第十四章 終章 

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 その手紙を持って、虎之助たちの事件の捜査本部が置かれている伊東署を訪れたのは、北海道の旭川市に住んでいる唐沢利英という七十の半ば位の老人であった。そんな利英のふさふさした髪の毛は真っ白であったが、肌色はすこぶる良く、健康状態は良好のようであった。
 そんな利英は、伊豆高原の別荘で起こった日下部さんの事件で話したいことがあると言ったので、奥の室に通された。そして、蛭田と話すことになった。
 そんな蛭田に利英は、
「僕は、日下部虎之助さんの親友だった者です」
 と言っては、何故利英が虎之助と親友関係にあるのか、その理由を説明した。それによると、二人は東日本銀行の同期入社で、その友人関係は四十年以上に及び、利英は退職後、郷里の旭川に戻ったとのことだ。そんな利英はしばらく海外旅行に行ってたので留守にしていたのだが、帰宅してみると、虎之助の手紙が来ていて、その手紙にはこの手紙を公表するには虎之助の死後二週間経ってからであり、また、依然として日下部家にもたらされた事件が未解決であるという条件がつけられてたとのことだ。そして、その条件が今、充たされたので、利英はこの手紙を持って、遙々旭川からやって来たというわけだ。
 では、早速その虎之助の手紙を公表することにする。
< わしは、日下部虎之助という者だ。日下部虎之助という者がどういった者か諸君は既に熟知してるだろうから、その説明は行なわない。また、今はそんな時間もないというものだ。
 わしがこの手紙を何故遺すかというと、理由がある。それは、わしは後少しすれば、自らの手であの世に行くからだ。そして、その場所も決めてある。それは伊豆の修善寺の桂川の河原だ。何故、そのような場所で死ぬかというと、実はわしの生まれは修善寺で、わしは子供の頃、桂川の河原でよく遊んだのだよ。つまり、生まれ育った土地で、わしは死のうと思ったのさ。
 それはともかく、わしにはずっと悩みの種があった。それは、三人の息子だ。三人の息子は皆、ぐうたら息子で、苦労して働こうとせず、わしの金ばかり当てにするんだ。何故、わしと全く似てない息子ばかりが生まれたのか考えてみると、どうも妻の親戚に息子たちと似たタイプの者がいて、その血を受け継いだみたいだ。
 それはともかく、そんな息子たちを諌める為もあり、わしは家政婦の大林さんと再婚することにした。わしはしばらくやもお暮らしを続けていて寂しかったことも無論あったが、大林さんにわしの金を半分相続させ、息子たちの甘えを断ち切ろうとしたのだ。しかし、そのわしの思いは裏目に出てしまった。息子たちはそんな大林さんに危害を加えてしまったみたいだからだ。確証はないものの、息子たちは大林さんを殺したのかもしれない。わしは、息子たちを甘く見ていたのだ。大林さんと再婚しようと目論んだことは、裏目に出てしまったのだ。そうかといって、息子たちの犯行を見逃がすわけにはいかない。それ故、息子たちを追い詰めてやろうと思ってた折に、今度はわしが息子たちの餌食になってしまったのだ。わしは何と息子たちに睡眠薬の入ったシチュウを食べさせられてしまい、気が付けばわしは伊豆高原の廃屋のような別荘の中だったというわけだ。もっとも、気が付いた時は伊豆高原の別荘とは思いもしなかったが。
 それはともかく、気が付いた時はわしの手足はロープで括られ、また、眼にはアイマスクが掛けられ、わしは正に自由が利かなかった。そして、わしの傍らには、わしの知らない男がいたのだ。その男はわしが眠ってるものと看做し、何だかんだと勝手に話し掛けて来た。そして、それによってわしは事の凡そを理解した。即ち、わしは息子たちによって囚われの身となり、息子たちに雇われた見知らぬ男に見張られていたのだ。何故、その男にわしを見張らせるのかまでは分からなかったが、これだけのことをするからには、わしのことを息子たちは殺そうとしてるのは間違いないとわしは看做した。それ故、如何にしてこの窮地から脱しようかと考えてたところ、その男の見張りはやがて終り、次の見張りの男がわしの前に現れた。その男はわしが惚け親父と聞かされていた為か、色々と話し掛けて来たので、わしはその男に話し掛け、わしが惚けてないことを言い聞かせてやった。そして、何故このような妙なことに関わりを持ったのか訊いてみた。すると、男は十八の時に親父の借金を返す為に上京し、ホストとして働くようになったが、福岡で一億の負債を抱えてしまい、夜逃げして来たことを、いかにも苦しそうに話した。そして、この悩みを誰にも打ち明けられず、頭がおかしくなりそうだと言った。それ故、わしはその男の悩みを聞いてやり、そして、わしを自由にしてくれれば、一億差し上げると言った。その男がそんなわしの申し出を断るわけはない。それによって、わしはやっと自由の身の上となったのだ。
