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 赤嶺定吉は午後三時半頃、浅草の某サウナを後にした。本来なら、もっと早く後にしなければならなかったのだが、疲れていた為に、つい長居してしまったのだ。
 そんな定吉が真っ先に向かったのは、近くにある公衆電話ボックスであった。昨日上野駅構内で買ったスポーツ紙には定吉が求めていたような求人案内が記載されていたのだ。それで、先程、早速コンタクトを取ってみた。そして、高橋という男から、仕事内容の説明を受けた。
 すると、その仕事は惚けた高橋の親父の見張りとかいう内容であった。いわば、介護職員がやるような仕事であった。そして、定吉は正にそのような仕事を欲していたのだ。
 もっとも、五十年この世で生きて来た定吉にとって、その仕事に胡散臭さを感じなかったわけではなかった。定吉が思ったように、何故そういった仕事なら、正式の介護職員に任そうとしないかということである。それ故、そのような求人案内を出すというのには何かあると勘繰ってしまうのだ。更に、履歴書も不要だという。そのことからも、正に胡散臭さを感じるというものだ。しかし、そんなことを気にしてられないというのが、今、定吉の置かれた状況であろう。何しろ、定吉は殺人犯なのだから。後ろ暗い仕事であろうが、やらないと生きていけないのだ。それに、定吉自身も殺人犯なのだから、偉そうなことは言えないというものだ。
 それはともかく、午後六時から定吉は高橋という男と会って、話を聞いてみることになっていた。高橋と電話したのは午後三時半過ぎだったのだが、その時、高橋は定吉との面接時間を今日の午後六時に指定して来た。また、定吉は今、何処にいるのかと訊いて来た。それで、定吉は浅草にいると言った。すると、高橋は今日の午後六時に隅田公園の水上バスのりば近くのベンチで待ち合わせだと言った。そして、隅田公園が分かるかと、高橋は訊いた。それで、定吉は分からないと答えた。すると、高橋はそれを説明した。すると、そこは定吉が昨夜、夜を過ごした公園であることが分かった。また、高橋は胸に赤いカーネーションの造花を付けてるとのことだ。それによって、定吉が高橋のことを見落とすことはないであろう。
 定吉は、午後六時まではまだ少し時間があったので、仲見世周辺でぶらぶらしては、時間を潰した。そして、午後六時が近付いた頃、隅田公園に向かった。
 そして、水上バスのりばから隅田公園を歩き始めた。そして、少し歩くと、高橋は見付かった。何故なら、水上バスのりばから少し行った所にあるそのベンチに、赤いカーネーションの造花をつけた若い男が座っていたからだ。
 それで、定吉は透かさずその若い男に近付いて行っては、
「高橋さんですか?」
 すると、その男、即ち、虎吉は、
「ええ。そうです」
 と言っては小さく肯いた。
 そんな虎吉を見て、顔には出さなかったものの、定吉はほっと胸を撫で下ろした。というのは、あのような不審な求人案内を出す位だから、高橋という男はやくざのような感じの男ではないかと思っていたからだ。だが、実際に眼にしてみると、何となくひ弱そうな優男みたいなのだ。五十年という年月を生きて来た定吉の経験上の勘から、この高橋という男は扱い易いと思ったのだ。
 それはともかく、定吉は、
「僕が先程電話した田中です」
 と、とにかく殊勝な表情を浮かべては言った。
「あなたが田中さんですか。じゃ、ここに座ってください」 
 虎吉は辺りに人気がないのを見て、このベンチでこの男と話しても差し支えがないと判断し、定吉に座るように言った。
 そんな虎吉は、定吉を一眼見て、この男なら大丈夫だと思った。というのは、この田中という男は何となく頭が良くない労働者タイプの男だと思ったからだ。頭のよいインテリタイプなら、虎吉たちの姦計に気付き、虎吉たちの思惑通りにならないかもしれない。だが、この田中という男ならそうならないと虎吉は読んだのだ。
 それはともかく、虎吉は、
「じゃ、早速、田中さんにやってもらう仕事を説明することにしますね」
 と、言っては早速、惚け親父を伊豆の別荘で見張るという仕事内容を改めて説明した。
 定吉はそんな虎吉の話に何ら言葉を挟むことなく耳を傾けていたが、虎吉の話が一通り終わると、
「で、その仕事はどれ位の期間、やればいいのですか?」
「一週間位ですね」
「一週間ですか……」
 定吉は眉を顰めては呟くように言った。というのは、今の高橋の説明を聞いた限りでは、とても楽そうな仕事だったので、定吉はもっと長くこの仕事をやりたいと思ったからだ。何しろ、手足をロープで括った惚け親父を伊豆の別荘で一日につき、八時間見張ればよいだけなのだから。更に、三食つきで、しかも寝場所もただとのことだ。このような仕事なら、ずっと続けたいというのは当然であろう。もっとも、定吉が当初思ったように、このような仕事はアルバイトに依頼するというより、介護職員を雇うのが本道であろう。にもかかわらず、スポーツ紙にこの仕事の求人案内を出すということには、不審感は確かに感じるというものだ。しかし、その不審感もこの高橋という優男を眼にすれば、吹き飛んでしまうというものだ。このような優男なら、万一定吉にとって何か都合の悪い状況が発生しても、十分に立ち向かえるであろう。定吉は、そう判断し、この仕事を引き受けることが決まったのである。

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