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 沖縄は正に良い面と良くない面が極端に並立してる。これだけ、良い面と良くない面が並立してるのは、日本では沖縄位ではないか?
 では具体的に良い面を挙げてみよう。
 何しろ、沖縄は風光明媚だ。あのエメラルドグリーンに煌く海の色や白い砂、抜けるような青い空にブーゲンビリアのように情熱を感じさせる原色の花。
 これらの魅力に捕らわれ、沖縄を訪れる観光客は数多い。
 次に沖縄の良くない面を挙げてみよう。
 県民所得が低く、貯蓄率も低い。失業者が多い。離婚率が高いという具合だ。
 これらを見ると、沖縄は部外者から見れば良い所なのだが、沖縄人(ウチナーンチュ)から見れば、良くない所のようだ。
 だが、実際にはそうでもないみたいだ。沖縄は就職率も悪く収入が低いにもかかわらず、ウチナーンチュは沖縄から離れたがらないようなのだ。ということは、ウチナーンチュにとって沖縄はやはり良い所なのであろう。
 そんなウチナーンチュは内地の者(ナイチャー)が沖縄に移住して来るのはあまり歓迎しないという。ウチナーンチュとナイチャーとの間には色々ギャップが発生しがちだからだ。
 例えば、ナイチャーは地域の行事には参加したがらず、その反面、行政には口うるさい。開発事業なんかに真っ先に反対するのはナイチャーだからだ。地元民にとって必要な開発はある。それ故、地元民にとってナイチャーに対する不満は高まっている。
 そのような軋轢が存在してることなどつゆ知らず、沖縄の自然に魅せられ、沖縄の移住希望者は後を絶たないのである。
 それはともかく、赤嶺定吉は生まれも育ちも沖縄であった。即ち、ウチナーンチュである。
 沖縄人は収入が低いことも気にせず、どんどんと子供を生むという。それは、助け合いの精神が富んでいて、困っていれば誰かが助けてくれると思うからだそうだ。また、沖縄はお金がなくてもそれなりの暮らしが出来るそうだ。そのように言うウチナーンチュもいるそうだ。
 しかし、今の世の中、いくら沖縄といえども、お金がなければ暮らしてはいけないだろう。
 最近、赤嶺定吉は殊にそう実感していた。
 定吉は地元の高校を卒業し、土木関係の作業員なんかをやっていたが、不況の影響を受けて馘になってしまった。
 それでタクシーの運転手をやり始めたのだが、一日に四、五千円稼げればよい方であった。
 そんな定吉は三年前に離婚した。その原因は定吉の離職であった。
 定吉はその頑健な身体を資本に土木作業員の仕事で結構稼いでいた。妻と二人の子供は十分に養えていた。
 だが、一日に数千円しか稼げない時もあるタクシーの運転手稼業では妻子を養うことは出来なかった。また、泡盛を飲むことが何よりも愉しみな定吉には蓄えはなかった。
 そんな定吉に愛想を尽かした妻と二人の娘は、あっさりと定吉の許から去って行ったのである。
 定吉は那覇市内にある家賃三万のアパートで一人暮らしであった。
 そんな定吉は無論金には困っていた。一日に二千円しか稼げない日もあり、好きな泡盛を飲むのを控えなければならないというのが最近の定吉の状況であったのだ。
 そんな定吉を助けてくれるのが沖縄の社会と言いたいところだが、現実にはそううまく行きはしなかった。
 そりゃ、親戚に金持ちがいれば、助けてはくれるだろう。だが、そんな親戚は定吉にはいなかったのである。
 五人兄弟の二男として那覇市で生を受けたが、定吉の兄弟は皆、定吉と似たり寄ったりの暮らしであったのだ。それでは、どうにもならない。また、親の兄弟姉妹の関係者もそんな具合だ。まあ、鳶に鷹は生まれないということであろう。
 そんな定吉は、久し振りに弟の正吉と飲み屋で飲むことなった。因みに、正吉は那覇市内の中華料理店で働いていて、定吉たちの兄弟姉妹の中ではまずまずの暮らし振りであった。
 そんな定吉と正吉はカウンターの椅子に座っては世間を愚痴ったりしていたのだが、その時、正吉が、
「末子は最近、羽振りがいいらしいぜ」
 と、いかにも神妙な表情を浮かべて言った。
 すると、定吉の顔が突如真剣なものへと変貌した。そんな定吉はこれからの正吉の話は正に重要な話だと看做したかのようであった。
 そんな定吉に、正吉は、
「奈美ちゃんがいいとこの嫁になったからさ。そのお陰で末子は随分いい思いをしてるらしいぜ」
 と、いかにも力を込めて言った。
 末子とは赤嶺末子といって、定吉の弟の嫁であった。即ち、定吉が二男で正吉が三男、道雄が四男で、その道雄の嫁が末子であったというわけだ。
