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 六月十日の午前九時過ぎに、志高湖畔で、他殺体で発見された米倉理子の死は、今までの捜査から、理子の夫の米倉邦生が犯人である可能性は十分にあると、門田たち大分県警の刑事は看做した。というのも、米倉の前妻の米倉美香は、十勝岳登山中に岩に頭をぶちつけて事故死したということだが、その現場には米倉一人しかいなかったことから、米倉が意図的に美香の頭に岩をぶちつけて殺したということが有り得るわけだ。もっとも、美香の事件の後、米倉の後妻が変死しなければ、美香の死に関して疑いが生じたことはなかっただろう。 
 しかし、米倉の後妻の理子が志高湖畔で妙な死に方をすれば、米倉に疑いの眼が向けられても、それは極めて自然の成り行きというものなのだ。
 それ故、門田たち大分県警の捜査陣は、米倉犯人説に基づいて捜査を進めてみることにした。
 そして、理子の死亡推定時刻の米倉のアリバイが曖昧だということは分かった。
 しかし、それだけでは、米倉を理子殺しで追い詰めるわけにはいかないであろう。
 そこで、もし米倉が犯人なら、少なくとも、六月十日の午前八時頃までに、理子の死体を志高湖畔に遺棄する必要があるというものだ。何しろ、理子の死体が発見されたのは、六月十日の午前九時過ぎだったからだ。
 しかし、米倉宅には、理子が志高湖に行くのに用いたと思われるフィットが一台しかなかった。
 ということは、米倉もそのフィットを用いたのだろうか?
 米倉が犯人なら、その可能性が高いだろう。
 そして、理子の殺害場所は何も志高湖畔とは限らないであろう。米倉が犯人なら、別の場所で理子を殺し、志高湖畔に遺棄すればよいのだから。
 そして、何故志高湖畔に遺棄したのかというと、それは、赤松や岡倉たちの事件と理子の事件を関連付ける為であろう。即ち、偽装工作だというわけだ。しかし、門田たち大分県警は、そんな米倉の偽装工作にはあっさりと引っ掛からないというものであろう。
 それはともかく、赤松の事件と岡倉の事件が、もし理子の事件を攪乱させる為の偽装工作であったとしたら、赤松の事件も岡倉の事件も、米倉の仕業という可能性があると言うものだ。即ち、赤松の事件と岡倉の事件は、理子の事件を発生させる為の準備段階となるからだ。それ故、赤松と岡倉から、赤松と岡倉を襲った犯人が、米倉ではないかという捜査がまず行なわれることになった。
 そして、そのいずれの事件でも、米倉のアリバイは曖昧といえるだろう。
米倉は赤松と岡倉が襲われた時間には、家で寛いでいたと証言することが、眼に見えているからだ。
 それはともかく、赤松と岡倉に、赤松と岡倉を襲ったのが、米倉ではないかと、米倉の写真を見せては、まず確認してみた。
 しかし、二人は突如、背後から襲われた為に、どのような人物が襲ったのかは皆目分からないと証言した。
 しかし、赤松からは、貴重な証言を入手した。というのは、シルバーのフィットを志高湖畔で眼にしたと証言したからだ。というのも、米倉の車も、シルバーのフィットだったからだ。
「間違いありません。何しろ、まだ朝の早い時間でしたからね。志高湖畔で眼にした車といえば、そのフィットだけだったのですよ」
 と、赤松は些か興奮気味に言った。
「具体的には、どの辺りで眼にしたのですかね?」
「ですから、志高湖畔にある大きな駐車場ですよ。一番奥の方に停めてあったのですが、まだ朝早いということで、停められていたのは、そのフィットだけだったのですよ。ですから、僕はそのフィットをよく覚えているのですよ」
 と、赤松は些か自信有りげに言った。
「ちょっと待ってください。志高湖畔の駐車場はかなり大きいですよね。それなのに、どうして奥の方に停められていた車がシルバーのフィットだと分かったのですかね?」
 と、門田は些か納得が出来ないように言った。
 そう門田に言われると、赤松は眼を大きく見開き、
「僕もその奥の方に車を停めようかと思い、そのシルバーの車の方に近付いたのですよ。それで、その車がシルバーのフィットだと分かったのですよ。
 でも、僕は結局、車を駐車場の入り口の方に停めましたがね」
 と、赤松は淡々とした口調で言った。
 この赤松の証言によって、赤松が被害に遭った時に、米倉が現場に居合わせていたという可能性は発生した。
 しかし、今になっては、そのことを証明するのは、困難だといえるだろう。
 それはさておき、門田たちの推理では、赤松の事件も岡倉の事件も、米倉が引き起こした。そして、この二つ事件は、理子殺しの布石であったというわけだ。
 この推理は、赤松が被害に遭った時に、志高湖畔にある駐車場で米倉の車らしきものが停められていたということからも、現実味がありそうなのだが、そうかといって、この門田たちの推理を裏付けるには、まだまだ証拠不足というものだ。
 理子の死体が発見された日に、米倉の姿が志高湖畔で目撃されていれば、米倉を追い詰めることが可能だが、このような決定的な証拠を入手出来なければ、理子殺しの疑いで米倉を逮捕することは不可能だろう。
 さて、困った。米倉理子の事件は解決出来るのだろうか?

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