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米倉宅を訪れた門田を見ても、米倉は特に表情を変えなかった。
そんな米倉に対して、門田は改めて理子が亡くなったことに対して悔やみの言葉を述べた。そして、
「米倉さんは、理子さんとは再婚だったのですか」
と、さりげなく言った。
すると、米倉は黙って肯いた。
そんな米倉に門田は、
「で、前の奥さんとは、離婚されたのですかね?」
と、門田は再びさりげなく言った。
すると、米倉は黙って頭を振った。
そんな米倉に門田は、
「では、どうして別れられたのですかね?」
と、興味有りげに言った。
すると、米倉は何故門田がそのような問いをするのか、特に考える様も見せずに、
「美香は、事故死したのです」
と、淡々とした口調で言った。
「事故死ですか」
門田は呟くように言った。
「そうです。事故死です」
「どういった事故に見舞われたのですかね?」
門田は米倉の顔をまじまじと見やっては言った。
「北海道の十勝岳を妻と一緒に上っていた時に、妻は足を滑らせましてね。そして、その時に、岩に頭をぶちつけてしまったのですよ。すると、呆気なく脳挫傷で死んでしまったのですよ」
と、米倉はいかにも落胆したように言った。そんな米倉は、そのことはもう思い出したくはないと言わんばかりであった。
「そうでしたか。で、その後、米倉さんは理子さんと再婚されたのですね?」
そう門田が言うと、米倉は黙って肯いた。
すると、門田も小さく肯き、そして、
「理子さんとは何年、一緒に暮らしたのですかね?」
「二年ですかね」
と、米倉はぽそりと言った。
「二年ですか。で、僅か二年で、理子さんは死亡されたのですね」
「……」
「折角、再婚されたのに、米倉さんは、正にお気の毒ですね」
「ええ」
「でも、米倉さんの奥さんは、二度も妙な死に方をされたのですね」
と言っては、門田は眉を顰めた。
すると、米倉は、
「二度ではありません。前妻の美香の死は妙ではありません。正に、事故死ですから、運が悪かっただけなのですよ」
と言っては、小さく肯いた。
「でも、登山をしてる時に、足を滑らせては、岩に頭をぶつけて亡くなったというような事故は、滅多に起こったことはないのではないですかね」
と言っては、門田は怪訝そうな表情をした。
「その滅多に起こらない事故が、起こってしまったのですよ!」
と、米倉は力強い口調で言った。そんな米倉は、正にそのような事故に見舞われ、正に運が悪かったと言わんばかりであった。
「で、話は変わりますが、前妻の美香さんには、生命保険は、掛けられていたのですかね?」
そう言っては、門田は米倉の顔をまじまじと見やった。そんな門田は、今の門田の問いに対する米倉の表情の変化を具に見ようとしてるかのようであった。
すると、米倉の言葉は詰まった。そんな米倉は、正に訊かれたくないことを訊かれたと言わんばかりであった。
そんな米倉は、その門田の問いに言葉を詰まらせ、なかなか言葉を発そうとはしなかったので、門田は同じ問いを繰り返した。
すると、米倉は、
「そりゃ、掛けてはいましたが……」
と、門田から眼を逸らせては、決まり悪そうに言った。
「一体、幾ら位掛けていたのですかね?」
それを門田は分かっていたが、いかにも興味有りげに言った。
すると、米倉はむっとしたような表情を浮かべては、
「そのようなプライベートのことまで、答えなければならないのですかね?」
「答えてもらいたいですね」
そう門田は言ったが、米倉は門田から眼を逸らせては、そのようなことは答えたくないと言わんばかりに、なかなか言葉を発そうとはしなかった。
そんな米倉に門田は、
「では、理子さんにも、米倉さんが受取人となっている生命保険に入っていたのですかね?」
と、米倉の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、米倉はむっとしたような表情を浮かべては、
「そのようなことが、事件の捜査に関係してるのですかね?」
と、いかにも納得が出来ないように言った。
すると、門田は、
「可能性はありますね」
と言っては、力強く肯いた。
「どういう風に関係してるというのですかね?」
米倉はいかにも納得が出来ないように言った。
「今の時世、保険金絡みの殺人事件というものが、度々発生してますからね」
と門田は言っては、眉を顰めた。
すると、米倉はいかにも顔を紅潮させては、
