられないのですかね?」
 知美も渋面顔で言った。
「星川さんは偶然に『花園』に行き、偶然に長倉さんと知り合ったと言われましたが、薄野には数多くのクラブがあるのですよ。それなのに、星川さんが足を運んだクラブが、星川さんが嫌ってる同僚と付き合ってる男がバーテンダーをやってるクラブだったと言うのは、何だか話しがうまく行き過ぎてますよ」
 と言っては、馳は苦笑いした。
 すると、知美は、
「仕方ないじゃないですか! それが、事実なんですから!」
 と、不貞腐れたように言った。
「そうですかね? 僕はそうは思わないですよ。
 星川さんはきっと永山さんと付き合ってる男が『花園』で働いているということを耳にし、それで、その男に手を出してやろうと目論見、その目論見を実行したのではないですかね? で、何故、そのように目論んだのかは分からないですが、星川さんは金なんかで長倉さんの歓心を買い、長倉さんと付き合っては、永山さんの悪口なんかを、長倉さんに言いまくったのではないですかね? そして、長倉さんと永山さんの仲を引き裂いてやろうとしたりしたんじゃないですかね?
 だが、その目論見はうまく行かなかったりして、星川さんは長倉さんを青酸で殺したのではないですかね?
 で、その秘密を嗅ぎ付けた永山さんをそのままにしておくことが出来ずに、今度は永山さんを殺したというわけですよ。
 これが、長倉さんと永山さんの事件の真相だというわけですよ。
 どうです? 違いますかね?」
 と、馳は知美の顔をまじまじと見やっては、にやっとした。その馳の笑みは正に嫌みのある笑みであり、また、そんな馳は、もうここまで捜査は進んでるのだから、もう嘘は付けないと、知美を諫めてるかのようであった。 
 すると、知美は、
「何を言うのですか! 一体、何の証拠があって私を犯人扱いするのですか! 今の推理は、正に私の名誉を侵害するものです! 断固として、私は許すことは出来ません! 謝罪を私は要求します!」
 と、いかにも顔を真っ赤にし、また、興奮を隠すことなく、馳に抗議した。
 すると、馳は、
「すいませんね。でも、こういう推理も成り立つということですよ」 
 と言っては、小さく肯いた。
 すると、知美は興奮を隠すこともなかったが、言葉を発しようとはしなかった。
 そんな知美に、
「とはいうものの、先程も申しましたように、星川さんの立場はかなり苦しいものになったということは間違いないのですよ。それ故、星川さんのマイカーの捜査令状が既に出てるのですよ」
 と、馳は言っては、その令状を知美に見せた。
 知美はその令状を眼にして、正に眼を丸くした。そんな知美は、正にまさか自らのマイカーが捜査令状に基づいて捜査されるなんてことは、思ってもみなかったと言わんばかりであった。
 そんな知美に、
「で、予め確認しておきたいことがあるのですがね」
 と言っては、馳は唇を歪めた。
 だが、そんな馳に知美は言葉を返そうとはしなかった。
 そんな知美に馳は、
「今までに星川さんは、長倉さんと永山さんを自らのマイカーに乗せたことはありませんかね?」
 と、知美の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、その馳の問いに、知美はすぐに答えようとはしなかった。そんな知美の様は正に不審感を抱かせた。
 だが、やがて、知美は、
「永山さんに一度だけ乗ってもらったことがありますわ」
 と、渋面顔で言った。
「ほう……。でも、星川さんは永山さんとは仲が良くなかったのではないですかね?」
 馳は、些か納得が出来ないように言った。
「ですから、仕事の関係で永山さんと行動しなければならない時がありましてね。で、その時に一度だけ乗ったことがあったのですよ」
 と、知美は決まり悪そうに言った。
「それは、いつのことですかね?」
 馳は興味有りげに言った。
「一年程前ですかね」
「それは、どんな仕事だったのですかね?」
「小樽市内で学会の研修がありましてね。で、その時、永山さんと共に発表しなければならないことがあったのですが、その打ち合わせの時間がなかったので、どうしても私の車の中で打ち合わせをする必要があったのですよ」
 と、知美は些か声を上擦らせては言った。
 その知美の説明が正しいのかどうかは、分からなかったが、馳はとにかく、
「そうですか」
 と言っては、この辺で知美との話を切り上げ、知美の車を鑑識と共に、長倉と沙希の痕跡が残ってないかの捜査に取り掛かった。そんな馳の様を、知美はいかにも不快そうな表情を浮かべながら、見入っていたのであった。

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