第十章 監禁

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 伊豆高原の別荘地の中心街から少し離れた所にある雑木林の中に、この別荘はあった。それは、確かに別荘ではあるのだが、その外見は甚だ寂れ、今は別荘として用いられていないのは明らかであった。それ故、昔は別荘ではあったのだが、今は廃屋といった方が相応しいであろう。また、この廃屋の周囲には別荘はなく、正にこの辺りにポツンと建てられているといった塩梅であった。何故、このような場所にこの別荘が建てられたのか、それはこの別荘のオーナーしか分からないであろう。そして、この別荘は少なくてもここ十年位は使われたことはないかのようであった。
 だが、何故かその別荘に昨日から人が姿を見せるようになった。だが、その別荘に関心を払ってる者は誰もいないかのようで、その事実を知ってるのは、その当事者位だと思われた。
 それはともかく、その別荘の十四畳程のフローリングの床には相当埃が積り、このリビングはかなりの間、掃除機が掛けられたことがないのは歴然としていた。無論、そのフローリングの床に腰を降ろしている大河内龍雄もそう認識していた。それ故、伊豆高原駅から高橋にこの別荘にまで高橋の運転する車で連れて来られた時も思ったのだが、この建物は別荘というよりも正に廃屋であった。更に、高橋によると、電気、ガス、水道も使えないという。そんな状況を目の当たりにして、龍雄は妙な所に来てしまったものだと、眉を顰めた。だが、来てしまったからには、とにかくこの仕事を最後まで成し遂げなければならないであろう。
 そう思った龍雄の眼前には、手足をロープで括られ、また、口には猿轡を噛まされた七十半ば位の男が横たわっていた。その老人が龍雄が見張らなければならない高橋の親父だというわけだ。高橋のよると、この親父は惚けてしまって、金を浪費したり、徘徊したりするので、このように手足をロープで括っては動きを封じなければならないとのことだ。そして、龍雄はこの親父がこのリビングから逃げないように見張ればよいという。この見張りを八時間行なえば一万二千円になるのだから、割りの良い仕事と言わざるを得ないであろう。この廃屋が汚いという位は我慢しなければならないのかもしれない。
 それはともかく、龍雄の前に横たわっている老人は無論、虎之助であった。虎之助は国男たちの姦計にあっさりと引っ掛かってしまい、このような哀れな囚われの身となってしまったのだ。そして、その手口はあっさりしたものであった。昨夜、虎之助が食べたシチューに睡眠薬が入れられ、その結果、虎之助はあっさりと眠りこけ、その間に手足をロープで括られ、こうやって国男たち三人にこの廃屋に運ばれて来たのだ。また、国男たちはこの廃屋の勝手口の窓ガラスを破っては、この中に侵入したのだ。
 そして、龍雄、守男、定吉の三人に伊豆高原駅にまで来るように言ってあり、そして、着けば国男の携帯電話に電話し、国男たち三人が迎えに行くことになっていて、実際にもそうなった。そして、この廃屋には今、国男たち三人と龍雄たち三人の六人が今、姿を見せているのだ。
 といっても、まだその六人が一緒に顔を合わせたことはなかったし、また、龍雄と守男と定吉が顔を合わせたことはなかった。龍雄、守男、定吉は別々にこの廃屋に連れて来られたのだ。
 それはともかく、今は午後四時であった。龍雄は午後三時からこの見張りを始めてるので、龍雄の今日の仕事は午後十一時までということだ。
 そんな龍雄は、眼前にまだ眼が覚めない惚け親父をちらちらと見やりながら、眉を顰めていた。というのは、この親父が眼を覚ませば、手足をばたばたさせては踠き、そうなれば、龍雄は親父を叩いたりして、暴れるのを防がなければならず、そうなれば面倒だと思ったのだ。高橋は親父を叩いたりしてはいけないと言わなかったので、親父が暴れたりすれば、そうしなければならないと思い、龍雄は眉を顰めたのである。
 それはともかく、守男は今、何をしてるかというと、別荘内で熊男たちが見付けたがらくたをRVボックスに入れていた。だが、軍手がなかったので、守男の手は既に埃塗れになっていた。それで、守男は何故こんなことまでしなければならないのかと思いながら、それらのがらくたをRVボックスに入れていたのだ。
 また、その頃、定吉は何をしていたかというと、その別荘から少し離れた所にある人気の見られない雑木林の中で、虎吉と共に穴掘りに精を出していた。虎吉によると、別荘のゴミを密かに埋める為に、この穴を掘るのだという。そして、ここに埋めるゴミは絶対に見付からないようにする為にかなり深く掘るのだとのことだ。
 定吉としては、この穴掘りを命じられた時、その表情には戸惑いの色が現れた。何故なら、惚け親父の見張りをする為にこの伊豆の廃屋のような別荘にやって来たのに、まさか穴掘りを命じられるとは思ってなかったからだ。
 虎吉はそんな定吉に無論、この仕事に対して報酬を支払うと言った。それで、定吉は虎吉と共にただ黙々と穴掘りを続けたのだ。そんな定吉の脳裏には、自ずから三日前のことが思い出された。三日前にも定吉はこうやってヤンバルの山で末子の遺体を埋める為に穴を掘っていたのだ。そして、今もその時のように穴を掘っているのだ。
 だが、そんな定吉といえども、まさか今、定吉が掘ってる穴に、定吉が見張ることになっている惚け親父を埋めるとは想像だにしなかったのである。

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