第五章 迷惑な女

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 ここは日下部宅から数キロ離れてるM川の河川敷。眼下にはM川の流れと辺りの原っぱが一目瞭然に眼に出来、辺りの様子は手に取るように眼に出来た。
 昨日から四月になったもの、春の気配はあまり見られず、肌寒い日々が続いているこの頃であった。
 さて、時刻は午後四時を少し過ぎたばかりで、学生なら家路についてる頃であり、また、サラリーマンなら、まだまだ仕事中という時間だ。 
 そういった頃ではあったが、今、このM川の河川敷に大人の男が三人姿を見せていた。その三人は大人の男といえども、まだ、三十になってない位の年齢であった。そうかといって、学生ではないことは歴然としていた。三人は今、私服姿ではあったが、学生と見間違えられることは、有り得ないであろう。
 それはともかく、その三人の姓名は日下部国男、熊男、虎吉であった。即ち、都内の高級住宅街に住んでいる日下部家の三兄弟である。
 その三兄弟の表情は今、とても深刻なものであった。その三兄弟の表情は今、明るさは微塵も見られなかった。三兄弟の表情は、正に深刻そのものであったのだ。一体三人は何故このような表情を見せてるのだろうか?
 その理由は一口では説明出来ないというものだ。それで、今から詳細に何故そのような深刻な表情を浮かべてるのか、その理由を説明することにする。
 長男の国男が友人と興した事業が失敗したことは前述した。もっとも、その男を友人と表現するのは誤りというものであろう。その男、即ち、城島猛は国男をペテンにかけたのだから。その結果、国男は一億の負債を背負ったのだ。
 無論、一億という金を国男が返済出来るわけはない。何しろ、国男の個人資産は今やせいぜい数百万程度なのだから。
 そんな国男を連帯保証人にした方が誤っているというのが正解といえるのではないか。
 それはともかく、その主たる債務者であるその城島はとんずらしてしまって、今、何処で何をしてるか分からない。それ故、城島が借りた一億は国男に重く伸し掛かって来たのだ。
 まるで、まともとは言えないような怖い兄ちゃんが毎日のように借金の返済の催促に国男の許にやって来るので、国男は正に毎日、毎日が生きた心地がしなかった。正に、借りた金を返さない限り、国男には平和な日々は訪れないことは歴然としていた。
 もっとも、日下部家には金がないわけではなかった。親父の虎之助の資産は十二億と推定されているのだ。
 それ故、その十二億の内の一億で、その借金を返済すればよいだけの話であった。しかし、そのことを虎之助が頑として認めないのである。いくら、国男が頼み込んでも、虎之助は首を縦に振らないのだ。それ故、正に、今、国男は絶体絶命のピンチに直面してるのだ。
 日下部家の二男の熊男は前科者となってしまった。D大で眼を付けた花村みどりのアパートを尾行によって突き止め、その隣室が空いていたのを幸いとばかりに、早速入居手続きを済ませ、みどりに近付こうとしたものの、冷たくあしらわれてしまった。それで、盗撮カメラを仕掛けようと目論み、ベランダ伝いに侵入し、そして、みどりの洋タンスの中を物色していたところ、何とみどりが彼氏と共に、戻って来た。その結果、熊男は住居侵入の罪で逮捕されてしまった。とはいうものの、初犯ということで、刑務所暮らしは逃がれたが、その後、熊男はまるで社会から隠れるような生活を送るようになった。熊男が犯した犯罪が新聞等で面白おかしく報道された為に、熊男の友人、知人は無論、近所の者、更に、その周辺に住んでいる誰もが、熊男の犯した犯罪を知らない者はいないという状況に陥ってしまったのだ。それ故、熊男は恥ずかしくて、外を歩くのが嫌になってしまったのだ。熊男が外出するのは、正に夜だけといった塩梅となってしまったのだ。正に、熊男は引きこもり人間となってしまったのである。
 そんな熊男は小遣いが不足していた。熊男が罪を犯すまでは、虎之助は月に六万の小遣いをくれた。しかし、今は全くくれなかった。道路工夫でもして金を稼げと言うのだ。
 これには参ってしまった。何しろ、熊男は綺麗好きで、また、体力には自信はなかったのだ。更に、特技、資格がないのは無論、頭を使う仕事も苦手だ。そんな熊男が頼りになるのは、虎之助の金位なものだ。それ故、虎之助から冷たくされては、それで終わりなのだ。それ故、熊男は正に、今、絶体絶命のピンチに見舞われてるのだ。
 絶体絶命のピンチに見舞われてるのは、日下部家の長男の国男と次男の熊男だけではない。三男の虎吉も正に絶体絶命のピンチに見舞われているのだ。
 虎男が何故絶体絶命のピンチに見舞われてるかは前述した通り、株式投資による失敗だ。
 相場の上昇の波にうまく乗った虎吉は株式投資の妙味を覚え、株式投資に深入りしてしまった。
 その結果、三千万の負債を背負ってしまった。
 それで、虎吉はやむを得ずガソリンスタンドなどでアルバイトを始めたが、時給八百円では、三千万の借金を返せるわけはない。そんな虎吉が頼りになるのは、虎之助の金だけという有様なのだ。しかし、虎之助は虎吉の失敗の穴埋めをしようという気はまるでなかった。それどころか、最近では何かと虎吉に対して冷たい態度を取るのだ。
 それ故、虎吉は気がおかしくなりそうなこの頃であったのだ。

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