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 さて、今は、午後十一時を少し過ぎた頃であった。そして、今、虎之助が監禁されているリビングには、八木守男が姿を見せていた。午後三時から午後十一時までは大河内龍雄が虎之助の見張り番であって、午後十一時から午前七時までは守男の見張り番であったのだ。そして、大河内龍雄と赤嶺定吉はそれぞれ別の部屋で今は眠りの最中であったのだ。
 また、国男たち三人も今、この廃屋の中の別の部屋で眠りの最中にあるかというと、実際にはそうではなかった。国男だけは今、この廃屋にはいなかったのだ。国男は今、自宅に戻っていたのだ。何故、戻っていたかというと、虎之助の部屋にある金庫をガスバーナーで壊しては、当面の金を確保しなければならないからだ。また、虎之助の宝飾類とか書画骨董品を売り捌くことになるかもしれない。その為に、一旦自宅に戻っていたのだ。
 何しろ、金は一日でも早く手にしなければならない。国男たちがスポーツ紙に出した求人案内を見て国男たちが雇った得体の知れないような男たちに早く金を渡さなければならないのだ。何しろ、日払契約となってるにもかかわらず、今、金が無い為に、今日は金の支払いを待ってもらったのだ。それ故、明日は金を渡さなければならないのだ。それ故、虎之助の部屋で虎之助の金庫の隠し場所を探している国男の表情は、正に真剣そのものであった。
 それはともかく、今、守男はとても眠くて仕方なかった。何しろ、今日から深夜の見張りとなったのだが、そうかといって、今日は昼間は眠りについてなかつたからだ。今日は午後三時頃にこの伊豆高原にやって来ては、その後、休むことなくこの汚らしい廃屋のような別荘に連れて来られては、すぐにがらくたなんかをRVボックスに入れる作業をさせられたのだ。そして、その時、かなりの体力を使ってしまったのだ。また、昨日も十分に眠っていない。それ故、守男が眠いというのは当然のことと言えよう。
 そんな守男ではあったが、突如、
「もしもし」
 という声を耳にし、守男は我に返った。その声は正に、守男が見張っている惚け親父の口から発せられたに違いなかった。
 それで、守男は思わず我に返ったのだが、それと共に意外にも思った。というのは、守男が見張っているこの親父は頭が惚けていると聞かされていたからだ。だが、今の言葉の話し振りを聞くと、そのようには思えなかったのだ。
 そんな守男に虎之助は、
「あなたは、一体どういった人なのですか?」
 と、正にいかにも穏やかな口調で言った。虎之助の口を塞いでいた猿轡がふとした拍子に外れたので、虎之助は言葉を発することが出来るようになったのである。
 守男はと言えば、そのように虎之助に言われても、何と言えばよいのか分からなかった。それで、緊張したような面持を浮かべては言葉を詰まらせていると、虎之助は、
「あなたは、人に雇われたのですね? こうやってわしを監禁するように」
「……」
「で、あなたを雇ったのは、三十位の男ではなかったですかね?」
「……」
「そうですよね。で、その男はわしの息子なんですよ。わしの息子なのにこのようなことをするなんて、ひどいと思わないですかね?」
 そう虎之助に言われると、この時点で守男は初めて言葉を発した。
「あんたは、頭が惚けてないのか?」
 そう守男に言われ、虎之助はまた一つ事の次第が分かった。即ち、国男たちは虎之助が惚けて手に負えないとかいう口実を作っては、この男たちを雇ったというわけである。
 そう守男に言われ、虎之助は、
「とんでもない! わしは惚けてないですよ」
 そう虎之助に言われ、守男は戸惑った表情を浮かべた。何故なら、この親父は惚けてると聞かされていたのに、それは嘘で、惚けてないと看做すのが正しいと認識したからだ。そして、その事実は守男に戸惑いをもたらすのに十分であった。
 それで、守男は呆気に取られたような表情を浮かべた。
 そんな守男に虎之助は、
「あなたは、何故この仕事、つまりわしをこのような目に遭わす仕事を引き受けたのかな?」
 そう虎之助に言われ、守男は思わず言葉を詰まらせてしまった。
 すると、虎之助は、
「まだお若い方のように思うのですが、このような仕事を引き受けたからには、何か悩みでも抱えておられるのかな」
 そう虎之助に言われ、守男の心は思わず動いてしまった。何故なら、守男は今、正に窮地に陥ってるのだ。一億の借金を踏み倒し、正に東京に逃げて来たのだ。そして、その一億の返済の当てはまるでなく、また、今後、どうやって生きて行けばよいのか、まるで目処が立ってないのだ。そして、その悩みを誰にも話すことが出来ずに、一人で悩み苦しんでいるのだ。それ故、虎之助にそう優しげに言われ、守男は今まで守男の胸に痞えていた思いが一気に言葉となって噴出してしまったのだ。
 虎之助は、そんな守男の話に黙って耳を傾けていたが、やがて、虎之助はこう囁くように言ったのだった。

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