 そんなわしは、その男、即ち、八木という男と共に、わしが囚われの身となった翌日の夜、密かにその廃屋のような別荘を抜け出したのだが、その時、アクシデントが早くも起こってしまった。というのは、八木と共に国男たちに雇われた五十位の労働者風の男がわしと八木が別荘を後にしたのを眼に留め、追い掛けて来たからだ。
 だが、その時には既にわしと八木との結束は堅固となっていて、わしと八木は二人でその男に立ち向かった。それで、勝ち目がないと男は思ったのか、何処に忍ばせていたナイフを取り出し、わしと八木に襲い掛かって来たのだ。だが、わしと八木は間一髪でそれをかわし、男からナイフを奪った八木が逆襲した。そして、その時は正に殺さなければ殺されるという状況と化していた。そして、人数で勝るわしと八木が結局、その男を刺殺してしまったのだ。
 そんなわしと八木はその男の死体を一旦、人眼につきにくい裏山に隠し、そして、その場を後にしたのだ。
そして、とにかくわしと八木は駅に向かった。八木から、ここは伊豆高原と聞かされていたので、とにかく一旦駅に戻ってタクシーで家に戻ろうとしたのだ。何しろ、既に終電は終わった時間だったからだ。そして、都合良くタクシーは見付かり、わしは八木と共に自宅に戻ったのだ。
 そして、そのタクシーでわしは自宅に戻り、そして、素早くわしの秘密の隠し場所に隠してあった金庫から一億に近い現金を取り出し八木に渡した。八木はあまりにもの一万円の札束を見て眼を丸くしていたが、八木はその札束がいくらあるか、数えている時間はなかった。何故なら、八木は最後までわしの計画に協力することになっていたからだ。わしは、わしを殺そうとした息子たちを絶対に許すことは出来なかった。それ故、再び伊豆高原の別荘に戻り、息子たちがわしを殺そうとする前に殺してやろうと思ったのだ。そして、わしはわしのシーマで伊豆高原にまで行き、そして、あの別荘のリビングの中に戻り、ロープで括られたままの状態を装うつもりであった。八木によると、八木がわしを見張ってる間は国男たちは無論、他の者は皆眠りの最中にある為、八木が見張りを終える午前七時までは、リビングにはわしと八木以外は誰もいないとわしは読んでいたのだ。それ故、午前七時までに戻れば、わしが八木と共に自宅に戻ったことは国男たちに知られずに済むと思ったというわけじゃ。
 ところが、伊豆に着くまでのラジオのニュースでわしは信じられないニュースを耳にしてしまったのだ。
 そのニュースとは、何と昨日の朝、国男がM川の河川敷で刺殺体で発見されたというのじゃ。これは正にわしはびっく仰天してしまった。わしの推測では、恐らく国男はわしを伊豆の別荘で監禁してから家に戻ったようだ。何故なら、わしの部屋が散らかっていたからだ。わしの部屋を散らかしたのは国男だ。何故かというと、わしの隠し金庫を探す為だ。わしがいない間にわしの金庫を見付けては、わしの金を奪おうとしたのだ。しかし、わしは金庫を絶対に国男たちに分からない場所に隠してあった為に、国男は見付けることが出来なかったのだ。そして、何故か国男は何者かに殺されてしまったのだ。
 わしの胸は正に複雑であった。何故なら、わしが国男を殺す前に何者かが殺してくれたので、わしの手間が省けたという安堵した気持ちと、我が息子を失ったという哀しみがわしの胸を去来したからだ。
 それはともかく、わしはわしの決意を実行しなければならないので、伊豆高原のその別荘に戻ったのだが、その別荘に近付いた時にわしは信じられない光景を眼にしてしまったのだ。
 その信じられない光景とは、熊男が大きなRVボックスを引き摺りながら別荘の玄関から出て来たので、わしと八木は素早く物陰に隠れて熊男の様子を窺った。すると、熊男は少しそのRVボックスを引き摺った後、立ち止まり、中を開けた。そして、それをRVボックスから少し出したのだが、それを見てわしはびっくり仰天した。何故なら、それは何と虎吉であったからだ!