 道雄は運送会社でトラックの運転手なんかをやっていたのだが、九年前に交通事故で逝ってしまった。それで、末子は那覇市内の飲み屋なんかでアルバイトをしながら、一人娘の奈美を育てた。そして、奈美以外に兄弟姉妹がいなかったということから、奈美は何とかアルバイトをすることなく、那覇市内の高校を卒業することが出来た。
 そんな奈美は高校を卒業すると、東京に出た。そして、ファッシヨンモデルとなった。奈美は傑出した美人というわけでもなかったのだが、その南国育ちのエキゾチックな面立ちがモデル事務所の社長の眼に留まったのである。
 そして、モデルとなって三年目の夏、今度は青年実業家の眼に留まった。年商三十億を誇るアパレル会社の社長をしている深沢則之という三十歳の男に見初められ、奈美は愛でたく則之と結婚したのである。
 だが、その東京で行なわれた結婚式には定吉たち、即ち、道雄の兄弟の関係者が招待されることはなかった。それは、沖縄の社会では考えられないことであった。
 何故、定吉たちが招待されなかったか、その点に関して定吉たちは何度も末子に訊いた。
 すると、末子は相手方、即ち、奈美の相手である深沢家の者がそう言ったの一点張りであった。
 しかし、それは嘘だと定吉たちは思っていた。即ち、社会的にパッとせず、また、見栄えもよくない定吉たちがどやどやと押し掛けて来れば、奈美に迷惑が掛かると奈美か、末子のどちらかが看做し、定吉たちを招待しなかったと定吉たちは思ったのだ。
 そういったこともあり、定吉たちと末子との関係は気まずいものとなってしまった。とはいうものの、定吉たちと末子とは元々血の繋がりはなかった為に、定吉たちと末子との関係が気まずくなったといえども、特に大きなトラブルが発生したというわけではなかった。ただ、直に会ったり、電話のやり取りをしなくなったという程度のものであったに過ぎなかった。正に、他人の関係となったに過ぎなかった。そして、定吉は最近では末子のことなど、すっかりと忘れていたという塩梅であったのだ。
 そんな折に、正吉からそのように言われたのである。
 そう正吉に言われ、定吉の表情は大きく歪んだ。何故なら、定吉は今、羽振りがとても悪いからだ。前述したように、稼ぎが日に数千円しかない日も往々にしてあり、好きな泡盛を飲むのを控えなければならないこの頃なのだ。
 にもかかわらず、定吉にとって身近な人間が羽振りがよいと聞かされ、それは定吉の関心を大いに引いたのである。
 それで、定吉は、
「いい思いって、それどういうことだい?」
 と、いかにも好奇心を露にして言った。
「最近、マンションを購入したんだよ。三千万もするマンションをさ。間取りは3LDKで、リビングの中には大型液晶TVが置かれ、家具調度類も随分と高価なものを揃えているらしいぜ。それに、トヨタの新車も買ったんだよ。三百万位する車らしいぜ。正に、以前の末子とは思えない位の贅沢三昧の暮らしをしてるそうなんだよ。
 で、何故、そんな暮らしが出来るかといえば、そりゃ、奈美ちゃんのお陰さ。奈美ちゃんが東京でいい旦那を手にし、その旦那がお金を出してくれるそうなんだよ。全く、奈美ちゃんは玉の輿に乗り、その恩恵を末子が受けてるというわけさ」
 と、正吉は渋面顔を浮かべては、淡々とした口調で言った。そんな正吉は正にそんな末子のことを羨ましく思ってるのは間違いなかった。
 何しろ、正吉は定吉と比べれば、収入は少しはましであったが、2DKの木造の賃貸アパートで、妻と息子と三人で暮らしていたのだ。それに対して、末子は那覇市内で三千万もする3LDKマンションで一人暮らしだ。しかも、生活費まで奈美から受け取ってるらしいのだ。 
 血の繋がりはないとはいえ、正吉の弟の嫁がこれだけいい思いをしていれば、羨ましく思い、また、自らと比較しないわけにはいかないであろう。
 また、それは定吉とて同じであった。大好きな泡盛を買う金すら定吉は不足しているというのに、義妹が贅沢三昧の暮らしをしてるなんて不条理なことがあっていいものかと、定吉は思ったのだ。それに、親戚同士はお互いに助け合わなければならないというのが、沖縄社会の慣わしではないのか。
 そう思った定吉は、その思いを正吉に話した。
 すると、正吉は、
「そりゃ、俺もそう思うよ」
 と、そう言った。だが、そこからの正吉の言葉は詰まった。そんな正吉は、そうだからといってどうすればいいんだと言いたげであった。
 そう正吉に言われ、定吉の言葉も詰まってしまった。
 即ち、最近殊に付き合いが途絶えてしまった末子が急に羽振りが良くなったといえども、では、そうだからといって、それが定吉にとってどうにかなるわけでもなかったからだ。
