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 門田たちの推理では、米倉が理子を志高湖畔かそれ以外の場所で殺し、理子を志高湖畔に遺棄したであった。この推理が事実であるのなら、米倉がいかにして志高湖畔から帰宅したかである。何しろ、志高湖畔で理子(米倉家)の車が見付かったことから、米倉は何らかの手段で帰宅したに違いないのだ。
 その帰宅手段としては、可能性としては、バスを用いたである。
 それで、鶴見岳ロープウェイのバス乗場まで歩いて行っては、そこからバスを用いた可能性があるということだ。
 その推理に基いて、早速その路線バスの運転手に聞き込みを行なってみた。
 すると、意外にも成果があった。鶴見岳ロープウェイのバス乗場から、午前十時発別府駅行きのバスに、米倉と思われる男性が乗車したという証言を意外にも入手出来たのだ。その証言をしたのは、谷村紀夫(44)という運転手であった。谷村は、門田から見せられた米倉の写真を眼にして、
「僕はその男性が乗ったのを見たような気がしましね」
 と、自信有りげではないが、そのように答えたのだ。
 何故、谷村がそれを覚えていたかというと、そのバスに鶴見岳ロープウェイ乗場から乗車したのは、その男だけだったとのことだ。それ故、それを覚えていたとのことだ。
 しかし、実際に米倉を見てみても、米倉だと断言する自信はないとのことだ。
 この谷村の証言によって、理子を殺したのは、米倉だという可能性は一層高まった。しかし、まだ逮捕は出来ないというものだ。
 そこで、その路線バスから、米倉の指紋が検出されるという決定的な証拠が見付からないかという捜査が行なわれることになった。
 運転手は米倉と思われる男性は、一番後ろの方の席に座ったと証言した。
 それで、その辺りの座席なんかから、米倉の指紋が採取されないかという捜査が行なわれたのだ。
 しかし、成果は得られなかったのだ。
 この結果を受けて、今後、いかにして、米倉を追い詰めて行くのか、捜査会議が行なわれたが、特に妙案は浮かばなかった。
 それで、この時点で一旦、米倉と話をしてみることにした。
 米倉は、門田の顔を見ると、渋面顔を浮かべては、
「理子を殺した犯人に目星がつきましたかね?」
 そう言った米倉の表情は、犯人の目星がついても、理子は戻って来ないと言わんばかりであった。
 そんな米倉に、門田は赤松と岡倉が志高湖で被害に遭った時のアリバイを確認してみた。
 すると、米倉は、
「そんな前のことは覚えてませんよ」
 と、素っ気無く言った。
「そうですか。でも、恐らくこの家にいたではないですかね?」
 と、門田。
「そうかもしれませんね。僕はサラリーマンではないですから、その時間帯は通常、この家にいますからね」
 と言っては、小さく肯いた。そんな米倉は、正に米倉には、何ら疚しいものはないと言わんばかりであった。
 そんな米倉に、米倉と思われる人物が、赤松が志高湖で被害に遭ったと思われる頃、志高湖で目撃されと、多少、嘘を交えて話した。
 すると、米倉は、
「そんな馬鹿な! 僕はその時に志高湖なんかに、行ったりはしてませんよ」
 と、門田の話をあからさまに否定した。また、理子が殺された日の午前十時頃、路線バス運転手に目撃されたということに関しては、
「そのことも、全く話にならないですよ。僕に似た他人が眼にされただけですよ」 
 と、門田が言ったことは、話にならないと言わんばかりに、門田の推理を否定した。
 そう米倉が言うということは、予め予想されていたことではあったが、こうあっさりと否定されると、その後の話が続かないというものだ。
 それ故、門田は言葉を詰まらせてしまったのだが、そんな門田に米倉は、
「刑事さんは、僕が理子を殺したと、やはり、疑っているのですね」 
 と、いかにも不快そうに言った。
「状況証拠は、米倉さんが怪しいということを示してるのですがね」
「前妻と後妻が相次いで妙な死に方をし、後妻が殺害された現場近くに、僕と思われる人物が目撃された、ですか。
 ふん! 馬鹿馬鹿しい! 妻たちが相次いで妙な死に方をしたのは、正に偶然の出来事であり、僕と似た人物が、赤松という人が曲者に襲われた頃、志高湖畔で目撃されたというのは、全くの出鱈目ですよ!」
 と、何度自らの潔白を説明しなければならないのかと言わんばかりに、米倉は声を荒げては言った。
 そんな米倉に、今の時点ではこれ以上強く出ることは出来なかったので、門田は今日のところは、この時点で引き上げるしかなかった。