 そんな虎吉がその時、生きているのか、死んでいるのか分からなかったが、熊男は何を思ったのか、その虎吉の入ったRVボックスを引き摺り、裏山まで行った。そして、ある場所にまで行くと、そのRVボックスをその中、つまり予め掘られてあったかのような穴にRVボックスを置いたのだ。更に、その穴を今度は持参して来たシャベルで土を被せ始めたのだ。これには正にびっくり仰天してしまったというわけだ。
 やがて、十分土を被せ終わったか、熊男はその場を去って行った。
 それ故、わしと八木は素早く虎吉が埋められた場所に行っては、その穴を再び掘り起こしてみた。すると、やがてRVボックスが出て来たので蓋を開けてみた。すると、確かにその中には虎吉がいたのだが、その様からして、虎吉が生き絶えているのは明らかであった。何故なら、胸の辺りが血でどす黒く染まっていたからだ。その状況から察すると、虎吉は熊男によって殺されたと思われた。一体、熊男と虎吉との間で、いかなるトラブルが発生したのだろうか? わしはそれを推測することは困難だった。もっとも、わしと八木によって殺された男が虎吉を殺したという可能性がないと断言は出来なかった。しかし、そうなら、熊男はこのような場所に虎吉を埋めはしないのではないのか? わしはそう思った。
 それはともかく、わしは虎吉の死を闇に葬らない為に、虎吉の死体をわしの車まで運んで行っては、大室山近くの草むらに遺棄した。また、わしたちが殺した労働者風の男の死体は城ガ埼海岸の吊橋近くに遺棄した。
 その作業が終わると、わしは再び別荘の中に入った。時刻はもう午前七時前になっていたから、熊男はもう別荘内でわしを探してるかもしれない。それ故、わしの心境は今や、戦場に向かう兵士同然であった。正に、わしは熊男を仕留める為に別荘内に乗り込もうとしてるのだ! 今や、わし以外の手によって、わしが殺すことになっていた国男と虎吉が殺されてしまった。それ故、今度こそ、我が息子をわしの手で仕留めてやろうと、わしは別荘内に入って行った。そして、一旦リビングに戻り、手足を八木にロープで軽く括ってもらった。すると、すぐに熊男がやって来た。それは、正に間一髪のことであり、正にわしは冷や汗を掻いたものだ。そして、熊男がリビングを後にすると、わしと八木は一旦外に出た。即ち、今が熊男を殺す時だとわしは察知したのである! そして、密かに熊男を探した。すると、熊男は六畳位の部屋にいた。その部屋の扉は開けっ放しになっていて、熊男はわしに背を向けていた。
 チャンスだ! 正に絶好のチャンスが早くも到来したのだ!
 わしは、自宅から持参して来た柳場包丁を手にしては忍び足で熊男に近付いた。そして背後から襲い掛かろうとしたその時、熊男は何と振り返った。すると、熊男は驚愕の表情を浮かべた。その熊男の表情は、わしがまさかその部屋に姿を見せるとは思ってなかったと言わんばかりであった。
 そんな熊男の表情は忽ち恐怖に引き攣った表情に変貌した。わしが手にした柳場包丁を眼にしたからだ。そして、熊男はそれ以上思うことはなかった。何故なら、わしの一撃を受けて、あっという間に息絶えてしまったからだ。
 これが、一連の事件の全てだ。わしはこの供述に何ら偽りのないことを誓う。
 最後に、八木君は最後までわしの思いを実現する為のよきパートナーとなってくれた。それ故、わしのキャッシュカードを与え、わしの銀行預金を自由に使っていいことにした。それ故、その罪では八木君は逮捕しないように警察にはお願い申しあげます。>
 虎之助の遺書ともいえるこの手紙はこのように記されていた。
 この手紙にも記されてたように、虎之助のこの供述には嘘はないと思われた。何故なら、蛭田たちの今まで捜査結果が、それを証明していたからだ。そして、これによって、蛭田たちが抱えていた事件は一応決着がついたのだ。
 しかし、今回の事件はまるで小説とかいった架空の世界で起こったかのような事件であることは否めなかった。小説では遺産相続を巡る殺人事件がよく描かれているが、小説で描かれるような事件が現実に起こってしまったのだ。そして、その事件の展開はまるでゲームを行なってるかのように鮮やかに、また、迅速に行なわれたかのようであった。西口刑事が、
「まるで、殺人ゲームをやったかのようだった……」
 と、捜査本部解散された時に語った言葉に、捜査に携わった刑事たちの誰もが共感を覚えたのであった。


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