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 蛭田たちの捜査会議では、特に妙案は得られなかったものの、捜査は確実に前進したと言わざるを得ない成果が熊男の刺殺体が発見された別荘から得られた。別荘内の部屋の中から赤嶺定吉の指紋が見付かったのだ。そして、これによって、定吉の事件と熊男の事件が関係してるという推理は、正しいことが証明されたのだ。
 それ故、蛭田は些か安堵したような笑みを浮かべたが、しかし、その笑みはすぐに蛭田の顔から消えた。事件解決へ、まだ一歩前進したに過ぎなかったからだ。
 とはいうものの、蛭田は以前から日下部三兄弟を殺したのは、虎之助ではないかと推理していた。それ故、
「赤嶺さんは巻き添えを喰ってしまったのかもしれないな」
 と、渋面顔で言った。
「巻き添えですか……」
 と、森刑事は呟くように言った。
「ああ。そうだ。即ち、虎之助さんはどうしようもないぐうたら息子を殺す為に定吉さんを雇い、そして、国男さんたちを殺させたのかもしれないというわけさ。だが、何かアクシデントが発生してしまい、定吉さんも死んでしまったというわけさ」
 そう蛭田は険しい表情で言っては、眼をキラリと光らせた。そんな蛭田はその可能性は十分にあると言わんばかりであった。
「成程。しかし、その証拠はありませんよね」
 と、森刑事。
「ああ。そうだ。その通りだ」
 蛭田は、眉を顰めて言った。そして、
「しかし、赤嶺さんと熊男さんたちとの間に接点があったことは確実なんだ。しかし、いかにして接点が出来たかは分かってないんだ。それが明らかになれば、捜査は前進する筈なんだが……」
 定吉、熊男、虎吉がまだ姿を現わさぬ第三者の手によって殺された可能性は十分にあった。それ故、その第三者を見た者はいないか、改めて定吉や熊男、虎吉の死体が発見された周辺で聞き込みが行なわれていた。また、国男の死体が発見されたM川周辺でも聞き込みが行なわれていた。だが、その聞き込みはまだ成果は得られてなかった。
 だが、熊男の死体が発見された別荘内では、更に捜査を前進させる有力な物証を入手するに至った。というのは、その別荘内には熊男のものではない指紋が数多く遺されていて、その中に定吉の指紋もあり、それによって定吉と熊男の事件の関係は証明されたのだが、更に蛭田の推理通り、虎之助が関係してることもほぼ確実となったのだ。というのは、日下部宅の虎之助の部屋と思われる部屋から採取された指紋が、別荘内のリビングから見付かったのだ。そして、その指紋は明らかに日下部三兄弟のものでなかったことから、虎之助の指紋である可能性は極めて高いのである! 更に、他の部屋からは、何と国男と虎吉の指紋も見付かったのだ! 即ち、日下部家全員が、この伊豆高原の廃屋と言える別荘に集結していたのだ!
 その結果を受けて、蛭田の表情には戸惑いの色が浮かんだ。何故なら、蛭田といえども、まさかそこまでは想定してなかったからだ。即ち、国男はM川の近くで殺されたと推理していたからだ。それ故、国男の指紋まで別荘内で見付かったというのは蛭田は意外であったのだ。
 とはいうものの、蛭田は一層蛭田の推理、即ち、虎之助がぐうたら息子を殺したという推理に自信を持ったのだ。即ち、虎之助はどういう理由でかは分からないが、この伊豆高原の廃屋に三兄弟を集め、隙を見ては殺したのだ。そして、定吉は何故か、その巻き添えを喰ってしまったというわけだ。
 そして、その蛭田の推理に基づいて今後は捜査が進められることになったが、謎がまた一つ増えてしまった。というのは、別荘内には日下部家の者と定吉以外の者の指紋も遺されていたからだ。その未知の者が何人なのか断定は出来ないが、まだ一人以上の事件の関係者がいることは確実なのだ。ということは、虎之助はその者と逃げているというのか?
 蛭田はそう思ったが、やがて事件の舞台となった朽ちた別荘の所有者が明らかとなった。それは、下田に住んでいる石川圭太という九十歳の男であった。だが、圭太は今や手足が不自由で車椅子の暮らしであった。そんな圭太には娘二人がいたが、遠方に嫁いだ為に、伊豆高原のその別荘は放ったらかしの状態にしてあったとのことだ。また、そんな圭太と虎之助との間には知人関係はないとのことだ。
 それ故、何故日下部家の者がその事件を起こした舞台として圭太の別荘を選んだのかということだが、その謎もやがて氷解したかのようであった。というのは、かなり前のことではあったが、虎之助は伊豆高原に別荘を持っていたことがあったのだ。それ故、虎之助はその周辺に土地勘があったのだ! それ故、伊豆高原のその別荘が事件の舞台として選ばれたのだ!
 しかし、そうだからといって、事件はまだ解決したわけではなかった。虎之助を見付け出さない限り、真相は明らかにならないのだ!

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