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 蛭田たち捜査陣はそのように看做していたが、蛭田たちの思惑通りに事は運んではくれないのだ。だが、虎之助が逃亡してるとすれば、虎之助の車でに違いはなかった。虎之助は日産のシーマを所有していて、そのシーマは今、日下部宅のガレージには停められてはなかった。それ故、そのことは一層確実と思われた。
 それ故、そのシーマが全国に指名手配されたのだ。
 すると、その翌日、そのシーマが地元の警官によって見付かった。見付かったのは修繕時温泉の独鈷の湯近くのとある路上であった。その路上の路肩にシーマは停められていたのだ。しかし、虎之助の姿は見られなかった。
 それで、所轄署の警官たちが虎之助探しに駆り出された。
 すると、程無く虎之助は見付かった。修善寺温泉街の中程を流れている桂川を独鈷の湯から少し上った河原でうつ伏せになって倒れているのが見付かったのだ。だが、生きて見付かったわけではなかった。虎之助は死体として、見付かったのだ。
 そんな虎之助の傍らには、虎之助の命を奪ったと思われるナイフが落ちていた。そして、そのナイフには血が付いていたことから、やはり、そのナイフが虎之助の命を奪ったと思われた。即ち、虎之助は自らの手によって、命を果てたのだ!
 その知らせは、いち早く蛭田の耳に届いた。そして、これによって事件は解決したと蛭田は看做した。即ち、蛭田の推理通り、虎之助は自らの手によって国男たちを殺し、最後は自らの手によって命を果てたというわけだ。
 だが、その蛭田の推理に森刑事が異議を唱えた。
「修善寺は鎌倉時代、鎌倉幕府の二代将軍源頼家が母方の北条氏と義父の比企氏との政争の犠牲となり、北条氏に暗殺された地であることを知ってますかね?」
「そういうこともあったかな」
 蛭田は決まり悪そうに言った。
 すると、森刑事は小さく肯き、
「僕は、虎之助さんの事件には、鎌倉時代の骨肉相食む権力争いが関係してると思うのですよ」
 と、些か自信有り気に言った。
 すると、蛭田は納得が出来ないような表情を浮かべては、
「それ、どういう意味なんだ?」
「源頼家は鎌倉幕府の実権を握ろうとした北条氏の陰謀によって北条氏に殺されたのです。それを今回の事件に当て嵌めるのですよ。即ち、虎之助さんにはやはり妾がいたのですよ。そして、その妾との間には子供がいるのです。そして、日下部さんの息子たちが全て死ねば、その遺産は全部その妾の子のものになるわけです。つまり、そうなるように、事件は仕組まれたのですよ! 鎌倉時代にこの修善寺で起こった骨肉相食む争いが今の時代に蘇ったのです! 犯人は極めて自己顕示欲の強い人間で、自らの犯行を美化する為にこの修善寺で虎之助さんを自殺に見せかけては殺し、源頼家の事件の再現を目論んだのです!」
 と、森刑事は力強い口調で言った。
 すると、西口刑事は、
「しかし、その妾とか、その妾の子と言う者は見付かっていないんだろ?」
 と、眉を顰めて言った。
「そりゃ、まだ見付かっていないさ。しかし、大林さんの存在を忘れたのかい? 大林さんは虎之助さんと結婚することになっていたんだぜ。それ故、虎之助さんは遺言で自らの遺産を大林さんに遺すと書いているかもしれないぜ。もっとも、大林さんも既に国男さんたちに殺されたかもしれないんだよな。だったら、大林さんの縁者が大林さんの財産を相続するというわけだよ」
 そう言っては、森刑事は唇を歪めた。そんな森刑事は、それ位疑って掛からないと、犯罪を捜査する刑事は務まらないよと言わんばかりであった。
 すると、蛭田は、
「その推理は、なかなか面白いよ」
 そう蛭田に言われ、森刑事は気を良くしたのか、更に自らの推理を続けた。
