それはともかく、時間は少し前に戻るが、熊男は今、どうしてるかというと、熊男の表情は今、相当に険しいものであった。というのは、熊男は今、正に信じられない事態に直面してしまっていたのだ。というのは、朝の七時になれば、森内に代わって田中が虎之助の見張りの番となるのだが、その田中の姿が別荘内の何処を探しても見付からないということは前述したが、今度は何とリビング内にいる筈の虎之助と森内の姿が忽然と消え失せてしまったのだ。田中だけでなく、虎之助と森内の姿も消え失せてしまったのだ! こんな馬鹿なことが有り得るだろうか? それは、正に三十分程のことであった。熊男は田中の姿が見付からないので、その旨をリビングにいる森内に伝え、田中が見付かるまでまだしばらくの間、虎之助の見張りを続けるようにと森内に囁いては、その場を離れ、そして、今度は別荘の外に出ては三十分程田中のことを探してみた。だが、田中は見付からなかった。それで、リビングに戻ったのだが、すると、今度は何と虎之助と森内の姿が見当たらなくなってしまったのだ。
 その事実を目の当たりにして、熊男の表情は正に強張ってしまった。そして、今や、その姿が見当たらなくなってしまったのは、田中と虎之助、森内だけでなく、何と虎吉の姿も見当たらなくなっていたのだ!
 それで、熊男の表情は一層強張ったのだが、そうかといって、虎吉が見付かるわけでもなかった。
それはともかく、熊男は実のところ、昨夜から虎吉とはなるべく行動を共にすることを避けるようになっていた。というのは、虎吉に隙を見せれば、今度は熊男が虎吉に殺されてしまうのではないかと、熊男は警戒したのだ。熊男が死ねば、虎吉の遺産相続分は増えるのは当然だ。それを狙った虎吉が、国男の次に今度は熊男殺しを実行するのではないかと、熊男はそれを恐れたのだ。もっとも、その熊男の心配は杞憂なのかもしれない。だが、国男が死んだ今となれば、自らの命を守る為にはいくら慎重になっても構わないのだ。
そう思いながら、熊男はなるべく虎吉と行動を共にするのを避けていたのだが、とはいうものの、虎吉に対してその熊男の思いを露骨に話すわけにもいかなかったのだ。
 それはともかく、虎之助がこの別荘から消え失せた今となっては、この計画は中断されることは確定した。虎之助を過失によって死に至らしめるという計画を立て、その計画を実行する為にこの別荘にやって来たものの、肝心の虎之助がいなくなってしまえば、この計画は中止せざるを得ないのだ。それと共に、熊男は今後のことを考えた。熊男は今後どうすればよいのかということだ。即ち、虎之助がこの別荘からいなくなったということは、虎之助は生きているに決まっている。また、虎之助をこの別荘に監禁したのが誰であるか、それは自ずから分かるだろう。熊男がいかに弁明しても言い逃れが出来ないのは当然のことであろう。そうなれば、正に熊男の人生はそれで終わりというわけだ。
 
 そう思った熊男はこの時、ふと、大河内という男のことを思い出した。大河内は、熊男たちが雇った三人の中では最も真面目そうな感じの男であった。それ故、今となっては、そんな大河内をペテンにかけたことに後ろめたさを感じないわけでもなかったが、とにかく虎之助の消失によって、この計画が終了したことは間違いなかった。それ故、今からにでも大河内に仕事の終了を話そうと思った。そして、その時に熊男の財布に入ってる持ち金で、賃金を払おうと思った。
そう思った熊男の足は自ずから大河内の部屋に向かって動き始めた。まさか、大河内までが消え失せてはいないと思ったが、その可能性はないとはいえない。それで、熊男は大河内が大河内の部屋にいるか確かめようとしたのだ。それで、正に忍び足で大河内の部屋の前まで来ると、そっと扉を開けた。今は午前八時前だったが、大河内の見張りは午後三時からだったから、大河内はまだ眠ってるのかもしれないと思ったからだ。
 すると、大河内の姿を眼に留めた。大河内は熊男に背を向けるようにしては、ごろりと横になっていた。それで、熊男は大河内を起こすのには気が退けたので、大河内の部屋の扉をそっと閉めたのであった。
 そんな熊男はとにかく一旦熊男の部屋に戻り、そして、その埃まみれの部屋の中でごろりと横になった。とはいうものの、落ち着いた気分には浸れなかった。正に、一昨日から今日にかけて熊男がこれまでの人生において経験した事のない慌ただしい日となったからだ。
 そんな熊男はまだしばらくの間は、興奮から抜け切れないような状態が続いていたのだが、そんな熊男はその時、ふと背後に人気を感じた。
それで、さっと振り返った。
すると、その時、熊男は正に驚愕の表情を浮かべた。そんな熊男の表情はまるで「わっ!」と叫ばんばかりであった。
 だが、その熊男の口から言葉が発せられることはなかった。何故なら、その人物はその時鋭利な刃物を熊男の胸に思い切り突き刺したからだ。熊男はその攻撃が全く予期せぬものであったのか、その一撃をまるで防ぐことは出来なかった。そして、熊男の意識はもう二度と戻ることはなかったのである。


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