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 鈴木からの電話は正に蛭田たちに救いの手が差し伸べられたみたいなものであった。鈴木からの電話は一方的に切られてしまったものの、鈴木の証言を受けて、その証言に基づいて、捜査を進めることは可能であったのだ。というのは、鈴木が眼にしたというスポーツ紙の求人案内を見付け出すことは可能であったからだ。とはいうものの、それから捜査は進むかというと、それはまだ何ともいえなかった。
 だが、またしても救いの手が差し伸べられたのだ。救いの手は、鈴木の電話だけではなかったのだ! もっとも、救いの手という表現は飽くまで蛭田たち捜査陣に対して通用する表現であって、捜査陣に救いの手を差し伸べた本人にとってみれば、自殺行為みたいなものであろう。何故なら、その女は国男殺しを自供したのだから。
 その女、即ち、大林智子がいかにも疲れ果てた表情を浮かべては、最寄りの署に姿を見せたのは、五月二十九日の昼下がりであった。智子はM川河川敷で刺殺体で見付かった日下部国男の事件で話したいことがあると受付で告げると、直ちに奥の部屋に通され、智子に応対することになった石山警部に何ら躊躇う様も見せずに、すらすらと国男殺しを自供したのだ。そんな智子は正に胸の痞えを吐き出すかのようであった。
 その智子の自供によると、智子は姉の安子が依然として行方不明になったままなので、日下部虎之助に直に会って話を聞いてみようと思った。そんな智子は実のところ、安子の失踪に国男たちが関係してるのではないかと推理していた。というのは、安子から国男たち三兄弟は正にぐうたら息子で虎之助が手を焼いていると聞いていたからだ。それ故、そんな国男たちは安子が虎之助と結婚すれば虎之助の金が安子に使われることを警戒し、安子をどうにかしたのではないかと智子は疑っていた。それ故、その智子の思いを虎之助に話そうとし、日下部宅を訪れたのだ。
 だが、何度インターホンを押しても応答はなかった。それで、近くの喫茶店なんかで時間を潰し、そして、今度は夜の零時頃訪れてみた。しかし、インターホンの応答はなかった。それで、勝手口から邸内に入って様子を伺おうとしたのだが、その時、国男と鉢合わせをしたのだ。そして、安子は国男が何故インターホンの応答をしてくれなかったのかと訊いたところ、まともな返答は返って来なかった。それで、智子はつい、智子の胸の内、つまり国男たちが安子をどうにかしたのではないかと話してみた。すると、国男は向きになってそれを否定し、そして、そう言った智子を激しく非難した。それ故、智子も激しく国男にやり返した。すると、国男は何とナイフを携帯していたバッグから取り出し、安子に向かって来たのだ。だが、何かに蹴躓いてしまい、ナイフを落としてしまった。それで、智子はそのナイフを素早く拾い上げては手にした。だが、そんな智子に構わず、国男は近くにあった大きな石を拾い上げては智子に向かって来た。それ故、智子は自己防衛の為に国男をナイフで刺した。正に、殺さなければ、殺されるという状況であった。それ故、智子は必死で国男の胸の辺りを刺した。すると、国男は苦しげに呻きながら、程無く息絶えたというわけだ。
 そんな国男の死体を智子は自らの車に運んではトランクに入れ、M川まで運び遺棄した。日下部宅に国男の死体を遺棄しておかなかったのは、智子に足がつくことを恐れたからだとのことだ。しかし、智子は自らの行為を自らの胸の内に留めておくことは出来なかった為に、自供に至ったのだ。
 そして、その智子の自供は裏付けが取れた。智子の車のトランクからは、国男の血痕が検出されたのである!
 この思ってもみなかった事の成り行きは、蛭田たちに戸惑いをもたらした。蛭田たちはまさか大林安子の妹が国男を殺したとは思ってなかったからだ。もっとも、そのケースを森刑事が推理はしたことはあった。しかし、その経緯とか動機には大きなずれがあったのだ。
 とはいうものの、事件が一つ片付いたことには間違いなかった。とはいうものの、犯人は蛭田たちの捜査圏外にあった人物であったので、その結果は蛭田たちに些かショックをもたらした。そして、その蛭田たちのショックはその件だけに留まらなかった。蛭田たちはまたしてもショックを受けることになったのである。
 大室山近くの道路沿いで虎吉の死体は発見された。それで、その周辺で他に何か事件に関係してそうな物証はないか、当然捜査は行なわれた。しかし、特にそのような物証は見付からなかった。
 だが、虎吉の死体が発見された草むらから数キロ程離れた道路沿いの草むらでとんでもないものが見付かった。それは、どす黒いものがこびり付いたナイフであった。近くに住んでいた子供が遊んでいた時に、偶然にそのナイフを発見したのだ!
 それを受けて、そのナイフに付いていた血痕の鑑定が行われた。すると、それは虎吉の血であることが明らかとなったのだ! それによって、そのナイフが虎吉殺しに使われたことは明らかとなった。しかし、それだけでは、蛭田たちにショックをもたらしはしないであろう。蛭田たちにショックをもたらしたのは、熊男の血だ。熊男の血が、何と虎吉の血と共に付いていたのだ! 更に、そのナイフの柄には熊男の指紋も付いていたのだ!
 この思ってもみなかった事の成り行きは、正に蛭田たちにショックをもたらすに十分であった。何故なら、そのナイフから、虎吉は何と熊男の手によって殺されたということを物語っていたからだ。このようなケースは、正に蛭田たちは夢にも思いはしなかったのだ! しかし、そう看做さざるを得ないのだ! 正に、人間は極限状態に置かれれば何を仕出かすか分からない! 正にその事態が発生してしまったのだ! そう思うと、何度も凶悪事件の捜査に携わった蛭田でさえ、幽霊のような生気のない表情を浮かべてしまったのだ。
 そして、更に捜査は前進を見せた。というのは、定吉の右手の中指の爪には人間の皮膚を引っ掻いた為と思われる肉片が残っていたのだが、その肉片はDNA鑑定の結果、八木守男のものであることが証明されたのだ! その事実から、定吉に死に守男が関わっていることは間違いないものとなった。即ち、その事実は日下部家の者とは何ら無関係な第三者同士が争い、その結果、定吉が守男に殺されたことを示唆してるのだ。
 だが、それらの推理に問題点があった。それは、虎吉の死体も定吉の死体も、事件の舞台となった別荘からかなり離れた場所で発見された。別荘から徒歩でその場所にまで行くことは有り得ない位の距離だったのだ。それ故、虎吉の事件にも、定吉の事件にも車が関わっていることは間違いなかった。そして、今回の事件の関係者で車を所持してるのは、虎之助と国男だけだ。だが、虎吉と定吉が殺される以前に国男が殺されたことは明らかで、また、虎吉と定吉が殺された時には、国男の車は日下部宅から少し離れた場所に停められてたことが近所の住人の証言で明らかとなっていた。
それらのことから、やはり虎吉の事件にも定吉の事件にも、虎之助が関わっていると推理せざるを得なくなってしまった。
 さて、困った。一体真相はどのようなものなのだろうか? これまで捜査して来たことから、事件の概要はある程度見えて来たものの、やはり、国男の事件以外の真相解明にはまだまだという状況であった。また、果して真相を解明出来るのかという悲観的な見方をする刑事もぼつぼつと出初めていた。
 そんな折に、思ってもみない情報がもたらされた。そして、それは正に救いの手であった。三度、捜査陣に救いの手が差し伸べられたのである!

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