3

 さて、今、日下部宅から少し離れた所にあるM川の河川敷に日下部家の三兄弟が姿を見せてることは前述した通りだ。そして、その三兄弟の表情が甚だ深刻なものであることも前述した通りだ。そして、三兄弟が何故そのように深刻な表情を浮かべてるのかも前述した通りだ。即ち、三兄弟は正に今、絶体絶命のピンチなのだ。
 そして、その絶体絶命のピンチからいかにして脱するかを相談する為に三兄弟は今、M川の河川敷に姿を見せてるのだ。
「もはや、俺たちが頼りになるのは、親父の金しかないんだ」
 引き攣った表情を浮かべてる国男がまずそう切り出した。
「それは、俺も同感だ。一体、俺がどうやって三千万も返せるっていうんだ」
 虎吉も国男と同様、引き攣った表情を浮かべては言った。
「三千万しか借金がないなんて羨ましいぜ。俺は一億だぜ。しかも、その金利返済も行なわなければならないんだ」
 国男は吐き捨てるように言った。
「兄さんの一億は、俺にとっては三千万さ。だから、兄さんが一億を返済出来ないのと同じで、俺も三千万は返済出来ないよ」
 虎吉も吐き捨てるように言った。
「金に困ってるのは俺も同じさ。俺は前科者の烙印を押され、俺を受け入れてくれる会社なんて見付かりっこないよ。それに、アルバイトも出来そうもないんだ。アルバイトだって、俺がやったことを雇い主が知れば、俺を解雇するよ。俺は俺がやったことをばれないようにと、こそこそ生きて行くのは真っ平だよ」
 熊男は、不貞腐れたような表情を浮かべては言った。
 そう熊男が言った後、三人の間に少しの間、重苦しい沈黙の時間が流れたが、やがて虎吉が、
「いっそのこと、自己破産してしまおうか」
 と、神妙な表情を浮かべて言った。
 すると、国男は、
「自己破産か……」
 と、呟くように言った。確かに、自己破産すれば、債務から逃がれられるらしい。しかし、親が十億を超える資産を持ってるにもかかわらず、自己破産出来るのだろうか? その点は、国男では分からなかった。
 それで、国男はその疑問を話した。
 すると、熊男も虎吉も言葉を詰まらせた。その国男の疑問に対する適切な答を見出すことが出来なかったからだ。
 それで、三人の間に再び重苦しい沈黙の時間が流れたが、やがて、虎吉が、
「弁護士に相談してみようか」
 と、眉を顰めては言った。
「弁護士か……」
 国男も眉を顰めては言った。そして、いかにも渋面顔を浮かべては、国男は少しの間、言葉を詰まらせていたのだが、やがて、
「その前に、あの女を何とかしなければならないよ」
 と、いかにも険しい表情を浮かべては言った。
「あの女とは、大林安子のことか?」
 熊男は眉を顰めては言った。
「ああ。そうだ。あの女だ。あの女が親父の正式な妻となれば、親父の遺産の半分を持っていかれるんだ。つまり、俺たちの遺産が半分減るというわけだ」
「冗談じゃないぜ!」
 熊男は吐き捨てるように言った。
「正に、その通り!」
 虎吉も熊男に相槌を打つかのように言った。
「そうだろ。それに、親父は大林と結婚すれば、海外旅行などにお金をじゃんじゃん使って、俺たちに遺す遺産は数千万と吐かしたじゃないか!」
 国男はいかにも怒りを露にした表情を浮かべて言った。
 すると、熊男は、
「そんなことされて堪るか!」
 と、顔を真っ赤にしては、吐き捨てるかのように言った。
「そうだ! 何故、あんな女の所為で俺たちの将来が灰色にならなければならないんだ!」
 虎吉も吐き捨てるように言った。
「灰色どころじゃない! 俺たちは大林の所為で地獄に落ちなければならないんだ! よく考えてみろ。大林がいなければ、俺たちは一人あたり三億から四億の金を手に出来るんだ。大林がいなければ、親父のことだから金をじゃんじゃん使うこともないだろうからな。だが、大林が女房になれば、大林の為に親父はじゃんじゃんと金を使うよ。親父というのは、そういう人間なんだ」
 国男はいかにも険しい表情を浮かべては、吐き捨てるように言った。そして、
「だから、俺たちにとっては、大林は正に厄病神であり、大林の存在を認めるわけにはいかないんだ!」
 と、声を荒げて言った。
「そりゃ、俺も同感さ。しかし、親父の決意は固く、親父の気を翻すことは、出来そうもないよ」
 熊男は、正に深刻げな表情を浮かべては言った。
「だから、俺たちで何とかするんだよ」
 そう言っては、国男はいかにも険しい表情を浮かべては眼をキラリと光らせた。
「何とかするって、どうするって言うんだい?」
 虎吉は、いかにも困惑したような表情を浮かべては言った。
「だから、大林を親父から引き離すんだ」
 国男は残忍そうな表情で言った。
「引き離すって、どういうことだい?」
 虎吉は、怪訝そうな表情を浮かべて言った。虎吉は国男の言葉の意味がよく分からなかったのだ。
「だから、大林を俺たちの手で何とかするんだよ」
 そう言っては、国男は再び眼をキラリと光らせた。
 すると、熊男は、
「兄さん。危ないことをするは御免だぜ。俺、また、逮捕されるのは嫌だからな」
 と、神妙な表情を浮かべては言った。
「そんな甘い考えじゃ、この難局を乗り切れないというものだ。要するに、ばれなきゃいいんだ。そうすりゃ、何ら問題はないさ」
 国男は、決意を新たにしたような表情を浮かべては言った。そして、
「要するに、俺たちは親父の金で過去を清算し、そして、将来もその金を当てにしなければならないんだ。その点に関して、お前たちも異論はないだろ?」
 と、熊男と虎吉を交互に見やっては言った。
「そりゃ、勿論そうさ」
 熊男と虎吉は、口を揃えては言った。
 すると、国男は小さく肯き、そして、
「それに、もし俺たちが自己破産出来ても、結局当てに出来るのは親父の金だけだろ?」
 と、熊男と虎吉を交互に見やっては言った。
「勿論、そうさ」
 熊男と虎吉は再び口を揃えて言った。
 すると、国男は小さく肯き、そして、
「だったら、大林の存在はやはり俺たちは認めるわけにはいかないよ。それに、親父は何としてでも大林と結婚しようとしている。その親父の決意を翻すことは出来ない。
 じゃ、どうすればよいかというと、それは、大林を消すしかないというわけさ」
 そう言った国男の表情には、相当悲愴さが滲み出ていた。それは、正に今、国男たちが置かれている状況の深刻さを如実に物語っていた。
「つまり、殺すというわけかい?」
 熊男も、甚だ深刻な表情を浮かべては言った。
 すると、国男は黙って肯いた。
 その国男の決意に熊男と虎吉は少しは反発した。
 しかし、今、国男たちが置かれている状況の苦しさを何度も国男は説明し、そして、安子を殺さない限り、国男たちの未来は考えられないと、熊男と虎吉を説き伏せた。その結果、この時点で大林安子殺しは実行されることに決まったのである。

目次     次に進む