 それで、定吉と正吉の間で、しばらくの間、重苦しい沈黙の時間が訪れた。定吉も正吉も重苦しい表情を浮かべながらグラスを手にしてはなかなか言葉を発そうとはしなかったのである。
 だが、やがて定吉は、
「末子は奈美ちゃんからのお金でいい思いをしてるんだろ」
「そうさ」
「だったら、俺たちもその恩恵を受けてもいいんじゃないかな」
 定吉は、眉を顰めては言った。
 すると、正吉は、
「俺もそう思うよ。しかし、法律的にはそんな言い分は通らないみたいだからな」
 と、渋面顔で言った。
「法律なんて、糞喰らえさ! 奈美ちゃんは俺たちの血を引いてるんだ。だから、奈美ちゃんからのお金は俺たちだって受け取るべきだよ。それが、俺たちウチナーンチュというものさ」
 と、定吉は正にその通りだと言わんばかりに言った。
 すると、正吉は、
「俺もそう思うよ」
 と、定吉に相槌を打った。もっとも、正吉は表面的にそう言ったまでであった。いくら何でも、そこまでは思わなかったのだ。しかし、兄である定吉がそう言ったともなれば、そう言わざるを得なかったのだ。
 そんな正吉に対して、定吉は心の底でそう思ったのだ。
 そして、二人の会話はやがて別のものへと移り、やがて二人はその飲み屋を後にした。
 そして、その三日後、定吉は末子のマンションに姿を見せていた。末子のマンションが何処にあるかは、定吉の妹の玉子が知っていたので、定吉は容易くそのマンションに着くことが出来た。辺りは正に閑静な住宅街であり、定吉が住んでいる辺りの住環境とはえらい違いだと定吉は思った。
 それはともかく、末子は606号室に住んでいるとのことなので、早速定吉はエレベーターで六階に上り、そして軽快な足取りで606号室の前に来た。因みに今日は水曜日で、今は午後一時であった。
 この時間なら定吉は本来なら勤務してるのだが、ここしばらくの間は全く稼ぎが良くなかった。日に二千円にも達しない日も度々あるのだ。
 それ故、定吉は末子のことを正吉から耳にして以来、正に居ても立っても居られない心境であったのだ。それで、休暇日を待ちきれず、仕事を休み、末子のマンションへとやって来たのだった。
 606号室の表札が赤嶺となっているのを確認した定吉は小さく肯き、そして、インターホンを押した。末子は以前はスーパーとか居酒屋でアルバイトをしてたので、昼間はいない時が多かったらしいが、今は仕事をしてないと、定吉は玉子から聞いていた。それで、定吉が昼間訪れても末子が在宅してる可能性は十分にあると定吉は看做したのである。
 案の定、定吉がインターホンを押して二十秒程経った頃、応答があった。
 それで、定吉は自らの名前を言った。
 すると、末子の言葉は詰まった。それは、正に予期せぬ来訪者が現れ、困惑してるかのようであった。
 末子がなかなか定吉の言葉に応答しようとはしないので、定吉は、
「末ちゃんと少し話がしたいんだよ」
 と、いかにも愛想良い表情と口調で言った。
 すると、その三十秒後に玄関扉が開き、末子が姿を見せた。そんな末子は、白のタンクトップのブラウスと白のスカート姿で、その垢抜けしたような様からは、生活の疲れのようなものはまるで感じられなかった。
 そんな末子に、定吉は、
「末ちゃんと会うのは、五年振りかな」 
 と、些か愛想よい表情と口調で言った。
 だが、末子はそんな定吉に言葉を返そうとはしなかった。そんな末子は、一体定吉が何の用があるんだと言わんばかりであった。
 そんな末子に、
「いい所に住んでるんじゃないか」
 定吉は、眼を大きく見開き、輝かせては言った。そんな定吉は、正に興奮を隠すことは出来なかった。
 だが、末子は眉を顰めては何も言おうとはしなかった。
 そんな末子に、
「どうして、こんないい所に住めるようになったんだい?」
 と、定吉は好奇心を露にしては言った。もっとも、定吉はその理由を分かってはいたが、それを知らない振りを装ったのだ。
 すると、この時点でやっと末子は言葉を発した。その末子の言葉はこうであった。
「何も用?」
 その末子の表情と口調は正に他所他所しいものであった。それは正に義兄に見せるようなものとは思えなかった。
 その末子の言葉と表情を受けて、思わず定吉の表情が歪んだ。とはいうものの、定吉は自らを抑えた。ここで強く出るのは好ましくないと看做したのだ。
 それで、努めて平静を装っては、
「どうしてこんないいマンションに住みながら、俺たちを招待してくれなかったのかと思ってさ」
 すると、末子は、
「招待しなければならないの?」
 と、眉を顰めて言った。
「そりゃ、しなければならないさ。俺たちは、身内なんだから」
 と、定吉は愛想よい表情と口調で言った。
