第七章 奇妙な計画

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 安子が国男たちの手によって殺された五日後、日下部宅に制服姿の警官が姿を見せた。その警官は世田谷署の守屋誠警部(48)であった。
 守屋に応対したのは、虎之助であった。虎之助は安子と連絡が取れなくなって以来、安子のことが気になり、度々仕事を休んでいたのである。
 そんな虎之助であったが、守屋の姿を見て、首を傾げた。守屋の来訪の目的がよく分からなかったからだ。しかし、安子のことかとも思ったことには思った。それで、とにかく守屋の話を聞くことにした。
 そんな虎之助に、ごつい身体付きの守屋は畏まった表情を浮かべては、
「大林安子さんのことをご存じですよね」
 <やはりそうであったか>
 虎之助は心の中でそう思ったが、とにかく、
「知ってますよ」
 すると、守屋は小さく肯き、そして、
「で、その大林さんが行方不明になってるみたいなんですよ」
 と、渋面顔を浮かべては言った。
「行方不明ですか……」
 虎之助は呟くように言った。虎之助は確かに安子と連絡が取れなくなったことに不審感を抱いていたが、しかし、まさか警察が捜査に乗り出す程のことでもないと思っていたのだった。それ故、今の守屋の言葉は虎之助に少なからずのショックをもたらした。
「ええ。そうなんですよ。五日前位からだそうです。何しろ、五日前に大林さんの妹が大林さん宅に来ることになってたらしいのです。にもかかわらず、大林さんが大林さん宅に五日もいないということは有り得ないと妹さんは言うのですよ。で、妹さんは警察に捜索願いを出したのですよ。それで、僕が今、調べているのですがね。
 で、大林さんは今、日下部さん宅で家政婦の仕事をされてたそうです。それで、日下部さんが大林さんの失踪に何か心当たりないかと思いましてね。それで、こうしてお伺いしたのですよ」
 と、守屋は虎之助の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、虎之助はいかにも神妙な表情を浮かべては、
「それが、僕も全く心当たりないのですよ。五日前から大林さんはうちに来なくなりましてね。それで、僕は大林さんの携帯電話や自宅に度々電話してみたのですが、全然電話は繋がりませんでしてね。それで、心配してたのですよ」  
 そう虎之助に言われ、守屋は、
「そうでしたか……」
 と、いかにも気難しげな表情を浮かべては呟くように言った。そして、
「で、大林さんはいつから日下部さん宅で手伝いの仕事をされてたのですかね?」
 と、興味有りげに言った。
「二か月位前ですかね」
 虎之助は眉を顰めて言った。
「二か月前ですか……。今までにこのような事がありましたかね?」
「いいえ。今までにはこのようなことは一度もありませんでしたね」
 虎之助はいかにも神妙な表情を浮かべては言った。
「そうでしたか……。でも、一体何故、大林さんの行方が分からなくなってしまったのでしょうかね?」
 と言っては、守屋は首を傾げた。
「それが、僕も全く分からないのですよ。大林さんは非常に律儀な方でしたからね。ですから、僕に連絡もなく仕事を休むなんてことは有り得ないと思うのですよ。それで、交通事故なんかに見舞われたのではないかと、僕は心配していたのですよ。そういったことではなかったのですかね?」
 と、虎之助は守屋の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、守屋は渋面顔を浮かべては、
「そういった情報は今のところ、入ってないのです」
 すると、虎之助も渋面顔を浮かべては、言葉を詰まらせた。そんな虎之助に、守屋は、
「で、日下部さんは大林さんと再婚なされることになってたとか」
 と、眼を大きく見開き、いかにも興味ありげに言った。
「ええ。そうです」
 虎之助は威厳を込めた表情で言った。そんな虎之助の表情からは、安子との再婚に対する強い決意が読み取れた。