「刑事さんは、まさか僕のことを疑ってるのではないですよね?」
と、声を荒げては言った。
そう米倉に言われると、門田は渋面顔を浮かべては、少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「でも、米倉さんの奥さんが相次いで妙な死に方をされたんじゃねぇ」
と言っては、米倉を見やった。そんな門田は、米倉のことは疑うに十分だと言わんばかりであった。
すると、米倉は眼を大きく見開き、
「ですから、美香は打ち所が悪かったのですよ。十勝岳の登山道は、岩がごろごろしてますからね。ですから、運が悪かったのですよ。
でも、理子の場合は完全に事件です。
刑事さん! 理子を殺した犯人を捕まえてください! そうしないと、理子は浮かばれません!」
と、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。そんな米倉は、正に米倉は理子の事件には何ら関係はないと力説してるかのようであった。
そんな米倉に門田は、
「では、六月十日の午前七時から八時頃の間、米倉さんは何処で何をしてましたかね?」
と、理子の死亡推定時刻のアリバイを確認してみた。
すると、米倉は、
「その頃は家で新聞を読んでましたかね」
「家で新聞を読んでいた? じゃ、その日は、仕事はお休みだったのですかね?」
と、言っては、門田は眉を顰めた。
すると、米倉は、
「いいえ。そうじゃありません」
と、小さく頭を振った。
そんな米倉に、門田は、
「門田さんは、どういったお仕事をされてるのですかね?」
と、米倉の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、米倉は眉を顰め、
「自営業ですよ」
「自営業、ですか。具体的に、どういったお仕事をされてるのですかね?」
「ホテルですよ。ホテルといっても、ラブホテルですがね。それを二棟、所有してますよ」
「なる程。そういうわけですか」
と言っては、門田は小さく肯いた。
というのは、どうやら米倉が二度に及んで妻を事故とか事件に見せかけて死に至らしめた理由が分かったような気がしたのだ。
つまり、米倉はラブホテル稼業がうまくいかず、金に困っていた。それ故、妻に保険を掛けて殺し、その保険金で事業の失敗の穴埋めを行なおうとしたのだ。つまり、米倉にとってみれば、事業の方が妻よりも大切であったというわけだ。
そう門田は思ったが、まだ、今の時点では、門田のその推理が真相だと裏付ける証拠を入手したわけではなかった。
それ故、その思いは口には出さなかったが、
「で、米倉さんの事業はうまく行ってるのですかね?」
そう門田が言うと、米倉は言葉を詰まらせた。そんな米倉は、訊かれたくないことを訊かれたと言わんばかりであった。
そして、米倉はなかなか言葉を発そうとはしなかったので、門田は同じ問いを繰り返した。
すると、米倉は、
「特に儲かってるとは言いませんが、困ってもいませんよ」
と、憮然とした表情で言った。
「そうですかね? 赤字続きで、火の車という状況ではなかったのですかね?」
と門田は言っては、唇を歪めた。
「とんでもない! そんなことはありませんよ。うちはここしばらくの間では、赤字はありませんよ。嘘と思うのなら、税務署に確かめてくださいよ。きちんと税金を納めてますからね」
と、米倉は門田の言葉に些か苛立ったような表情と口調で言った。そんな米倉は、門田の指摘は話にならないと言わんばかりであった。
米倉がそういかにも自信有りげに言ったからには、米倉のラブホテル経営は順調なのだろう。また、そうかそうでないかは、米倉が言ったように、税務署で調べれば、容易に分かることなのだから。
しかし、ラブホテル経営が順調であったとしても、金が必要ではないとも限らないであろう。金というものは、いくらあっても、多過ぎるということはないのだから。
それ故、米倉が保険金目当てに、美香と理子を殺害したという可能性は十分にあるだろう。
しかし、美香の事件は、事件が発生して既に五年経過してる為に、今の時点で美香の死に米倉が関与したという証拠を摑むことは甚だ困難というものであろう。
しかし、理子の事件はまだ発生したばかりだ。それ故、米倉の尻尾を摑むことは、決して不可能だということではないだろう。
そう門田は思ったものの、今の時点では、これ以上、米倉を追い詰めることは困難だと判断し、この時点で米倉への捜査を一旦、中断することにした。