 すると、末子は定吉から眼を逸らし、少しの間言葉を発そうとはしなかったが、やがて、
「もううちの人は死んだから」
 と、素っ気無く言った。
 すると、定吉は些か表情を険しくさせては、
「道雄が死んだからといって、俺たちとの関係が切れるわけはないだろう」
 と、末子の顔をまじまじと見やっては言った。
「切れたとは言ってないよ。でも、あんたたちとは特に話すこともないし」
 と、末子は定吉から眼を逸らせては言った。
 そのように言われ、定吉は思わず言葉を詰まらせた。末子のその言葉はもっともなこととも思えないこともなかったからだ。
 とはいうものの、あっさりとは引き下がるわけにはいかない。
 そう思った定吉は、
「末ちゃんがこんな暮らしが出来るのも、奈美ちゃんのお陰だというじゃないか」
 そう定吉が言うと、末子の言葉は詰まった。
それで、定吉は、
「俺はちゃんと分かってるんだよ。奈美ちゃんの旦那の稼ぎが多く、そのお零れを末ちゃんが頂戴してるということを!」
 と、末子の顔を見据えては力を込めていった。
 すると、末子は決まり悪そうな表情を浮かべては定吉から眼を逸らせ、言葉を発そうとはしなかった。
 そんな末子に定吉はいかにも愛想良い表情を浮かべながら、
「俺は今、タクシーの運転手をやってるんだが、アメリカで起こったテロ事件の影響を受けてしまって観光客がめっきりと減少し、今、稼ぎがとても悪いんだよ。だから、その……、つまりだな。奈美ちゃんからのお金を俺にも少し分けてもらえないかということなんだよ」
 と、正に末子の機嫌を取るかのように言った。そんな定吉の表情は滅多に見られないものであったのだ。
 そう定吉に言われ、末子は正に呆気に取られたような表情を浮かべた。それは、正に末子が思ってもみなかった定吉の言葉であったからだ。
 それで、末子の口からはなかなか言葉が発せられようとはしなかったのだが、そんな末子に定吉は、
「奈美ちゃんは俺の血も引いてるんだからさ。つまり、俺たちがいなかったら、奈美ちゃんは生まれなかったんだぜ。そう考えてみれば、末ちゃんは俺たちのことを少し位思ってみてくれてもいいじゃないか。なあ。お互いに助け合うのがウチナーンチュというものじゃないか」
 と、再びいかにも愛想良い表情と口調で、末子の機嫌を取るかのように言った。
 末子はそんな定吉の言葉に顰面をしながらじっと耳を傾けていたが、定吉の話しが一通り終わると、
「帰ってよ」
 と、無愛想な表情で素っ気無く言った。
 そう末子に言われ、定吉の表情は大きく歪んだ。何しろ、定吉は恥を忍んで正に乞食が哀れみを請うかのように末子のマンションに乗り込んで来たのだ。そんな定吉が今、頼りになるのは奈美からお金を貰っている末子だけなのだ。
 それ故、正に天に縋るかのように末子に助力を請うたにもかかわらず、こうあっさりと突き放されてしまえば、定吉の立場が無いというものだ。
 それで、定吉はいかにも険しい表情を浮かべては、
「それが、義兄に対する態度か!」
 と、声を荒げて言った。
「……」
「俺がお金に困ってるにもかかわらず、末ちゃんは俺を助けようとしないのか」
 定吉は、いかにも不満そうに言った。
 すると、末子は、
「それは、あんたが悪いのよ」
 と、些か定吉を蔑むかのように言った。
「俺が悪い? それ、どういう意味だ?」
 末子の言葉の意味が分からなかった定吉は、眉を顰めて言った。
「だから、あんたは若い時からお金を貯めるということをしなかったの。稼いだお金を酒代とか、遊興費に使うだけで、貯めるということをしなかった。その付けが今、来たのよ」
 末子は定吉を諌めるように言った。
 すると、定吉は「ふん!」と、鼻を鳴らし、
「よくも、そんなことが言えるな。自分はどうなんだ! 自分だって、稼いだお金で着もしない服を買ったりして、労費してたじゃないか! にもかかわらず、こんないい暮らしが出来るのは奈美ちゃんのお陰なんだ。でも、奈美ちゃんは俺たちの血を引いてるから、奈美ちゃんからのお金を少し位俺に回してくれてもいいんじゃないかと、俺は言ってるんだよ」
 と、末子のことを分からず屋めと、言わんばかりに強い口調で言った。
 すると、末子は、
「あんたの言ってることは、滅茶苦茶だよ。奈美からのお金をあんたに渡さなければならない義務はないよ。そんなこと当たり前よ! 法律をもっと勉強してよ! それに、私、今からやることがあるから、もう帰ってよ」
 と、定吉を突き放すように言った。
 そう末子に言われ、定吉は遂に切れた。
 離婚、金欠といった日頃の不満も押し寄せ、定吉の怒りは一気に爆発したのだ! 今の末子の言葉によって、末子に対するものでない不満、怒りも一気に爆発したのだ!