 そして、次に理子に生命保険が掛けられていたというS生命の担当者に会って、その担当者から話を訊いてみることにした。因みに、その担当者は、前川明夫(49)といった。
 前川は、前川の勤務先のS生命の事務所に姿を見せた門田に対して、
「まだ米倉さんには、理子さんの生命保険は支払われていませんよ」 
と、渋面顔で言った。
「やはり、前妻の死が引っ掛かってるわけですか」 
 と、門田。
「正にその通りです。奥さんが二度も妙な死に方をするというのは、やはり、尋常ではないですよ。前妻の保険金が五千万。そして、今回も五千万ですからね」 
 と、前川は渋面顔を浮かべては言った。
「つまり、S生命では、理子さんの死に事件性ありと看做してるわけですか」
「その可能性は十分にあると思いますよ」
「それに関して、何か有力な情報を入手してますかね?」
「有力といえるかどうかは分からないですが、どうも米倉さんには、理子さん以外に、女がいたみたいですね」
 と、前川は眉を顰めた。
「女、ですか……」
 門田は呟くように言った。
「ええ。そうです。我々が独自に調査したことでは、米倉さんには女がいたらしいです。その女と米倉さんが、米倉さんが経営してるラブホテルで一緒にいたことが目撃されていますからね」
 と、前川は些か興奮しながら言った。
「どうしてそのようなことが分かったのですかね?」
 門田は警察でも突き止めていないような事実を既に入手してるので、些か驚いたように言った。
「ですから、米倉さんが経営してるラブホテルの従業員に小銭を摑ませては入手したのですよ。でも、このことは、米倉さんには言わないでくださいね」
 と、前川は眉を顰めては言った。
「そりゃ、分かってますよ」
 と、門田は言った。 
 そして、その前川から得た情報から、一層米倉に対する疑惑が高まった。
 即ち、米倉は新たな女が出来た為に、理子のことが邪魔になった。 
 それ故、妙な策を用いては理子を殺害し、保険金をせしめようとしたわけだ。
 しかし、S生命はそんな米倉にあっさりと引っ掛からなかったというわけだ。
 そして、前川は更に話を続けた。
「要するに、米倉は今の奥さんに嫌気が差し、新しい女と再婚しようと目論んだのですよ。
 その為には、理子さんと離婚しなければならない。
 しかし、理子さんはそれを拒んだのでしょう。あるいは、金を得る為には、生命保険を理子さんに掛け、殺害するのが手っ取り早い手段だと米倉は考えたのかもしれません。
 いずれにしても、理子さんの死は、米倉によってもたらされたに違いありません。二度に及んで、奥さんが変死し、その奥さんに高額な生命保険が掛けられてたなんて、そんな馬鹿な話はありませんからね」
 と、前川は、正に米倉の姦計にあっさりと引っ掛かる程、我々は馬鹿ではないと言わんばかりに言った。
 そんな前川に、門田は、
「我々も同感ですよ」 
 と、前川に相槌を打つかのように言った。
 そして、
「でも、米倉が理子さんを殺したという証拠は入手してないのですよね?」
「そりゃ、そうですが……」
 と、前川は決まり悪そうに言った。
 だが、門田を見やっては、
「でも、我々は米倉さんに保険金を支払うつもりはありませんよ」
 と、きっぱりとした口調で言った。
 そして、この辺で、門田は前川に対する聞き込みを終えることにした。
 前川の話からしても、やはり、理子を殺したのは、米倉に違いない。また、前妻の美香も米倉の毒牙の犠牲になった可能性が高いというものだ。
 しかし、証拠がない。
 だが、米倉の新たな女を見付け出し、その女から何か有力な証拠を入手出来るかもしれない。
 それ故、今度はその女を見付け出す捜査を行なってみることにした。
 前川によると、その証言を入手したのは、米倉が経営してる「白銀」というラブホテルの従業員からだという。それ故、その従業員と会って話をしてみることにした。
 その従業員、即ち、白河朋子(54)は、門田から警察手帳を見せられると、緊張したような表情を浮かべた。
 そんな朋子に、門田は米倉が女と「白銀」で一時を過ごしたということに言及した。
 そう門田に言われると、朋子は眉を顰めた。そんな朋子は、訊かれたくないことを訊かれたと言わんばかりであった。
 そんな朋子に門田は、
「その女性の映像は残っていないですかね? つまり、『白銀』には監視カメラがセットされてないかということですよ」
 と、訊いた。ラブホテルには、防犯目的から、密かに隠しカメラがセットされてることも有り得るからだ。
 そう門田に言われると、朋子は、
「防犯カメラなら、セットされてますが……」