「即ち、大林さんの遺産を受け継ぐ者が今回の事件の黒幕かもしれないというわけだよ。つまり、ぐうたら息子を虎之助さんが殺し、最後は虎之助さんの自殺で終わるというストーリーを考え出し、実行されたというわけさ」
 と、森刑事は力強い口調で言った。すると、蛭田は、
「確か、大林さんには、妹がいたよ。その妹が大林さんの失踪を受けて捜索願いを出したんだ。その妹は正に大林さんの遺産相続人となるよ」
 と言っては、蛭田は小さく肯いた。
 すると、森刑事も小さく肯き、そして、
「更に、大林さん以外にも、僕が以前言ったように、まだ姿を見せぬ虎之助さんの妾だった者とその子供がいる可能性があります。そして、その手先が、赤嶺定吉さんだったのかもしれませんね」
 と、いかにも自信有り気な表情を浮かべては眼をキラリと光らせた。
 そう森刑事に言われ、蛭田の表情は自ずから険しくなった。というのは、虎之助の死を受けて、事件は解決したという楽観的な思いを抱いたのだが、それはやはり軽率であったと実感せざるを得ないからだ。
 即ち、警察としては虎之助が死んだからといって、まだ安易に事件の終結宣言を出してはならないのだ!
 そういった状況の為に、更に引き続き、慎重な捜査が行なわれることになった。その具的内容は、虎之助に死をもたらしたナイフに虎之助以外の指紋が付いてないか、虎之助のシーマに興味ある指紋が付いてないか、また、大林安子の妹を始め、その関係者に怪しい者はいないか、また、国男たちの異母兄弟はいないのか、更に、虎之助は遺言を遺してなかったのかという捜査が行なわれたのだ。
 すると、まず、虎之助はやはり遺言を遺してることが早々と明らかになった。虎之助は、日下部宅近くに事務所を構えている権藤政宗弁護士(50)に遺言書を預けていたのだ。ところが、権藤弁護士の事務所に姿を見せた蛭田に、権藤は、
「それがですね」
 と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。
 その権藤の言葉と表情を見て、蛭田は眉を顰めた。何故なら、その権藤の様から何か異変が発生したかのようだからだ。案の定、権藤は、
「実はですね。昨夜、日下部さんから電話が掛かって来て、この遺言書は取り消すと言って来たのですよ。そして、今日、正式にその旨を記した新たな遺言書が郵送されて来たのですよ」
 権藤は神妙な表情を浮かべては言った。
「ほう……。じゃ、今度のはどういった内容ですかね?」
 蛭田はいかにも興味有り気に言った。
 すると、権藤は、
「日下部邸は、甥の日下部茂利に遺贈す。株式、投資信託は全て姪の武島登志子に遺贈すという内容でした。でも、僕はこれを見てどういうことなのかと思いましたね。何しろ、日下部さんには三人の息子がいますからね。ですから、遺産相続で僕は揉めるだろうと思い、日下部さんと近い内に会って、日下部さんの胸の内を聞こうと思っていたのですが……」
 と、神妙な表情で言った。
「成程。では、その前の遺言書の中身はどうなっていたのですかね?」
 と、蛭田。
「ですから、その遺産の半分は、先程の甥と姪に相続させるというものですよ」
「成程。で、日下部さんには妾の子はいなかったのですかね?」
「そのようなことは、僕は日下部さんから聞いたことはありませんね」
「ということは、日下部さんの遺産の相続人は元々三人の息子と、その甥と姪だけですかね?」
「そうですね。それ以外の相続人を僕は日下部さんから聞いたことはありませんね」
「じゃ、大林さんのことは、何も言ってなかったですかね?」
 と、蛭田が訊くと、権藤は、
「大林さんって、誰ですかね?」
と、首を傾げた。
 これによって、大林安子の関係者か妾の子が事件に関係してるという森刑事の推理は崩れたのであった。

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