 そんな定吉の手は自ずから自らのズボンの牛皮のベルトに伸び、そして、あっという間にズボンから抜き取ると、一気に末子の首を絞めに掛かった。その動作があまりにも迅速であった為か、末子はそんな定吉の攻撃から逃げることは出来なかった。
 だが、定吉のズボンのベルトで定吉から首を絞められると、末子は狂ったように暴れた。
 しかし、その末子の抵抗は数十秒程しか続かなかった。何故なら、定吉は正に嘗てない位死に物狂いになって末子の首を絞めた為に、末子の息は呆気なく止まってしまったからだ。
 末子が頭を垂れ、動かなくなったのを見て、定吉は末子の首を絞めるのを止めた。
 末子は頭を垂れたまま、身動きしようとはしなかった。
 そんな末子を見て、定吉は末子は死んだと思った。だが、まだ、そう決まったわけではない。
 それで、定吉は末子の脈を見てみた。
 すると、脈は打ってなかった!
 死んだ! 末子は死んだ!
 その事実を目の当たりにして、定吉は呆然とした表情を浮かべては、しばらくその場から動くことが出来なかった。
 だが、気が落ち着いてくると、末子の遺体をどうしようかと思った。即ち、末子の遺体をこのままこの場所に放置するか、あるいは、別の場所に遺棄すべきかと、定吉は思案したのである。
 そして、その定吉の思案は五分程で終わった。定吉は末子の遺体を何処かに遺棄することに決めたのである!
 というのは、末子の遺体がこの場所で見付かれば、殺人事件として警察が捜査に乗り出すに違いない。そうなれば、定吉に捜査の手が伸びる可能性がある。それは、定吉にとってまずいというわけだ。だが、行方不明だけでは、警察は本腰を入れて、捜査に乗り出さないに違いない。要するに、末子の遺体さえ見付からなければよいわけだ。
 そう理解した定吉は、末子の遺体をヤンバルの方の人目のつかない場所に埋めることに決めたのだが、そうかといって、今の時間に動くのはまずい。何しろ、末子の遺体を持って、この部屋から移動するわけにはいかないからだ。もっとも、スーツケースなんかで移動すれば大丈夫かもしれないが、大柄な末子はスーツケースには収まりそうもない。それに、今は末子の遺体を運ぶ車がない。定吉は末子のマンションにバスなどを使ってやって来たのだ。それに定吉は今、マイカーを持ってないのだ。今、収入が少ない為にマイカーを持つことが出来なかったのである。
 だが、今は何としても車を確保しなければならない。とにかく末子の遺体をヤンバルの山に埋めなければならないのだ。
 それ故、レンタカーを借りるしかないであろう。
 そう思った定吉はとにかく一旦末子の遺体を部屋の奥に移動させ、そして、末子の遺体を運ぶのに都合のいいような袋なんかはないかと探してみた。
 すると、それはやがて見付かった。それは、大きな茶色っぽい袋であった。恐らく、布団を購入した時にそれを中に入れてあったのであろう。その袋が都合よく、押入れの中から見付かったのだ。
 それで、定吉はとにかくその袋に末子の遺体を入れてみた。すると、それはうまい具合に袋の中に納まった。
 それを受けて、定吉は安堵したような笑みを浮かべた。そんな定吉には、末子を殺した悔恨などまるで見られないかのようであった。

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