 と、脅々したような表情で言った。
 すると、門田は小さく肯き、
「いつ頃までの映像が保管されてるのですかね?」
「二週間です」
「二週間、ですか。で、米倉さんはここ二週間の間で、その女性と『白銀』で一時を過ごしましたかね?」
 と、門田は真剣な表情を浮かべては言った。
「さあ……。どうでしょうかね。私が眼にしたのは一ヶ月程前のことでしたし、また、私は二十四時間、フロントにいるわけではありませんからね」
 そう朋子に言われたものの、とにかく、その防犯カメラで録画された映像をチェックしてみることにした。
 しかし、米倉と思われる男の映像は映ってはいなかった。
 その結果を受けて、長田刑事は、
「がっかりですね」
 と、渋面顔を浮かべては言った。
 門田たちの作戦だと、米倉が女と共に、「白銀」で一時を過ごしたことを証拠に、米倉を追い詰めようと目論んでいたが、その目論見は見事に失敗に終わってしまったというわけだ。それ故、米倉たちはいかにも落胆したような表情を浮かべては、言葉を詰まらせていたのだが、やがて、門田は、
「しかし、妙だな」
 と渋面顔を浮かべては言った。
「何が妙なのですかね?」
 長田刑事は興味有りげに言った。
「つまり、米倉が逢引の為に、自らが経営するラブホテルを利用するかということだよ」
 と言っては、門田は眼を鋭く光らせた。
 そう門田に言われると、長田刑事は思わず言葉を詰まらせた。そう言われてみれば、確かにそうだからだ。
「世の中には、ラブホテルはいくらでもあるんだぜ。それなのに、所有者だからといって、自らが経営するラブホテルを浮気に利用するかということだ」
「なる程」
 長田刑事はいかにも感心したように言った。確かにそう言われてみれば、その通りだからだ。
「何しろ、白河さんの証言によると、一ヶ月程前に『白銀』を浮気場所のホテルとして利用してたというじゃないか。その時は理子さんはまだ生きていたんだ。しかし、自らのホテルだとすれば、従業員たちに、米倉さんが浮気してるという事実を知られてしまうかもしれないじゃないか。しかし、いくら米倉さんだといえども、そんな馬鹿なことをやらないよ」
 と、門田はいかに力強い口調で言った。
 すると、長田刑事は、眼を大きく見開いては、
「僕もそう思います」 
 と、正にその通りだと言わんばかりに言った。
 すると、門田は大きく肯き、そして、
「となると、どういうことかということだ」
 と言っては、眼を鋭く光らせた。
 だが、長田刑事は何も言おうとしなかった。長田刑事は門田にそのように言われても、何と言えばよいか分からなかったからだ。
 そんな長田刑事に、門田は、
「僕は白河さんは、偽証したんじゃないかと思うんだよ」
 と言っては、眼を鋭く光らせた。
「偽証ですか……」
 長田刑事は眼を大きく見開き、驚いたように言った。その門田の言葉は、長田刑事にとって、思ってもみなかったものだからだ。
 そんな長田刑事に、門田は、
「恐らく、白河さんは今回の事件に一枚噛んでるんじゃないかと思うんだよ」
 と言っては、眼をキラリと光らせた。
「一枚噛んでる、ですか……」
「ああ。そうだ白河さんの証言は非常に重要なものだ。つまり、米倉が浮気していたということが事実なら、理子さんを殺したのは米倉である可能性が高まるからな。つまり、米倉を生かすか殺すかの明暗を分ける位の重要な証言というわけだ。
 それ故、僕は白河さんは米倉に対して、甚だ感情的な何かを持っていると思うんだよ」
 と言っては、門田は大きく肯いた。そんな門田は、正にその通りだと言わんばかりであった。
「なる程」 
 長田刑事はただ、門田の冴え渡る推理にただ感心するばかりであった。
 そう長田刑事に言われると、門田は小さく肯き、更に話を続けた。
「白河さんは米倉に不利になる証言をしたからには、恐らく米倉に大して強い恨みがあるんじゃないかな。その可能性が高いと思うな」
「なる程。でも、何故強い恨みを持ってるんでしょうかね?」
 長田刑事は甚だ興味有りげに言った。
「そりゃ、分からんよ。しかし、白河さんに直にそのことを訊いても、無論率直に答えはしないさ。それ故、米倉と白河さんの関係を捜査しなければならないな」
 と言っては、門田は小さく肯いた。
「どうやって、捜査するのですかね?」
「そりゃ、まず米倉に訊いてみるのが、一番だろう」
 ということになり、門田は、長田刑事と共に、米倉宅に向かった。

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