2

 八木守男は福岡でホスト経営に失敗し、一億の負債を負ってしまった。そして、その負債は守男が返済出来る金額ではなかった。
 それ故、守男は債権者から逃がれる為に、とんずらした。
 債権者たちがそんな守男のことを黙って見逃すわけはないだろう。
 といっても、守男の消息を摑むことは困難であろう。何しろ、守男には家族がいないことは周知の事実であったのだから。それ故、守男を探し出す術がなかったのである。
 もっとも、債権者たちは守男と親交があった者たちに当たってはみた。しかし、誰もかれもが、守男の消息を知らなかったのである。
 守男の債権者はノンバンクが多かったが、守男の店で働いていたホストたちもいた。
 そのホストの中の一人に轟太郎という二十九歳の男がいた。
 太郎は守男とは同じ年齢であったということもあってか、「ツリー」では守男の片腕のような存在であった。そして、守男と同じくホスト経験も長く、守男から信頼された存在であった。それで、太郎は「ツリー」の経理を任されていたのだ。「ツリー」では、守男が営業を統括し、太郎が経理を統括していたのだ。
 だが、そんな太郎が実は密かに守男を裏切っていたのだ。太郎はドンペリとかいった高級酒の仕入れ値段を水増して会計処理をしていたのだ。また、売上を誤魔化すという手口を用いたりして、少なからずの売上金を自らのポケットマネーとしていたのだ。そのようにして、太郎は「ツリー」から三千万程猫ばばしたのである。だが、接客は得意でも経理に弱かった守男は、太郎の不正を見抜けなかったのだ。また、太郎のことを信頼し過ぎたことも裏目に出たのであろう。要するに、守男は人を見抜く眼に欠けていたのである。太郎の裏切りに遭わなければ、「ツリー」は潰れなかったかもしれないのだ。
 太郎と守男が知り合ったのは、「カリン」というホストクラブでであった。守男が中洲で初めてホストとして働くようになった店が「カリン」であったのだ。
 東京では正に挫折を味わった守男は故郷の九州に戻り、再起をはかった。そして、我武者羅に頑張った守男はやがて「カリン」のナンバーワンの売れっ子となった。太郎は守男より二年前から「カリン」でホストをやってたのだが、売上は常に下位に位置していた。
 それ故、太郎より二年も遅れて「カリン」に入店したにもかかわらず、ナンバーワンの売れっ子になった守男のことを太郎は羨ましかった。
 しかし、控え目な性格の太郎はその胸の内を決して表に出すことはなかったのだ。
 そんな太郎の性格であった為か、売上は芳しくなくても、「カリン」の経営者から嫌われることもなく、何とか「カリン」でのホストであることを持ち堪えていた。
 だが、守男が新たにホストクラブを興すことになったことを機に守男と共に太郎は独立したのだ。
 そんな太郎は最初から、不正に手を染めていたわけではなかった。
 だが、その太郎の控えめな性格を守男が甘く見たのか、何かと太郎のことを命令口調であしらうようになって来た。経理を任されていたといえども、それは、守男を始め、経理には疎い者ばかりであったので、経理を太郎に押しつけたみたいなものであった。太郎は簿記三級の資格を持っていた。その資格に眼をつけ、守男は太郎を「ツリー」に引き抜いたみたいなものであったのだ。
 だが、そんな太郎のことを守男が甘く見てるのは、守男の太郎に対する言動で十分に察せられたのだ。
 そんな守男に太郎は反発を感じるようになった。そして、その頃から、不正に手を染めるようになったのだ。
 だが、そんな太郎一人では、「ツリー」に対する不正を持続させることは困難であった。実のところ、「ツリー」には太郎の協力者がいたのだ。
 その協力者とは、城ノ内明というホストであった。
 明は守男より二歳年下であったが、中洲でのホスト歴は五年を超えていた。しかし、店を五軒変えていた。というのは、どの店でも売れっ子になれなかった為に店を追い出されてしまったのだ。
 そんな明は、ホストでもう少し頑張ってみたいと思っていた。売れっ子になれば、正に一獲千金の金を手に出来ることは分かっていたからだ。
 それで、五軒目の店を追い出されてから、新たな店を探した。そして、その時に眼に留まったのが、「ツリー」だったのだ。
「ツリー」はその当時、開店してまだ一か月位の時であった。そして、ホストも不足していた。
 それで、面接を受けてみたところ、経験者である明をすぐに採用したいと、明は守男から言われたのだ。その面接の時に明は以前働いていた店を五軒共馘になったということは、無論話はしなかった。
 そういう風にして、明は「ツリー」で働き始めたのだが、やはり明は冴えないホストであった。心機一転「ツリー」で働き始めたものの、そのネクラな性格が災いしてか、指名はつかず、そんな明に守男が罵詈雑言を浴びせるのも度々であった。この「ツリー」でホストは最後だと覚悟していた明はそんな守男の仕打ちにじっと絶えた。だが、馘になることはなかった。何故なら、雑用係りが必要であったからだ。それ故、明はホストというより、雑用に回される時が多かったのだ。
 そんな明は守男への不満は大きくなって行った。
 そんな頃、明はたまたま太郎と二人で飲む機会を持った。そんな二人の口からは、自ずから守男に対する不満の言葉が発せられた。
 そんな太郎と明は、まだしばらくの間、守男に対する不満をぶつけ合った。そして、そんな二人が「ツリー」で不正を働き、守男を苦しめてやろうという考えがまとまったのは正に自然の成り行きであったかのようであった。

目次     次に進む