 すると、守屋は小さく肯き、そして、
「で、いつ頃、大林さんとの結婚を決意されたのですかね?」
「一か月位前です。つまり、大林さんと知り合って一か月位経ってからですよ。僕もやもお暮らしが長くてね。連れ合いを欲しいと思ってたのですよ。そんな頃、僕の前に現れたのが、大林さんだったのですよ」
 そう言っては、虎之助は小さく肯いた。
「そうでしたか。で、日下部さんの方から大林さんに結婚してくれと言ったのですかね?」
「勿論そうですよ。大林さんに頼み込んだと言ってもいい位ですね」
 そう言っては、虎之助は小さく肯いた。
「日下部さんはお金持ちみたいですから、日下部さんのお金を狙って大林さんの方から日下部さんに迫ったということはないのですかね?」
「そういったことは、全くありませんね。それに、僕は大林さんの為なら、いくらでもお金を使ってもいいと思ってますよ。ですから、大林さんが僕との結婚はたとえ金の為だったとしても、僕は何とも思いませんよ」
 と、虎之助は言っては小さく肯いた。
「成程」 
 虎之助の説明を聞いて、守屋は小さく肯いた。というのは、実のところ、守屋は安子の失踪に虎之助が絡んでるのではないかと推理していたのである。つまり、安子が虎之助と結婚する目的が虎之助の金であることを虎之助は知り、それに対して虎之助は嫌気を感じる。あるいは、虎之助の身内がそう感じる。その結果、トラブルが発生し、安子は虎之助に殺されてしまったというわけだ。
 そう推理し、守屋は日下部宅にやって来たのだ。だが、今まで虎之助と話をしてみた結果、その可能性は小さいと守屋は看做した。だが、虎之助の身内に殺されたという可能性はあるだろう。何故なら、安子が虎之助と結婚すれば、安子の分だけ、虎之助の遺産相続額が減るからだ。
 そう思っていた守屋は、
「僕は、大林さんの失踪は、日下部さんの関係者が絡んでいるのではないかと推理してましてね」
 と言っては、唇を歪めた。
「それは、どういうことですかね?」
 そう言った虎之助の表情には、些か厳しさが見られた。安子の失踪に虎之助の関係者が絡んでると言われたからだ。
 すると、守屋は小さく肯き、そして、
「要するに金ですよ。何しろ、日下部さんはお金持ちですからね。そんな日下部さんと大林さんが結婚すれば、当然少なからずの金が大林さんのものとなるでしょう。そして、そのことを心よく思ってない日下部家の人間が大林さんのことをどうにかしたという可能性はあると思うのですよ」
 と、虎之助に言い聞かせるように言った。そんな守屋は守屋のその推理はもっともなことだと、虎之助に訴えてるようであった。
 そう守屋に言われ、この時、虎之助の脳裏に国男たちのことが過ぎった。確かに、国男たちは安子との結婚に強く反対していた。その理由は金だ。虎之助が安子と結婚することによって、国男たちの相続分が減額されるからだ。金に困ってる国男たちはそれが我慢出来ないのだ。それ故……。
 虎之助は、この時、当然、安子の失踪に国男たちが関係してるという思いが脳裏を過ぎったのだ。今までは、そのような思いを抱いたことはなかったのだが、今、守屋の話を聞いて、初めてそう思ったのだ。それに、安子が失踪した五日前は、国男たちの帰りが三人共遅かった……。いつもなら、午後八時以降に帰宅するなんてことは滅多になかったのに……。そう思うと、虎之助の表情は、自ずから険しくならざるを得なかった。
 そんな虎之助に、守屋は、
「どうかしましたかね?」
 と、いかにも興味有り気に訊いた。
 すると、虎之助は、
「いや。何でもないですよ」
 と、守屋の言葉をかわした。虎之助は守屋に国男たちのことを話すわけにはいかなかったのである。それで、急ぎの用があるので、今日はこれ以上守屋と話は出来ないと言った。
 すると、守屋は、
「じゃ、後で何か気付いたことがあれば連絡してください」
 と言っては、日下部宅を後にしたのであった。

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